FC2ブログ

目次一覧はこちら

……タイッ!?_31

カゲロウ

 その日の気温も真夏を実感させるものであり、三十度を超えてまだ上がろうとしていた。
 今年一番の夏日の触れ込みに部員達は水分補給と室内での筋トレに従事していた。
 体育館の隅っこの比較的涼しい場所で一列になる陸上部員達。この陽射しに喜ぶのは洗濯物を干す紀夫ぐらいで、みなドリンク片手に熱中症対策をしていた。
 が……、
「一年、あれ? 日吉さんは? サボリ?」
 部長の久恵がボールペンで腹筋をしている部員の頭を数えていると、例の長身ショートカットの女子がいない。
「えっと、綾は自主トレで……」
「え? まさかこの暑い中ランニングとかないよね?」
 美奈子がムクリと起き上がり、困惑した様子で視線を送る。
「はい、止めたんですけど、メニューだからって……」
「馬鹿じゃないのあの子。もう、なにかあったらどうするのよ?」
「ちょっと美奈子? どこ行くの?」
「あの子の自主トレのコース見てくる。倒れてたら大変だもん」
「なら私も……」
「久恵はいいよ。だって……さ」
 何かを飲み込んだまま美奈子は颯爽と出口に走る。
「もう、しょうがないんだから……」
 今に始まったことでもない部のまとまりの悪さに頭を悩ましながらも、久恵は今すべきことをなそうと筋トレを始めた。
「……ねえサトミン、アヤッチ大丈夫かな?」
「……大丈夫でしょ? あの子だって陸上長いんだし無理するようなことはないでしょ。それよか……」
 里美が気になったのはどこか落ち込む風のある久恵の丸まった背中。
 美奈子が言いかけた言葉はきっと自分と彼女も知っている。
 ――だって脚、遅いしさ。
 多分そんなところ。

**――**

「まったく、水も取らないで練習するなんて……」
 擁護教員の菅原裕子はベッドでアイシングを受けている綾に呆れ気味に呟く。
「でも……、水分取ると……、疲れやすいから……」
「そんなの十年前の根性論よ。今はある程度水分を補給しながらするの。それに、今日みたいな日はランニングしない。当然でしょ?」
「気合は……重要っす」
 前近代的体育会系の綾は精神力の重要性を説く一人。もっともその割りに上下関係に疎くあり、部では浮いている方。
「まったくこの子は……。えっと、マネージャー君だっけ? 君もしっかり指導なさいよ。こんなことじゃ練習で身体壊しちゃうから」
「は、はい」
 綾をここまで運んできたのは紀夫だった。
 彼がいつものようにタオルを干していると、既に乾いていた一枚が風に煽られプール脇まで飛ばされてしまった。それを追いかけていくと、更衣室の日陰で座り込む綾が居た。
 彼女は肩を借りるのを極端に嫌がっていたが、消耗しつつある身体はそれを拒めず、半ば無理矢理な格好でつれて込まれた。
 本来なら体育館で筋トレをしているはずと思っていた彼も当然驚いたものだった。
「しばらく頭冷やしてなさい。勝手に動いたら駄目よ」
「でも……」
「でもじゃない!」
「はい……」
 ぴしゃりと言い放つ裕子は反論をさせない力があった。
 大人しくなる綾を見て、紀夫はコレぐらいの勢いというか威厳があれば部をまとめられるのだろうと思いつつ、久恵やのん気な愛理には無理と知る。
 愛らしい愛理と陰のある久恵は月のような存在なら、裕子は太陽。鼻が高く、まっすぐな瞳と太目な眉。女性に対する比喩としては不適切だったが精悍なタイプだった。
 性格もなかなかの女傑らしく、聞いた話だと不登校気味で常に保健室通いだった生徒と向き合い、復学に成功したという実績を持つ。
 とも思えばサボり目的で仮病を使う男子にはきつく、女子にはそれなりにと状況を見定める眼力もあった。
「ならよし」
 とはいえ、やはり女性であり、素直に頷く綾に見せる笑顔は目尻がしっかりと下がり、笑窪すら見える可愛らしいものだった。
 そして翻る白衣から見えるタイトなスカートとムッチリした生脚。年こそ不明だが、弱腰の男子達の格好の……。
「先生、菅原先生、大変です! プールで事故が!」
 いきなりドアが開くと半裸の男が飛び込んできた。
「何? 溺れたの? それとも怪我?」
 一瞬どころか数秒見ても不審者にしか見えない闖入者だが、ただの水泳部員らしい。
「転倒です。鼻打ったのかなんかでかなり……」
「わかった、すぐ行く」
 裕子は救急セット片手に保健室を後にする。
 その様子を二人はしばし茫然としながら見ていた。

