どれくらいたってからだろ? 幸太ちゃんが部屋から出てきたの。
まさか扉の前で日替わりの彼女が泣いてるなんて思わないわよね。
声も立てず、涙と鼻水、よだれまでたらして床を汚してる醜い私。
幸太ちゃんはトランクスひとつで呆気に取られていたけど、肩も抱いてくれない。
必死で言い訳考えているとか? ならいいけど。
「由香ちゃん……、どうしてここに?」
「なんで里奈といるの?」
「それは、りっちゃんが来たから……」
「私も来ただけだよ」
「そうだけど、でも……」
「日曜は会わない日じゃなかったっけ? どうして、里奈といるの?」
「ごめん。でも由香ちゃんだって来たじゃない」
「私は、おやつ、作ろうと思って、一緒に食べたくて、だから……」
「そう。ごめん」
「いいの」
「よくないよ。僕、約束やぶっちゃったし」
彼の手がようやく私の肩を抱く。
ドアの後にで気配がある。
里奈かしら。っていうか、彼女しかいないか。
私怒ってもいいよね。だって最初に約束違反したのって彼女だしさ。
「里奈、出てきたら?」
私が水を向けると、きぃと小さく音をたててドアが開く。
タオルケットを身体に巻いた里奈の半身が見えた。
いつものようなツインテールを解いた髪は若干カールしていてかわいらしい。
彼女の場合、小悪魔風な髪型でも雰囲気を壊さない。
「ユカリン、怒ってる?」
怒ってないよ。ただ泣いてるだけ。あと、悲しいだけ。でも、怒っていいなら怒る。
だからなんなのって感じだけどさ。
「ごめんね、ユカリン。あたし、約束破ってコータとしちゃってて……。でもコータのことが好きだから、ユカリンに負けたくないから」
負ける? 何言ってるのよ。あんたの勝ちでいいわ。
男喜ばせるためにお尻まで差し出すあなたに勝てる分けないじゃない。
そりゃ私だって幸太ちゃんの喜ぶ顔が見たいわ。
でも、そういう退廃的っていうか、一時の快楽なんかに溺れるのは嫌。そんなの絶対に幸せなんかじゃないし。
私はそう言いたかった。
けど、口を出てくるのは。
「ああうぅ、ふぇーん」
情けない嗚咽ばかり。
幸太ちゃんも里奈も泣きじゃくる私の様子にしゃがみこみ、必死に言葉を探している。
「由香ちゃん……、元気だして」
元気を奪った人がよく言う。
「そうだ。今度ケーキ焼いてあげる。ユカリンが好きなチョコレートのやつ!」
今日まさに作りにきたんだけどな。ケーキ。
「由香ちゃん」
「ユカリン」
私が機嫌を直すのを待ってるの? そんなの無理に決まってるじゃない。
ていうか、さ、これじゃ私が悪者みたい。
二人が睦み合う場にしゃしゃり出てきて泣き出す。それを必死であやす二人。
惨め通り越して哀れ、さもなくば馬鹿よね。
「さよなら」
立ち上がった私はハンカチで顔をぐしゃぐしゃと拭いたあと、それだけいって階段を転げるように下りた。
もう少し気の利いたことをいえたらいんだけど、なんか今の私はこれが精一杯なのよ。
結構、傷つきやすいていうかさ、てんぱりやすいのよ。
**――**
公園のブランコに一人揺れる私。
梅雨時のせいかところどころ水溜りのあるここには誰もいなかった。
どこへ行こう。
家に戻る? でもまた泣き出しそうでやだ。これ以上泣いたら干からびそうだしさ。
誰かいない? 誰もいない。だって大切な友達っていうのが今さっき裏切りをしていた二人なんだもん。
あ、もう一人いたか。
恵……。
助けてくれる?
