――なんであたしってばこんな日に一人なんだろ。
祭囃子の中、一人ワタ飴を頬張りながら人波を逆行する里美。
卸したてのベージュの浴衣は縦じまで実物よりも背が高く錯覚させるもの。帯はラメの刺繍の入ったピンクの目立つもの。ついでにいつもの運動靴ではなく気取った下駄を履いている。
――まるで七五三ね。
焼き鳥屋にあった涼しげな風鈴を指差し、楕円に歪む自分をわらう里美。
本当は今日、目的があった。
もし本当に自分の推測通りならきっとこうなるという期待を込めて相模原神社にやってきたものの、そう現実は甘くなかった。
実現しないのは勇気がないから。
それも相手の……。
――大体さ、こういうときは男がリードすべきじゃない? なのに、バイト? なんであんたは休みの日まで先輩のお守りをしてないといけないのよ。いい? 君にはもっと大事な役目があるでしょ? 例えばさ、とっても可愛くてたまに素直じゃないけど、でも本当はすごく寂しがりやな子を一人にしないとかさ……。なんて、何考えてんだろ。あほらし。私は別に紀夫なんていなくたってへいきだもん。私はどうせ、これからも、多分、一人でもがんばれるから。うん、別に、ちょっと寂しいだけですぐに慣れるよ。平気じゃないかもしれないけど。
焼き鳥のたれの焦げる匂いをかぎながら、まだ夕飯を食べていないことを思い出す里美だった。
仕方なく隣の焼きそば屋に並びひとパック購入。青海苔はあとあとのことを考えてパスし、代わりに紅しょうがを多めにしてもらう。
「へいまいど」
気さくな店員は笑顔と一緒に焼きそばとお釣り。そしてすぐ次の客に愛想を振りまいていた。
――なんだかなあ。
今日は親としか口を聞いていない。休日出勤の父は彼女の浴衣姿を見たいからと母に写真を撮るようせがみ、母はデジタルカメラの使い方が分からず、仕方なく姿見に映る自分を撮影した。
――あれじゃ死に装束だってば。
思い出すとなんとも苦い出来事。しかし、それですら空虚な時間を埋める貴重なピース。
――あーあ、無理しないで皆と一緒に行けばよかった。つか、私ってばどうしてこう、意固地なんだろ。それに、籤運っていうの? 多分よくないし。
逆張りは見事なオオハズレ。ソレが今この一人とういう虚しい祭りの夜を過ごさせるのだろうか?
「まったく! どこいったんだよ、稔も優も! 先輩も紀夫も!」
「ホント、迷子の放送でもしてもらおうかしら」
――綾? それに美奈子先輩。
人並みに阻まれたところから聞こえる同級生の声に思わず立ち上がる里美。今からでも遅くない。偶然を装って会って、そのあとゴメンとでも言えばそれなりにお祭りを楽しめるはず。
「あ……」
「でもなんで先輩まで紀夫に手を出すんです? 先輩、マネージャー嫌いじゃないでしたっけ?」
「まあ、そうだったけどね。ほら、やっぱり私だって人並みに恋愛とかしてみたいし、都合のいい男なんて彼ぐらいだったからとか?」
「他にだっていません? まあ、都合がいいってのは同意しますけど」
「それに、やっぱ相性って大事だしね」
「それってもしかして?」
「ふふ、みなまでいわせるな。おぬしもエロよのぉ」
「まったく、先輩まで……、あいつどんだけヤリチンなんだよ」
――先輩まで? ヤリチン? 誰が? 紀夫が? 嘘、だって、そんなに、アイツ、格好いいわけないし、一緒にいたら落ち着くけど、それは私ぐらいじゃないの?
頭の中がぐるぐる回りだすのを感じる里美。
――美奈子先輩まで?
