今日のワンタンの具はひき肉としいたけ、たけのこ。スープはほのかに感じる鰹節ですごくあっさりしてる。
まるで隣にいる誰かさんみたい。
だってそうじゃない? 努ったら私のこと家政婦かなんかと勘違いしてるっぽいし、今だって渋滞だってのにのんきに鼻歌なんてうたっちゃってさ。
駅からかなり離れた場所にある五階建てのマンションはところどころ塗装が剥がれていてむき出しの灰色が不気味。
でも、中は1DKで一人暮らしならかなり快適。
……のはずなんだけど、寝室のほうは脱ぎ散らかされたワイシャツとスラックス、それにネクタイが散らばってる。ベッドだって掛け布団がぐちゃぐちゃでこれじゃしわになっちゃうよ。
「ごめん、掃除する暇なくて」
「ちがうでしょ。無いのは掃除する気持ち」
「はは、手厳しい」
私は頭を掻く彼を尻目に脱ぎ散らかされたシャツを片付ける。
部屋の隅にはビニール袋に詰まったたたまれたワイシャツがいくつか。クリーニングしてるのはまあえらいというとこかしら。
でもズボンぐらいはかけておこうよ。いつも見る十字のしわってこうやってつくられてたのね。
ベッドもさ、きちんと、して、おかないと、ふぅ、なんか変なにおい。これが努の匂いなのかな。
私はシーツを取り替えながらまじまじとそれをみつめてしまう。
主成分は汗。あとお菓子のくず。それにアレの匂いも少し。それからタバコ……の匂いはしない? そうよね。寝タバコは火災のもとだし。
うん、だまされるな。調査続行だ。
洗濯機をまわしながらジャガイモの皮をむく。私の場合先にお肉とこんにゃく、たまねぎを炒めてからジャガイモを煮る。
こんにゃくが固くなるけど、このほうが効率いいと思うから。
それにしても雨、だんだん酷くなる。
帰れるかな。っていうか、送ってくれるはずなのにどうしてこんなことになったんだろ。
それとも、帰さないつもりなのかな。
「カレー」
「ん?」
努がにんじんの皮をピーラーでむきながらぼそりという。
「食べたいな」
「だめ。今日はにくじゃがなの」
今作ってるのに何言い出すんだか。
「でも食べたい」
なんか今の言い方かわいいな。
「しょうがないわね。今度作ってあげるから」
「いつ?」
「肉じゃが食べ終わったら」
「じゃああさってに来てくれる」
私はあなたの家政婦じゃないっての。
「そんなに早く食べるの? おなか壊してもしらないよ?」
「由香の手作りの料理だもの。それでもかまわないよ」
う~ん。こいつってどうなんだろ。食いしんぼなだけなんじゃないかな。
「ほらほら、バカ言ってないでさっさと剥く。はい、貸して」
なんでか早口になる私はにんじんをやや太めに切り、ジャガイモをごろごろとなべに転がしていた。
みりん少々、塩少々、しょうゆは入れすぎる癖があるから控えめに。砂糖はみりん入れたしいらないわね。あとは、そうね、お酒あるかな?
冷蔵庫を探すとパックの日本酒がある。料理酒じゃないけど大丈夫よね。
なべに向かってちょびちょびちょび。うん、これぐらい。
味はどうでしょう?
ん~、甘さと塩気、深みのある感じがまだばらばらだけど、ジャガイモが煮えるころには仲良くなってるでしょ。
「ほら努、できたよ。あとは煮立たないように……」
努を呼びにいくとすでに彼は出来上がっていたっぽい。
私が一人洗濯と料理をしている間、彼は晩酌中だなんてなんかむかつく。そりゃ一日お仕事ご苦労さまよ? でも私だってあなたのために一日苦労してるの。それなのに一人だけそんなくつろぐなんて不公平よ。
……なんか所帯じみた感想かも。
「ごめん、由香さん、一人で呑んでて」
赤い顔してコップを持ってる彼。あんまり強くないみたいで一合の半分もあいてない。
「もう、努ったら……」
「なんだか気が緩んでさ」
「何かいいことあったの?」
まだボーナスには早いでしょ。
「ご飯、作ってくれる人がいるから」
この食いしんぼ。もう決定。こいつは色気より食い気だ。
「はいはい、それじゃ私帰るからね。あ、送らなくて結構よ。酔っ払いじゃ帰って危ないし」
急に醒めた気持ちと一緒に私は玄関に向かう。
「でもこんな雨だよ?」
「傘ぐらいあるでしょ。今度返すから」
玄関脇にある傘をとり、靴を履く。
「もう遅いよ」
「遅いから帰るの」
振り返り一言。彼は赤い顔しながら、それなのに頼りない少年のような瞳を向ける。
「一人じゃ危ないよ」
「あなたと一緒のほうが危ないわ」
こんな人、どうして好きになったんだろ。
「じゃね」
錠をあけても……、開かないの、ドア。
「雨、酷いよ。今日は帰らないほうがいい」
彼の手が肩を抱くから。
「私、帰る」
よくいうわ。そんな気ないくせに。
「帰さない。絶対に……」
酔いに任せてぐいと引き寄せられる。その勢いのまま二人玄関でしりもちついちゃう。
「今日は一緒にいて欲しい」
この前、どうして言ってくれなかったの?
