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……タイッ!?_42

目が覚めても誰もいない

 朝目が覚めると、昨日とは違った良い匂いがした。
 半分開いたドアからは味噌の香りと包丁のトントンという小気味の良い音。そして何かを焼く「ジュー」と油の跳ねる音。
「あれ、ここは?」
 見慣れないタオルケットと高さの違う枕。携帯の着信履歴には母親から数件と理恵からのオハヨーメール。時間を見ると午前七時。
 ――先輩の部屋……。泊まっちゃったの?!
 飛び跳ねるようにベッドから降りた紀夫は急いで久恵の姿を探す。途中親御さんに会わないかと怯えながらも、彼女の「いない」の言葉を思い出す。
「先輩? 久恵先輩!」
「あら、起きたの? 今ごはんできるとこだけど、待ってなよ……」
 制服姿にエプロンをまとったいつもの……よりも魅力的な久恵の姿にしばし見惚れる紀夫。
 地味なイメージの久恵も笑えばそれなりにかわいらしく、幼な妻という卑猥な妄想がそれを加速させ、換気扇から入る光が髪に反射してきらきらとデコレートしていた。
「久恵先輩……」
「どうしたの? ほら、座ってて……」
 昨日の一幕はなんだったのか?
 それを忘れたくなる、そんな朝の始まり方……。

 味噌汁に白いごはん、それに納豆、もしくはハムエッグがあれば充分。
 けれど久恵の用意した朝食はシメジとネギの香ばしい香りのする白身魚のホイル焼き。上に乗ったバターが溶け出し、食欲をそそる。
 サラダは大きめの器に盛られ、レタスとコーン、他にトマトやキュウリの季節の野菜の添えられている。
 ――こういっちゃあれだけど、理恵さんよりずっと家庭的かも……。
「それじゃいただきます」
 久恵はエプロンを空いた椅子にかけると紀夫に構わずアルミホイルをはがす。
「あ、はい、いただきます」
 一手遅れて紀夫も箸を取る。
 味噌汁を飲むと赤味噌のコクのある味わいとジャガイモとワカメが良い感じにほぐれる。
 サラダは出来合いのドレッシングの中に香ばしいかりっとしたものがあり、食感が良い。
 白身魚は季節はずれの鱈だが、足りない脂をバターが補っており、シメジが味を引き立てる。
 どれも美味しい。なのに静かな朝食。
「あの、先輩は……」
 とりあえず何か喋ろうとするも、続く言葉が見つからない。
「なあに?」
 味噌汁を啜っていた久恵は手を置くと微笑みこそしないが、顔を乗り出して言葉を待っている。
「えと、料理、上手ですね……」
「うん。普段もしてるからね。っていうか、ごはん粒、着いてるよ……」
 久恵は右手を伸ばすと紀夫の横頬に付いた粒を一つ取り、そのまま口に運ぶ。
「すみません……」
 既視感を覚える一瞬に、紀夫は胸が熱くなる。
「どうしたの? 赤くなってさ……」
 原因である久恵は意に返さず、キョトンとした様子でいる。
「いや、だって先輩……」
「んもう、コレぐらい普通でしょ? それともマネージャー君はしてもらったコトないの?」
 ようやく気付いた彼女だが、一笑ではぐらかすだけ。
「いえ、その、そういうわけじゃなくて、その……」
「はっきりいいなよ」
 楽しむような詰め寄り方は誰かを思い出す。
「先輩にしてもらえるとは思わなかったから……」
「いや?」
「いやじゃないです。でも、驚きました」
「そ」
「はい」
 久恵の箸がホイルに向いたところで話はおしまい。二人は静かな朝食を続けていた。

「えっと、先輩は……」
「なに?」
 久恵は濡れた食器を拭きながら彼を見る。
「あの、部活は?」
「んー、今日はパス。足、まだ痛いし……」
「そうですか……」
「できればマネージャー君に……」
「はい、事情は僕が伝えておきますので安心してください」
 胸をドンと叩きいつも通りの安請け合い。
「あ、そうじゃなくて……、まあいいわ。お願いね……」
 笑顔の紀夫とは対照的にどこか寂しそうな久恵は視線を濡れた食器に移したあと、小さくため息を着いていた。