人の波をかき分け、二人のすぐそばに寄る。
ここ最近、夏休みに入ってからだが、綾と仲が良いことはしっている。ただ、美奈子とまで良い雰囲気になっているのは初耳だ。
少なくとも合宿前までは快く思っていないように見えたのだし。
綾と美奈子は歩きつかれたのか、はたまた着慣れない浴衣のせいか石段に座り話始める。
「なんていうかさ、相性がいいのよ。だってマネージャー君、私とするとすごくよさそうだったし」
「はぁ? マジですか? ったくあのバカ、ホントオンナと見れば見境ないですね」
「そうかもね。いわゆる英雄、色を好むって奴?」
「紀夫が英雄なわけないじゃないですか」
「それもそうね」
「で? いったいいつオンナにされたんです?」
下卑た笑いを浮かべて美奈子の顔を覗き込む綾。
「されたって、まあそうだけどさ、もう少し言葉を選びなよ。……んとね、合宿の時、彼来たじゃない?」
「はいはい、それで?」
「その夜、とっちめてやろうと思ってさ。だって、陸上部の女子を食い物にするような奴だもの。当然でしょ?」
憤り鼻息を荒げる美奈子に綾は済ました顔。
「だけど、夜の密室で二人きりっていうのがね。なんか変な気持ちになったし、それに、綾もしてたじゃない? だから、私、なんかすごく焦っちゃってさ、綾に追いつきたくなったの」
「なんで人のせいにするんですか。先輩、ただ溜まってただけでしょ?」
「かもね。私も女の子だもん」
屋台の裏に隠れてこっそりと聞き耳を立てる里美の姿は異常だが、道行く人はそれに気を止める様子も無い。
「でも、綾みたいにはしたなくは無いわよ」
「え? もしかして先輩」
「うん。ばっちりみてました!」
笑顔で言う美奈子と対照的に苦笑いをする綾。そして暗くなる里美。
「保健室でここみて、あそこ見て、あん、いや、なめちゃだめ。綾さんのここ、気持ちいいよぉ~……なんてさ。もう、思い出しただけでも恥ずかしいわ」
「まさか、あー、もう、これも全部紀夫のせいだー!」
自分から誘ったことも忘れて空に向かって叫ぶ綾。そのまま倒れそうになりながら、グーをあげる。
「けどね。綾が前みたいになってよかったよ。うん。だって、やっぱりこうして楽しいほうがいいじゃない?」
「良くないですよ! だって先輩までライバルですよ? そんでなくとも他にいるのにぃ~」
「ライバルか……。ふふ、そうね。笑い事じゃないかも。うん、負けないから!」
「こっちだって!」
にっこり笑い合い、勝負の宣言をする二人は互いに握手を交わし、もう一度祭囃子に溶け込んでいった。
その裏ではどす黒いしみのように蹲り、根をはりかける里美の姿があったのだが……。
**――**
――綾と先輩? エッチしてる? どこでよ? 合宿中ですって? それって私と……する前? ウソ……。アイツ、誰でもいいの?
店員に疎まれ始めたころ、ようやく立ち上がった里美はふらふらと石段を上がっていた。
遠くに聞こえる盆踊りの曲もまったく耳に入らない。走る子供に何度ぶつかりそうになったのか。石段をなんども蹴躓き、裾に誇りがついてしまう。
「それで、先輩はどうしたんです?」
「うん、彼は多分私に同情してたんだと思うの」
それでも知り合いの声には敏感に反応してしまう。
一人で居たくない。けれど綾と顔を合わせるのが嫌だ。
せっかく芽生えた恋を自ら踏みにじられにいくようなもの。雑草は踏まれるためにあるのではないのだから。
「理恵……」
「でも彼は抱いてくれたの。紀夫君ってすごく優しいのね」
「そう? ノリチンって乱暴だと思うけど」
声を飲み込み、茂みに身を潜める。
このまま帰ればよいのに、それなのにどうしても会話の続きが気になる。
今は踏まれるとき、そう考えたから。
「紀夫君って乱暴なの?」
「うん、だって理恵としたときなんてあたしのお尻つかんでねじ込むみたいにするんだもん」
「もしかして後背位って奴かな?」
「うん。ノリチン、あたしとするときいつもそうだよ」
「へぇ、なんかすごそう。ねぇ、理恵さんのお尻ちょっとだけ触らせてもらっていい?」
「いいよ」
そわそわと口元に手を当てて後輩の下半身を見つめるキャプテン。
おもむろに手を伸ばし、円を描くようになで、たまに揉むようにする。
「んぅ、ふうん、へぇ……なんかわかるかも」