続く
駅からかなり離れた場所にある五階建てのマンションはところどころ塗装が剥がれていてむき出しの灰色が不気味。
でも、中は1DKで一人暮らしならかなり快適。
……のはずなんだけど、寝室のほうは脱ぎ散らかされたワイシャツとスラックス、それにネクタイが散らばってる。ベッドだって掛け布団がぐちゃぐちゃでこれじゃしわになっちゃうよ。
「ごめん、掃除する暇なくて」
「ちがうでしょ。無いのは掃除する気持ち」
「はは、手厳しい」
私は頭を掻く彼を尻目に脱ぎ散らかされたシャツを片付ける。
部屋の隅にはビニール袋に詰まったたたまれたワイシャツがいくつか。クリーニングしてるのはまあえらいというとこかしら。
でもズボンぐらいはかけておこうよ。いつも見る十字のしわってこうやってつくられてたのね。
ベッドもさ、きちんと、して、おかないと、ふぅ、なんか変なにおい。これが努の匂いなのかな。
私はシーツを取り替えながらまじまじとそれをみつめてしまう。
主成分は汗。あとお菓子のくず。それにアレの匂いも少し。それからタバコ……の匂いはしない? そうよね。寝タバコは火災のもとだし。
うん、だまされるな。調査続行だ。
洗濯機をまわしながらジャガイモの皮をむく。私の場合先にお肉とこんにゃく、たまねぎを炒めてからジャガイモを煮る。
こんにゃくが固くなるけど、このほうが効率いいと思うから。
それにしても雨、だんだん酷くなる。
帰れるかな。っていうか、送ってくれるはずなのにどうしてこんなことになったんだろ。
それとも、帰さないつもりなのかな。
「カレー」
「ん?」
努がにんじんの皮をピーラーでむきながらぼそりという。
「食べたいな」
「だめ。今日はにくじゃがなの」
今作ってるのに何言い出すんだか。
「でも食べたい」
なんか今の言い方かわいいな。
「しょうがないわね。今度作ってあげるから」
「いつ?」
「肉じゃが食べ終わったら」
「じゃああさってに来てくれる」
私はあなたの家政婦じゃないっての。
「そんなに早く食べるの? おなか壊してもしらないよ?」
「由香の手作りの料理だもの。それでもかまわないよ」
う~ん。こいつってどうなんだろ。食いしんぼなだけなんじゃないかな。
「ほらほら、バカ言ってないでさっさと剥く。はい、貸して」
なんでか早口になる私はにんじんをやや太めに切り、ジャガイモをごろごろとなべに転がしていた。
みりん少々、塩少々、しょうゆは入れすぎる癖があるから控えめに。砂糖はみりん入れたしいらないわね。あとは、そうね、お酒あるかな?
冷蔵庫を探すとパックの日本酒がある。料理酒じゃないけど大丈夫よね。
なべに向かってちょびちょびちょび。うん、これぐらい。
味はどうでしょう?
ん~、甘さと塩気、深みのある感じがまだばらばらだけど、ジャガイモが煮えるころには仲良くなってるでしょ。
「ほら努、できたよ。あとは煮立たないように……」
努を呼びにいくとすでに彼は出来上がっていたっぽい。
私が一人洗濯と料理をしている間、彼は晩酌中だなんてなんかむかつく。そりゃ一日お仕事ご苦労さまよ? でも私だってあなたのために一日苦労してるの。それなのに一人だけそんなくつろぐなんて不公平よ。
……なんか所帯じみた感想かも。
「ごめん、由香さん、一人で呑んでて」
赤い顔してコップを持ってる彼。あんまり強くないみたいで一合の半分もあいてない。
「もう、努ったら……」
「なんだか気が緩んでさ」
「何かいいことあったの?」
まだボーナスには早いでしょ。
「ご飯、作ってくれる人がいるから」
この食いしんぼ。もう決定。こいつは色気より食い気だ。
「はいはい、それじゃ私帰るからね。あ、送らなくて結構よ。酔っ払いじゃ帰って危ないし」
急に醒めた気持ちと一緒に私は玄関に向かう。
「でもこんな雨だよ?」
「傘ぐらいあるでしょ。今度返すから」
玄関脇にある傘をとり、靴を履く。
「もう遅いよ」
「遅いから帰るの」
振り返り一言。彼は赤い顔しながら、それなのに頼りない少年のような瞳を向ける。
「一人じゃ危ないよ」
「あなたと一緒のほうが危ないわ」
こんな人、どうして好きになったんだろ。
「じゃね」
錠をあけても……、開かないの、ドア。
「雨、酷いよ。今日は帰らないほうがいい」
彼の手が肩を抱くから。
「私、帰る」
よくいうわ。そんな気ないくせに。
「帰さない。絶対に……」
酔いに任せてぐいと引き寄せられる。その勢いのまま二人玄関でしりもちついちゃう。
「今日は一緒にいて欲しい」
この前、どうして言ってくれなかったの?
続く