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逃げ出しタイッ……。_5

逃げられない。

「雅美ちゃん、学校は?」
「ごめん、今日なんだか体調が悪くって、風邪かな?」
 朝の喧騒の中、雅美はまだベッドの中。起き上がる様子もなく、ただ枕を抱いていた。
 いつもなら自分から飛び起きて食パンにはみ出すぐらいバターを塗り、牛乳で流し込む彼女。

「そう、お熱はないのに変ねえ」

 雅美は仮病を使っていた。
 もちろん、体調は最悪で歩くことができないのは事実だが、感冒の類ではない。しいて言うなら暴漢の類。

「夏場の疲れがでたのかしらね。雅美ちゃん、がんばってたもんね」
「うん、お母さん、ありがとう」
「でもお母さん、パートに行かないと」

 母のパートは近くのスーパーのレジ。朝の十一時から午後七時まで。夕飯はいつも八時ごろになるけれど、タイムセールで売れ残ったお惣菜が食卓を豪勢にしてくれるのがありがたかった。

「大丈夫だよ。ただの風邪だし」
「そう? それじゃお留守番お願いね」
「うん、がんばってね」

 赤い目を知られぬように目をこすり、眠いのだとアピールしつつ母をかわす。
 富子もそれに気づかぬ様子。理解があるというよりも娘に甘い母はそれを疑わず部屋を出る。その際、空いたペットボトル三本も忘れないのは、彼女の性格だろう。

 ――大丈夫だよね。だってちゃんと洗ったもん。

 初めての行為を終えた陰部はジンジンと痛み、糖質を含むもので洗ったせいかかゆみがあり、まさに痛し痒し。
 医学的にはなんの根拠もないことなのに、ウェブで検索すればいろいろな掲示板でまことしやかに「炭酸が精子を殺すから」や「糖のせいで精子が窒息するが、カロリーゼロだと効果は薄い」などと書かれており、医学知識のない雅美はそれを鵜呑みにした。
 とはいえ、たとえウソでもすがりつきたい彼女は、それを否定する言葉を全て見ないようにしていたのだが。

 ――汚れちゃったの? 私……。

 休むのは負けを認めるようで嫌だ。
 けれど、この状況で彼らに会ったら?
 もしまた体を求められたら?
 乱暴な言葉で責められ、暴力に脅され、仕方なく身体を預けたわりに、なぜか喜んでしまう自分。
 昨日はたまたま危険日兼、発情日が当たっただけと無理やりな答えをつけているが、それは妊娠の危険性を孕むもの。

 ――隆一君、処女上げられなくてごめんね。

 何度となく妄想で身体を交わした相手は今頃男女問わず囲まれ、他愛のない話に終始しているのだろう。
 彼は気さくで親しみがあり、話し上手の聞き上手。
 誰でもきっと好きになれる、友達になれる人。

 本当は自分もその他大勢の一人。

 彼が話しかけてきてくれるのは、教室の隅っこで女の子同士固まっている彼女を不憫に思ってのこと。ノートを借りるには都合がいいから。
 そう自虐的に解釈していた。

 ――やだよ。悔しい。どうして私ばっかり……。

 身に降りかかった不幸を嘆くと目頭が熱くなる。
 無理やりなフェラチオ、ザーメンを飲み込んだことまではいい。
 たとえ体内で大嫌いな昇のたんぱく質が吸収されようが、それはいつか出て行くもの。一時期の我慢ですむ。

 しかし、初めては? 処女膜は?

 整形外科ならそれを修復してくれるらしい。
 週刊誌の芸能人のうわさにあった。
 自分もそれをすればいい。
 いつかお金をためて、そうすれば処女に戻れる?
 そんなはずがない。
 記憶は消すことができないのだ。
 特に相手の記憶。
 自分の処女を奪い、ともに恍惚を味わった田辺悟。
 いがぐり頭のアイツだけは赦せない。
 笑いながら、うめきながら人の身体を蹂躙し、頼んでもいない快感をくれた相手。

 ――赦せない。

 しかし、

 ――ごめんね、隆一君。私、汚くなって……。

 一番赦せないのは汚された自分。

 雅美は枕を抱くと、もう一度きれいなだったころの自分を思い出そうと目を瞑った。

*―*

「おはよー」

 朝、いつものように誰もいない食卓に元気よく挨拶をする雅美。
 いつものように八枚スライスのパンを二枚トースターに入れ、ハムと卵を焼く。野菜はジュースとレタス二枚にマヨネーズをかけるだけ。女子高生の朝食としてはエネルギーが不足しがちなメニューだが、お弁当箱は二つ用意しており、両方にご飯と昨日の惣菜の残りをつめる。

「あ、おねえちゃんずるいよ。私も食べようと思ってたのにぃ」

 妹の宮川智美は今年受験生の中学三年生。まだ発達途上にして幼い身体付きの彼女は、それを補うためなのか、最近食欲が旺盛だ。

「何いってるのよ。早い者勝ちでしょ?」

 そう言ってそそくさとお昼用とおやつ用の二つのお弁当を準備する雅美は、焼きあがったトーストにハムエッグ、レタスをはさんで「いただきまーす」と元気良く頬張る。

「もう、おねちゃんのイジワル」

 そういいながらも智美はグラスを二つ用意して牛乳を注ぐ。

「お、ありがとう。マイシスター」

 何をいっても仲の良い姉妹なのだった。

*-*

 あわただしい朝を急かしたのは、気持ちが追いつかないようにわざとのこと。
 もし、もたついて父や母に「学校は」や「もう身体は平気?」などと聞かれたら揺らいでしまいそうで怖かった。それこそ妹の牛乳ですら負担に感じるほど。

 ――大丈夫。もう大丈夫。うん、部活はやめて、そんで、もう……、んーん、絶対に負けないんだから……。

 自転車を立ちこぎして坂道を下る。そのスピードは十分危険な速度だが、今の彼女にそんな心配もない。

 どうせ……。

 自暴自棄ではないと自分に言い聞かせ、たまにブレーキを踏むも、後輪がきしみ、悲鳴のような音を立てるばかり。

 まるで……。

 ――うるさい、黙れ!