「そうですかぁ?」
「うん、だって理恵さんのお尻、柔らかいけど弾力あって、大きいのに形いいからさ、へぇー」
感心したようすの久恵はまさぐるように擦り、何度もうんうんと頷いていた。
「キャプテンはどんな風だったの?」
「えと、なんか余裕を見せ付けられたって感じかな。なんか聞くところによると結構遊んでるみたいだもんね。紀夫君」
「うん。理恵、そこが不満」
「あはは、でも、私はそれでも一緒にいてほしいな」
「キャプテンは平気なの?」
「んーん、でも、一人でいるのと比べればずっと、うん、多分、信じられる誰かがいるっていうのが嬉しいんだと思うの」
自分の言葉に頷きながらしゃべる久恵と首をかしげる理恵。それを物陰から覗き見る里美には、その言葉が重くのしかかり、かつ突き刺さった。
――私は一人で、しかも、紀夫のこと、信じられないよ……。
草が夜露で浴衣を染め始めたころ、里美はそれ以上湿っぽくならないようにその場を去った。
後ろではまだ二人が同じオトコとの体験談で盛り上がっているのにもかかわらず……。
続く
――まるで七五三ね。
焼き鳥屋にあった涼しげな風鈴を指差し、楕円に歪む自分をわらう里美。
本当は今日、目的があった。
もし本当に自分の推測通りならきっとこうなるという期待を込めて相模原神社にやってきたものの、そう現実は甘くなかった。
実現しないのは勇気がないから。
それも相手の……。
――大体さ、こういうときは男がリードすべきじゃない? なのに、バイト? なんであんたは休みの日まで先輩のお守りをしてないといけないのよ。いい? 君にはもっと大事な役目があるでしょ? 例えばさ、とっても可愛くてたまに素直じゃないけど、でも本当はすごく寂しがりやな子を一人にしないとかさ……。なんて、何考えてんだろ。あほらし。私は別に紀夫なんていなくたってへいきだもん。私はどうせ、これからも、多分、一人でもがんばれるから。うん、別に、ちょっと寂しいだけですぐに慣れるよ。平気じゃないかもしれないけど。
焼き鳥のたれの焦げる匂いをかぎながら、まだ夕飯を食べていないことを思い出す里美だった。
仕方なく隣の焼きそば屋に並びひとパック購入。青海苔はあとあとのことを考えてパスし、代わりに紅しょうがを多めにしてもらう。
「へいまいど」
気さくな店員は笑顔と一緒に焼きそばとお釣り。そしてすぐ次の客に愛想を振りまいていた。
――なんだかなあ。
今日は親としか口を聞いていない。休日出勤の父は彼女の浴衣姿を見たいからと母に写真を撮るようせがみ、母はデジタルカメラの使い方が分からず、仕方なく姿見に映る自分を撮影した。
――あれじゃ死に装束だってば。
思い出すとなんとも苦い出来事。しかし、それですら空虚な時間を埋める貴重なピース。
――あーあ、無理しないで皆と一緒に行けばよかった。つか、私ってばどうしてこう、意固地なんだろ。それに、籤運っていうの? 多分よくないし。
逆張りは見事なオオハズレ。ソレが今この一人とういう虚しい祭りの夜を過ごさせるのだろうか?
「まったく! どこいったんだよ、稔も優も! 先輩も紀夫も!」
「ホント、迷子の放送でもしてもらおうかしら」
――綾? それに美奈子先輩。
人並みに阻まれたところから聞こえる同級生の声に思わず立ち上がる里美。今からでも遅くない。偶然を装って会って、そのあとゴメンとでも言えばそれなりにお祭りを楽しめるはず。
「あ……」
「でもなんで先輩まで紀夫に手を出すんです? 先輩、マネージャー嫌いじゃないでしたっけ?」
「まあ、そうだったけどね。ほら、やっぱり私だって人並みに恋愛とかしてみたいし、都合のいい男なんて彼ぐらいだったからとか?」
「他にだっていません? まあ、都合がいいってのは同意しますけど」
「それに、やっぱ相性って大事だしね」
「それってもしかして?」
「ふふ、みなまでいわせるな。おぬしもエロよのぉ」
「まったく、先輩まで……、あいつどんだけヤリチンなんだよ」
――先輩まで? ヤリチン? 誰が? 紀夫が? 嘘、だって、そんなに、アイツ、格好いいわけないし、一緒にいたら落ち着くけど、それは私ぐらいじゃないの?
頭の中がぐるぐる回りだすのを感じる里美。
――美奈子先輩まで?
