「なんか喉渇いちゃった。待ってて、今紅茶淹れて来るから」
快感が納まった幸太はゴムを縛ると、照れくさそうに笑いながら部屋を出る。
本当はもう少し肌を重ねていたかった由香は、彼の残り香を懐かしく思うだけ。
――もう、幸太ちゃんたら……、もう少し余韻ってのあるんじゃないのかしら?
普段彼のを処理しているときも、彼女は掃除と称し、執拗に射精したあとも彼のものを舐る。幸太は擽ったそうにそれを嫌がるが、それは彼が淡白なのか、それとも由香がしつこいだけなのか?
寂しさを紛らわそうと、由香は幸太のベッドに潜り込む。寝汗の染み込んだシーツは幸太の臭いがする。
――幸太ちゃんの臭い。私の臭いってあるのかな? もしあるなら、うつしちゃおっと。
少し笑った後、先ほど幸太がしていたように身体をベッドにこすり付ける。わざわざスカートをめくり、まだ女のすえた臭いのする部分を惜しげもなく、擦り付けるのはまるで犬のマーキングだ。それでも、身近な泥棒猫を避けるにはペットボトルに水を入れるよりずっと効果的……。
――あれ? これって?
二〇センチ程度の長さの黒い糸。先っぽが細く、白い毛根も見える。
――幸太ちゃんの髪? にしても、んー、微妙……。
一瞬里奈の顔が浮かぶが、彼女はもっと長い。もともと髪を切りたがらない幸太は男にしては髪が長く、その一本でしかないはず。
由香は枕元にあるカラフルな箱を取る。
六個入りと書かれている箱はセーフティセックス、ノーエイズとあるが、中には二つしか残っていない。
一つは今使ったばかりで、一つは練習に使っていた……。
数が合わない。
気になる事は他にもある。
妙に慣れた女の扱いもそうだが、一番気になるのは彼の態度。
由香……。
呼び捨てにされたのが、なぜか引っかかる。もちろん愛の行為の最中に~ちゃん付けでは興も醒めるというもの。
由香は起き上がると、服を直し、鞄を持って足早に部屋を出る。
台所でのん気に鼻歌を吹いている彼に気取られぬよう、音を立てないように慎重に階段を降りると、戸をあけると同時に逃げるように飛び出した。
――勝手に帰ったら変に思われるよね。だけど、幸太ちゃん、なにかおかしいよ。
家に帰ってくるなり由香は自室にこもり、今年の春、高校入学を機に買ってもらった携帯電話を眺めながら、一人ため息をつく。
ピンクの薄型は流行より二世代古いが、シャープなボディが嫌いじゃない。
アドレスには三人の幼馴染と両親、祖父母の家と従兄弟程度で、たまにかかってくるといえば恵からの「遊びに行こウゼーメール」くらい。
里奈の携帯番号を選択するも、通話が押せない。
彼のベッドにあった髪の毛は明らかに里奈ではない。彼女は校則違反にならない程度に染めているし、長さも違う。だからこそ彼女を選ぶのかもしれない。
三度めのため息をつくと、由香は決心して通話を選ぶ。
トゥルルというアナログな音は安心させてくれる。このまま里奈が出ないならそれもいい。むしろその方がいい。変に事実を知るには、まだ心の準備が出来ていない。
もし予想が正しければ、幸太は部屋に自分じゃない誰かを招いて、そして肌を……。
『ハイ、里奈だよー』
「あ、里奈? 私、由香」
『どしたのー? ユカリンから電話してくれるなんて珍しいジャン! さては恋の悩みかな~』
胸がドクリと痛む。変に勘の鋭い里奈は、たまにひやひやさせるようなことをのたまう。
もしかしたら彼女の振る舞いは全て演技で、自分や他の皆を欺こうとしているように勘ぐることもある……が、今はそれすら頼もしい。
自分の直感と彼女の直感を摺り寄せることに意味は無いが、それでもすがりたい。由香は焦る自分を滑稽に思いつつも、それを悟られないよう、一呼吸置いてから話始める。
「ねえ、最近さ、なんか変わったことないかな?」
『変わったこと? あったかな~』
「うん。ほら、体育の授業とか、最近男子の視線が強くなったとかさ」
『あーわかるなー。里奈も最近変な視線感じるもん。特に練習中とかね』
チア部はいつもレオタードに着替えるわけではないらしいが、それでもスパッツからはみ出る彼女のおみ足に群がる男子を想像するのはたやすい。この前の学園祭がそのきっかけだろうし。