 彼女は強く心の中で叫び、沸き起こるノイズを振り払った。

**

 一日の学校は特に変化もない。隆一の周りは相変わらず同部員とマネージャーがいたりするが、ギャラリーの数は減っている。

「おはよう、雅美、もう元気なの?」
「あ、おはよう早苗。うん、もう大丈夫」

 クラスメートの早苗がやってきてかわいらしい笑顔を向けてくれる。
 もう日常なのだ。
 そう実感させてくれた。

「ねえ、来週の日曜だけどさ、雅美、一緒に来てくれるよね?」
「え? なんで? 早苗だけじゃだめなの?」

 普通に戻るのなら当然彼女もライバル。ただ、こちらの気持ちが知られていないだけ有利だろうか?

「お願い。一人じゃいきにくいし、隆一君、なんか雅美と一緒じゃないと話しづらくって」
「うん、わかったよ。日曜はあいてるし」
「ありがとう。やっぱり持つべきものは親友ね」
「これぐらいどうってことないよ」

 自然な笑顔を返せるのは、相手が彼女だから。けれど、恋のライバルなら、いつかはにらみ合うことにもなりかねない。

――やだな、友達と彼氏、どっちを選べばいいんだろ。

 少々気の早い悩みと思いつつ、心の中では苦笑い。もしかしたら目の前の彼女も?

「なになに? どうかしたの?」
「ひぃっ!」

 不意に肩に触れた手。雅美は飛びのくようにその場を離れたため、机ががたんと動く。

「なんだよ、そんなにびびるなよ」
「おはよう、隆一君。今ね雅美と一緒にサッカー部の試合に応援しにいこうって言ってたの」

 現れたのは二人の意中の人、隆一。早苗は満面の笑顔と猫なで声でお出迎え。

「そうなの、雅美ちゃんも来てくれるんだ。ありがとう」
「あー、その言い方だと私はアウトオブガンチュウじゃん、ひどーい」
「いや、だって雅美ちゃんは陸上部の試合あるんだろ?」
「うん、でも、マネージャーだし、だから、来なくっても、いいって……」
「そうなんだ、んじゃさ、俺はりきっちゃうよ。なんせマネージャーでもないのに可愛い子が……二人もきてくれるんだし」

 ちらりと早苗のほうも見るところが彼の気遣いなのだろう。彼は妙に口ごもる雅美に気づかぬ様子でそのまま教室を出る。

「もう、隆一君てば雅美ばっかり!」
「そんなこと、ないよ。彼、誰にでも愛想いいし」
「うん、それが不満。てか、もっと私を見てーって感じかな」

 きっと早苗の妄想の中でも二人は両思い。依然、その距離は縮まった様子もないのだが。

「んじゃ、あとでね」
「うん」

 約束を取り付けただけでも満足なのか、早苗は上機嫌で席へと向かう。
 その背後で、雅美は胸を押さえて席に着く。
 いったい胸中で暴れまわる動悸の理由は何なのか?
 意中の人に声をかけられたから?

 ならこの油汗は?

 手を開くとじっとりと湿り気を持ち、おでこをぬらすものが前髪をぺたりとひっつける。

 理由などわかっている。
 おそらくは、たとえ好きな人でも怖いのだ。

**

 放課後、職員室に向かう雅美。手には退部届けを持ち、視線は下をみつつもすれ違う男子を極端に避けていた。
 立て続けにあのようなことがあれば当然だ。
 誰に相談することもできず、ただ傷が癒えるのを待つ。
 そんな消極的なことでよいのかと思いつつ、大事になれば辱められるのはやはり自分だと声にできない。

 ――私は間違ってないもん。

 思い出すと悔しさで涙が出そうになる。せめて後藤が声にできない気持ちを汲んでくれたら。
 そう願った……。

*-*

 なぜ自分はいつものように部室に向かうのか。
 職員室に後藤の姿はなく、代わりにキャプテンの達郎がいた。
 彼は彼女に気がつくと寄ってきて、その手にあった退部届けに驚いた。
 なんとか考え直してほしい彼は「今日は後藤が居ないから自分が退部届けを預かる」といい、その前に詳しい話を聞きたいからと部室に来るように言う。

 本当は嫌だった。
 けれど、私物がある。ジャージの上下に、先日忘れていったモノ。

 ――そういえば汚したまま逃げ出したっけ。

 ショーツも忘れ、スパッツも忘れ、水筒も……。
 床は精子と自らの分泌物、唾液にお茶が巻き散らかされていた。
 あの状況を見たら誰でも連想できる。

 性的な行為があったと。

 もう行くべきじゃない。
 けれど先を行く達郎についていく。
 なぜだろう?
 確かめたいからだろうか?
 誰が知っていて、誰が知らないのか。

 ――ふふ、おっかしいんだ。

 そんなこと知ったところで、現実は変わらない。
 乗り越えるには足枷にしかならないのに……。

続く

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