「うわぁ……目の毒、目の毒。消毒せねば……」
一人者の恵美は文字通り道草を摘んではぽいぽいと投げ捨てるが、それのどこが消毒なのかは悩むところ。
そして何かに気付いたのか、今度はしっかりと加奈子の方にもぱらぱらと……。
「もう、やめてよね。恵美ったら……」
「ふんだ。なんかさっきから涼君も加奈子ばっかだし、あたしも健一君のこと誘惑しちゃおうかな」
「あんなんでよければどうぞ」
「あー、なんか勝ち組の余裕だー。ふんだ、後悔しても遅いんだから!」
そういいながら恵美は健一の方へ走りよる。
――ちょっと、本気にするかな?
しかし、二人はパンフレットを見ながら、方々を指差すばかり。そのあと何かに頷きあうと、そのまま別々のほうへといってしまう。
――ものの数秒で喧嘩別れ? つか、健一もあたし置いて行くかな?
智也と孝美の背中を目で送ったあとだと、その気持ちはさらに強くなる。
――もう、ほんといい加減にしないと、あたしだって浮気するからね!
不満を募らせる加奈子は、周囲のカップルを見てさらに苛立ちを強める。
が、それは不意に頬を冷やした缶によって中断させられた。
「きゃっ!」
振り向くと涼がいる。
「驚いた?」
「もう、やめてよね。心臓が止まるかと思ったわ!」
「ごめんごめん。ほら、ジュース」
「ありがと……ていうか、脅かした罰ね」
憮然とした表情の加奈子はそれを受け取ると、ふんと鼻を鳴らしてジュースを飲む。
「ねぇ、加奈子ちゃんは展望台に行った? あそこからの景色すげーよ」
「んぐんぐ……ふーん。別に興味ないな」
本当なら健一と一緒に歩くはず。一緒に展望台に行き、爽快な景色を見るはずだった。
しかし、それを実現しているのは智也と孝美の即席カップル。
一ヶ月以上のキャリアをたかが数時間で抜かれた加奈子は当然のこと、面白くない。
その苛立ちがそばにいた涼に向かうのも自然のことで、たとえジュースのくれる一時の清涼感ですら、彼女の胸にあるもやもやを飲み下すことができなかった。
「そう言わず、ほら、いこ!」
けれど、涼はそんな彼女の機嫌にかまわず、手をとって急ぎ足になる。
「ちょ、まってよ。ジュースこぼれるってば……」
「そう? じゃあ……」
量は彼女から缶ジュースを奪うとそのまま一気に飲み干す。
「これでこぼれないよ。ほら、行こう」
「う、うん……。なら急ぎなよ、そら、いけ!」
無邪気な笑顔を向けられたとき、正直どうしてよいかわからなかった。
恋人ともしたことがなかった間接キス。
今さっき、一瞬でされてしまったが、彼は気にすることも無く笑顔。
――何気にしてるんだろ。ただジュース飲みっこしただけじゃない……。
微妙にゆがむ表情を見られたくない加奈子は彼の背中をせっつきながら展望台を目指した。
~~
潮風が吹く吹きさらしの展望台。
日本海側ともあって風は身を切るほど。
「うう~、さぶい……」
「けど、すげーよな! なんか、どこまでも広がる大海原! 叫びたくなるよ!」
妙にテンションの高い彼はまだまだ子供。
そう思うと、先ほどの行動も無邪気の延長上にしかないと思えてくる。
「叫びたくはならないけど、でも、すごいのはわかった……。だから……」
――もう戻ろう?
「俺、嬉しいな。加奈子ちゃんと一緒にこの景色見られて……」
「え? あ……」
彼の身体が潮風を遮り、コートをなしてくれる。
「ちょっと、だめだよ……、私彼氏居るんだから……」
ぎゅっと抱きしめてくれる彼は温もりをくれる。
――温かい……。
押し黙る涼をずるいと思いつつ、加奈子は彼に背中を預けた。
続く