「それでさ、最近幸太ちゃんも変なのよね? やっぱりこの前のことが原因かしら?」
『う~ん、むしろそれ以外に無くなーい? コータ、かなり恥ずかしかったみたいだしさ~』
「そうよね」
『でもさ、ユカリンが慰めてくれたんでしょ』
「う、うん」
『どうやって慰めたの?』
「それは……その」
『男の子というか、コータ結構デリケートだし、ユカリンしか出来ないことだと思うんだよね~』
放課後に精を処理をしてあげること。
「そんなたいしたことじゃないよ。ちょっと抱きしめてあげたらいつもとおんなじ。幸太ちゃんは単純だから」
『そう? 里奈はてっきりコータに自信をつけさせてあげたのかと思ってるけど?』
「なによ。自信って……」
『男の子なコータが男になるのってさ、自信に繋がらない?』
「男って、幸太ちゃんにはまだ早いわ」
『でもさ、最近、コータ、かっこよくなったと思わない?』
文化祭での幸太の役回りは基本的に裏方に徹していた。前に立つことを嫌う自分の代わりにたどたどしいながらもプレゼンを行い、クラスメートへ指示をこなした。
自分も裏方で彼を支えていたとはいえ、確かにたくましくなったといえる。
「うん。かもね……」
『あれってユカリンの仕業だと思ってたけどな……』
もしかしたら放課後のフェラチオが彼の中の男を刺激したとでも言うのだろうか。だとしたら、彼を勇気付けたのは確かに自分になる。
『で? それだけ?』
「うん。ちょっと気になってさ」
『ふ~ん……そ』
そっけなく言う里奈はもう飽きているのかもしれない。通話時間を見ると既に十分が経過しており、通話料が百三十円と出ている。
「ゴメンね、変なことで電話して……」
聞きたいことを聞き出すことが出来なかったものの、里奈は幸太の変身ぶりを学園祭と見ている。それなら原因は自分であり、今日の彼の乱暴も、初セックスを焦るあまりの暴挙と甘えだと考えれば納得できる。
『んーん。平気だよ』
「それじゃあまたね?」
『うん……あ、そうだ』
「なに?」
『里奈はユカリンの友達だよ? だけど、由香には負けたくないからね』
「なにそれ? 変な里奈」
『うふふ、それじゃーねー』
里奈は言いたいことを言い終えたのかぷっつりと切ってしまう。
一体なんの勝負だろう? そして、何故、里奈まで自分を呼び捨てにするのだろう?
――考えすぎだよね、きっと……。
午後七時回ったと、携帯が告げる。由香は携帯をたたむと、夕飯の準備をすべく、台所に向かった。
背後でドアが閉まる音がしたとき、幸太は由香の好きだったレモンピールの浮かぶ紅茶を淹れようとしていた。
「由香ちゃん?」
玄関に向かうも由香の靴が無い。追いかけようにもヤカンは火にかけっぱなし。仕方なく一人分を淹れるも、飲む気になれない。時計はもうすぐ七時になる頃。
今日は両親が遅い。簡単なおかずをつくり、朝の残りの味噌汁を温めなおす。
――せっかくだから由香ちゃんも一緒に夕飯を食べていけば良かったのに。
突然姿を消した彼女を不審がりながらも、幸太は寂しい食事を始める。
最近はレパートリーも増えた。由香に腕を振るうのも悪くないし、乱暴に求めたことをきちんと謝りたかった。射精したあともすぐに身体を離してしまったが、本当はもっと余韻を楽しみたかった。
セックスと比べればずっと快感も薄いが、それでも大切な人と素敵な時間が共有できたのだ。それだけでも良しとすげきだが、既に女を知っている幸太の欲求は心理面での充足では満足出来そうに無い。
――またしないと……。
股間には食事のときも自重しない息子が、早く遊んでよとせがんでいた。
冷めた紅茶と一緒に部屋に戻る。爽やかな香りは気持ちが安らぐが、煽ってはくれない。
肌を重ねた日を思い出しても、触感や温度、それに臭いに触れることは無い。
幸太はベッドに横になると、晴天続きにも関わらず干すことをしなかった布団を頭から被る。
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快感が納まった幸太はゴムを縛ると、照れくさそうに笑いながら部屋を出る。
本当はもう少し肌を重ねていたかった由香は、彼の残り香を懐かしく思うだけ。
――もう、幸太ちゃんたら……、もう少し余韻ってのあるんじゃないのかしら?