こんな身勝手な私をさ。
「あらあなた、この前のかわいくない子」
「な!」
顔を上げると見知らぬ誰か? いや、知ってる。確か去年の文化祭のときに来た……、美由紀先輩だ。
そうだ、この小柄な二つのお下げには見覚えあるもの。
この人見てると不愉快な思い出がよみがえるけど、今こうしてみるとなんか別の感情がわいてくる。
小さくて子供体系で、声もなんか高くてきいきいわめく感じ。すごくがきっぽい。
「泣いてたの?」
「なんですか、いけないんですか!」
ちょっと語気を強めるけど、別にいいよね。もう明日には会わない人だもの。それに嫌ならどこかにいけばいい。あっちから話しかけてきたんだし、それぐらいのリスクは背負ってよね。
「んーん、いけないことなんてないよ。悔しいこと、つらいことがあったら泣けばいいと思うよ。今は私以外誰もいないしさ」
美由紀はそういうと私の隣のブランコに乗り、思い切り漕ぎ出した。
「別に話したいことなんてありません」
「誰も聞くなんていってないよ? そーれ」
なにこの人? 普通こういうときって、特に親しいわけじゃなくてもさ、もっと何か別にない? というか、なんでもないなら話しかけてこないでよ。
今の私、誰でも頼りにしたくなっちゃうんだからさ。
「フラレタとか? 幸太君に」
「な!」
「図星だ!」
私が言葉に詰まっていると、彼女はかまわず解釈してしまう。
それで大当たりだけど、沈んだ心には響く。というか、今にも急沸騰しそうだ。
「なんですか! いきなりきて!」
彼女はブランコの上で立ち上がり、勢いよく中空へと向かう。
なんだか逃げられたような気がする私は、無駄とわかっていてもブランコをこがずにはいられなかった。
「フラレテないて、しょぼくれて。それでもかわいくないのは変わらない!」
「先輩だからって! 怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃない!」
「むかつく!」
「あはは、ほらほら、ここまでおいでー」
「なにがここまでおいでですか! ブランコなんだから追いつけるわけ……」
次の瞬間彼女の身体は空へととびだし、ぬかるみを避けて地面に着地する。
タイトなショートパンツがぴたっとそろえられ、量販店でよく見かける類のティーシャツがどこかたいそう服に見えた。
「十点!」
振り返る彼女は体操選手よろしく両手を天高く掲げてにっこりと微笑んでいた。
「ほらほら、追いてっちゃうぞ?」
いったいなんだというのだろう。
でも、売られたけんかっていうのかな。今日ばっかりは買ってもいいと思った。
**――**
「ほらほら、遅い遅い!」
日曜の午後三時を回っている公園で追いかけっこに興じる高校生女子二人。
哀愁どころか呆れてしまうわ。もっとほかに青春を謳歌する方法はないのかしら?
「待て、待ってぇ……」
運動部と帰宅部の違いをまざまざと見せられる私。
四角い公園なんだからと角へと追い詰めているのに、彼女は一瞬の隙をついて脇を抜ける。
確か恵の先輩だったから、バスケ部だよね。ついでに言うとエースだっけ? このちっこいのが。
「ふふふ、そんなんじゃ私は捕まえられないぞよ」
「何その時代がかった口調。恥ずかしいわね!」
とはいえ、一番恥ずかしいのは追いかけっこにまんまと乗せられてばて気味になっている私。
こんなところクラスの誰かに見られたらどうしよ?
「はぁはぁ、もうだめ、もう……降参」
っていうか、こっち運動する格好じゃないわ。始まる前から不利だってば。それに、相手は猿みたいに逃げるし、卑怯よ。
「あらら、もうばてたの。だらしないわね」
美由紀は勝ち誇った笑顔を浮かべながらこっちに来る。ひざまずく私を笑おうってのかしら? ……でも!
「えい!」
「あまい!」
無防備だと思った彼女の足にタックルをかます私と、それをひらりとかわす美由紀。
私はまだ湿った地面に両手をつき、彼女は不敵な笑い声を上げる結果となる。
「まったく、由香さんは正直者ね。結構だまされる人でしょ」
はい、そのとおりです。でも、不意打ちしたのに正直者?
「狙いがばればれだし」
さいですか。
「のど渇いた。何飲む?」
「へ? あ、なんでも……」
「何でもじゃだめだよ」
「じゃあお茶で……」
「うん、ちょっと待ってて」
なんだろ、毒気抜かれるって感じ?
「お待たせ」
「あ、ありがとうございます」
私は差し出された缶入りのお茶を受け取ると、飲もうともせずに彼女を見つめていた。
「私、コーラが好きなんだ」
ごくごくとのどを鳴らして飲み込む彼女。炭酸きつくないのかしら?