人の波をかき分け、二人のすぐそばに寄る。
ここ最近、夏休みに入ってからだが、綾と仲が良いことはしっている。ただ、美奈子とまで良い雰囲気になっているのは初耳だ。
少なくとも合宿前までは快く思っていないように見えたのだし。
綾と美奈子は歩きつかれたのか、はたまた着慣れない浴衣のせいか石段に座り話始める。
「なんていうかさ、相性がいいのよ。だってマネージャー君、私とするとすごくよさそうだったし」
「はぁ? マジですか? ったくあのバカ、ホントオンナと見れば見境ないですね」
「そうかもね。いわゆる英雄、色を好むって奴?」
「紀夫が英雄なわけないじゃないですか」
「それもそうね」
「で? いったいいつオンナにされたんです?」
下卑た笑いを浮かべて美奈子の顔を覗き込む綾。
「されたって、まあそうだけどさ、もう少し言葉を選びなよ。……んとね、合宿の時、彼来たじゃない?」
「はいはい、それで?」
「その夜、とっちめてやろうと思ってさ。だって、陸上部の女子を食い物にするような奴だもの。当然でしょ?」
憤り鼻息を荒げる美奈子に綾は済ました顔。
「だけど、夜の密室で二人きりっていうのがね。なんか変な気持ちになったし、それに、綾もしてたじゃない? だから、私、なんかすごく焦っちゃってさ、綾に追いつきたくなったの」
「なんで人のせいにするんですか。先輩、ただ溜まってただけでしょ?」
「かもね。私も女の子だもん」
屋台の裏に隠れてこっそりと聞き耳を立てる里美の姿は異常だが、道行く人はそれに気を止める様子も無い。
「でも、綾みたいにはしたなくは無いわよ」
「え? もしかして先輩」
「うん。ばっちりみてました!」
笑顔で言う美奈子と対照的に苦笑いをする綾。そして暗くなる里美。
「保健室でここみて、あそこ見て、あん、いや、なめちゃだめ。綾さんのここ、気持ちいいよぉ~……なんてさ。もう、思い出しただけでも恥ずかしいわ」
「まさか、あー、もう、これも全部紀夫のせいだー!」
自分から誘ったことも忘れて空に向かって叫ぶ綾。そのまま倒れそうになりながら、グーをあげる。
「けどね。綾が前みたいになってよかったよ。うん。だって、やっぱりこうして楽しいほうがいいじゃない?」
「良くないですよ! だって先輩までライバルですよ? そんでなくとも他にいるのにぃ~」
「ライバルか……。ふふ、そうね。笑い事じゃないかも。うん、負けないから!」
「こっちだって!」
にっこり笑い合い、勝負の宣言をする二人は互いに握手を交わし、もう一度祭囃子に溶け込んでいった。
その裏ではどす黒いしみのように蹲り、根をはりかける里美の姿があったのだが……。
**――**
――綾と先輩? エッチしてる? どこでよ? 合宿中ですって? それって私と……する前? ウソ……。アイツ、誰でもいいの?
店員に疎まれ始めたころ、ようやく立ち上がった里美はふらふらと石段を上がっていた。
遠くに聞こえる盆踊りの曲もまったく耳に入らない。走る子供に何度ぶつかりそうになったのか。石段をなんども蹴躓き、裾に誇りがついてしまう。
「それで、先輩はどうしたんです?」
「うん、彼は多分私に同情してたんだと思うの」
それでも知り合いの声には敏感に反応してしまう。
一人で居たくない。けれど綾と顔を合わせるのが嫌だ。
せっかく芽生えた恋を自ら踏みにじられにいくようなもの。雑草は踏まれるためにあるのではないのだから。
「理恵……」
「でも彼は抱いてくれたの。紀夫君ってすごく優しいのね」
「そう? ノリチンって乱暴だと思うけど」
声を飲み込み、茂みに身を潜める。
このまま帰ればよいのに、それなのにどうしても会話の続きが気になる。
今は踏まれるとき、そう考えたから。
「紀夫君って乱暴なの?」
「うん、だって理恵としたときなんてあたしのお尻つかんでねじ込むみたいにするんだもん」
「もしかして後背位って奴かな?」
「うん。ノリチン、あたしとするときいつもそうだよ」
「へぇ、なんかすごそう。ねぇ、理恵さんのお尻ちょっとだけ触らせてもらっていい?」
「いいよ」
そわそわと口元に手を当てて後輩の下半身を見つめるキャプテン。
おもむろに手を伸ばし、円を描くようになで、たまに揉むようにする。
「んぅ、ふうん、へぇ……なんかわかるかも」
「そうですかぁ?」
「うん、だって理恵さんのお尻、柔らかいけど弾力あって、大きいのに形いいからさ、へぇー」
感心したようすの久恵はまさぐるように擦り、何度もうんうんと頷いていた。
「キャプテンはどんな風だったの?」
「えと、なんか余裕を見せ付けられたって感じかな。なんか聞くところによると結構遊んでるみたいだもんね。紀夫君」
「うん。理恵、そこが不満」
「あはは、でも、私はそれでも一緒にいてほしいな」
「キャプテンは平気なの?」
「んーん、でも、一人でいるのと比べればずっと、うん、多分、信じられる誰かがいるっていうのが嬉しいんだと思うの」
自分の言葉に頷きながらしゃべる久恵と首をかしげる理恵。それを物陰から覗き見る里美には、その言葉が重くのしかかり、かつ突き刺さった。
――私は一人で、しかも、紀夫のこと、信じられないよ……。
草が夜露で浴衣を染め始めたころ、里美はそれ以上湿っぽくならないようにその場を去った。
後ろではまだ二人が同じオトコとの体験談で盛り上がっているのにもかかわらず……。
続く