 午後の練習、当然ながら久恵は来なかった。
 愛理にその旨を伝えると、彼女も心配らしく携帯で連絡を取ろうとしていた。が、三回かけ直したあと、首を捻って携帯をしまう。
 携帯に出ない。ということはつまり……。
「ちょっとノリチン?」
 突然の理恵の声にぶるっと身を震わせる紀夫。
「ん? 何?」
「ぼおっとしてた」
「ゴメン、ちょっと暑さで……」
 どうしたの? と言いたそうな顔の理恵。心配させても勘ぐられかねないと笑って誤魔化す紀夫。
「そっか、しょうがないよね、暑いもん」
 理恵もうんざりした様子で言うと、そのまま日陰へと行く。
「えっと、紀夫君、じゃなかった、マネージャー君」
 振り返ると愛理がパタパタと駆け寄ってくる。
「お願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「あのね、合宿の皆が忘れものしたんだって。だから、私ちょっと……」
「ああ、そういう事なら任せてください。忘れ物を届ければいいんですね?」
「え? あ、いや、そうじゃなくて私が届けるから……」
 合宿が始まって今日で三日。おそらく忘れ物を届けるのは口実で、本当は年下の恋人に会いたいがため。
「ダメですよ。キャプテンもいないのに先生までいなかったら陸上部はどうなるんですか? 僕が行ってきますから、忘れ物ってなんですか?」
 自分の言っていることは正論。そもそも雑用兼任のマネージャーなのだから、なにも問題はない。
 もちろnそれは口実で、本当は相思相愛の二人を邪魔してみたくなったから……。

 届け物はゼッケンと部員の名簿と住所録で、即必要ではないものの確認に使うらしい。
 紀夫は渋る愛理から荷物を受け取り、「一緒に行く」と言い出した理恵を「補習があるでしょ」と諭す。
 郊外に出るとだんだん建物がまばらになり、代わりに畑や田んぼが広がりだす。
 合宿の場所は葛城大学の総合運動場で、相模原からはバスを乗り継ぐ必要がある。
 ただし運動場は山間にあり、バスは朝夕一本ずつ。なんとか夕方のバスには間に合ったので、帰りはタクシーでも使おうと計画する。
 ――何焦ってんだろ?
 一番後ろの席に座り、整理券を握る紀夫。思い出すのは理恵の求めに応じなかったこと。
 もともと合宿に参加しない彼女を連れて行くのは筋違い。と思う一方、彼女を同伴するになれなかった。
 彼女には補習もある。本当は一日ぐらいさぼったところで問題もないだろう。そもそも他人事なのだし。
 けれど今だけは邪魔に思えた。
 ――誤解されても困る。
 紀夫はそう自分に言い聞かせた。
 とはいえ、誰に誤解されるのが困るのか?
 葛城運動場駅を前に、汗ばむ手の中で整理券のインクが滲んでいた……。

 バス亭を降りてもすぐに施設があるわけではない。施設に行くことじたいがトレーニングの一環らしく、アップダウンのある坂道を乗り越え、ようやくたどり着いた頃には域も絶え絶えになっていた。
 玄関では見慣れたジャージに身を包む女子がおしゃべりをしていたが、紀夫に気がついたのか、ショートカットの一人が走るわけでもなく、それでも急いでやってくる。
「紀夫が来たの? てっきり平山先生だと思ったんだけど……」
 驚いた様子の里美は彼から荷物を受け取る。
「だって、キャプテンいないし、なのに、顧問までいなかったら……大変でしょ?」
 半分本当で半分はイジワル。
「そうかな? 先生いても意味ないと思うよ?」
「そんなこと言わないでよ……」
「まあいいや、で? どうやって君帰るの? バス無いのに」
「タクシー呼ぶよ」
「ふーん。それじゃあ電話借りないとね」
 里美は施設に来るよう促すが、紀夫はキョトンとしてしまう。
「え? 携帯で呼ぶよ」
 出かける前に近隣のタクシー会社はチェックしてある。バスのある場所まで出られれば問題ないのだ。
「無理。ここ電波悪いから」
 しかし里美の続く言葉はそれを一瞬で打ち砕く。
「嘘?」
 急いで携帯を取り出すと赤く圏外の文字。
「ここ、本当に日本?」
「自信ない」
 里美の冗談めいた一言に紀夫は肩を落とした。

続き

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