「お、おい、ちょっと、こんなところで、んぅ、く……ま、さみ……?」
普段部活動で消費しているはずの精だが、間近に感じる女子の、好きな子の香りに誑かされ、自慰の快感を思い出させてくる。
「あ、なんか湿ってきた。すごい。小さいくせに我慢汁たくさん出るんだ」
「雅美ちゃん」
「これね、なんかねっとりしててさ、舐めてて変な気持ちになるんだよ? おしっこでるところだし、なんかしょっぱくてさ、唾と一緒に飲み込むんだけど、口の中に残っちゃうの。だから、終わってもしばらくはエッチな気持ちのままなんだ」
雅美は舌なめずりして唇をなめる。そのちゅるりという音と半開きの口元の淫靡さに誘われ、隆一もぱくぱくと口を開く。
「そんな、こと、あぁ……っ」
「苦しそう。いいじゃない。我慢しなくても。隆一君、カッコいいんだし、エッチさせてくれる子なんていくらでもいるよ? 私なんか忘れてさ、楽しんじゃえばいいじゃない?」
「雅美ちゃん!!」
「ぅう、そんな、声を荒げちゃ怖いよ」
「……ごめん。けど、雅美ちゃん、間違ってる。絶対」
肩を掴む手に力がこもる。けれど、拒みも、応じることもできず、彼女にされるがまま。
「そうだよ。けど、これでいいの。だって、もう、終わりなんだし」
「終わり? 始まってもいないのに? どうして、君だけの、気持ちで、俺たち二人のこと、なの、にぃ……あっ」
指が雅美の肩に食い込み、震え、しばらくしてすがりつく。
「あ、びくんってなった。うわ、ぴくぴくしてる。あいつらと一緒だ。おちんちんしごいてたら、イクんだ。精子、苦いやつ、どろどろしたやつだして、勝手に気持ちよくなるんだ。こんなところで射精して、我慢できないんだね? 隆一君も獣たちと一緒だ。最低だ。女ならだれでもいいんだ!」
男の生理現象を思う様論い、嫌な女を演じる。
「まさみ……」
けれど、抱き寄せられたとき、それに応じてしまう。
「や、やだ、離してよ。せーえきくさい! ってか、苦しい! 射精しながら、抱きつかないで。キモイ!」
彼の背中は思ったより大きい。そして暖かい。力強く、頼りがいがある。
「嫌だ、離さない。君が、そんな、強がり。俺が、絶対幸せに……する。これから先、君を守る。約束する」
「何が守るよ。貴方なんて、ズボンの上から触られて射精するヘンタイでしょ? せいぜい私がレイプされた場面でも想像して、自分で処理してよ。もう離して!」
「雅美ちゃん。好きなんだ。離れたくない。お願いだ。気持ちを聞かせてくれよ」
「もう、うざいってば! 離せこの早漏!」
襟首が変形するぐらいきつくつかみ、肩口で咽ぶ。
「俺は、雅美ちゃんが、君のこと、ずっと……」
「人のことで泣くな。キモイっつうの! あんたの今の姿見たらみんな幻滅するよ。こんな隆一君見たくないってさ! 私だって、私だって……」
男の涙が雅美の肩口を湿らせると、彼女の瞳も決壊する。
「雅美、君だけを……、思ってたのに」
「思ってた、だけじゃない……、そんなの私だって……」
抱擁が緩くなり、お互い距離をとる。ただし、あくまでも物理的に。心理的には……。
見詰め合うことしばし。お互いにウサギの目。視線が交差して、一瞬笑い合い、すぐに泣き顔に戻り、そして引力。
「……ん、ちゅ……?」
「……ん、ふぅ……!」
初めて触れる感触は乾いていて、どこか甘ったるく、スポーツ飲料の科学的な匂い。
目は瞑らず、彼を見つめたい。
けれど自然と瞼が重くなる。
眠い。のに、背伸びする体は重くない。
背中に回った手が体重の半分を支えてくれるから?
両手は彼の胸に移動させて、少し照れたように拒むフリ。
けれど、彼の目が、離れるのを許してくれない。
息が苦しくなっても、鼻でゆっくりと呼吸。
彼の汗臭さ。
こんな距離でようやく感じられた。
それを肺に一杯吸い込んで、下唇を噛んであげる。
少し血が出たようす。それは雅美の唇にもつく。
「えへへ、残念賞はキスね」
「キス……?」
眠気は彼にも伝染しているようす。それでも唇にある痛みに正気を取り戻す。
「ファーストキスだった?」
「そうだけど」
「私にとられちゃったね」
「ああ」
ほんの数秒。涙が乾くには少し足りないらしく、まだ濡れている頬が物悲しい。
「えっと、なんかさ、私もみたい。キスしたの」
記憶の中を紐解いても唇は許していない。
思い出してまた身体が熱くなる。
「そうか、なんか嬉しいな、俺」
「キスだけは守ってくれたね。隆一君」
「え?」
「君が、大切に守っていって」
「どうやって?」
「さあ? 考えて」
難題をひとつ。
「俺、君のことを……守りたい。だから、これからも、一緒……」
答えに想いを綴る。
「んーん。ごめん。隆一君みてると思い出すから、だから、ごめん。もう、会えない」
けれど、拒絶。
「だから、キス。思い出だけは守ってよ」
「俺には……それしかできないのかよ?」
雅美の受けた心の傷がいかほどかは、男である彼には理解しがたい。それでも、その現実を知らされたとき、居ても立っても居られなかったのは事実。
だからこその歯がゆさと憤り。
「それしかなんかじゃない。私の、最後に残されてた大切なものだもの。だから、貴方に守ってもらいたい。絶対に、忘れないでよ。私たちのファーストキス」
唇に触れると赤いものが指につく。
彼女がつけた傷。
「……あ、ああ。俺、絶対に、守る。この思い出だけでも、雅美ちゃんのこと、守るんだ。だから、好きって、聞かせてよ、それぐらい、わがままいいだろ?」
「しょうがない人」
距離をとって、爪先立ちをやめるまさみ。ショートパンツをぽんぽんと叩いて、彼に向き直る。手を後ろに組んで胸を張る。そして深呼吸を一回。
「私は隆一君のこと、好き。大好き。君が居たから、まだ、がんばって生きるんだ」
「なら」
隆一はなおもすがろうと、彼女の腕をとり、手を握り合させる。
「だめ。お願い。私、今、自分が嫌いだから、もし、また、好きになれたら、そのときは、かわいい彼女を見せ付けてね? だからさ、さよならなんていわない。またね?」
けれど、指は絡まっては解かれ、掌を合わせたあと、返す力に退く。
「ああ、また……な」
荷物を渡し、最後の未練がましさと、隆一はたたずみ、雅美は何度となく振り返っては手を振り、さよならと口を動かす。
しばらくは、見えなくなるまでは、二人とも、きっと、夢の続き……、
けれど、秋風が頬を撫でるときにはもう、互いに見えなくなっていた……。
続く