「飲まないの?」
「あ、いえ、いただきます」
勧められては断れないと、私もお茶を一口。
心地よい苦味とさっぱりとしたのみ心地。
私には物足りないけど、今はこれで我慢できるようにしたい。
「ふふふ」
「なんですか? さっきから失礼じゃないですか、人の顔見て笑って」
「いやあ、もう落ち着いたかなって思ってさ。由香さんだって私ほどじゃないけど、それなりの顔してるから、笑ってたほうがかわいいんじゃないと思ってさ」
「な! それって褒めてるんですか? 遠まわしに自分がかわいいっていってるような気がしますけど?」
「そりゃあだって、私の方が美人だし、かわいいよ」
「先輩、むかつく人ですね」
なんでかしらないけどすらっと口を出た。でも、当たり前じゃない、こんな人。少しでもいい人と思った自分が……、いたんだ。
「怒った顔はかわいくないよ。由香さん。ここは公園、みんなが仲良く遊ぶ場所なんだから笑ってないと」
「公園って……言われても」
公園でぐらい、泣いてもいいとおもうんだけどな。
「どうしても泣きたいなら、隠れてやらないと。もし私に見つかったらそういうの忘れるまで相手しちゃうよ?」
「はぁ」
「公園で一人で泣いてる子はほっとけない。たとえ由香さんみたいにかわいくない子でも」
「はぁ、どうしてです?」
私は怒りよりもそっちに興味があった。だってさ、たぶん、一人になりやすい私はきっとまたここに来ちゃうと思うもの。
「私と彼、公園で出会ったから」
公園で出会ったって、いわゆる自由人かしら?
「年下の彼」
あそ。
「私が一人でいたとき、彼も一人でいたんだけど、なんかさ、一緒に遊んでた」
「それはそれは」
学校とかいいの? 放課後のことかな?
「その子、おうちでつらいことがあっても、学校で嫌なことがあっても私の前では泣かなかったな。っていうか、私のほうが泣いちゃった。だって急に彼と別れることになっちゃったしさ」
「フラレタんですか?」
「んーん、引越し。もう遠いところにいっちゃった。たまに汚い字で手紙がくるけどね」
「それじゃあまだいいじゃないですか。私よりずっと」
「かもね」
「先輩ってどっちなんですか? 嫌な人?」
「んー、どっちだろ」
指で顎をなでた後、彼女は困ったような笑い顔でこっちを見る。かくいう私も複雑な表情をしてたと思う。
だって次の瞬間ふたりとも爆笑してたんだもの。
美由紀先輩は携帯を取り出すと誰かに電話をかけだした。とても親しげだけど、どこか上からな言い方だった。
「まってて、由香さん。今来るっていうから」
「来るって誰が?」
「うーん、私よりもあなたのことを慰められそうな人?」
そんな人居たかしら? というか、美由紀先輩で十分だ。もう私は泣いてないし、涙も収まった。目じりにはまだ乾いた塩が残ってるけど、これぐらい平気。いつまでも誰かにたよってなんかいられないし。
「先輩、もう大丈夫です。私はへい……き?」
立ち上がる私に飛びつく先輩。背丈の都合上そうなったんだろうけど、重いしびっくりした。
ふんわりした香り。やっぱり先輩だけあって一年長く女をしてるわ。
でもなんで? そんなこと頼んでないよ? 抱きしめてなんてさ。
「もう少しいなよ。由香さんは強がりっぽいから、泣いてなくても心配になっちゃう」
そんなに心配かな。っていうか、強がりかな、私。
「気持ちは溜め込んじゃだめ。パンクするまえに誰かに言わないと、押し付けないとだめだよ。特に恋愛なんてめんどくさいもの、自分ひとりじゃ絶対に解決できないしさ」
「そうですか?」
「そうだよ。っていうか、恋愛で一番楽しいことってなにかしってる?」
「相思相愛になれることですか?」
「んーん、関係ない友達にそういうこと報告できること!」
「はぁ、そうですか」
そうなのかな。だとしたら、私、かなり損してない?
