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……タイッ!?_52

愛の巣

 初めて入るその建物は普通の建物と違い受付などがおらず、券売機のようなディスプレイにサービス内容が提示されていた。
 休憩料金二五〇〇円、お泊り四〇〇〇円。

 休憩というのが何時間なのか分からない紀夫は選択を躊躇してしまう。
 けれど久恵は気にすること無く高い方を選ぶ。
 それはつまり……。

 ピンク一色に染まっていると思った部屋は意外にも質素なベージュ色。床は少し前まで畳だったのか入り口が一段低く、入るとダブルベッドがあるだけの簡素なつくりだった。
 二人で一泊するのであればビジネスホテルよりも安いのだが、妙に低い天井に圧迫されるような錯覚を醸されてしまう。
 とりあえず置いてみた程度の姿見に映るぼうっとした自分がなんとも間抜けに見えた。
「先輩……」
 ちらりと久恵を見ると、彼女は身体ごと彼にむいていた。
「ねえ紀夫君?」
 笑窪の出来たはにかみスマイルと優しい目を少し眠そうに垂れさせた瞳。少し首を傾げたら、それは憧れを持って接すべく年上の女子の顔。
「はい」
 唾を飲む暇もなくずいと近づく顔。
 彼女は月のようなもの静かな女性。けして美人の分類には達しない、そんな存在。だったはずが、夏休み用のメイクとオシャレがそれを払拭していた。
 だからこそ、期待していた。
 あのとき交わした不文律。
 今こそ続きを望む……、望みたい、望みたかった……。
 ――俺は……きっと恋してるから……。
 性的な欲求と芽生え始めて間もない恋慕。
 夏休みが終わったら、いや、合宿が終わったらもうついこないだまでの二人、憧れと依存の関係には戻れない。これからは、きっと……。
「君、すごく臭いよ。スイカを置きっぱなしにしたときみたいに臭ってくる……」
「す、すみません……」
 久恵がベッドにダイブしたあと、紀夫は一人バスルームへと向った。

 バスルームの扉を開くとまず眼に入ったのはトイレ。そしてガラス戸で仕切られたお風呂場が見えた。
 一応トイレと風呂場は別れているものの、これではユニットバスと変わらない。一人がお風呂に入っていたらトイレが使えないのではと笑ってしまう。
 ――あ、そうか……。
 ここがどこだか理解した紀夫は愚かな疑問と苦笑する。
 シャツごとワイシャツを脱ぎ捨て、汗を吸ったベルトを外してズボンも脱ぐ。畳むのは面倒くさいので濡れないようにタオルのカゴにいれる。
「ふぅ……でもま……、いっか……」
 ひとまずシャワーを浴びながら、彼は今この状況を整理しようと試みる。
 不自然に大きな姿見には疲れた自分が映り、この後の展開に期待する息子がビンビンに立っているが、泣き出す前に冷たい水をかける。
 ――煩悩退散……。俺……は、里美さんを……きっと……。
 熱いシャワーがシャンプーを流していく。ボディソープの安っぽい匂いも気にならない。
 たかがキス。されどキス。
 言葉を発するためのもの。気持ちの出口。

 それも歪な。

 歪な形にして。

 誤解を生まない言語。

 誤解を生む言語。

 それが……。

「俺はキスしたんだ。里美さんとキスしたんだ!」
 鏡に向って語る紀夫。シャワーの勢いを上げて言葉を消す。
「きっと、俺も、彼女も! 好きなんだ。お互い……」
 雷雨に似た水音に半比例して小さくなる声。
 まだ信じられない。
 そんな弱さがあるから……、ここへ来たのかもしれない。

 シャワーから紀夫が出ると、久恵は布団を頭から被っていた。
 もうこんなお遊びはおしまいと伝えるため、紀夫は一度唾を飲み、心を落ち着け、そしてそっと手を添える。
「先輩、帰りましょう。僕……俺達、ここで一緒にいるべきじゃないし……」
「やっぱり……」
 か細い声が聞こえてくる。震えているのかもしれない。それはつまり泣いているのかもしれない。
「なんです?」
「やっぱり、里美ちゃん?」
 また……なのだろうか? それとも今更なのかもしれない。

 恋に気付けなかったのは自分だけ。

 ――はい……。

 迷いは無い。
 だから口を開けばもうすぐ、自然に言える。相手が久恵でも、紅葉でも美奈子でも綾でも理恵でさえ……。

「……ッ!?」

 声が出ない。
 シャワーを浴びたばかりだどいうのに、乾いた口腔内がくっ付きあって痛みを感じてしまうほど。身体も熱くなり、拭いたあとから汗が涌き出る。
 久恵は布団に包まったまま震えていない。
 きっと彼女は自分の続く言葉を待っている。
 このおかしな夜遊びを終わらせるセツナイ言葉を。
「……どうしたの?」
「そ……れ……が……」
「う、う、う……」
「その、喉が渇いて……」
「そんなに……私が嫌?」
「そうじゃなくて……だから……」
 冷蔵庫を開けて適当に一本取り出す。そこにはエールの文字があるが、この際気にしない。
「ンゴク、ゴクッ……」
 炭酸のそれは清々しい香りで喉を潤し、ひとときの安心をくれる。
 けれど、布団に包まる彼女の肩の辺りが小刻みに震えると、それもすぐに消し飛ぶ。
「俺は……」
「う、う、う……うふふ、あはは! あっはっはっ!」
 次の瞬間飛び出してきたのは、顔を真っ赤にしてお腹を抱えて笑う久恵だった……。

 突然の爆笑に言葉を失う紀夫。けれど久恵はベッドをバンバンと叩き、堪える様子が無い。
「何がそんなにおかしいんです!」
 いわれの無い嘲りにイラつく紀夫。口調を少し強めにしてしまう。
「だって、だってさ……。君、やっぱり里美ちゃんのこと好きなんじゃない……、お風呂でフルチンで叫んでさ……おっかしいったらありゃしないわよ……」
 シャワーの音で消していたはずのそれは薄い壁を通して彼女にしっかりと伝わっており、しかも不自然に大きい窓からは先ほど見た風呂場が見えたりもする。
 ――あれってマジックミラー?
 鏡に向っていたつもりが、実はベッドで横になる久恵を相手に叫んでいたわけで……。
「あ、その、これは、……ずるいです! こんなのフェアじゃないです!」
「何がフェアじゃないよ……、もうおっかしいったら……久しぶりに笑ったわ……」
 真っ赤な顔と目尻の涙。しばらくは顔面が痛いだろう笑顔に、紀夫は胸にカッとした熱さを覚える。
「僕は……、俺は、その、里美さんとキスしたから……したから、だから……」
 弱気はかつての自分を呼び覚ます。それを恋を確かめた勇気で抗い、しかし、言葉が続かない。
 彼女の気持ちが知りたい。
 教えてほしい。
 伝えたい。
 だから、まだ、言葉を、外に出せない。
「キスぐらい……それで好きになるの? じゃあさ……私のこと好きになあれ!」
 不意打ちで飛びつく久恵は彼の顎を少し舐めてから唇へと及んだ。

続き

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