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私の咎_25

 違和感を覚えたのは夫の靴があったから。
 そして、息子の靴がなかったから。
 室内全体が暗く、けれど人の気配はした。

 「……ふー……、……はぁ……」

 気が立った猫のような声とため息。
 それはどちらも夫の声。
 はやる気持ちを抑えながら、奈津美は居間へと向かう。

 ソファには英明がおり、アルコールの臭いがぷんとした。
 いつもなら缶ビールか発泡酒なのに、居間テーブルの上にあるのはウイスキーと氷。

「あなた? 帰ってたの?」

 出張が終わるのはもう少し先のこと。けれど、今そこにいるのは間違いなく夫。
 電気を点けようにもライトのほうで消えているらしく、スイッチを押しても反応がない。

「ああ……、思ったより早く終わってさ……」
「そう、よかったわ。やっぱり秋雄と私だけだと寂しいし」

 紐を引いてようやく明かりがつく。

「ああ……」
「ねえ、秋雄はどこ?」
「さあ?」
「さあって……、ちょっとねえあなた? どうしたっていうの?」
「どうしたもこうしたも! 君が一番よくしってるじゃないか!」

 抑揚のない夫の答えにいらだった奈津美は声を荒げるが、それは怒りの表情の英明に打ち消される。

 彼は泣いていた。

 赤くなった目を吊り上げ、鼻水、涎をたらしながら、歯を食いしばり、両腕、両手を小刻みに震わせながら、それでもまだ我慢が出来るらしく、また座った。

 テーブルの上には見覚えのある緑のレコーダー。
 そして、探していた銀色のリング。

「ねえあなた聞いて……お願い、これには理由があるの……」

 彼の豹変を理解できた奈津美は彼の隣に座り、その腕を取る。
 しかし、彼はそれを乱暴に振りほどき、ウイスキーをグラスに注ぐ。

「ねえ、そんなに飲んだら毒よ……」
「いいんだ。好きにさせてくれ……」
「だって」
「君だって好きにしてたんだから……」
「それは……だから……お願い……話を……」
「聞きたくないよ……、そんな、君の……話なんて……」

 英明は注いだにも関わらずそれを飲まず、震える手でグラスを握っていた。

「そう……、でも、信じて……。本当に愛してるのはあなた、あなたと、秋雄だけなの……」
「ごめん、信じられないよ……、とにかく、今は、僕を、一人に……してくれないか……」
「そんなこと……できるわけないじゃないですか……」
「お願いだよ、奈津美。僕は君に……暴力を振るいたくないんだ……。今、君がいたら……僕は……」
「悪いことをしたのは私……、それぐらい、あなたの痛みに比べれば……」

 ようやく向き直ってくれた英明は、少しだけ微笑んで……


 ……パチン……

        ……ガシャン……


 蚊を殺すなら十分な、そんな平手打ちのあと、グラスが床に四散した。

続く

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