「お、ほらほら、来たぞ。私よりずっと由香さんを慰められる子がさ」
抱擁が解かれたので先輩が言うその慰められる子ってのに振り返ってみた。
「由香、どうしたんだ?」
なんか一人あせってる大切な友達が居たよ。
続き
幸太ちゃんはトランクスひとつで呆気に取られていたけど、肩も抱いてくれない。
必死で言い訳考えているとか? ならいいけど。
「由香ちゃん……、どうしてここに?」
「なんで里奈といるの?」
「それは、りっちゃんが来たから……」
「私も来ただけだよ」
「そうだけど、でも……」
「日曜は会わない日じゃなかったっけ? どうして、里奈といるの?」
「ごめん。でも由香ちゃんだって来たじゃない」
「私は、おやつ、作ろうと思って、一緒に食べたくて、だから……」
「そう。ごめん」
「いいの」
「よくないよ。僕、約束やぶっちゃったし」
彼の手がようやく私の肩を抱く。
ドアの後にで気配がある。
里奈かしら。っていうか、彼女しかいないか。
私怒ってもいいよね。だって最初に約束違反したのって彼女だしさ。
「里奈、出てきたら?」
私が水を向けると、きぃと小さく音をたててドアが開く。
タオルケットを身体に巻いた里奈の半身が見えた。
いつものようなツインテールを解いた髪は若干カールしていてかわいらしい。
彼女の場合、小悪魔風な髪型でも雰囲気を壊さない。
「ユカリン、怒ってる?」
怒ってないよ。ただ泣いてるだけ。あと、悲しいだけ。でも、怒っていいなら怒る。
だからなんなのって感じだけどさ。
「ごめんね、ユカリン。あたし、約束破ってコータとしちゃってて……。でもコータのことが好きだから、ユカリンに負けたくないから」
負ける? 何言ってるのよ。あんたの勝ちでいいわ。
男喜ばせるためにお尻まで差し出すあなたに勝てる分けないじゃない。
そりゃ私だって幸太ちゃんの喜ぶ顔が見たいわ。
でも、そういう退廃的っていうか、一時の快楽なんかに溺れるのは嫌。そんなの絶対に幸せなんかじゃないし。
私はそう言いたかった。
けど、口を出てくるのは。
「ああうぅ、ふぇーん」
情けない嗚咽ばかり。
幸太ちゃんも里奈も泣きじゃくる私の様子にしゃがみこみ、必死に言葉を探している。
「由香ちゃん……、元気だして」
元気を奪った人がよく言う。
「そうだ。今度ケーキ焼いてあげる。ユカリンが好きなチョコレートのやつ!」
今日まさに作りにきたんだけどな。ケーキ。
「由香ちゃん」
「ユカリン」
私が機嫌を直すのを待ってるの? そんなの無理に決まってるじゃない。
ていうか、さ、これじゃ私が悪者みたい。
二人が睦み合う場にしゃしゃり出てきて泣き出す。それを必死であやす二人。
惨め通り越して哀れ、さもなくば馬鹿よね。
「さよなら」
立ち上がった私はハンカチで顔をぐしゃぐしゃと拭いたあと、それだけいって階段を転げるように下りた。
もう少し気の利いたことをいえたらいんだけど、なんか今の私はこれが精一杯なのよ。
結構、傷つきやすいていうかさ、てんぱりやすいのよ。
**――**
公園のブランコに一人揺れる私。
梅雨時のせいかところどころ水溜りのあるここには誰もいなかった。
どこへ行こう。
家に戻る? でもまた泣き出しそうでやだ。これ以上泣いたら干からびそうだしさ。
誰かいない? 誰もいない。だって大切な友達っていうのが今さっき裏切りをしていた二人なんだもん。
あ、もう一人いたか。
恵……。
助けてくれる?
