いや、俺の番が終わっただけだろう。悪魔は明のズボンを脱がせると、それで聡の顔面を拭いているし、まだまだ続くみたいだ。
畜生、いったいなんでこんな目に遭わないといけないんだ?
俺達が何をした……?
いや、これは、もしかして……。
「さて、貴方の番ですが……ええと、今度は……」
「やい悪魔……、てめえ、雄介の手先か?」
「え? ああ、雄介君ね……はいはい、そんなとこですね……よし、これいいや……」
悪魔は懐からメロンパンを取り出すと、俺の口に押し込みやがった。
「うぐぅ、むぐぅ……ぐぅ……」
俺は必死にメロンパンをかじり、咳き込みながらも何とかそれに耐える。
「はいおしまいっと……」
悪魔はまた聡のところへ行くと、あいつの足元で蛍光灯を破裂させてから靴を脱がせる。
「いて、いてえよ、止めてくれよ……頼むから、な、頼むから……やめてくれよ!」
間違いない。
これは全部俺らが雄介にやったことだ。
どういうからくりかしらないが、雄介の奴、悪魔を使って復讐をしようってんだな?
畜生、あの野郎ぜってーゆるさねえ……?
いや、となると、それらを全部されたら終わりってことじゃねーか?
そうだよな。
「やい悪魔! こっちに来やがれ!」
「なんです? いま忙しいのに……」
悪魔の野郎は明の小指を変な方向に曲げた後、ようやく俺のところに来た。というか、俺の番だから来たのだろう。
「教えろよ。お前は雄介の仕返ししにきたんだろ?」
「察しがいいですね。そのとおりです」
「なら、それが全部終わったら俺らは解放されるってことか?」
「まぁ、そういうことになりますね。貴方達か原因で受けたことを全部返してくれって頼まれましたし……」
なるほど。よおし、希望が見えてきた。
へへ、簡単じゃねーか。そんなこと。
俺らのしてきたいじめだろ?
そりゃたしかにひでーことしたけどよ、死ぬほどってことはしてねーし、生き残れる保障はあるわけだ。
あの野郎、覚えてろよ。
これが終わったら徹底的にいじめてやる。二度と逆らえないようにしてやんぞ!
「えと、貴方には……」
悪魔はバリカンを取り出すと、俺の髪をめちゃくちゃに切り込んできやがった。
そういえばこんなこともしたっけな。
今思い出した。
「それじゃ次は……と」
悪魔はまた聡のほうへいくと、今度は懐から木製のバットを取り出し、思い切りケツを叩いた。
多分そのうちに膝とかも叩くと思う。
確か俺、ふざけてケツ以外も叩いたしな……。
~~
明は爪を剥がされ、虫を食わされ、頬骨が陥没するまで張り手をされた。
聡はタバコを押し付けられ、単三電池を妙な場所に入れられ、歯が折れるまで顔面を殴られた。
俺はというと眉を剃られ、靴を隠され、話かけても無視された。
「さて、じゃあ、次でおしまいなんですけど……」
悪魔の言葉に俺らの表情がぱっと輝いた。
ようやくこのふざけた拷問とかいうのが終わるんだ。嬉しくないはずがない。
「ただ、皆さん公平に拷問をうけてもらいたいんですよね?」
「あ? ああ」
公平? どこがだ? 明らかに俺だけ簡単なものばかりだ。
「次の拷問なんですけど、誰が受けますか?」
悪魔の意外な問いかけに、俺は一瞬、戸惑ってしまった。
「そんなの……ノリさんに決まってるだろ……」
すると顔面を腫らした明がぼそりと呟く。
「お、おい!」
「ノリさんだけずりーよ……おれら、同罪なんだし……」
今度は聡の野郎もだ。
アイツは唇を切っているらしく、しゃべると赤い泡が口角から漏れて何度か咳き込んでいる。
「ふうん。そうですか。ならノリさん。いいですか?」
「な、ふざけんな……」
といえるのだろうか? いや、ここは一つこいつらに恨まれるのもイヤだし、受けておくか。
「わかったよ。最後は俺が締めてやるよ」
俺がそういいきると、聡と明はほっとしやがった。
そりゃそうだろ。だが、このからくりがわかっている以上は怖いことなんてねえ。
すくなくとも死ぬようなのはないはずだしな。
「そうですか。それはよかった。いやね、私としてはさっさと終わらせて帰りたいんです。こんなめんどくさいことしたっていいことないし、というか、直接的すぎますよね? 拷問なんて悪魔のすべきことじゃありませんよ。もっとこう、知的でクールに人を陥れないといけません。そういう意味では、雄介君はより悪魔的……」
悪魔はべらべらとつまらなそうに、いや、どこか悔しそうにしゃべるやがる。
「能書きはいい。早くしろ!」
俺としてはさっさとこことおさらばしたいし、もうこれで終わりだっていう開放感から強気に出る。というか、お前だって終わらせたいんだろ?
「そうですか? じゃあ、死んでください」
悪魔はあっけらかんとそれだけ言った。
「は?」
俺は、というか三人とも固まった。
悪魔だけは不思議そうに首を傾げている。その心外そうな様子が現実味を希薄にさせてしまうが、おそらく聞き間違いじゃない。
「いや、ですから、死んでください」
ご丁寧にお言い直してくれたし。
「そんな、俺らアイツのこと、ころしちゃいないぞ。つか、そんなのいじめじゃない……」
それは殺人。犯罪だろう。というか、そんなことは当然ながら一度としてしていないのだし!
