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13_前編

「あ、カッコウの声」

 五月の頃、病室の窓からは穏やかな風が吹き込み、鳥の囀りが聞こえる。
 鈴木真美はやつれた表情でほろりと笑った。
「さあさ、真美ちゃん、身体に障るわよ」
「少しくらい」

 母の佳代子は彼女を強引にベッドに横にさせると、布団を肩まで被せる。
 その際、点滴が外れないように注意して。

「だめです。この前も夜に熱が出たでしょ?」
「はーい」

 頷く真美のオデコを撫でると、うっすらと汗が出ていた。
 外気に触れると、それだけで真美の容態は悪くなる。本当は少しの間でも窓を開けることはすべきではなく、看護士達にもきつく言われたばかりだ。
 可愛い娘のことを考えるとその我侭をかなえたくもあり、一方でその身を案じる気持ちがある。

「お母さん、ちょっと先生のところにいってくるけど、何かあったらナースコールするのよ」
「すぅ……」
「あら、寝てるのね……」

 寝息を立てる娘の顔を見る佳代子の表情は、寂しいもの。日に当たらない真美の寝顔は青白く、それはまさに……だから。

 ――いけないわ、そんなこと……。

 暗くなりそうな気持ちを払いのけ、佳代子は病室を後にした。

~~

 午後の診察が終わる頃、佳代子は娘の主治医である秋川肇のもとを尋ねた。
 肇は佳代子を前にカルテを取ると、視線を逸らして口をつぐむ。

「先生、娘は……」
「……なんともできません」

 数週間前は「なんともいえません」だった。
 医師の言葉が、絶望の進度を増している。
 生存率の低い難病とは聞いていたが、改めてそれを認識させられるのは辛い。

「先生……、お金ならなんとかいたします。ですからなんとか……」

 国内、それどころか世界でも発祥例の少ない奇病。有効とされるいくつかの治療法を試したものの、どれも効果は薄く、彼女は日々やつれるままであった。

「できるだけのことはいたします……」
「先生……、娘は、娘は……うぅ……」

 思わず泣き崩れる佳代子は、付き添われる看護士に支えられて診察室を後にした。

~~

「お母さん、私、もう少し生きたいな」
「え? 何言ってるのよ、真美。そんな、変なこと言わないで」

 花瓶の花を取り替えていた佳代子は、ぎくりとしながらも平静を装ってから振り返る。

「私、知ってるよ」

 まっすぐに母を見つめる真美の目は、全てを知っている様子。
 半身を起こし、ぎゅっと布団を作る娘。
 最近は窓を少し開けただけでも堰と発熱を起こす彼女は、そうしているだけでも辛いはず。

「ねえ真美、あなた、そんな悲しいことを……、お願い、元気になって……」

 これまでにも何度か嘘、偽りで誤魔化してきたが、それももう限界。
 佳代子は真美の布団にすがりつくと、周りを憚ることもなく泣いていた。本当は娘のほうが辛いと知りながら、それを留めることもできそうになく……。

~~

 夜。

 今日は無理を言って一緒の布団に入った。
 狭い布団だが、痛々しいほどにやせ細っていた真美と一緒ではそれも感じない。
 これなら夫もと思いつつ、今は娘と二人きりの時間を持とうと目を瞑る。

「……ねぇ、お母さん……」
「なぁに?」
「暖かい」
「うん」

 少し暑いくらい……、のはずが、娘の手足は冷たい。
 本当に生きているのか不安なくらいに。

「ね、お母さん」
「なに?」
「んとね、私、お母さんの子で良かった」
「そう、ありがと」

 にこりと微笑む娘の顔に、最後の運動会のことを思い出す。
 もう何年もみていない、彼女の健康的な笑顔。
 こけた頬もえくぼに見えるのは親ばかだから。

「だって、最後も、寂しくなかったから……」

「え?」

 続く言葉に、佳代子は戸惑った。

「さよ……なら……」

 はっとして枕元の灯りをつける。
 娘は眠っているように目を閉じている。
 が、手足からはどんどん熱が失われ、それはまるで……。

「真美ちゃん、ねえ、真美ちゃん!」

 胸が苦しくなり、声が上擦る。
 どんなに声を上げても、真美は返すことが無かった……。

~~

 物言わぬ真美の帰宅。
 駆けつけた医師による懸命の蘇生措置も効果がなく、今朝方告げられた。
 すっかり放心していた佳代子はそのまま倒れてしまい、その後のことは夫である勝弘が取り仕切ってくれたらしい。

「真美、最後にありがとだって……」
「そうか……」

 居間に寝かせた真美の身体は驚くほどに軽い。
 こんな身体で病魔と闘っていたのかと思うと、やるせなさが残る。

「今日は一緒に寝ようね、真美」
「うん、川の字で、昔のように……」

 明日、業者が清拭を行うまでは一緒にと、佳代子は娘を床の間へと寝かせた。
 勝弘もそれに反対せず、頷いてくれた。
 きっと同じことを感じているはず。その一体感が、嬉しかった。

 病魔の辛さから解放された娘の顔は穏やかで、本当に眠っているよう。

「あなた、あなた……」

 すがれるもの、夫に強くしがみ付き、胸を叩き、行くあての無い悲しみをぶつけた……。

~~

「ねえ真美ちゃん、覚えてる? あなたが初めて桜を見たとき、あの頃は……」

「そういえば、真美ちゃんは牡丹餅が好きよね。季節だし、作ってあげるね」

「小学校の遠足、ふふ、朝まで起きてるーなんていってすぐに寝ちゃったよね」

「あとさ……、

 とりとめの無い思い出話。
 夫は妻の好きなようにさせ、それでもその小さな手を握っていた……。

~~

 佳代子は夢を見た。

 暗い……、というか、黒の場所。
 上下左右、前後にいたって目に映るもの全て黒一色。
 けれど、自分の姿が見えるのなら、暗いわけではない。

「こんばんは、悪魔です」
「え!?」

 不意に聞こえた声に振り返ると、シルクハットにタキシード姿といういわゆる洋画でみるような紳士のイメージの男が立っていた。

「あなたは……?」

 魔女のような鼻と尖った耳、ぎょろりとした目。口元には歪んだ笑いを浮かべ、たまに赤い舌を見せた。
 一見して人間とは思えない井出達。そもそも、彼は悪魔と名乗っていたが?

