「……ワタ飴食べたい」
ポツリと言い出した里美。
不意に立ち止まり、手を引こうとする紀夫を引き止める。
「そう、買ってくるよ」
せっかく握り締めていたはずの手を解き、きらびやかなほうへと歩き出す。
ようやく出会えた想い人はきっと手に入らない存在。
本当は一緒にいたいはずなのに、決別の言葉に怯え、苦痛にすら感じてしまう。
「……いいよ、一緒に行こうよ。お祭りだもん」
解けた紐を結びなおす汗ばんだ手。
それすら逃げ出したい罰。
「そう、わかったよ」
過去のらんちきぶりを罰するのは彼女なのか、それとも彼なのか?
「たくさん並んでる。ねえ、やっぱりやめない? そうだ、焼き鳥がいい! 皮とねぎ間。それに牛タンたんてのもあるんだね。ほら、行こうよ」
ワタ飴屋に並ぶ子供たちを見た途端、里美は根を上げた。それだけならまだしも天使のスマイルつきで彼を見る。
「ああ、そうしようか」
そのギャップが、理由がわからずにただ頷くばかり。
一方で着たいする自分がいる。
境内まではあと百ほど階段があるはず。
彼女は自分に微笑んでくれる。
それまでにもしかしたら?
そんな淡い期待。
**――**
焼き鳥屋に並ぶこと十数分、タレを焦がす炭火がおいしそうな匂いを周囲に振りまき、二人ともおなかがぐうと声を出す。
「やだ、紀夫ったら」
「里美こそ」
「私はそんなはしたないことしないもん。全部紀夫のだもん」
紀夫の汗ばんだTシャツをばしばしと叩いたと思ったらふてくされてそっぽを向く。それでも焼きたての牛タンを勧めれば口元をほころばせて手を伸ばす。
「ホント食べるの好きだね」
「だって食べ盛りじゃない。それにそうじゃないと勝てないもん!」
「がんばってよ。応援してるからさ」
「うん。ありがと」
「じゃあ、今度は何食べる?」
「んーとね、そうだ、チョコバナナ、それと、のども渇いたしジュース。あとね、あとね……」
一度火が着いた運動部の食欲は止め処が無いらしく、要求がどんどんと連なっていく。
「いえっさー、ミス里美」
恭しくお辞儀してそれらの店舗を周り始める紀夫も、やや、つかの間、もしかしたら不安を忘れていられるのかもしれない。
**――**
境内までもう十数歩。赤い鳥居はいくつものカップルの刻印で塗装が剥がれるぐらい。
周りを見ると「いたずら書き禁止」と書かれたプラカードがあるが、無残にも野ざらしのまま倒れている。
「ね、私たちも書こっか?」
「何を?」
「だからさ、これ……」
里美は親指と人差し指を開き、出来損ないのCを作る。紀夫もつられてそれを作る。
「これがどうかしたの?」
「だからあ……」
不意に里美の右手のCが紀夫の左手のCにくっつき……。
「あ、え? だって」
「いいじゃん。お祭りなんだしこれぐらい」
二人の間にあるハートのマークは小さくて歪で震えて、それでも形を維持しようといじらしくこわばる。
「バチがあたるよ」
「それぐらい平気だもん」
周囲を見ればそれらしきカップルたちが同じことをしていたり……。
その雰囲気に負けたといえば言い訳だが、祭りの開放感がそれを誘発する。
「そう、そうだね。うん。少しぐらい……」
彼女の提案に浮かれて乗り出す紀夫と、その後ろで「もうあたってるし。バチ」とつぶやく里美。数歩、遅れて彼の足取りに着いていった。
ポケットに入れたままのサインペン。油性ならきっと雨でも消えない。
ひときわ目立つように、いや、それとも誰も書いていないところ。もしくは消えにくいところ、どこに傘を描こうか迷う二人。
「決めた、ここ!」
里美がさしたのは神社にある手水場の屋根。ここなら雨も当たらず、他の誰に邪魔をされることもないだろう。
問題は背丈と倫理観。
片方はお祭り気分でかなぐり捨てるとして、背丈はどうにもならない。
「紀夫、踏み台になって」
「はいはい、わかりましたよ」
手水場手前で四つんばいになる紀夫とその前で履物を脱ぐ里美。さすがに背中に土足をされるのは勘弁してもらいたかった彼はほっとしつつ、彼女の体重に耐える。
「ん、んぅ、もうちょっと高くできない?」
「無理、これ以上は無理」
二人の罰当たりな恋の共同作業に徐々に子供たちが近づいてくる。
「んーと、えと、よいしょっと、うん、これで、でけ……たっと!」
背中で足踏みすること数十歩、ようやく完成したらしい里美はぴょんと飛び跳ねる。
「里美さん、もっとソフトに喜んでよ」
「あはは、ごめんごめん」
「こらっ!!」
「わっ」
「きゃっ」
境内に響く怒声に紀夫たち含めいくつかのカップルが驚いたように声の方角を見る。
そこには相模原神社の神主らしき人が袴姿で仁王立ち。手には箒を携え、今にも切りかかってきそうな迫力がある。
「お前たち、そこで何をしている!」
「やば、にげよ!」
「うん」
つかつかと歩み寄ってくる神主を見て里美は彼の背中から居り、履物を手に走り出す。紀夫もそれに従い一目散に逃げ出した。
続く