いらいらしながら足踏みをしている恵美だが、その一番の理由はすぐ隣に身体を寄せ合う孝美と智也のせいだろう。
相変わらず健一はのんきにしていたが、加奈子の姿を見つけると一目散に駆け出してくる。
「おーい加奈子。どこ行ってたんだよ。心配したんだぞ?」
「うん、ちょっと……」
「加奈子ちゃん、寒さで少し気分悪いみたいなんだ……だからまあ……」
涼は加奈子の肩に自分のマフラーを巻こうとする……が、
「いらない……」
加奈子はそれを拒むと、よろけるように健一にしなだれかかり、コートをきゅっと掴む。
「おい、加奈子? 大丈夫?」
「うん。平気。だけど、ちょっと疲れたみたいだし、少しこのままでもいい?」
「あ、ああ。遠慮なく頼れよ。なんたって俺はお前のカレシなんだしな」
自信満々、満足気に高笑いする健一は涼に「悪いな」といってバス亭へと向かう。
コートの端が波打ち、寂しそうな視線が背後に向いたとしても、それに気づくはずも無く……。
~~
明日、三時の新幹線で帰る予定。
修学旅行最後の夜とあって、昼の疲れもみせずに謳歌していた。
枕投げに興じる男子、恋の話を咲かせる女子。
思いきって告白し、二人の時間をすごすものもいれば、友人に肩を叩かれるものいた。
そして……、
「なあ、屋上に出ないか?」
「いまから?」
「いや、消灯時間過ぎてから」
「まじで? やばいって……」
今日も寝室のコンバートをしていた加奈子達は、消灯時間前にすでに電気を消しており、代わりに健一が用意していたライトで辺りを照らす。
「大丈夫だって……、つか、毎年やってるみたいだし、先生たちも黙認してるっぽいしさ」
明峰の歴史に詳しいのは緒先輩たちの入れ知恵だろうか? ともかく乗り気の健一は皆をくどいて回る。
「わたし、パス……」
けだるそうにつぶやく加奈子に健一はにじりより、パジャマの袖をちょいちょいと引っ張る。
「なあ、そんなこと言わないで……」
「そんなの一人で行けばいいじゃん。わたしは眠いのよ……」
「加奈子……、ホント頼む。つか……、お前と……思い出作りたくって……」
――思い出か……、なんか今更って感じ。その気ならもっと、こう、あったのに……。
石段を先に行く健一の後姿。
公園ですぐに小さくなった健一の走る姿。
トイレで見た……!?
「うん。いいよ。わかった、そこまで言うなら行ってあげる……」
まだ眠そうなフリをして目をこする加奈子に、健一は布団をふっとばす勢いで蹴り上げ、「そんじゃ消灯時間までおやすみ」と布団を深くかぶる。
「んもう……しょうがないんだから……」
ふとした気持ち。
健一と思い出のひとつも作ることができなかったら?
残るのは……?
カレシカノジョ。
なのに……。
加奈子に選択の余地など無かった。
続く