「お子さん、気の毒をしましたね」
「……」

 言葉のわりに楽しそうな顔。佳代子は憤る気持ちがあったが、悪魔は彼女の表情の変化を見逃すまいと瞬き一つしない。

「まあそう硬くならず……」

 悪魔がパチンと指を鳴らすと、黒一色の空間に白い椅子を出す。

「どうぞおかけになって……」

 そういうと悪魔は佳代子の両肩を掴み、拒む時間を与えずに椅子に座らせる。

「一体、なんのようですか?」
「まあ、私も悪魔ですし、いわゆる取引……ですかね?」
「取引? あの、命を……ですか?」
「う~ん、皆さん、悪魔と聞くとどうしてもそう考える。嘆かわしいことです」

 ゴクリと唾を飲む佳代子とは対照的に、悪魔は愉しそうに彼女の周りを回り、コメカミに人差し指を立てて考える素振りを見せたり、背中で腕を組んで踏ん反り返ってみたり。

「よく考えてみてください。悪魔は……神ほどじゃないにせよ万能ですよ? そりゃ、同じ入り口を通れないとか、つまらないルールはありますけどね?」
「はぁ」
「そういえば聞いてくださいよ。この前なんて瓶に入れるか? なんて言われて得意になって入った同胞がいるんですけどね? さっき言ったルール。あれのせいで出られなくなったとかで、未だにサハラ砂漠にいるんですよ。哂っちゃいますよね。あーっはっはっはぁ!」

 悪魔はそれこそ悪魔のように哂いながら手を叩く。

「あ、面白くない? はは、そうですか。まあいいや。それじゃあ、本題に入ります。ずばり、娘さんのこと、気になっておりますね?」
「え?」

 唐突な提案に息を飲む佳代子だが、悪魔はニヤリと笑って続ける。

「お子さん、気の毒をしましたね。まだあんなに小さいのにあの世に行ってしまって……おーいおい……」

 何もない黒の空間からハンカチを出すと、悪魔はわざとらしく泣きまねを始める。

「あの子は、きっと天国です」
「どうしてそういいきれます?」
「どうしてって、あの子は天使のような子です」
「でも……、あなたは悲しんでいる」
「それは、当然じゃないですか」
「母を悲しませるなんてなんて親不孝な!」

 確かに悲しい事実ではあるが、親不孝の意味が違う。というか、悪魔を名乗るものに娘の死を穢されることが腹が立つ。

「馬鹿なことを!」

 耐えられなくなったところで佳代子は悪魔に食ってかかる。

「そうですか?」

 しかし、悪魔は気に留めず、むしろ待ってましたとばかりに、満面の笑みを浮かべる。

「本当に天国にいけますかね?」
「どういうことですか? 真美が地獄にいるとでも言うんですか!」
「この国、ああ、ヤパーナーですか? えっと、昔から親より先に死ぬ子供ってのは、なんかすごく罪になるんですよね?」

 地方の昔話のことなら佳代子も聞いたことがあるが、それを悪魔という西洋の存在が口にするのがいかにも胡散臭いが、彼のような不自然な存在が口にすると不安が煽られる。
 悪魔がいるのなら、地獄も、そして、その昔話も事実なのではないかと。

「そんな、そんなことで地獄になんて……」
「ええ、ええ、その通り。そんなことで地獄に行くなんて大変ですねえ」
「なんとかならないんですか?」

 佳代子は椅子を立ち上がろうとするが、床の気配が無い。仕方なくその場に留まり、悪魔を一心に見つめる。

「そこ、ずばりそこです。いいですか、こっからがさっきより大切。本題の本題です。いいですか? ずばり、あなたが代わりに娘さんの罪を償えばいいんじゃないですかい?」

 悪魔は小躍りするように佳代子の周りを回るが、そのうちの一歩が何もない空間に踏み出したらしく、ひゅうっと落下する。

「あ、悪魔さん!?」

 相手は悪魔と思いつつも驚き身を乗り出す。
 黒い奈落に落ちていく悪魔はすぐに小さくなり、見えなくなる。

「嘘、ちょっと……」

 悪魔の安否など心配する必要もないが、むしろここに取り残される自分の境遇が心配になる。

「はい、何か?」

 突然背後から声を掛けられ、ぎくりとする。
 振り返るとやはり気味の悪い男がたっていた。
 落ちていったはずなのに、背後にいるのはなぜだろう?
 そんなことを可能なのか?

「え? あ、居たんですか……? どこから?」
「後ろでしょ?」

 しかし、相手は悪魔。多少のことで驚いていては交渉も出来ないと佳代子は表情に出さないように努める。

「あ、あの、本当に、そんなこと出来るんですか?」

 佳代子は気を取り直して悪魔に尋ねることにした。

続く

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