朝はいつも一番に登校する。黒板をきれいにしたあと、花瓶の水を換えて枯れた葉っぱをゴミ箱に捨てる。
もしチョークが足りなかったら用務員さんにお願いしてくる。
まるで優等生な振る舞いだけどなんてことはない。他にすることがないだけなのだし。
もうすぐ八時五分。朝二番に来るのは決まって部活が終わった恵だけど、昨日の今日だとなんか顔を合わせづらい。
だってさ、女の子同士で変なことしちゃったしね。
そんなことを思っていると教室のドアがガラリと音をたてる。
多分恵だろう。なんか浮き足立っちゃう私は冷静になるために一度咳払いしてから立ち上がる。
「おはよ、け……」
「おはよう、由香さん」
と思ったら橘さんだった。
いつもは遅刻ぎりぎりに顔を出すくせにどうして今日はこんなに早いのかしら?
「早いんだね今日は」
「うん。大会でちょっと入賞? しちゃってさ、教頭先生に呼ばれてたの」
へー、この子にも意外な特技があるのね。
「それにしても由香さんはいつも早いね。おまけに教室の掃除までしてるなんてさ」
「たいしたことないわよ。みんなが気持ちよく勉強できたらってだけだし」
「さすが優等生。いうことが違うわね」
「優等生だなんて……」
いやみにしか聞こえないわ。
「ねえねえ、それでどうなったの?」
「何が?」
「何って、だからあ、幸太君とのこと」
さすがだわ。ホント嫌な人。むしろそっちのほうが入賞しそうじゃない? 底意地の悪さっていうか、笑顔で皮肉を言えるところとかさ。
「別に。なにもないわ」
「ふーん、里奈っちのいうこととはちょっと違うのかな?」
あーなるほど。この子里奈と友達なんだ。知らなかった。でもま、なんか雰囲気似てるし、わからないでもないか。
そういう無神経なところとかさ。
「でもま、由香さんがそういうのならそうなのかもね」
彼女はそれだけいうとそのまま自分の席につく。と思ったらそそくさと教室を出ていった。多分辞書でも借りにいったんでしょ? あの子自分の辞書を持たないのがポリシーみたいだしさ。
ふふ、なんでこんなことまで知ってるんだろ。
そりゃ、それだけ人を見てるからじゃない?
肝心なところは見えてないけどさ。
四時間目に来た井口の現代文はとても苦痛。だってちょうどおなかの空く時間につまらない読経を聞かされるんだもん。もしくは朗読。
そりゃ数学や物理みたいに細かい数字をあいてにするのもつらいよ。空腹で痛いおなかと数字のせいで目が回るし。
あーあ、恵なんてもうぐったりしてる。他の体育会系も全滅。そんなのみながら延々と授業を続ける井口ってすっごいサディストじゃない?
だからもてないのよ。
「由香ちゃん」
「ユカリン」
眠たい授業が終わったと思ったらさらに眠たくなる二人が来る。
「何かしら? 二人とも」
「昨日はごめん」
「ゴメンナサイ」
二人して一緒に頭を下げるところをみると打ち合わせでもしてたのかしら? でも、私に謝る理由なんてほとんどない。
「なんで謝るの? 別に怒ってないし、私だっておかしいことしてたんだよ?」
「だって、由香ちゃん泣いてたし」
私が泣いてたら謝るの? とりあえず。
そういうところ、去年のクリスマスからずっと変わってないんじゃないかな。
っていうか、今謝ってるのって誰のため?
私が泣いたから?
違う。
私を泣かせたっていう罪悪感から開放されたいからだよ。
だから続く言葉がないの。私が泣いたからなんて平気で言えるのよ。
私はこんなとき、なんていえばいい?
許さない?