「すごいね、菅原先生」
「そうね……」
 未だふらつく綾だが、アイスノンをどかすとベッドから起き上がろうとする。
「日吉さん、駄目だよ寝てないと」
「いんだよ。っていうかまだ練習……」
「何言ってるのさ、今は寝てないとだめ……!」
 起き上がろうとする綾と寝かせようとする紀夫の攻防が始まるも、ある程度体力の回復した綾と拮抗してしまうのが情け無い。
「駄目だよ。俺はマネージャーなんだから、いう事を聞いてよ」
「何がマネージャーだ。雑用係のくせに……」
 クーラーが効いているとはいえ、設定温度は二十九度。ちょっとでも動けば汗は玉をなし……。
「ん、あ、駄目だ、離せ!」
 何かに気付いた綾は紀夫を突き飛ばし、自らもベッドに尻餅をつく。
「な、なに? どうかしたの?」
「いや、悪い……。その、なんでもない」
「うん、まあいいけど、でも、もう少しゆっくりしていってくれないかな? 菅原先生に怒られちゃうよ?」
「ああ、それは困るな……」
 アイスノンで冷やす先を後頭部からオデコに変え、にがにがしげに呟く。
「なあ、日吉さんはどうして皆といるの嫌がるの?」
「別に嫌がってなんてないさ。ただ、和気藹々っていうの? そういうのが苦手なんだよ」
「嘘だ。理恵さんから聞いたけど、昔は皆とお好み焼き屋に行ったんでしょ?」
 理恵の名前を出すと、綾は小さく舌打ちをする。紀夫はそれを聞き逃さず、何か裏があるのではないかと言葉を捜す。
「日吉さん、ロッカーにも鍵かけてるし、タオルだって自分で洗濯してるし、なんかこう、距離を感じるんだよ。そういうのって駄目かな?」
「いいだろ、別に。お前の知ったことじゃないよ」
「知ったことって、俺はマネージャーだし、それに……、こういうこと言うのはあれだけど、感じ悪いよ?」
「……」
 ストレートな物言いが相手を傷つけることは知っている。けれど綾の現状を表す言葉は他に見当たらない。場合によってはドロを被るもまたマネージャーの仕事と割り切り、敢えて苦言を呈す。
「わりいかよ、馬鹿やろう……」
 ただ、本人も自覚があるらしく、言い返す言葉に派気が無い。
「何か悩みがあるなら話してくれないかな? 俺に話しにくいなら里美さんでも理恵さんでも……」
「いや、まあ、その……うん」
 体力の衰えが心の脆弱を誘い、それが結果的に彼女の態度を軟化させたかに見えた。
「一人で抱え込んでもいいことないしさ、日吉さんは部のエースなんだし」
 優しさを見せたりプライドを擽ってみたりと大忙しの紀夫に、綾は膝を抱きながら二、三度頷く。
「あのさ、一般論だぞ? 一般論でさ……」
 ――これはいけるかも?
「うんうん。なんでも聞いて……」
「おーい、日吉いたか~?」
 これからというときに裕子の元気な声が飛び込んでくる。
「先生ちょっと病院行ってくるけど、もう少し休んでから……」
 カーテンがガラリと開けられると、裕子の驚いた顔が見えた。
「ふ~ん、そ。そだったの……悪いな……邪魔して」
 しまりなくにやつく笑顔の裕子は二人を交互に見てからデスクへと戻る。
「は? なんですか先生、言いかけてやめないで下さいよ。きもちわるい」
 裕子は綾の慌てた声を背中に受けながら鞄となにか書類のようなものを持ち出す。
「いや、なんだ。まあ、ここは学校だし? あんまりそういうことされると困るけどさ、お前らぐらいの年なら仕方ないよな……」
「あの、先生誤解してるってば!」
 ようやく裕子のにやつきの真意に気付いた紀夫も弁明をするが、急ぎの彼女はそれに構う暇もなく、部屋を後にする。そして一言……。
「あ、それとセックスするときはちゃんとゴム使えよ? なんてな。あっはっはっは……」
 豪快な笑い声と一緒に足音が遠ざかっていった。

