■□――□■
事件から一週間ほど経ったある日。
普段ならペンションホネオリにも客足があるというのに、何故か閑古鳥が鳴いていた。
というのも今日は親不孝な三男坊が来るから。
ペンションのオーナーである久弥にしてみれば、呼んだときに来ず、逆に呼び出されるような格好で滞在を余儀なくされることにいささか腹の立つ話。
けれど、歳相応、どこか丸くなろうとしていたのかもしれない。
ペンションの外に車の排気音がした。送迎に行っていた文宏が帰って来たのだろう。
「いらっしゃいませ!」
それと同時に美羽が客を向えに行く。その声は普段より明るく、はつらつとしたものだった。
不審者騒ぎを起こしたお騒がせな恋人には罰としてペンションの運転手として働いてもらうことにした。今も送迎に力仕事、ほかに掃除からなにまでとこき使っていた。
彼自身、美羽とともに居られることを嬉しく思っているらしく、また妙に良い待遇に不安を持ちつつも、警察に突き出されるよりはとかいがいしく働いていた。
「あ、なんで? 病院はいいの?」
外から聞こえてくる声は驚きに満ち溢れたもの。
美羽はどちらかと言うと祖母に似て天然色の強い子だが、オーバーすぎるリアクションに久弥も若干苦笑い。
やがて扉が開き、見知った顔がやってくる。
「ふん、今更なにしにきおった?」
「父さん、そりゃないよ」
真面目そうな長身の男性はデニムのズボンに半そでシャツというカジュアルな格好でいた。その面白みの無い格好は彼の職業をよくあらわしているのだろうか、それとも単に他の兄弟たちに毒気を抜かれているのか?
「今日は父さんに会わせたい人がいてね……、ちょっと危ない橋渡ってきたんだから……」
「何が危ない橋じゃ。ワシなんか今日まで何回わたったか……そもそも、お前は冒険……」
「ささ、入ってください。足元に気をつけて……」
三男坊は父の長くなる話に聞く耳をもたず、扉を大きく開いて続く老齢の女性の手を引く。
「ん? あ、あんたは……妙さん」
「ふふふ、久弥君もすっかりおじいちゃんになったわね……」
白髪の老女は薄紫の着物に身を包み、優しい笑顔を向けていた。
それはかつてこのペンションホネオリでおいたをしたときに窘められたときを彷彿させる、そんな微笑。
「なんで……お前がしっとるんじゃ?」
視線は妙から移すことなく、それでも息子に問い詰める久弥。
「うん。父さんの絵の秘密だっけ? あれを解いた子から無理なお願いをされてね。他県のデータベース、それも私用で覗くなんて結構苦労するんだよ? ばれたら……まあ減給かもね」
物腰穏やかとはいえ彼もまた久賀家の一人。どこか食えないところがある。
「久弥君。見つけてくれなかったんだね。手紙」
「すまないね、妙さん。色々探し回ったんだが、どうにも……」
「うふふ、手紙はポストの中にあったのよ。ま、かくしてたけどね」
妙は笑顔で手紙を取り出すと、そっと久弥に差し出す。
「ワシは……読むわけにはいかんな。この歳で不倫する気にもなれんし」
「そう? そうね、久弥君も立派な奥さん、もらったものね……」
「あんたほどじゃない……なんていったらばあさんに怒られるな」
「ふふ、悪い人。そういえば貴方、家の孫を……」
「ああ、その、君の力になりたくて、迷惑じゃったかな?」
「いえいえ、とても感謝していますよ。それに、思い出の場所を残していてくれて……」
「いやいや、ここの物件は意外と優良じゃよ。夏は海、秋は食べ物、冬はスキーに春は散策、いくらでも稼げるわい!」
「まあ、それじゃあまだまだ現役ね?」
「そうかのう。いや、そうかもしれんな、なんせワシは村一番の……」
「そういえば絵、私も探していたのよ? 退院の時、アレだけなくて……」
「イタズラ坊主が持っていったんじゃ。失恋するのが悔しくてな……」
「それじゃあこの手紙と交換ね……」
「ああ、それもいいかのう……あの絵は妙さんに送るもの……」
自室の方を見上げる久弥。
「この手紙は久弥君に送るもの……」
手紙に視線を落とす妙。
