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……タイッ!?_41

今日も誰もいない

「ストーップ」
 七階建のマンションを横切ったとき、久恵が叫ぶように言うので、反射的に紀夫はブレーキをきつく握り締める。
「きゃー」
 慣性にしたがい滑らかに横滑りする自転車。悲鳴を上げてしがみ付く久恵を背に、紀夫ははきふるした運動靴で目一杯踏ん張り、壁への激突を防ぐ。
「あはは、おどろいたー」
 アルコールのせいか陽気な久恵は楽しそうに笑う。
「もう、先輩ふざけないでくださいよ」
「ふふ、あはは……」
 肩を揺らし、しゃくりあげのような笑いの久恵は自転車を降りようとしない。
「先輩?」
「ん、今、降りるから……」
 荷台から降りる久恵の上げた足の勢いがひらひらしたスカートを捲り、きつめのジーパンからはみ出る薄地のショーツが見える。
 ――白。
 ヒールの高い靴には慣れていないらしく、「もう」と悪態をつきながら道端で脱ぎ始める。
 その間も街灯が照らす彼女の服の隙間。紀夫は悪いと思いつつ、目を逸らすことができなかった。
「ふぅ、いこっか」
「え?」
 不意を突かれた紀夫は視線を誤魔化すこともできなかったが、久恵は気にする様子もなく来るように促す。
「先輩?」
「私一人じゃ歩けないかも……」
 それは足を捻ったためか、酔いのためか? それとも……。

 五〇五号室の表札には梨本友則、恵理子、久恵とある。
 時計を見るとまだ八時前。普段でも練習があれば帰りもこのぐらいになるだろう。
 けれど玄関からは明かりが見えない。
 ――共働きなのか。
 紀夫はそう納得した。
「あがってよ。誰もいないし……」
 先ほどの興奮も醒めたのか、久恵は風に乱れた髪を手櫛で撫でながら廊下をさっさと行ってしまう。
 ヒールの高い靴は脱ぎ散らかされたままで、通用靴はきちんと揃えられているのが対照的。
「お邪魔します」
 几帳面な紀夫は自分の靴を揃えたあと、彼女の靴も揃え、その後を追った。
 薄明かりで照らされる居間にはソファベッドが二つ、テーブルを挟んでいる。
「何飲む?」
 久恵は高級そうな棚から褐色の瓶を出し、グラスと一緒にテーブルに並べる。
「いえ、別に……それじゃあお茶でもください」
「お茶? なに? あたしとじゃ飲めないとか?」
「あの、僕はお酒とか飲んだこと無いから……」
「だっさ……」
 心底つまらなそうな顔で呟かれると心に響くものがある。それでも言い返すのは待つべきと、口を真一文字に結ぶ紀夫。
「えと、まあいいわ」
 久恵は台所へ行くと氷を山盛りにした皿と紙パックのお茶、それにミネラルウォーターを持ってきた。
「ありがとうございます」
 お礼を言う紀夫を無視し、久恵は自分のグラスに氷を入れると水を数滴たらし、次に褐色の液体をゆっくりと注ぎ込む。
 すると部屋にほんのりと甘い香りが漂い始める。それは若干のアルコール分を含んでいた。
「先輩、お酒……」
「飲みたい?」
 好奇心は頷いている。
 だが、理性は?
 久恵がどのようなつもりで自分を部屋に招いたのは分からない。
 彼女の性格は生真面目でまとまりの無い部活をそれでも纏めようとする苦労人。
 それはあくまでも表の顔。
 裏では暇つぶしなのか、悟と准ずる行為をしていたり、街中で大学生らしきグループとたむろしていたりと、一昔前の不良そのもの。
 ――先輩は……、本当にこんなことしたいのか? 楽しいのか? 違うよ。だって、そんなの自然じゃない。つか、さっきから違和感ありまくり。変身願望っていうの? そういう薄っぺらさがあるんだよ。
「それじゃ乾杯っと……」
 お茶とお酒での乾杯はグラスは合わせず、視線も交差せず。
 久恵はグラスに一口つけると目を細め、小さく喉を鳴らすとため息を着く。
 紀夫は黙ってお茶と彼女を交互に見つめていた。
 ――飲めないくせに……無理して強がってるのか? いや、きっとそうだろ。うん、そうだ。
 おかしな正義感に芽生えつつある紀夫は自分の解釈に間違いは無いと確信し、顔を上げる。
「先輩!」
「あ、そうだマネージャー君、トイレなら台所の向いね。それと、結構臭うからシャワー浴びてきなさいよ」
「はい……」
 ある種の覚悟を袖にされるどころか華麗に打ち消されてしまった紀夫は、そのまま立ち上がり、言われたとおりにシャワーを浴びに行くことにした。