こんな身勝手な私をさ。
「あらあなた、この前のかわいくない子」
「な!」
顔を上げると見知らぬ誰か? いや、知ってる。確か去年の文化祭のときに来た……、美由紀先輩だ。
そうだ、この小柄な二つのお下げには見覚えあるもの。
この人見てると不愉快な思い出がよみがえるけど、今こうしてみるとなんか別の感情がわいてくる。
小さくて子供体系で、声もなんか高くてきいきいわめく感じ。すごくがきっぽい。
「泣いてたの?」
「なんですか、いけないんですか!」
ちょっと語気を強めるけど、別にいいよね。もう明日には会わない人だもの。それに嫌ならどこかにいけばいい。あっちから話しかけてきたんだし、それぐらいのリスクは背負ってよね。
「んーん、いけないことなんてないよ。悔しいこと、つらいことがあったら泣けばいいと思うよ。今は私以外誰もいないしさ」
美由紀はそういうと私の隣のブランコに乗り、思い切り漕ぎ出した。
「別に話したいことなんてありません」
「誰も聞くなんていってないよ? そーれ」
なにこの人? 普通こういうときって、特に親しいわけじゃなくてもさ、もっと何か別にない? というか、なんでもないなら話しかけてこないでよ。
今の私、誰でも頼りにしたくなっちゃうんだからさ。
「フラレタとか? 幸太君に」
「な!」
「図星だ!」
私が言葉に詰まっていると、彼女はかまわず解釈してしまう。
それで大当たりだけど、沈んだ心には響く。というか、今にも急沸騰しそうだ。
「なんですか! いきなりきて!」
彼女はブランコの上で立ち上がり、勢いよく中空へと向かう。
なんだか逃げられたような気がする私は、無駄とわかっていてもブランコをこがずにはいられなかった。
「フラレテないて、しょぼくれて。それでもかわいくないのは変わらない!」
「先輩だからって! 怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃない!」
「むかつく!」
「あはは、ほらほら、ここまでおいでー」
「なにがここまでおいでですか! ブランコなんだから追いつけるわけ……」
次の瞬間彼女の身体は空へととびだし、ぬかるみを避けて地面に着地する。
タイトなショートパンツがぴたっとそろえられ、量販店でよく見かける類のティーシャツがどこかたいそう服に見えた。
「十点!」
振り返る彼女は体操選手よろしく両手を天高く掲げてにっこりと微笑んでいた。
「ほらほら、追いてっちゃうぞ?」
いったいなんだというのだろう。
でも、売られたけんかっていうのかな。今日ばっかりは買ってもいいと思った。
**――**
「ほらほら、遅い遅い!」
日曜の午後三時を回っている公園で追いかけっこに興じる高校生女子二人。
哀愁どころか呆れてしまうわ。もっとほかに青春を謳歌する方法はないのかしら?
「待て、待ってぇ……」
運動部と帰宅部の違いをまざまざと見せられる私。
四角い公園なんだからと角へと追い詰めているのに、彼女は一瞬の隙をついて脇を抜ける。
確か恵の先輩だったから、バスケ部だよね。ついでに言うとエースだっけ? このちっこいのが。
「ふふふ、そんなんじゃ私は捕まえられないぞよ」
「何その時代がかった口調。恥ずかしいわね!」
とはいえ、一番恥ずかしいのは追いかけっこにまんまと乗せられてばて気味になっている私。
こんなところクラスの誰かに見られたらどうしよ?
「はぁはぁ、もうだめ、もう……降参」
っていうか、こっち運動する格好じゃないわ。始まる前から不利だってば。それに、相手は猿みたいに逃げるし、卑怯よ。
「あらら、もうばてたの。だらしないわね」
美由紀は勝ち誇った笑顔を浮かべながらこっちに来る。ひざまずく私を笑おうってのかしら? ……でも!
「えい!」
「あまい!」
無防備だと思った彼女の足にタックルをかます私と、それをひらりとかわす美由紀。
私はまだ湿った地面に両手をつき、彼女は不敵な笑い声を上げる結果となる。
「まったく、由香さんは正直者ね。結構だまされる人でしょ」
はい、そのとおりです。でも、不意打ちしたのに正直者?
「狙いがばればれだし」
さいですか。
「のど渇いた。何飲む?」
「へ? あ、なんでも……」
「何でもじゃだめだよ」
「じゃあお茶で……」
「うん、ちょっと待ってて」
なんだろ、毒気抜かれるって感じ?
「お待たせ」
「あ、ありがとうございます」
私は差し出された缶入りのお茶を受け取ると、飲もうともせずに彼女を見つめていた。
「私、コーラが好きなんだ」
ごくごくとのどを鳴らして飲み込む彼女。炭酸きつくないのかしら?