「あー、あのさ、その……なんだか台風みたいな先生だね。菅原先生って」
「そうだな」
 裕子の余計な台詞のおかげでまたもとの木阿弥とかした二人の関係。もう一度暑苦しいマネージャーを演じようにもどこか醒めた雰囲気が保健室に充満しており、言葉も見当たらなかった。
「……あのさ、さっきの続きだけど……」
 と思っていたところに綾のほうから助け舟が出される。
「う、うん? うん。なに?」
 意外と思える展開に驚きを隠しつつ、紀夫は鷹揚に頷く。
「えっと、気にならないかな? 匂いとか」
「匂い? 匂いって俺?」
 自分では自分の匂いが分からないもの。この前理恵に汗臭いといわれたのを思い出すが、夏なのだからしょうがないこと。もちろんエチケットスプレーを使えということかもしれないが、部活の間噴霧し続けるわけにもいかない。そもそも、綾とこの距離で話すことなどそうそう無かったハズだ。
「違う。お前じゃなくて……」
「それじゃ洗濯物? 柔軟剤とか気をつけてるんだけど……」
 ついでに言うと部屋干しもしていない。特におかしな匂いがするといわれたことも無く、思い当たる節がなかった。
「いや、その……やっぱいいわ。うん。ありがと」
 質問を途中で打ち切る綾は明らかに何かを隠している。その証拠に紀夫の視線から逃れようと必死に視線を宙に泳がせる。
「日吉さん? 俺のこと信用できない?」
「ああ」
 即答に多少はめげるが、ここで退いては活路が無いとばかりに食い下がることにする。
「俺は日吉さんのこと信じてるよ。日吉さんはすごいアスリートだし、総体でも入賞した。来年なら全国とか本気で狙える人だって思うし、そのために力になりたい。そういうの、信じて欲しいな」
「う、うん……」
 人を避けるがそれは本心ではない。熱血路線の綾ならきっと食いつくであろう言葉を選びつつ、見事に釣り上げる。
「あのさ、笑うなよ? 絶対に笑うなよ」
「うん」
「えっとさ……あのさ、あたしってさ……変かな?」
 変といわれればここ最近の彼女の態度は意固地そのもの。普通でないのが変ならば確実に変であった。
「変って? どういう意味で?」
 もちろんそこが問題なはずも無く、紀夫は首を捻るばかり。
「えっとさ、匂い? とか?」
 疑問詞の多い返答に戸惑う紀夫の首の角度はさらに深刻になる。
「匂い? 別にとくには……しないけど?」
 紀夫は別段鼻が良いわけではない。当然一人ひとりの体臭を嗅ぎ分けるような特異なことなどできるはずは無く、せいぜい誰がどの手の香水を好むか程度でしかない。
「いや、まあ、そのなんだ……、あたしにとってはかなり深刻なもんだいでしてさ……」
 年頃の女子なら誰でも悩むものだろう。結果マイナスイオン配合やら銀の消臭効果をうたい文句にしたスプレーが売れるわけだ。
「別にないと思うけどなあ」
 しかし、現実には新陳代謝が活発な年頃男女が行き来する往来で「誰か」の匂いが目立つことなどなく、むしろそれは自意識過剰といえるレベルだろう。あくまでも学校内部でならば。
「そうか? もっとこう、ちかくで嗅いでくれよ。なんかさ、あたし変な匂いするかもしんないし」
 差し出された手に鼻を近づけると間抜けな猫のような気分になれるが、これで彼女の気が済むならと軽い気持ちで応じる。
 しっとりとした手はやや日に焼けており、少しだけ汗の匂いがした。
「ん、ちょっと汗の匂い」
「そうか? やっぱり変だろ?」
 綾はすっかりマイナス思考に陥っているらしく、自分の望むほうへと答えを歪ませる。その様子に理恵の言う「かなり思い込みが激しくて……」を実感し始める。
「日吉さん、それは考えすぎだよ」
「いや、でもさ、だって、匂い……するだろ?」
「匂いっていうけど今夏だよ? 汗の匂いがしないなんてないよ」
「だって……、さあ、そういうの、気になるんだよ……わるいか? 変か?」
 体臭が気になるのは普通のこと。けれどそれが過剰ならば悪になりえ、変でもある。ただ、一方で彼女の悩みの原因が見えたことにほっとする紀夫がいた。
 あとは対策を立てれば解決。桜蘭にも非常勤のカウンセラーがおり、夏休み中も要請を出せば受け付けてくれるとのこと。紀夫は脳内のカレンダーで早速スケジュールを立てる……が、
「なんでだろ。なんであたしって……」
 しょんぼりと両手を見つめる彼女を前にすると、今すぐ元気付ける方法を探したくなる。例えそれが身分不相応の願いであったとしても。
「日吉さん、考えすぎだよ……」
「そんなこと……!」
 真っ赤で潤みがちな瞳を見ると言葉の選択ミスを痛感する。頑なになった彼女に否定の言葉は煽りにしかならない。むしろ態度を硬化させ、かえって傷口を深くしかねない。
「日吉さん……」
 紀夫はおもむろに彼女の頭に手を乗せ、すっと引き寄せる。
「え? うえ? あ、おい、なんだよ、急に!」
 戸惑う彼女を抱く格好になる紀夫に、綾は困惑の度合いを深める。
「俺って臭いかな? 臭うかな?」