それとも……、
「もう怒ってないよ。それに、こういう関係っていつか終わると思うの」
「うん」
「それが昨日みたいな形だったから私も取り乱しちゃったけど、でも、里奈。私、身を引くよ」
「え?」
「幸太ちゃんのことお願いね」
「いいの? ユカリン」
「うん。だって私の性格じゃきっと幸太ちゃんが息苦しくなるもの……それじゃね。ちょっとさっきの授業で気になったことあるから」
できるだけ笑顔でそう告げた。これが精一杯だ。
これ以上は余計な言葉が出る。
というか、出掛かってる。
私、陰湿な子だしさ。
続き
まるで優等生な振る舞いだけどなんてことはない。他にすることがないだけなのだし。
もうすぐ八時五分。朝二番に来るのは決まって部活が終わった恵だけど、昨日の今日だとなんか顔を合わせづらい。
だってさ、女の子同士で変なことしちゃったしね。
そんなことを思っていると教室のドアがガラリと音をたてる。
多分恵だろう。なんか浮き足立っちゃう私は冷静になるために一度咳払いしてから立ち上がる。
「おはよ、け……」
「おはよう、由香さん」
と思ったら橘さんだった。
いつもは遅刻ぎりぎりに顔を出すくせにどうして今日はこんなに早いのかしら?
「早いんだね今日は」
「うん。大会でちょっと入賞? しちゃってさ、教頭先生に呼ばれてたの」
へー、この子にも意外な特技があるのね。
「それにしても由香さんはいつも早いね。おまけに教室の掃除までしてるなんてさ」
「たいしたことないわよ。みんなが気持ちよく勉強できたらってだけだし」
「さすが優等生。いうことが違うわね」
「優等生だなんて……」
いやみにしか聞こえないわ。
「ねえねえ、それでどうなったの?」
「何が?」
「何って、だからあ、幸太君とのこと」
さすがだわ。ホント嫌な人。むしろそっちのほうが入賞しそうじゃない? 底意地の悪さっていうか、笑顔で皮肉を言えるところとかさ。
「別に。なにもないわ」
「ふーん、里奈っちのいうこととはちょっと違うのかな?」
あーなるほど。この子里奈と友達なんだ。知らなかった。でもま、なんか雰囲気似てるし、わからないでもないか。
そういう無神経なところとかさ。
「でもま、由香さんがそういうのならそうなのかもね」
彼女はそれだけいうとそのまま自分の席につく。と思ったらそそくさと教室を出ていった。多分辞書でも借りにいったんでしょ? あの子自分の辞書を持たないのがポリシーみたいだしさ。
ふふ、なんでこんなことまで知ってるんだろ。
そりゃ、それだけ人を見てるからじゃない?
肝心なところは見えてないけどさ。
四時間目に来た井口の現代文はとても苦痛。だってちょうどおなかの空く時間につまらない読経を聞かされるんだもん。もしくは朗読。
そりゃ数学や物理みたいに細かい数字をあいてにするのもつらいよ。空腹で痛いおなかと数字のせいで目が回るし。
あーあ、恵なんてもうぐったりしてる。他の体育会系も全滅。そんなのみながら延々と授業を続ける井口ってすっごいサディストじゃない?
だからもてないのよ。
「由香ちゃん」
「ユカリン」
眠たい授業が終わったと思ったらさらに眠たくなる二人が来る。
「何かしら? 二人とも」
「昨日はごめん」
「ゴメンナサイ」
二人して一緒に頭を下げるところをみると打ち合わせでもしてたのかしら? でも、私に謝る理由なんてほとんどない。
「なんで謝るの? 別に怒ってないし、私だっておかしいことしてたんだよ?」
「だって、由香ちゃん泣いてたし」
私が泣いてたら謝るの? とりあえず。
そういうところ、去年のクリスマスからずっと変わってないんじゃないかな。
っていうか、今謝ってるのって誰のため?
私が泣いたから?
違う。
私を泣かせたっていう罪悪感から開放されたいからだよ。
だから続く言葉がないの。私が泣いたからなんて平気で言えるのよ。
私はこんなとき、なんていえばいい?
許さない?
それとも……、
「もう怒ってないよ。それに、こういう関係っていつか終わると思うの」
「うん」
「それが昨日みたいな形だったから私も取り乱しちゃったけど、でも、里奈。私、身を引くよ」
「え?」
「幸太ちゃんのことお願いね」
「いいの? ユカリン」
「うん。だって私の性格じゃきっと幸太ちゃんが息苦しくなるもの……それじゃね。ちょっとさっきの授業で気になったことあるから」
できるだけ笑顔でそう告げた。これが精一杯だ。
これ以上は余計な言葉が出る。
というか、出掛かってる。
私、陰湿な子だしさ。
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