 別段広いというほどでもない浴槽にはお湯が無かった。
 時間設定もできる最新設備なのか、無意味にボタンがあるが使われた形跡もなく、時間設定を求める点滅が虚しく繰り返されている。
 しかし、紀夫が今気にしているのはこの状況。

 ――俺は何を期待してるんだ?
 熱いシャワーを全身に浴びながら再び自問する。あわ立った水が目に入っても気にせず前を見る。シャンプーが流されたところで水を止めリンスをする。
 ――もしかして、先輩……、ダメだよ……なあ。けど……。
 女性の部屋に招かれ、シャワーを勧められる。
 それが意味するのは男女の関係ではないだろうか? 以前のキス未満の接近を考えれば、彼女はきっと……。
 ――ダメだ!
 心ではそう思いつつも、ボディソープでしっかりと脇の下も洗っていた。

 シャワーを浴びたあとタンスにあったタオルで適当に身体を拭き、居間に戻る。
 水分の残る身体にクーラーの風が当たると涼しいどころか寒いぐらい。一瞬身震いしてしまう。
「先輩、上がりましたよ……」
 シャワーを勧めるべきか迷うが、ソファに座る久恵はリアクションもない。
 氷が滑り、カランと音を立てる。
「先輩?」
 グラスは空。褐色の瓶もかなり減っている。
「先輩!」
「ん? あ、ああ、ゴメン……君があんまり遅いから、飲みすぎたかも……」
 振り返る彼女はかなり顔が赤い。
「あはは、なんかおかしいね。っていうか、お風呂入って来るわ……」
「危ないですよ……」
「大丈夫大丈夫……」
 久恵は千鳥足にも関わらず紀夫の手を払い、そのまま脱衣所へと向おうとする。
 酩酊状態での入浴の危険性。
 保健の教科書にそのような項目があった気がするが、今目の前でそれを体験学習する必要はない。むしろ隠匿すべき事実なのだし。
「だって、そんな状態でお風呂に入ったら……」
「それなら……」
 扉に手をつきながらぐるりと上体をそらす彼女はにんまりと笑って言い放つ。
「一緒に入ってくれる?」
「それは……」
「ふふ、冗談よ。まあ、もしその気になったら来てもいいよ? この前の約束、まだあるしさ……」
 後手をヒラヒラさせながら言い放つ彼女は軽やかに去っていった。