「飲まないの?」
「あ、いえ、いただきます」
勧められては断れないと、私もお茶を一口。
心地よい苦味とさっぱりとしたのみ心地。
私には物足りないけど、今はこれで我慢できるようにしたい。
「ふふふ」
「なんですか? さっきから失礼じゃないですか、人の顔見て笑って」
「いやあ、もう落ち着いたかなって思ってさ。由香さんだって私ほどじゃないけど、それなりの顔してるから、笑ってたほうがかわいいんじゃないと思ってさ」
「な! それって褒めてるんですか? 遠まわしに自分がかわいいっていってるような気がしますけど?」
「そりゃあだって、私の方が美人だし、かわいいよ」
「先輩、むかつく人ですね」
なんでかしらないけどすらっと口を出た。でも、当たり前じゃない、こんな人。少しでもいい人と思った自分が……、いたんだ。
「怒った顔はかわいくないよ。由香さん。ここは公園、みんなが仲良く遊ぶ場所なんだから笑ってないと」
「公園って……言われても」
公園でぐらい、泣いてもいいとおもうんだけどな。
「どうしても泣きたいなら、隠れてやらないと。もし私に見つかったらそういうの忘れるまで相手しちゃうよ?」
「はぁ」
「公園で一人で泣いてる子はほっとけない。たとえ由香さんみたいにかわいくない子でも」
「はぁ、どうしてです?」
私は怒りよりもそっちに興味があった。だってさ、たぶん、一人になりやすい私はきっとまたここに来ちゃうと思うもの。
「私と彼、公園で出会ったから」
公園で出会ったって、いわゆる自由人かしら?
「年下の彼」
あそ。
「私が一人でいたとき、彼も一人でいたんだけど、なんかさ、一緒に遊んでた」
「それはそれは」
学校とかいいの? 放課後のことかな?
「その子、おうちでつらいことがあっても、学校で嫌なことがあっても私の前では泣かなかったな。っていうか、私のほうが泣いちゃった。だって急に彼と別れることになっちゃったしさ」
「フラレタんですか?」
「んーん、引越し。もう遠いところにいっちゃった。たまに汚い字で手紙がくるけどね」
「それじゃあまだいいじゃないですか。私よりずっと」
「かもね」
「先輩ってどっちなんですか? 嫌な人?」
「んー、どっちだろ」
指で顎をなでた後、彼女は困ったような笑い顔でこっちを見る。かくいう私も複雑な表情をしてたと思う。
だって次の瞬間ふたりとも爆笑してたんだもの。
美由紀先輩は携帯を取り出すと誰かに電話をかけだした。とても親しげだけど、どこか上からな言い方だった。
「まってて、由香さん。今来るっていうから」
「来るって誰が?」
「うーん、私よりもあなたのことを慰められそうな人?」
そんな人居たかしら? というか、美由紀先輩で十分だ。もう私は泣いてないし、涙も収まった。目じりにはまだ乾いた塩が残ってるけど、これぐらい平気。いつまでも誰かにたよってなんかいられないし。
「先輩、もう大丈夫です。私はへい……き?」
立ち上がる私に飛びつく先輩。背丈の都合上そうなったんだろうけど、重いしびっくりした。
ふんわりした香り。やっぱり先輩だけあって一年長く女をしてるわ。
でもなんで? そんなこと頼んでないよ? 抱きしめてなんてさ。
「もう少しいなよ。由香さんは強がりっぽいから、泣いてなくても心配になっちゃう」
そんなに心配かな。っていうか、強がりかな、私。
「気持ちは溜め込んじゃだめ。パンクするまえに誰かに言わないと、押し付けないとだめだよ。特に恋愛なんてめんどくさいもの、自分ひとりじゃ絶対に解決できないしさ」
「そうですか?」
「そうだよ。っていうか、恋愛で一番楽しいことってなにかしってる?」
「相思相愛になれることですか?」
「んーん、関係ない友達にそういうこと報告できること!」
「はぁ、そうですか」
そうなのかな。だとしたら、私、かなり損してない?
「お、ほらほら、来たぞ。私よりずっと由香さんを慰められる子がさ」
抱擁が解かれたので先輩が言うその慰められる子ってのに振り返ってみた。
「由香、どうしたんだ?」
なんか一人あせってる大切な友達が居たよ。
続き