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07_前編

 その患者が来院したのは昼を過ぎてのことだった。
 夏にも関わらず長袖、ロングスカートといった暑苦しい格好の女性は、待合室でも帽子を目深に被ったままであった。
 受付の話によると、なんでも視線が怖いとかそういう症状らしい。
 ちなみに、私はいわゆる心療内科の医師なのでこの手の患者を相手にしている。

「どうぞ、おかけください」
 受付兼看護師の池田さんがその患者さんを通してきたので、私は彼女に振り返らずに椅子を勧める。
「……はい」
 問診表には「視線」を怖がっている様子があからさまだったので、私は敢えて彼女を見ないことにした。
「今日はどういたしました?」
「あの、とても怖くて」
「そうですか……。もしよろしかったら、その怖いモノを教えていただけませんか? 私に何か力になれるかもしれませんし」
 ここでようやく向き直る。
 ……。
 参ったな。彼女、マスクまでしてる。ここまでとなるとそれなりに重い段階に来ているかもしれないな。あまり下手に刺激してこじらせないようにしないと。
「はい、実はいつも誰かに見られておりまして……」
「はぁ、誰かに見張られているということでしょうか?」
 年のころ二十四、五程度。器量良し。これは本当にストーカーが見張っているのかもしれない。というか、最近は幻聴、幻覚と思っていたら本当に見張られていたという例がある。場合によっては本当に警察に相談してもらわないと解決できないことがあるわけだ。
「いえ、見られているんです」
「えと、どう違うのでしょうか?」
 確かに、今彼女は見られている。しかし、それは私にであってのことだ。
「街行く人、すれ違う人……皆にです」
「そうですか、それはお気の毒に……」
 どうやらウチが面倒をみる必要があるらしい。
「で、それはいつごろからでしょうか?」
「はい、あれは……、

~~

 あの日は丁度お花見の帰りでして、ほろ酔い加減で歩いていました。
 家も近いし、タクシーを呼ぶほどってわけでもありませんでしたから。
 月明かりに照らされながら自分の影を追いかけて走ったりしていた私に、突然友達から電話が掛かってきました。
 私はまだ酔っ払っていたせいか声が大きくなってしまして、それで近隣の住人から「今何時だと思ってんだ!」と怒鳴られてしまいまして……。
 たしかに私が悪いんですけど、なんとなくカチンときて、「うっさいぼけー、アンタの声だって十分迷惑だってば!」と言い返してしまいました。
 っていうか、よく考えてみればそんなに遅いっていう時間でもなかったし、それに一人で夜道を歩くのって怖いじゃないですか。だからこれぐらい大目に見てよって感じです。
 ただ、私が怒鳴ったあと、他の住民もそれを聞きつけたのか、これ見よがしにカーテンを開けてこっちを見てくるんですよ。失礼しちゃいますよね?
 こうなればやけだ、見たいなら見ればいいじゃないって感じで私は道路の真ん中を歩いて電話をしてたんです。もちろん、声は聞き取れない程度に絞りましたよ。
 そしたら友達がなんか大切な話らしくって、それでそのうちに私もだんだん会話に夢中になって、しばらく話ていたんです。
 そしたら、
「………………」
 なんか視線を感じるんです。さっきの親父かなって思っていたんですけど、よく考えてみれば私も歩いていたし、さっきの家はもう通り過ぎたのにと。

 でもやっぱり視線を感じるんです。

 まだ八時過ぎ。電車だって動いているし、大通りのほうからは車の音が聞こえているし、きっと気のせい。そう思いました。
 けど、感じるんです。
 怖くなった私は電話を切って周囲を見ました。
 普通の住宅街。普通の道路。陽気のせいでどこも窓が開いていて、灯りが見えます。

「きゃー!」

 ただ、私は周囲の光景に悲鳴を上げました。

 だって、窓という窓から皆私を見ているんですから。
 私が視線を向けると隠れるフリをしますが、物陰から視線だけをじーってよこしてくる。しかも、ただ好奇心で見ているというよりは、なんていうかそう、死んだ魚の目みたいに瞳孔が開きっぱなしっていうか、採光が黒く大きくなっていて、なんか吸い込まれるようなそんな印象なんです。わかりますか? 私を写しているというのに、私が写っていないんですよ? いったい何が楽しいのか、それこそ、呼吸すらしている様子がなくって、ただじーっとみてるんです。私のことを……。

 イタズラにしてはやりすぎです。
 ですが抗議をしようにも相手が多すぎますし、私は縺れる足を叱咤しながら走ってその場から逃げ出しました。
 しかし、私の通りかかると、必ずっていうほどに窓がガラリと開いて視線が注がれるんです。
 とにかく逃げたんです。

 大通りに出ればよいかもと思って逃げたんですが、すれ違う車では助手席の人がやはり見ていて、よくよく見れば運転席の人も……!

 どこに居ても見られると思った私ですが、立ち止まることだけはしませんでした。
 そしてなんとか家にまでたどり着いたんです。

 そしたらさっきの友人から電話がありました。
 ようやく一息ついた私は電話を取り、話始めました。
 そしてさっきのこと、何故かいろいろな人たちから視線を注がれたことを話しました。
 そのとき思ったんです。
 相槌が無いって。
 だってさっきまで一緒に話してたんですよ? いきなり切ったりしたら何か文句でもいいたくなるじゃないですか? でも言わないんです。それに、相談ごともなくって。
 私もなんかおかしいなと思って携帯を見たんです。
 そしたらそれ、普通の着信じゃなくてテレビ電話だったんです。
 電話の向こうの彼女、やっぱり私を見ていました。
 それもやっぱりあの死んだ魚のような目で……。

続く

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