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逃げ出しタイッ……。_8

守りたい

 家に着いたのはお昼を回ったころ。
 日曜なら母がパートもなく家に居るのだが、今日は父と一緒に映画に行ったらしい。雅美も自分が今日陸上部の試合に行くからお昼はいらないと伝えていた。智美も朝から塾で試験勉強中。

 だから気兼ねなく、


「うあああああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああん、わぁああああぁぁぁあああぁぁぁぁあん」

 泣けた。

「なんで? なんで? なんで私だけ? おかしいよ、なんでこんな悲しいの? 誰も助けてくれない! みんな私をいじめて、穢して、卑怯だ! 男のくせに! 力づくであんなこと! うあああああああああ! いやだ、やだ、やだ、やだってば! なんでこっちにくるのよ! そんな汚いものしまいなさいよ! いや、離してよ! だれか、たすけてよ!」

 心の中に溜め込んでいた気持ち、怒り、悲しみ、悔しさ、嫉妬、絶望、言えなかった全てをぶちまける雅美。
 涙はとめどなく流れ、高音になる悲鳴は赤子のような鳴き声のような不快感をもたらす。

 それでもやむ気配はない。

 しばらくは、きっと、このまま……。

「いやだいやだいやだ! 私ばっかり! 私ばっかり! おかあさん、おとうさん、助けて、私はレ……されて、大切なもの奪われて、変なもの飲まされて、写真取られて、脅されて! もういやああああああ…………

**

 どれくらい泣いていたのだろう。
 真っ赤になった目とはれぼったいまぶた。頬は高潮しており、鏡には不細工なふくれつらの自分がいた。

 ――これでいいもん。だって、どうせさ。早苗にはかなわないもん。

 親友の早苗はかわいらしい子。気が利く子。積極的な子。子供っぽいけど、自分よりも……。

 ――こんな傷物壊れ物、誰もいらないよ。

 ヤケになっていると思いつつ、彼女はお風呂場に行くと、着ていたものを引きちぎるように脱ぎ散らし、水風呂にかかわらずダイブする。

 ――冷たい。

 飛び出したいという気持ちを抑えながら、体育座りをする雅美。水面は鼻先まできており、たまに息をすると水が入る。

 ――苦しいな。このままじゃ溺れちゃう。

 ある種の絶望をしている彼女に、その先の恐怖などない。それはただの想像力の欠落に過ぎないが、齢十六にして耐えかねる悲劇を後ろに背負い、淡い恋にも希望が無く、これからを歩む気力も生まれない。

 ――死んじゃったらみんな悲しむかな。あーあ、一度でいいから、ちゃんとした恋、してみたかったな。

 鼻から水が入り、じんと痛くなる。その苦しさから大きく呼吸をしてしまい、気管に入り込む。

「うぅ、げほっげほっ!」

 重い体だが、反射を封じ込めることはできなかったらしく、ばしゃばしゃと水面をたたき、立ち上がる。

「うぅ、苦しいよぉ……」

 鼻水を出しながら気管に入った水を吐き出そうと必至になる雅美。彼女の体は心の弱気に従うことをせず、生きようとしている。

「いやなのに、いきていても、いいことなんか、ないのに……」

 乾いたはずの涙がまたぶり返す。

 ――でも、

 熱いシャワーを出し、頭から被る。

 ――しねないの……。

 彼女の支えなど、今の生臭い水面下の出来事を誰にも知られたくないということだけ。
 それは、生きるうえでの目的には程遠いのだが?

**

 タオルで髪を拭き、ドライヤーで残った水分を飛ばす。
 セミロングの髪は嫌いではなかったが、乾きにくいのが困る。
 気持ちを切り替えるうえでもと、普段より乱暴に熱風を当てる。
 多少の毛の痛みなど、この際気にしていられないのだし。

「ふぅ、どうしよ」

 ハンガーにあった服を適当に選び、適当に着る。
 桃色のショーツにベージュのショートパンツ。
 少し肌寒いけれど、Tシャツとパーカーを羽織り、それでおしまい。
 近所を歩くぐらいならこれで十分。
 かといって、何をすることもない。
 今日の予定は自分でたて、自分で取り消したのだ。
 今からどこかへ行こうか?
 そう思う気持ちも萎える。
 なら、夢の中へ逃避すべき?
 起きた後、泣いているのが嫌でそれもしたくない。

 ピンポーン

 日曜の昼下がりにだれだろうと、玄関へ向かう雅美。
 そして悪夢の続き。

 覗き窓には例の二人がいたのだから。

**

「雅美ちゃーん、いるんでしょ? あけてよ」
「……」

 息を殺し、音を立てないように注意する。

「隠れても無駄だぞ? つか、出てこないとわかってんだろうな?」

 脅しの材料は増えるばかりで、一向に改善されることはない。

 誰かに相談すれば? いや、そうしたところで、自分を陵辱するものが一人増えるだけだ。誰も頼りにならない。だから、今、こうして黙って、貝のように、引きこもるしかない。

「いねんじゃね? まだサッカー部の応援かよ。まったくやりまんマネージャーだから」
「そっすね、今頃乱交でもしてんじゃないっすか?」

 玄関先で卑猥な冗談を言い合い、笑い合う二人。

 ――そういえば隆一君、勝てたのかな?

 玄関で体育座りをして彼らをやり過ごそうとする雅美。
 どうしてここに居るのか? それはおそらく部員名簿からだろう。達郎などすでに篭絡されているようなもの。

 ――あは、おかしいの。

 味方になってくれる人など居ないと思いつつ、いまさら個人情報の漏洩に憤ろうとする浅はかな自分。どこか甘いところがあると、雅美は哂いたくなった。

「んじゃ帰るか。あーあ、せっかくやりまん女とやれると思ったのによ」
「あ? あれ、先輩、あの子」
「ん? あ、えと」
「うちに何か用ですか?」

 ――智美?

 携帯の時計を見ると三時五分。妹が帰ってくるにはやや早いが、タイミング的には最悪。

「へえ、かわいいじゃん」
「なんですか? 人を呼びますよ?」
「人を呼ぶだって。なに? 怯えてるの?」
「大丈夫、俺ら怖くねえよ。ただの雅美ちゃんの先輩だからさ」

 ――まさか、しないわよね?

 へらへら笑いながら智美に話しかける二人に、雅美はある不安を抱き始める。

「なあ、お姉ちゃんが学校で何してるか知りたくない?」
「知りたくありません。帰ってください」
「そう言わずにさ、ほら、ちょっと待ってて……」

 ――!?

 おそらくは例の痴態を録画した携帯端末。

「い、いらっしゃい! 待ってましたよ二人とも! 今玄関開けるから」

 雅美は慌ててドアを開けると、にこやかな作り笑いで二人を招き入れる。

「おねえちゃん、居たの? 試合は?」

 勢いよく開いたドアに驚きながら智美は少し安心した様子で眉間の皺を消す。

「うん、ちょっと今日はちょっと気分悪くって、だから先輩たちに資料とか試合の記録とか頼んでいたのよ」
「そうそ、んじゃおじゃましまーす」

 昇は一瞬雅美をにらみつけた後、首で案内するように促す。

「私の部屋に来てよ……、あ、智美は気にしないでね。ちゃんと勉強しててね」
「うん、わかった……」

 どこかわざとらしい姉の態度に不審な様子の智美だが、姉がそういうならとそれ以上を口にはしなかった。
 ただ、階段を上がる二人に「べえ」と舌を出していたのは、彼女なりの抵抗でもあった。

続く

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