普段彼のを処理しているときも、彼女は掃除と称し、執拗に射精したあとも彼のものを舐る。幸太は擽ったそうにそれを嫌がるが、それは彼が淡白なのか、それとも由香がしつこいだけなのか?
寂しさを紛らわそうと、由香は幸太のベッドに潜り込む。寝汗の染み込んだシーツは幸太の臭いがする。
――幸太ちゃんの臭い。私の臭いってあるのかな? もしあるなら、うつしちゃおっと。
少し笑った後、先ほど幸太がしていたように身体をベッドにこすり付ける。わざわざスカートをめくり、まだ女のすえた臭いのする部分を惜しげもなく、擦り付けるのはまるで犬のマーキングだ。それでも、身近な泥棒猫を避けるにはペットボトルに水を入れるよりずっと効果的……。
――あれ? これって?
二〇センチ程度の長さの黒い糸。先っぽが細く、白い毛根も見える。
――幸太ちゃんの髪? にしても、んー、微妙……。
一瞬里奈の顔が浮かぶが、彼女はもっと長い。もともと髪を切りたがらない幸太は男にしては髪が長く、その一本でしかないはず。
由香は枕元にあるカラフルな箱を取る。
六個入りと書かれている箱はセーフティセックス、ノーエイズとあるが、中には二つしか残っていない。
一つは今使ったばかりで、一つは練習に使っていた……。
数が合わない。
気になる事は他にもある。
妙に慣れた女の扱いもそうだが、一番気になるのは彼の態度。
由香……。
呼び捨てにされたのが、なぜか引っかかる。もちろん愛の行為の最中に~ちゃん付けでは興も醒めるというもの。
由香は起き上がると、服を直し、鞄を持って足早に部屋を出る。
台所でのん気に鼻歌を吹いている彼に気取られぬよう、音を立てないように慎重に階段を降りると、戸をあけると同時に逃げるように飛び出した。
――勝手に帰ったら変に思われるよね。だけど、幸太ちゃん、なにかおかしいよ。
家に帰ってくるなり由香は自室にこもり、今年の春、高校入学を機に買ってもらった携帯電話を眺めながら、一人ため息をつく。
ピンクの薄型は流行より二世代古いが、シャープなボディが嫌いじゃない。
アドレスには三人の幼馴染と両親、祖父母の家と従兄弟程度で、たまにかかってくるといえば恵からの「遊びに行こウゼーメール」くらい。
里奈の携帯番号を選択するも、通話が押せない。
彼のベッドにあった髪の毛は明らかに里奈ではない。彼女は校則違反にならない程度に染めているし、長さも違う。だからこそ彼女を選ぶのかもしれない。
三度めのため息をつくと、由香は決心して通話を選ぶ。
トゥルルというアナログな音は安心させてくれる。このまま里奈が出ないならそれもいい。むしろその方がいい。変に事実を知るには、まだ心の準備が出来ていない。
もし予想が正しければ、幸太は部屋に自分じゃない誰かを招いて、そして肌を……。
『ハイ、里奈だよー』
「あ、里奈? 私、由香」
『どしたのー? ユカリンから電話してくれるなんて珍しいジャン! さては恋の悩みかな~』
胸がドクリと痛む。変に勘の鋭い里奈は、たまにひやひやさせるようなことをのたまう。
もしかしたら彼女の振る舞いは全て演技で、自分や他の皆を欺こうとしているように勘ぐることもある……が、今はそれすら頼もしい。
自分の直感と彼女の直感を摺り寄せることに意味は無いが、それでもすがりたい。由香は焦る自分を滑稽に思いつつも、それを悟られないよう、一呼吸置いてから話始める。
「ねえ、最近さ、なんか変わったことないかな?」
『変わったこと? あったかな~』
「うん。ほら、体育の授業とか、最近男子の視線が強くなったとかさ」
『あーわかるなー。里奈も最近変な視線感じるもん。特に練習中とかね』
チア部はいつもレオタードに着替えるわけではないらしいが、それでもスパッツからはみ出る彼女のおみ足に群がる男子を想像するのはたやすい。この前の学園祭がそのきっかけだろうし。
「それでさ、最近幸太ちゃんも変なのよね? やっぱりこの前のことが原因かしら?」
