「よろしくお願いします」
「はい」
私に深々と頭を下げる井口は黒のエプロン姿。私も三角巾とピンクのチェック柄なエプロンで鷹揚にうなずくの。
ふふ、なんかえらくなった気分。
「じゃあ今日は定番のカレー……」
「はい!」
リクエストに何回かあったカレーだけど、さすがに汁物はお弁当箱に入れられない。
だから彼はカレーの作り方を聞いてきたのかな。とりあえず教えてあげると書いた以上、断るわけにも行かず、私は放課後の家庭科室に来た。
「ではなく、ポテトサラダからです」
「えぇ……」
材料はさっき近くのスーパーで買ってきてもらったけど、肝心のルーを忘れてきたのよね。悪いのは貴方なんだからね。
「まずジャガイモを洗います。そして剥きます」
「はい」
そんなこと言われなくてもわかると思うけど、彼、ジャガイモをスポンジで洗ってるのよ。
はぁ……、先が思いやられる。
ジャガイモと一緒ににんじんをゆでる。そのあいだたまねぎを刻んで水に浸しておく。
胡椒はこの前の残りを使うからいいけど、お肉はどうしよう。貴方はほんと素人だから平気でバラ肉かってくるけど、火が通るころには用務員さんに追い出されるわよ?
しょうがない。表面焼いて持って帰ろう。油だけ使えばいいしね。
ん?
「努さん? 何をなさってるの?」
教育ママって感じの高飛車な声を、ジャガイモをつつく彼にかける。
「ゆだったかなって思って」
「もう、そんなことしたらくずれちゃうでしょ。だめよ」
まったく子供みたい。っていうか、さっきから私の仕事に目を輝かせてたり、面倒な生徒ね。
「ほらほら、貸しなさい」
私は彼の手から箸を奪い、崩れかけたジャガイモをそっとつつく。
もう大丈夫かな? うん、大丈夫。
火を止めてからにんじんもつついてみたけど、十分にやわらかい。あとはマヨネーズと肉の脂とでつくったソースを隠し味に入れるの。多分おいしいはずだ。
「努さんは肉をタッパーにつめていて。明日焼き豚にしてくるから」
「へー、そんなこともできるんだ」
感心した彼は深くうなずきながら指示に従う。その間私は寸胴みたいななべからジャガイモとにんじんを取り出す。けど、ちょっと多すぎかな? しょうがない、ざるにあけよ。
流しにざるを置き、ゆっくりと注ぐ。
むわっとした蒸気が顔にかかると思わず背けたくなる。
ん、これはちょいきついかも。うん、少しぐらい……。
いつもなら絶対に目を離したりしない。
けど、ちょっとだけ、すこしだけ、最近の私は注意が散漫になっていたのかもしれない。
理由は……今は考えなくていい。だって……、
「熱!」
右手の親指が熱湯に触れてしまった。
次の瞬間私は寸胴から手を離し、飛びのいていた。
「由香!」
せまいってほどじゃない家庭科室だけど、反射的な行動のせいで足がもつれてしまった。
目の前ではジャガイモたちと一緒にお湯が床にこぼれ始めているというのに、これじゃ……。
「きゃ!」
次の瞬間、力強く引っ張られたの。ちょっといたいけど、でも熱湯につかるよりはまし。
「大丈夫か!」
「う、うん」
床にこぼれたお湯はもわもわと白い蒸気を上げ、すぐに冷めていく。
でも私の身体は熱を持っている。
服に熱湯がかかったとか?
違うの。ぜんぜん乾いてる。
むしろ、なんか、後ろから、すごく、熱いよ……、努。
「どこか怪我は?」
「ない」
「手、見せてみろ」
「だいじょぶ」
「だいじょうぶじゃない! みせろ!」
彼は私の手をとると赤くなった親指を見て、そして……。
「あん……」
なんかすごく恥ずかしい声がでちゃった。
だって突然なんだもん。
努の指フェラ……。
唾液にまみれた指先は思いのほか滑らか。丹念に患部をなぞるけど、びりびりした痛みとは別にくすぐったさよりも頭に響くなにかがあるの。
「んっ……」
目を細めてまたあえぎ声。私っていやらしいのかな。開発されたから? なんか、もしかしたらさ、その、濡れてるはずないよね。だって、気持ちいいけど、でも彼がしてるのは応急処置だよ? 私のバカ!
「せんせ、もう大丈夫」
「ん、そうか? そうならよかった。なあ、ここは先生が片付けておくから由香は保健室に行って来い」
「うん。ごめんなさい」
「いや、僕の方こそごめん。僕がわがままを言うから」
「先生は悪くないよ」
「だけど」
「ん、もう行くね」
「ああ」
「明日もお弁当つくってくるけど、食べてよ?」
「うん。けど、無理するな」
「うん」
笑顔なんてつくれない。というか、笑う場面じゃないもの。でも、できれば笑顔が良かった。
ん? なんでだろ。だって、だって、だって……、
保健室、行かない。行かなくていい。いっちゃだめだもん。
それが理由じゃだめかな?
