「ふーん、町の外れにレストランねえ。んでも、なんか高そうじゃない?」
例によって例のごとく屋上でのミーティング。今日はライチミルクをすすりながら、稔がプリントしてきたおしゃれなレストランを見る紅葉。
総体も終わり、表彰をされた彼女だが、どこか心ここにあらずといった様子。
「優の話だと、おじさん、カード払いしたそうですよ。んで、優の家、しばらくふりかけだったらしいっす」
「ふーん。なるほどねえ。でも、このランチセットならなんとかなるかな? うん、まだ、なるわね。まあ、一人者だし、楽勝よね」
「いったい誰と行くんです?」
「誰と行くって、別に私は行かないわよ? ちょっと粗大ごみっぽくなりかけてる従兄弟の引き取り手が見つかりそうだからさ」
「ふーん、そんなもんすか」
よっぽど厄介な独身者なのだろうと思いつつ、自分には縁の無い話と高をくくる。
「んで、この映画を見ろと?」
怪獣とカラフルな自衛隊がにらみ合うチケットを四枚握り締める紅葉。
「はは、ほら、優のおじさんの仕事の関係で、もらったそうです」
「いわゆる動員数水増しって奴?」
「そうっぽいですね」
「ま、いっか。私もちょうどこれ見たかったし、うん、ありがとう」
無造作にチケットをポケットに入れると、残りを一気にすすりだす。
「ありがとうって、それ、二枚は返してくださいよ。俺が優と一緒に行くのに」
「え? 君はともかく、優ちゃんが? ねえ、もう少しまともなものに誘ったら?」
「いや、むしろ優が見たいって……」
今、稔が感じているショック。それはこの先輩と優が同じ嗜好の持ち主で会ったということ。
「んじゃ、私と優ちゃんで行きましょう。そうすればいんじゃない? 稔は好きな映画見ればいいんだしさ」
「はぁ!?」
そして続く衝撃は、無茶な提案に対して抗えない自分のふがいなさ。
もっとも、訴えられたら負けるレベル。
彼に選択の余地など無いのだ。
*-*
待ち合わせ場所は相模原公園前のバス停。地下鉄の駅に向かうバスに乗って五分少々揺られたら特撮映画が待っている。
それがそんなに待ち遠しいのか、バス停にはすでに優の姿。
休日だと途端に力を抜く優だが、今日は少しだけ違っていた。
白のショートパンツは普段部活動で鍛えられたそれをしなやかにみせ、薄緑のタートルネックのウインターセーターはノースリーブですこし肌寒そう。
やや頼りない感じ。
そんな格好だった。
「おそーい!」
約束の時刻を五分以上前にして遅刻を告げられる稔は仕方なしに急ぐが、本心からすると、出遅れた感もある。
というのも、これは事実上、デートなのだ。
これまでも稔は優と買い物に出かけることはあったが、それは日常の延長線にしかなく、特に期待することが無かった。
それを恋人同士のイベントに昇華させたのが優。当然、彼の心は焦燥感でいっぱいだった。
「お、二人とも早いねー」
ただ、ひとつ問題があるとすれば、お邪魔虫な先輩が参加していること。
彼女はどういう了見なのかフリフリのゴシックロリータに分類されるドレスのようなワンピースでやってくる。手には日傘を持っているが、やはり装飾完備の優れ物。もとい困り物。
「あ、紅葉先輩、オハヨーございます。あ、なんかかわいいですね。その服」
「そう? まあ、なんていうかね。ちょっとわけありで」
本人を前にしてはさすがに礼儀正しくお辞儀する優。
おとといのオーバーリアクションはまるでウソのように、猫で隠している。
「んでも、意外ね。優ちゃんが特撮好きだったなんてさ」
「先輩こそ、まさかこんなに近くに語り合える仲間が居るなんて思いもしませんでした!」
「そうねえ、私が好きなのは、空戦、ラテプドノンの襲来かしら?」
「え、でもあれ、DVD化されてませんよね? 先輩の家、ビデオデッキあるんですか?」
「まだまだ現役よ。だって映画のビデオ、山のようにあるんだもん」
満面の笑顔を浮かべる優に偽りはなさそう。それは十数年の彼女との付き合いが裏付けてくれる。
「はぁ……」
二人に悟られぬよう、こっそりとため息をつく稔だが、その心配もなく、来たバスの排気音に流されて消えた。
続く