新幹線の改札を通る濃紺の制服の集団。
ブレザーの右胸には明峰学園の校章があり、みなリュック、もしくは大きめのバックを持っていた。
今日から三日間、学校生活最後の思い出作り、修学旅行が行われるからだ。
行く先こそ日本海の田舎だが、その分宿泊施設と料理は約束したと学年主任が胸を張っていた。
新幹線で五時間揺られる間、生徒たちは自由に時間をつぶしていた。
~~
稲城加奈子はプリッツを噛み締めながら、窓の外を見ていた。
その隣には最近付き合い始めた彼氏、田上健一がいる。
高校一年から彼とは同じクラスの隣の席。選択科目も一緒で赤点も一緒。
加奈子自身は吹奏楽部だが、応援に行った先にはやはり彼がいる。
そのうちに、というか、回りはすでに付き合っていたと思っていたらしく、健一からも「俺たちも付き合って二年くらいかな」と言ってきた。
学食でそれを聞いたとき、素うどんを吹いてしまった。
驚く彼に、驚いたのはむしろ自分で、私たちは付き合っていないでしょ? と聞きなおした。
そしたら健一に言われたのだ。
『なら、付き合おう』
と。
それに加奈子がどうこたえたかというと、
『うん、わかった』
と。
晴れて恋人同士になった二人に、周囲はいまさらとばかりに祝福もなし。
加奈子はそれが不満だった。
「なあ、俺にも一本ちょうだい」
「やーだ」
彼から伸びた手をパチンとはたき、プリッツを強引に口に運ぶ。
ぽりぽりぽりぽり……。
みるみるうちに短くなるプリッツに、彼はさびそうに「ああ」とつぶやくだけ。
なんとなく実感がわかない。
近すぎるというほどでもないが、一応、お互いが何を考えているのかはわかる。
そういう意味での相性は悪くない。この前の初デートは十分に楽しかった。
けれど足りない。
どきどきする気持ちが。
彼はイケているのか?
背は高い。バスケ部のエースで、フルスタメンでも平気なぐらい体力もある。
勉強は? 赤点もあるけど、入試に必須な科目は全て四以上。
人柄は? 格好は悪くない程度。ただ、試合中は黄色い歓声が飛び交うぐらいの実力者。クラスでも誰とでも気さくに語り合う感じで、それがたまに彼女をいらだたせる。
いわゆるイケメンに属する。
ただし、飛びぬけてはいない。
そして、ちょっぴり鈍い程度。
~~
初日は移動と周辺の観光地をバスで見て回る程度。
買い物をする時間はないが、干物を買うつもりもなく、みな珍しそうに冷やかすだけ。
そして自社仏閣をめぐり、ありがたいお経を聞いたらバスに戻って安眠タイム。
今日はゆっくり休み、明日の自由行動が本番……だが、寝る前ぐらいは羽目をはずして遊びたい。
そのための休憩なのだ。
~~
老舗というほどでもなく、新しくもない旅館「白鷺」。
部屋ひとつひとつは八畳程度だが、ここに五、六人寝るのは意外と窮屈。
お風呂はというと、近所の温泉施設よりも設備が乏しい。
大半の生徒ががっかりしかけたとき、夕食の準備ができたとのこと。
宿のグレードを見て皆それほど期待はしていなかったが、目の前に並べられた海の幸、山の幸には目を丸くした。
マグロの和製ユッケに油の滴る若鶏の皮とモモ肉の焼き鳥。ハマグリがぱっくりと口を開くお吸い物は湯気たち、品のよい香りで食欲を誘う。
ご飯は白一色かとおもいきや、黄金色の栗がちりばめられた栗ご飯。
デザートは三十分後に出ると告げられ、さらに期待は高まった。
ありがたい教頭の訓示もそこそこに学年主任のいただきます。
みな一斉に箸をつつき、たしかに学年主任の言葉にウソはなかったと思い知る。
~~
デザートは地元で推しているらしい和製アイス。