『う~ん、むしろそれ以外に無くなーい? コータ、かなり恥ずかしかったみたいだしさ~』
「そうよね」
『でもさ、ユカリンが慰めてくれたんでしょ』
「う、うん」
『どうやって慰めたの?』
「それは……その」
『男の子というか、コータ結構デリケートだし、ユカリンしか出来ないことだと思うんだよね~』
放課後に精を処理をしてあげること。
「そんなたいしたことじゃないよ。ちょっと抱きしめてあげたらいつもとおんなじ。幸太ちゃんは単純だから」
『そう? 里奈はてっきりコータに自信をつけさせてあげたのかと思ってるけど?』
「なによ。自信って……」
『男の子なコータが男になるのってさ、自信に繋がらない?』
「男って、幸太ちゃんにはまだ早いわ」
『でもさ、最近、コータ、かっこよくなったと思わない?』
文化祭での幸太の役回りは基本的に裏方に徹していた。前に立つことを嫌う自分の代わりにたどたどしいながらもプレゼンを行い、クラスメートへ指示をこなした。
自分も裏方で彼を支えていたとはいえ、確かにたくましくなったといえる。
「うん。かもね……」
『あれってユカリンの仕業だと思ってたけどな……』
もしかしたら放課後のフェラチオが彼の中の男を刺激したとでも言うのだろうか。だとしたら、彼を勇気付けたのは確かに自分になる。
『で? それだけ?』
「うん。ちょっと気になってさ」
『ふ~ん……そ』
そっけなく言う里奈はもう飽きているのかもしれない。通話時間を見ると既に十分が経過しており、通話料が百三十円と出ている。
「ゴメンね、変なことで電話して……」
聞きたいことを聞き出すことが出来なかったものの、里奈は幸太の変身ぶりを学園祭と見ている。それなら原因は自分であり、今日の彼の乱暴も、初セックスを焦るあまりの暴挙と甘えだと考えれば納得できる。
『んーん。平気だよ』
「それじゃあまたね?」
『うん……あ、そうだ』
「なに?」
『里奈はユカリンの友達だよ? だけど、由香には負けたくないからね』
「なにそれ? 変な里奈」
『うふふ、それじゃーねー』
里奈は言いたいことを言い終えたのかぷっつりと切ってしまう。
一体なんの勝負だろう? そして、何故、里奈まで自分を呼び捨てにするのだろう?
――考えすぎだよね、きっと……。
午後七時回ったと、携帯が告げる。由香は携帯をたたむと、夕飯の準備をすべく、台所に向かった。
背後でドアが閉まる音がしたとき、幸太は由香の好きだったレモンピールの浮かぶ紅茶を淹れようとしていた。
「由香ちゃん?」
玄関に向かうも由香の靴が無い。追いかけようにもヤカンは火にかけっぱなし。仕方なく一人分を淹れるも、飲む気になれない。時計はもうすぐ七時になる頃。
今日は両親が遅い。簡単なおかずをつくり、朝の残りの味噌汁を温めなおす。
――せっかくだから由香ちゃんも一緒に夕飯を食べていけば良かったのに。
突然姿を消した彼女を不審がりながらも、幸太は寂しい食事を始める。
最近はレパートリーも増えた。由香に腕を振るうのも悪くないし、乱暴に求めたことをきちんと謝りたかった。射精したあともすぐに身体を離してしまったが、本当はもっと余韻を楽しみたかった。
セックスと比べればずっと快感も薄いが、それでも大切な人と素敵な時間が共有できたのだ。それだけでも良しとすげきだが、既に女を知っている幸太の欲求は心理面での充足では満足出来そうに無い。
――またしないと……。
股間には食事のときも自重しない息子が、早く遊んでよとせがんでいた。
冷めた紅茶と一緒に部屋に戻る。爽やかな香りは気持ちが安らぐが、煽ってはくれない。
肌を重ねた日を思い出しても、触感や温度、それに臭いに触れることは無い。
幸太はベッドに横になると、晴天続きにも関わらず干すことをしなかった布団を頭から被る。
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