しばしの静寂が訪れたあと、涼しい風が風鈴を鳴らす。
かつての淡い恋人未満の二人は束の間の思い出に浸っていた。
それはペンションホネオリのセピア色の一ページに過ぎないが……。
完
けれど、歳相応、どこか丸くなろうとしていたのかもしれない。
ペンションの外に車の排気音がした。送迎に行っていた文宏が帰って来たのだろう。
「いらっしゃいませ!」
それと同時に美羽が客を向えに行く。その声は普段より明るく、はつらつとしたものだった。
不審者騒ぎを起こしたお騒がせな恋人には罰としてペンションの運転手として働いてもらうことにした。今も送迎に力仕事、ほかに掃除からなにまでとこき使っていた。
彼自身、美羽とともに居られることを嬉しく思っているらしく、また妙に良い待遇に不安を持ちつつも、警察に突き出されるよりはとかいがいしく働いていた。
「あ、なんで? 病院はいいの?」
外から聞こえてくる声は驚きに満ち溢れたもの。
美羽はどちらかと言うと祖母に似て天然色の強い子だが、オーバーすぎるリアクションに久弥も若干苦笑い。
やがて扉が開き、見知った顔がやってくる。
「ふん、今更なにしにきおった?」
「父さん、そりゃないよ」
真面目そうな長身の男性はデニムのズボンに半そでシャツというカジュアルな格好でいた。その面白みの無い格好は彼の職業をよくあらわしているのだろうか、それとも単に他の兄弟たちに毒気を抜かれているのか?
「今日は父さんに会わせたい人がいてね……、ちょっと危ない橋渡ってきたんだから……」
「何が危ない橋じゃ。ワシなんか今日まで何回わたったか……そもそも、お前は冒険……」
「ささ、入ってください。足元に気をつけて……」
三男坊は父の長くなる話に聞く耳をもたず、扉を大きく開いて続く老齢の女性の手を引く。
「ん? あ、あんたは……妙さん」
「ふふふ、久弥君もすっかりおじいちゃんになったわね……」
白髪の老女は薄紫の着物に身を包み、優しい笑顔を向けていた。
それはかつてこのペンションホネオリでおいたをしたときに窘められたときを彷彿させる、そんな微笑。
「なんで……お前がしっとるんじゃ?」
視線は妙から移すことなく、それでも息子に問い詰める久弥。
「うん。父さんの絵の秘密だっけ? あれを解いた子から無理なお願いをされてね。他県のデータベース、それも私用で覗くなんて結構苦労するんだよ? ばれたら……まあ減給かもね」
物腰穏やかとはいえ彼もまた久賀家の一人。どこか食えないところがある。
「久弥君。見つけてくれなかったんだね。手紙」
「すまないね、妙さん。色々探し回ったんだが、どうにも……」
「うふふ、手紙はポストの中にあったのよ。ま、かくしてたけどね」
妙は笑顔で手紙を取り出すと、そっと久弥に差し出す。
「ワシは……読むわけにはいかんな。この歳で不倫する気にもなれんし」
「そう? そうね、久弥君も立派な奥さん、もらったものね……」
「あんたほどじゃない……なんていったらばあさんに怒られるな」
「ふふ、悪い人。そういえば貴方、家の孫を……」
「ああ、その、君の力になりたくて、迷惑じゃったかな?」
「いえいえ、とても感謝していますよ。それに、思い出の場所を残していてくれて……」
「いやいや、ここの物件は意外と優良じゃよ。夏は海、秋は食べ物、冬はスキーに春は散策、いくらでも稼げるわい!」
「まあ、それじゃあまだまだ現役ね?」
「そうかのう。いや、そうかもしれんな、なんせワシは村一番の……」
「そういえば絵、私も探していたのよ? 退院の時、アレだけなくて……」
「イタズラ坊主が持っていったんじゃ。失恋するのが悔しくてな……」
「それじゃあこの手紙と交換ね……」
「ああ、それもいいかのう……あの絵は妙さんに送るもの……」
自室の方を見上げる久弥。
「この手紙は久弥君に送るもの……」
手紙に視線を落とす妙。
しばしの静寂が訪れたあと、涼しい風が風鈴を鳴らす。
かつての淡い恋人未満の二人は束の間の思い出に浸っていた。
それはペンションホネオリのセピア色の一ページに過ぎないが……。
完