「いえね、雄介君、あなた方にいじめられて自殺しようとしてたんですよね。私が気付いて止めたんですよ」
それならそのまま死なせてやればいいのに! 畜生! 死ぬんなら人に迷惑かけないように死にやがれ! 悪魔なんかとつるんでんじゃねー、地獄に落ちやがれ!
「で、彼は君らに復讐したいっていうんですよ。復讐なんて意味ないし止めたほうがいいよって言ったんですが、聞く耳もってくれないんです」
無言で頷く俺達。というか、明と聡の野郎はもう我関せずって様子でむかつく。
「そこで思いとどまってくれるように提案したんです。復讐するんなら代行しますよ? 料金は貴方の命ですけどよろしいですかって」
「なっ、ばかじゃねーのか! 今から死ぬ奴に命をくれって言ったって意味ねーだろ!」
やはりコイツは悪魔だ。自殺を止めるつもりなんてまったくねーし、俺らへの拷問だって最初から……!
「そういえばそうですね。私としたことがついうっかりです。まぁいいや、貴方が死んでそれでおしまいです。いやめでたい。貴方以外」
悪魔はさっき明の首を絞めていた例の首枷を持って俺のほうへくる。
イヤだ、死にたくない。こんなところで。つか、雄介のせいで死ぬなんて真っ平だ!
「待て、まってくれ!」
「往生際が悪いです」
「ちょっと待てよ。俺だって交渉する権利があるんだろ? なぁちょっと待てよ!」
「貴方が交渉? まあそうですね。何か死ぬ前に望みはありますか?」
首の皮一枚ってとこだ。
おちつけ、深呼吸だ。ここを間違えたらじえんどだ。
「助けてくれ」
「いいですよ」
「はぁ!」
俺は驚いた。つか、こんなことができるんなら、もっと早く頼めばよかった。ってなんども頼んだはず? 交渉を踏まえないとだめってことなのか? いやいや、今はそんなことどうでもいい。助かったんだ!
「ただし、貴方の代わりに死ぬ人を選んでください」
「はぁ?」
「まさか何の条件もなしに助かるなんて思ってないですよね? 雄介君は死をもって貴方がたに復讐してるんですよ? そこをよく考えてくださいな」
代わりに死ぬって……俺に明か聡を選べってことだろ? 悩むな、悩んでいたら俺が死ぬだけだ。
「明だ、明を代わりに殺してくれ!」
そうだ。明のやろうが先に俺のことを引き合いに出したんだ。あいつが悪い。あいつが余計なことを言わなければ……。
「それじゃあ明君。貴方に代わりに死んでもらいますね? いいですか?」
ん? 待てよ……?
「イヤだ、助けてくれ。俺とも交渉してくれよ……」
「はい。いいですよ。じゃあ、貴方の代わりに死ぬのは……」
「ノリさんだ!」
「いえいえそれはできません。ノリさんの代行で貴方が死ぬわけでして、その代わりにノリさんが死ぬとなると、ノリさんの願いが果たされません」
よしよし、これなら俺は助かる。
「それじゃ、聡を……殺してくれ……」
ほっとする明と俺。対照的に聡は真っ青になった。
「さて、聡さん。代わりに……」
「まってくれ、俺の代わりにノリさんを殺してくれ!」
「先ほどの話を聞いてますよね? ノリさんの代わりの明さんの代わりの聡さんの代わりのノリさん。いやいや複雑ですね。通ると思いますか?」
「え、永遠に関する願いだろ? そんなの無理だ。諦めろよ聡!」
俺は必死だった。つか、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。当然だ!
「頼む、助けてくれ。無理でも何でも通してくれ! 俺は死にたくないんだ! 頼む!」
聡は半狂乱になりながら叫ぶが、そんな泣き落とし、悪魔に通るはずが無い。運が無かったな! 生き残るのは俺だ!
「通っちゃうんですねえ、これが……」
「なんでだよ! ふざけるな!」
「だってそうでしょう? ノリさんの代わりに死ぬはずの明さんの代わりに死ぬはずの聡さんが死ぬ代わりにノリさんが死ぬんですよ? 問題ないじゃないですか!」
「それじゃ俺の願いが……」
「いいえ。貴方の代わりに明さんは死ぬんです。その願いは聞き届けました」
「いや、だって明は死なないじゃないか!」
「明さんが死ぬ代わりに聡さんが死ぬじゃないですか」
「いやだって、聡は死なないじゃないか!」
「聡さんが死ぬ代わりにノリさんが死ぬじゃないですか」
「だから俺の願いは……」
「だから……」
こんがらがってきた……。
どういうことなんだ?
俺の願いってのは明が俺の代わりになるってことで、明の願いは聡が明の代わりになることで、そこで俺と明の願いは叶っているってことなのか? となると、俺はやっぱり助からないのか?
「それとも取り消します? たとえば聡さんに代わりに死んでもらうとか……」
混乱と迫り来る死の恐怖に、視界がどんどん狭くなっていく。
それでも悪魔の奴の顔だけはよく見えるんだ……。
こいつ、心底愉しそうだって……。
堂々巡り 完