井口の授業なんて聞き流して十分。テストなんてテキストの語句変えた程度でしかないし、私文系に進むつもりないし。
でもま、言ったからには行かないとバツが悪い。
それに、今の自分、すごくサディスティックな気持ちでいっぱいだ。
誰か都合よく攻撃できる人がほしい。
そういうの、井口ぐらいしか思いつかないのよ。
「失礼します」
「ああ、相沢か。どうした? 授業の質問か?」
職員室で一人コンビニ弁当をつついている井口は私の声に一番に気がつくと、こっちに来る。
「いえ、ちょっと普段の生活のことで」
「そうか、じゃあ生徒指導室がいいかな?」
もしかして期待してるとか? ふふ、まあ大人の遊びかもね。SMっていうさ。
生徒指導室にはすでに先客が二人。なんだか進路がどうの、推薦がとか話してるから多分三年生だと思う。
私も来年はこんな感じで悩まないといけないんだろうな。それに比べれば今のことなんて……、どうだろ。比重っていうか質が違い過ぎるからなんともいえないかな。
「視聴覚室にしようか。鍵取ってくるから先に行っていてくれ」
井口は席がないことをみるやいなや、さっさと職員室へと走っていく。
なんだかね。そんなに私と二人きりなれるのが嬉しいの?
なんちゃってね。
**――**
「うん。えと、今日はどんな悩みなのかな」
「はい。あの、私失恋しちゃって……」
ちょっとストレートすぎるかな。でも、こいつの方から話を振ってきたんだし、こうなったとしても覚悟しとけって話よね。
「失……恋か。先生で参考になるかな。というか、僕はあんまりそういう経験がないからさ」
知ってるわよ。そんなこと。
「先生が言ったとおり、私、桐嶋君と教室でいけないことしてました。彼の気を惹きたかったから……」
「ああ、そうか」
「でも、そういうことしてもだめですよね。私、女の子として魅力ないし」
うつむいて一言。多分こいつの返しは……、
「いや、そんなことはないさ、相沢は十分に魅力的だとおもうぞ」
予想通り。
「どんなとこです?」
顔を上げて井口の顔を覗き込む。目は鋭い感じになれたらいいな。できるだけ攻撃的にさ。
「えと、やさしいところ」
「どうやさしいっていうんです?」
「それは、みんながしないことを、めんどくさがってることを率先してやってくれるところとか、そういう自主的に前に出てくるところかな。僕はそういうところを見ているつもりだよ」
やさしさとは遠ざかった気がするけどな?
「その桐嶋のことは残念な形になったかもしれないけど、相沢はまだ若いし、これから大学でも社会に出てもきっと素敵な出会いがあると思うんだ。だから……」
なんていうか、定型句って感じの答えね。さてさて、次は悲劇のヒロインでも演じてみようかしら? たとえば「私は彼のことが本気で好きで~彼以外は考えられない!」とかさ……。
……馬鹿みたい。何考えてるのよ。私、ホントに幸太ちゃんのこと好きだよ。今も多分変わってない。っていうか、未練ある。
いくら美由紀先輩が慰めてくれても、恵がキスしてくれても、これは変わんないよ。
こんなこと、冗談で言えるかな。午後も授業があるのに醜態さらしたくないな。
やっぱりこんなことしなければよかった。
「先生、私行きますね」
「そうか? それは良かった」
「え?」
いくら面倒な生徒でもその対応はないんじゃない?
「僕も困ってたんだ。いきなりこんなもの渡されてもさ。日曜日に一人で映画見に行くなんてさびしいっていうかせつないっていうかさ。とにかく相沢が一緒に行ってくれる気になって嬉しいよ」
「え? えぇ?」
映画? 何のことよ? てか、その手にあるのってチケットだよね。いつのまに取り出したの? いつの間に準備してたの?