 ソファに一人腰を下ろす紀夫。
 テーブルには久恵の飲んだコップがあり、たまにカランと音を立てては甘い香りを放っていた。
 ――美味しいのかな?
 好奇心は猫も殺す。
 ――飲んでみたいかも?
 未成年の飲酒傾向は深刻なもの。
 ――別に大丈夫だよな? 水で割ってあるんだし……。
 グラスを取り、舌先を伸ばし、一滴を舐める……。
「苦!?」
 慌てて舌を引っ込めて顔ごとグラスから背ける紀夫。
 彼が期待していたのは甘い香りのそれ。だが、褐色の液体は舌をびりびりと痺れさせる苦味と咽るような飲み難さ。
 子供の頃に父親の飲み残したビールを舐めたことを思い出したが、それとそう遠くない経験。そもそもどちらも同じアルコール、お酒なのだ。
「こんなの飲めないよ……」
 がっかりした彼はお茶で喉を潤すことにする。
 同じ苦いものでもなぜお茶は平気でお酒はダメなのか?
 それはまだ自分が子供だからといい訳する。
 ――そうだよな、俺ってまだ子供……、でも期待してしまうのか……。
 もう一つの期待。最近覚え始め、のめりこみそうで怖いいけない遊び。
 ――久恵先輩……。
 頭の中に怪しげな霧がかかる。
 ――マネージャー君……か。
 コメカミのあたりが疼く。お酒の匂いを嗅いでいたせいだろうか? 蒸発分の影響かもしれない。
 ――違うよ。だって、言い方が似てるから、また思い出した。
 つい二日前のこと。たった一言の縛り文句。
 ――ズルイ。
 三度目の氷の音に紀夫はグラスを一気に煽り、飲み込む。
 喉をかける灼熱はずいぶんと氷に薄められており、苦味の奥に甘みが見えた。
 ――美味しいのかな? もしかして……。
 グラスをゆっくりと置きながら、少し手が震えたのが怖かった。
 褐色の瓶はまだ少しある。
 だが手は伸ばさない。
 自分は節制が利かないほう。だからやめておく。それも勇気。退く勇気。だと言い聞かせて。
 ――先輩、遅いな……。
 お酒はまだ触れた程度。だがもう一つは……?

「ん~、なんかだるい……」
「もう、そんなに飲むから……」
 一個上の先輩、それも泥酔と呼べる久恵を背負いながら廊下を進む紀夫。
 あくまでも様子を見に行った紀夫を待っていたのはバスタオルを抱いて眠る久恵の姿。
 汗とアルコール、それに思春期独特の甘い香りが混ざると、それはお世辞にも良いとは言えない香りだったが、まさか「臭いので方って置きます」とも出来ず、仕方なく運ぶことにしたのだ。
「うふふ、だってえ、つまんないんだもん……」
 にこやかにつまらないと言う久恵なのに、どこか嬉しそうな声色が不思議。
「えっと、先輩の部屋は……」
「君、私の部屋に入るの?」
「だって先輩、歩けないでしょ?」
「うん。だから送っていけ!」
 ゴーゴーと指を振る彼女は突き当たりの部屋を示し、彼の耳元に頬ずりをした。

 六畳程度の彼女の部屋には一人で寝るには大きいベッドと学習机、それに洋服ダンス、本棚がある。
「どう? 可愛い?」
 正直な感想は優等生。
 ベッドはタオルケットが綺麗に畳まれており、クッションも枕の隣。
 本棚には参考書がいくつかと小説の類。ヌイグルミはクマのヌイグルミが一つに机の上に置物がある程度。カーテンもピンクの無地にレースのそれが引いてあるだけ。
「はい……」
「返事がおそーい。罰なのじゃ!」
 酔いのせいかけらけら笑う彼女は柔らかい何かを頬に当てては鼻で笑う。
 酔っ払いの相手に飽きた紀夫は彼女をベッドに下ろすと、そのまま横になるように促す。
「先輩、もう横になってください。後片付けはしておきますから」
 近くにあったクーラーの電源を入れ、「お休みモード」を設定。すぐに冷たい風が蒸し暑い部屋を心地よい状態にしてくれる。
「鍵は……鍵はかけてからポストに入れておき……」
「さっきの、気持ち良かった?」
「え?」
 「さっきの」に心当たりは……?
「罰」
 頬を撫でるフニフニとした感触は、覚えがある。他人のではあるが、あれはおそらく……。
「もう少しいなよ。そしたら、もっとしてもいんだよ?」
 タオルケットで顔の半分を隠してそっと呟く久恵。
 紀夫は喉を鳴らしながら唾を飲む。
 期待している行為の前だと唾液が粘着質になって困る。
「先輩……」
「今日も親、いないし……」
「先輩……」
 目を瞑る久恵。

 このまま……。

「スー、スー……」
 続く寝息に気持ちが萎える。
 起こして……してもいい。
 が、手首に触れる彼女の指が、それをさせてくれなかった……。

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