「紀夫ってさ、エッチしたことあるんだね」
「え? あ、……うん。そりゃあるよ」
ぼそりとつぶやく隣の子の言葉に、すでに見切られていると認める。
「理恵と? それとも綾と?」
「里美さん……」
「美奈子先輩、キャプテンまで……」
他にもう一人いるのだが、それはさておいて。
「なんで、そんなこと?」
「聞いちゃった。それだけ」
「そう」
今度は紀夫がうつむく番。
しかし、その心境は複雑そのもの。
知られてしまった恥ずかしさがほほからおでこ、耳に灼熱を点し、絶望的な青写真が色あせるどころか青かびが侵食していく。
「別にいいじゃん。浮気してるんじゃないし」
「うん」
「けど、私とキスする前にエッチするなんて最低だよ」
「ごめん」
「いいよ、約束してたんじゃないし、それにただのキスだもん。君にとってみればさ」
「そんなこと、大切な、重要な思い出だよ」
「私にはね。だってファーストキスだもん。それとも君も?」
「俺は、違うけど、でも、大切だって思うさ」
「みんなとのエッチより?」
「ああ」
「そういうの酷いと思うよ。だって理恵も綾も美奈子先輩もキャプテンも、みんな君とのエッチ、大切にとっておいてたもん」
「それは……」
声が弱くなると握る手にも力が入らなくなる。けれど半比例して里美の握力が強くなり、彼を放そうとしない。
「私、それ知らなかったら多分君と付き合うって思ってた」
「里美さん」
心が温かくなり、そして急激に冷めるのを感じる。
「それにほら、ゴム。用意してたんだ」
浴衣の帯につけた巾着には見慣れたパックの商品がいくつか。
「ばっかみたい。君やりチンだもの。私がもってなくても君が持ってるよね? じゃないといざっていうとき、女の子と遊べないもの」
「そんな……こと」
事実、ジーパンの裏のポケットには以前保健室でもらったお守りが三つ。
「ね、境内まで行こうよ。静かに話せるところがいいし」
「ああ」
石段を登る足並みも重苦しくなる。
まるで死刑台にあがる囚人のごとく。
すでに死刑宣告も出ているのだ、あとは結末に怯え、自らの行いを悔いる以外に無い。
そして、手に入らないこれからの未来の一部を、今、そのときまで噛み締めようと、彼女の手を強く握る紀夫であった。
続く