続き
ふふ、なんかえらくなった気分。
「じゃあ今日は定番のカレー……」
「はい!」
リクエストに何回かあったカレーだけど、さすがに汁物はお弁当箱に入れられない。
だから彼はカレーの作り方を聞いてきたのかな。とりあえず教えてあげると書いた以上、断るわけにも行かず、私は放課後の家庭科室に来た。
「ではなく、ポテトサラダからです」
「えぇ……」
材料はさっき近くのスーパーで買ってきてもらったけど、肝心のルーを忘れてきたのよね。悪いのは貴方なんだからね。
「まずジャガイモを洗います。そして剥きます」
「はい」
そんなこと言われなくてもわかると思うけど、彼、ジャガイモをスポンジで洗ってるのよ。
はぁ……、先が思いやられる。
ジャガイモと一緒ににんじんをゆでる。そのあいだたまねぎを刻んで水に浸しておく。
胡椒はこの前の残りを使うからいいけど、お肉はどうしよう。貴方はほんと素人だから平気でバラ肉かってくるけど、火が通るころには用務員さんに追い出されるわよ?
しょうがない。表面焼いて持って帰ろう。油だけ使えばいいしね。
ん?
「努さん? 何をなさってるの?」
教育ママって感じの高飛車な声を、ジャガイモをつつく彼にかける。
「ゆだったかなって思って」
「もう、そんなことしたらくずれちゃうでしょ。だめよ」
まったく子供みたい。っていうか、さっきから私の仕事に目を輝かせてたり、面倒な生徒ね。
「ほらほら、貸しなさい」
私は彼の手から箸を奪い、崩れかけたジャガイモをそっとつつく。
もう大丈夫かな? うん、大丈夫。
火を止めてからにんじんもつついてみたけど、十分にやわらかい。あとはマヨネーズと肉の脂とでつくったソースを隠し味に入れるの。多分おいしいはずだ。
「努さんは肉をタッパーにつめていて。明日焼き豚にしてくるから」
「へー、そんなこともできるんだ」
感心した彼は深くうなずきながら指示に従う。その間私は寸胴みたいななべからジャガイモとにんじんを取り出す。けど、ちょっと多すぎかな? しょうがない、ざるにあけよ。
流しにざるを置き、ゆっくりと注ぐ。
むわっとした蒸気が顔にかかると思わず背けたくなる。
ん、これはちょいきついかも。うん、少しぐらい……。
いつもなら絶対に目を離したりしない。
けど、ちょっとだけ、すこしだけ、最近の私は注意が散漫になっていたのかもしれない。
理由は……今は考えなくていい。だって……、
「熱!」
右手の親指が熱湯に触れてしまった。
次の瞬間私は寸胴から手を離し、飛びのいていた。
「由香!」
せまいってほどじゃない家庭科室だけど、反射的な行動のせいで足がもつれてしまった。
目の前ではジャガイモたちと一緒にお湯が床にこぼれ始めているというのに、これじゃ……。
「きゃ!」
次の瞬間、力強く引っ張られたの。ちょっといたいけど、でも熱湯につかるよりはまし。
「大丈夫か!」
「う、うん」
床にこぼれたお湯はもわもわと白い蒸気を上げ、すぐに冷めていく。
でも私の身体は熱を持っている。
服に熱湯がかかったとか?
違うの。ぜんぜん乾いてる。
むしろ、なんか、後ろから、すごく、熱いよ……、努。
「どこか怪我は?」
「ない」
「手、見せてみろ」
「だいじょぶ」
「だいじょうぶじゃない! みせろ!」
彼は私の手をとると赤くなった親指を見て、そして……。
「あん……」
なんかすごく恥ずかしい声がでちゃった。
だって突然なんだもん。
努の指フェラ……。
唾液にまみれた指先は思いのほか滑らか。丹念に患部をなぞるけど、びりびりした痛みとは別にくすぐったさよりも頭に響くなにかがあるの。
「んっ……」
目を細めてまたあえぎ声。私っていやらしいのかな。開発されたから? なんか、もしかしたらさ、その、濡れてるはずないよね。だって、気持ちいいけど、でも彼がしてるのは応急処置だよ? 私のバカ!
「せんせ、もう大丈夫」
「ん、そうか? そうならよかった。なあ、ここは先生が片付けておくから由香は保健室に行って来い」
「うん。ごめんなさい」
「いや、僕の方こそごめん。僕がわがままを言うから」
「先生は悪くないよ」
「だけど」
「ん、もう行くね」
「ああ」
「明日もお弁当つくってくるけど、食べてよ?」
「うん。けど、無理するな」
「うん」
笑顔なんてつくれない。というか、笑う場面じゃないもの。でも、できれば笑顔が良かった。
ん? なんでだろ。だって、だって、だって……、
保健室、行かない。行かなくていい。いっちゃだめだもん。
それが理由じゃだめかな?
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