「今週の日曜日でいいかな? 期限が水曜日までだけど学校さぼっていくわけにもいかないだろ?」
「は、はい」
なに「はい」なんて言ってるの? 日曜日までこいつの世話なんて真っ平よ。私は日曜は……。
「十時に相模原駅で待ってるよ。車ぐらいあるから安心してよ」
不器用にウインクして私をおいて視聴覚室を出て行く彼。
なんかガキっぽくて、浮かれてて恥ずかしい。
それなのにとってもうらやましかった。
なんでかわかんないけど。
続き
誰か都合よく攻撃できる人がほしい。
そういうの、井口ぐらいしか思いつかないのよ。
「失礼します」
「ああ、相沢か。どうした? 授業の質問か?」
職員室で一人コンビニ弁当をつついている井口は私の声に一番に気がつくと、こっちに来る。
「いえ、ちょっと普段の生活のことで」
「そうか、じゃあ生徒指導室がいいかな?」
もしかして期待してるとか? ふふ、まあ大人の遊びかもね。SMっていうさ。
生徒指導室にはすでに先客が二人。なんだか進路がどうの、推薦がとか話してるから多分三年生だと思う。
私も来年はこんな感じで悩まないといけないんだろうな。それに比べれば今のことなんて……、どうだろ。比重っていうか質が違い過ぎるからなんともいえないかな。
「視聴覚室にしようか。鍵取ってくるから先に行っていてくれ」
井口は席がないことをみるやいなや、さっさと職員室へと走っていく。
なんだかね。そんなに私と二人きりなれるのが嬉しいの?
なんちゃってね。
**――**
「うん。えと、今日はどんな悩みなのかな」
「はい。あの、私失恋しちゃって……」
ちょっとストレートすぎるかな。でも、こいつの方から話を振ってきたんだし、こうなったとしても覚悟しとけって話よね。
「失……恋か。先生で参考になるかな。というか、僕はあんまりそういう経験がないからさ」
知ってるわよ。そんなこと。
「先生が言ったとおり、私、桐嶋君と教室でいけないことしてました。彼の気を惹きたかったから……」
「ああ、そうか」
「でも、そういうことしてもだめですよね。私、女の子として魅力ないし」
うつむいて一言。多分こいつの返しは……、
「いや、そんなことはないさ、相沢は十分に魅力的だとおもうぞ」
予想通り。
「どんなとこです?」
顔を上げて井口の顔を覗き込む。目は鋭い感じになれたらいいな。できるだけ攻撃的にさ。
「えと、やさしいところ」
「どうやさしいっていうんです?」
「それは、みんながしないことを、めんどくさがってることを率先してやってくれるところとか、そういう自主的に前に出てくるところかな。僕はそういうところを見ているつもりだよ」
やさしさとは遠ざかった気がするけどな?
「その桐嶋のことは残念な形になったかもしれないけど、相沢はまだ若いし、これから大学でも社会に出てもきっと素敵な出会いがあると思うんだ。だから……」
なんていうか、定型句って感じの答えね。さてさて、次は悲劇のヒロインでも演じてみようかしら? たとえば「私は彼のことが本気で好きで~彼以外は考えられない!」とかさ……。
……馬鹿みたい。何考えてるのよ。私、ホントに幸太ちゃんのこと好きだよ。今も多分変わってない。っていうか、未練ある。
いくら美由紀先輩が慰めてくれても、恵がキスしてくれても、これは変わんないよ。
こんなこと、冗談で言えるかな。午後も授業があるのに醜態さらしたくないな。
やっぱりこんなことしなければよかった。
「先生、私行きますね」
「そうか? それは良かった」
「え?」
いくら面倒な生徒でもその対応はないんじゃない?
「僕も困ってたんだ。いきなりこんなもの渡されてもさ。日曜日に一人で映画見に行くなんてさびしいっていうかせつないっていうかさ。とにかく相沢が一緒に行ってくれる気になって嬉しいよ」
「え? えぇ?」
映画? 何のことよ? てか、その手にあるのってチケットだよね。いつのまに取り出したの? いつの間に準備してたの?
「今週の日曜日でいいかな? 期限が水曜日までだけど学校さぼっていくわけにもいかないだろ?」
「は、はい」
なに「はい」なんて言ってるの? 日曜日までこいつの世話なんて真っ平よ。私は日曜は……。
「十時に相模原駅で待ってるよ。車ぐらいあるから安心してよ」
不器用にウインクして私をおいて視聴覚室を出て行く彼。
なんかガキっぽくて、浮かれてて恥ずかしい。
それなのにとってもうらやましかった。
なんでかわかんないけど。
続き