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……タイッ!?_48

おつかい

 食堂の朝は夕方よりも忙しい。なにしろ食べ盛りの五十人の食事を作るのだ。作り置くにしても今は夏、おかずを選ぶ必要があるのだ。
「ほら、ぼやぼやしないの。仕事はいくらでもあるんだから!」
 豆腐に目玉焼きにキャベツのサラダ。コレだけでは栄養バランスが悪いと青菜とレバーの炒め物。味噌汁にごはんを合わせてそれにヨーグルトをのせて一人分。
 紀夫は各テーブルにヨーグルトを乗せて回っていた。
 ――しかし皆よくこんなに食べられるよな。俺、見てるだけでおなか一杯だよ……。
 以前定食屋で見た里美の食い気を思い出すとこの量も納得できると思う一方、これがアスリートの一日の始まりと関心していた。
「終わりました!」
「そんじゃ次は布巾あらってテーブルに置いてきて!」
「はい!」
 食欲は真似できなくとも返事だけは威勢よくと、お腹から声を出す紀夫だった。

 食事の後片付けと昼食の下準備。
 包丁を振るうよりはと食器洗いをするも量は膨大。洗浄機に入れては戸棚と洗い場を行ったりきたりを繰り返す。
 それは思ったよりもハードで、特に重ねた皿を運ぶのに神経を使っていた。
「おーい、バイト君。それが終わったらキャベツの千切り教えるからこっち来て~」
 四十になるかというころのパートのおばさんは紀夫をすっかり新しいバイトと勘違いしているらしく、彼に新たな仕事を振っていた。
「はーい」
 場所が校外であっても結局は断れない紀夫であったわけで、今から急いだところで既に町へのバスは出庫済みであった……。

 食堂でキャベツ相手に格闘する紀夫はすでに親指と人差し指に名誉の傷を負っていた。
 それでも止められないのは他にすることが無いため。
「あれ? まだいたの?」
 朝のトレーニングを終えたらしく里美が空のペットボトルを持ってやってくる。
「ああ、バスも行ったみたいだし……」
「そうなんだ。ふふ、ドジだね」
「そういわないでよ。へこんでるんだから……」
「でも様になってきたんじゃない? ここのバイト」
「バイトって……」
「いっそ合宿が終わるまでバイトしてれば?」
「そんな……」
 とはいえ夏の間の簡易アルバイトも悪くないのかもしれない。家に帰っても宿題の類は終わっており、陸上部もエースクラスがいないと途端にのんびりだらけムードを醸しているのだし。
「はい、里美ちゃん。午後もがんばってね」
「はーい」
 代わりにドリンクを持ってきたおばさんは既に里美の顔と名前を覚えているらしく、ニコニコしながらやってくる。
「そうだ、また何か買い物とかありますか?」
「え? ああ、そうねえ……」
 パートのおばさんは帽子でまとめた頭を描きながら「何かあったかしら」と厨房のほうへと行く。
「買い物って、なんかあるの?」
「うん。たまに買い忘れっていうか、発注忘れがあるっぽくてさ、合宿の人が持ち回りで買い物行くんだって」
「へー、それで今回は里美さん達の番?」
「んーん、あたしは今日暇っぽいし……」
 今日は快晴そのものだが、昨晩は雨。彼女のトラック競技は予定していた練習が出来ず、かといって他の場所は他の競技のプログラムが行われている。結局彼女らは自主トレという形の自由時間を与えられていた。
「ああ、ちょっと調味料がきれてたわ。あのね、福神漬けとカレーの粉あるじゃない。あれ買ってきて。業務用のね」
 パートのおばさんは五千円札と買い物のメモを渡すと領収書は「相模原運動場で切るように」という。
「それじゃいこっか」
「え? どこに?」
「どこって買い物。まさかこんなか弱い女子一人で行けとかいわないわよね?」
 メモにはカレー粉五キロ、福神漬け二キロ。他にも色々見慣れない言葉があるが、確かに一人で持てるものでもなさそう。
「うん。いこっか」
 帰りのバスは夕方までないのならこれ以上手に傷を負う必要もないと頷く紀夫だった。

 昨日の雨のせいでジメジメとしているが、太陽の輝きに比べて気温も低い。自転車で走るには気持ちのよい、そんな時間だった。
「ふー、気持ちいい!」
 風を切るスピードで坂を下りる里美。
「待ってよ、里美さん!」
 きしむ車輪と磨り減ったブレーキにおっかなびっくりの紀夫。
「ねー、競争しようか?」
「そんな、だって俺場所知らないし」
 後をついてくるマネージャーのことなどお構い無しに立ちこぎになる里美に紀夫はそれどころではないと泣き言を言う。
「ここまっすぐ行くだけだって! それじゃよーいどん!」
「待ってよ~」
 道が平たんになったところでようやく立ち漕ぎにする紀夫だが、その距離は広がらないだけで、縮まることが無い。
「へへーんだ、ここまでおいで~だ」
 後をちらりと見る彼女は楽しそうに笑っていた。
 それはふりふりと揺れる彼女のお尻よりもずっと魅力的で、日頃理恵を乗せて鍛えている足にも力が入る。隣で笑いながらそれを見つめたいという純粋な下心に火がついたから。
「……ふん、ふん!」
 気合で横に付け、ニヤリと不敵に笑う紀夫。
「お? がんばるね~」
 里美も感心とばかりに真顔で頷く。
「負けないよ」
「ほ~、ならさ、君が先に着いたらキスしてあげる」
「え?」
「ほら、がんばれ!」
 一瞬呆気に取られる紀夫を里美は容赦なく置いていく。
 ――キスぐらい!
 昨日のことを思い出せばそれぐらい。
 けれど漕ぐ力は帰り道のことなど考えていなかった。

「えっと、カレー粉はこっちで福神漬けはここと……、おーい紀夫のほうは?」
 カートを押しながら探すのはターメリックや唐辛子、他に季節のナスやトマト。ハヤシライスでもつくるのか、そんな選択のメモに料理に疎い紀夫でも首を傾げてしまう。
「いったい何を作るんだろうね」
「カレー? だと思ったけど……」
 里美は彼を振り返ることもなく、そっけなく答える。
 それは紀夫も一緒で、彼女の隣にはどうしてもいけなかった。
 理由は当然先ほどのレースのせい。
 結果だけいえば里美の健脚が当然のごとく勝利を収め、二人ともしばらく駐車場で息を整えていた。
『あたしの勝ちだね』
 それだけいうと彼女は汗で濡れるシャツを鬱陶しそうにしながら、量販店へと向った。
 残念そうだった。
 そう思うのはきっと最近芽生えた妙なプレイボーイ意識からだろうか?
 最近の自分は自分でも分かるほど調子に乗っている。
 その自戒を込めて里美には抑え目に接しようと思う紀夫だったが、キスという愛情表現に心乱されているのも事実。そして惜しいと思う気持ちにも。
「里美さん」
「ん?」
「ん、なんでも無い」
「そ」
 素っ気無い態度。
 昨日の再開と比べたらずっと……。
 それがさらに紀夫の心を乱していた。

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