黒ゴマ、きな粉、紫芋とそれほど食欲がそそるものでもないが、味わい濃厚なそれにみな頷きながら平らげる。
意地の汚いものは隣の子の皿から掠め取っていたが、主任の拳骨がそれを制していた。
続く
稲城加奈子はプリッツを噛み締めながら、窓の外を見ていた。
その隣には最近付き合い始めた彼氏、田上健一がいる。
高校一年から彼とは同じクラスの隣の席。選択科目も一緒で赤点も一緒。
加奈子自身は吹奏楽部だが、応援に行った先にはやはり彼がいる。
そのうちに、というか、回りはすでに付き合っていたと思っていたらしく、健一からも「俺たちも付き合って二年くらいかな」と言ってきた。
学食でそれを聞いたとき、素うどんを吹いてしまった。
驚く彼に、驚いたのはむしろ自分で、私たちは付き合っていないでしょ? と聞きなおした。
そしたら健一に言われたのだ。
『なら、付き合おう』
と。
それに加奈子がどうこたえたかというと、
『うん、わかった』
と。
晴れて恋人同士になった二人に、周囲はいまさらとばかりに祝福もなし。
加奈子はそれが不満だった。
「なあ、俺にも一本ちょうだい」
「やーだ」
彼から伸びた手をパチンとはたき、プリッツを強引に口に運ぶ。
ぽりぽりぽりぽり……。
みるみるうちに短くなるプリッツに、彼はさびそうに「ああ」とつぶやくだけ。
なんとなく実感がわかない。
近すぎるというほどでもないが、一応、お互いが何を考えているのかはわかる。
そういう意味での相性は悪くない。この前の初デートは十分に楽しかった。
けれど足りない。
どきどきする気持ちが。
彼はイケているのか?
背は高い。バスケ部のエースで、フルスタメンでも平気なぐらい体力もある。
勉強は? 赤点もあるけど、入試に必須な科目は全て四以上。
人柄は? 格好は悪くない程度。ただ、試合中は黄色い歓声が飛び交うぐらいの実力者。クラスでも誰とでも気さくに語り合う感じで、それがたまに彼女をいらだたせる。
いわゆるイケメンに属する。
ただし、飛びぬけてはいない。
そして、ちょっぴり鈍い程度。
~~
初日は移動と周辺の観光地をバスで見て回る程度。
買い物をする時間はないが、干物を買うつもりもなく、みな珍しそうに冷やかすだけ。
そして自社仏閣をめぐり、ありがたいお経を聞いたらバスに戻って安眠タイム。
今日はゆっくり休み、明日の自由行動が本番……だが、寝る前ぐらいは羽目をはずして遊びたい。
そのための休憩なのだ。
~~
老舗というほどでもなく、新しくもない旅館「白鷺」。
部屋ひとつひとつは八畳程度だが、ここに五、六人寝るのは意外と窮屈。
お風呂はというと、近所の温泉施設よりも設備が乏しい。
大半の生徒ががっかりしかけたとき、夕食の準備ができたとのこと。
宿のグレードを見て皆それほど期待はしていなかったが、目の前に並べられた海の幸、山の幸には目を丸くした。
マグロの和製ユッケに油の滴る若鶏の皮とモモ肉の焼き鳥。ハマグリがぱっくりと口を開くお吸い物は湯気たち、品のよい香りで食欲を誘う。
ご飯は白一色かとおもいきや、黄金色の栗がちりばめられた栗ご飯。
デザートは三十分後に出ると告げられ、さらに期待は高まった。
ありがたい教頭の訓示もそこそこに学年主任のいただきます。
みな一斉に箸をつつき、たしかに学年主任の言葉にウソはなかったと思い知る。
~~
デザートは地元で推しているらしい和製アイス。
黒ゴマ、きな粉、紫芋とそれほど食欲がそそるものでもないが、味わい濃厚なそれにみな頷きながら平らげる。
意地の汚いものは隣の子の皿から掠め取っていたが、主任の拳骨がそれを制していた。
続く