「ん、うん……汗臭い」
「いや?」
「ああ。当然だろ」
「まあそうだよね……でも、日吉さんだって匂いする」
「そ? そうか……。やっぱりいや……だよな。変な匂いするよな」
「汗の匂いかな。少し酸っぱくて、でもどっか甘い感じのする匂い」
 わざとらしく音を立てて息をする紀夫に綾は反発しようと抱擁の中で腕をばたつかせる。
「ん、それってどういうことだよ……」
 しかし、何故か力が入らず、仕方無しに抱かれるままでいる。
「多分綾さん、女っぽくなったんじゃないかな……」
 数週間前に理恵から感じたモノを綾からも嗅ぎ取れる。きっと綾も……。
「女っぽく……か」
 ――当然か。日吉さんは彼氏いたみたいだし。
「なあ、あのさ、お前、童貞じゃないだろ?」
「え? あ、うん。まあ、その……うん」
 不意の反撃に面食らう紀夫は彼女のほうを向くとき、抱擁をといてしまう。その隙を見逃さず綾は彼から歯なれ、そのままベッドの隅へいき壁にもたれて体育座りをする。
「里美? 理恵?」
 短パンの隙間からはピンクの布と黒いフリルのようなヒラヒラが見える。
「えっと、それは……」
 意外と派手なショーツを穿いているのだと驚きつつ、視線にきづかれまいと盗み見る。
「まあいいや。あのさ、初めてのとき……どうだった? っていうか、エッチするときってどうなんだ?」
 理恵との初体験を思い出す。リードされながら互いを高めつつ、その欲情に駆られ……。
「ん、それは……夢中になって覚えてない……かも」
「なんだよ。だらしねーな……」
「ゴメン。でも、すごく、暖かかったし、理恵さん柔らかかった」
「お尻?」
「うん」
「そうか……そうだろうな……」
 綾は短パンの裾を引っ張り、せっかくの隙間を隠してしまう。
「匂いってきにならないか? なんかこう、酸っぱいとか甘いとかじゃなくて、すごく、変な……言いにくいような……」
「えっと、なんだろ……」
「っていうか、クンニした?」
「いや、してないけど……」
「そっか。それじゃわかんないかな……」
「……」
 されることはあってもすることはない。紀夫はそんな自分の性体験を未熟と思いつつ、女性器への愛撫への憧れを芽生えさせる。
 もし理恵の「遊び」がこれからも続けばそのチャンスが来る。きっとその時は彼女を……。
「あたしさ、中学のときエッチしたんだ。一個上の彼氏と」
「え? あ、あそ……へー、そうだったんだ……」
 不埒な妄想をしていたところに突然の告白。焦りっぱなしの慌てっぱなしで、表情もおかしな笑いと驚きが混ざり定まらない。
「んでさ、言われたんだ。アソコ舐められてるときさ……その、臭いってさ……」
 悔しそうにタオルケットを掴む綾は、そのまま覆いかぶさるようにして顔を隠す。
「ふーん。そうなんだ……」
 かけるべく言葉は見つからないが、真相の究明が格段に進んだのは事実。
 つまり、初体験での不用意な一言が綾の心に突き刺さり、その結果「自分の体臭」がおかしいという観念に囚われてしまったのだろう。
 男子の照れ隠しであろう一言が、少女の性格に亀裂を走らせたことに憤りを感じるのは当然のこと。
「だからあいつのアレ、思い切り蹴ってやったんだ」
 一方で同性のよしみか同情したくもなる。
「ん~、こんなこといっても慰めにならにけど、アソコってオシッコするとこでもあるし、普通はそれなりに……」
「でも臭いはないだろ? 臭いなんてさ……」
「どうなんだろ。嗅いだことないからわかんねえや……なんつって……あはは」
「嗅いでみる?」
「え?」
 唐突続きの展開にこれ以上驚くことも無いだろうと思っていた紀夫だが、今回もしっかり間抜けな表情をしてしまう。
「馬鹿、冗談だよ……」
 嘆息をつく綾に紀夫は耳まで赤くして頭を掻く。
「はは、そうだよな。何期待してんだろうな、俺……」
 最近の複雑な異性交遊のせいかどこか性に緩くなるところがあった。それはどこか里美との取り決めに背反することでもあり、一方で日々どこかで生成される興奮に似た衝動は抑えられず、女子の挙動を不自然に追うことがある。
「なあ、診てくれないか?」
 だからこそ、綾の申し出に即座に首を振っていた……。

続き

Trackback

Trackback URL
http://13koharu.blog73.fc2.com/tb.php/101-5cf76e7d

Comment

Comment Form
公開設定

プロフィール

小春十三

Author:小春十三
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ

創作検索ぴあすねっとNAVI
dabundoumei
trt
オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび  
リンク予定


二次元世界の調教師様のサイトです。



無料アクセス解析