「私が代われば、真美は天国へいけるんですか?」
「ん~、極楽ですかね」
「どっちでもいいです。とにかく、娘は……地獄から?」
「そうじゃないですか? 多分」
「それなら是非!」
「本当にいいんですか? そんなことして」
「そんなこと? 真美は私にとって大切な娘でした。まだなにもしてあげられないっていうのに……、せめてこれぐらいは……」
「ふむふむ、素晴しきは子を思う親の気持ちは本当にすばらしい」
「辛いかもよ?」
「かまいません」
「痛いかもよ?」
「かまいません」
「痒いかもよ?」
「かまいません」
「苦しいかもよ?」
「かまいません」
「苦いかもよ?」
「かまいません」
「悲しいかもよ?
「かまいません」
「熱いかもよ?」
「かまいません」
「寒いかもよ?」
「かまいません」
「狭いかもよ?」
「かまいません」
「汚いかもよ?」
「かまいません」
「臭いかもよ?」
「かまいません」
「無駄かもよ?」
「かまいません」
「本当に?」
「かまいません」
自分から言い出したにもかかわらず悪魔はやれやれといった様子で首を振ると、もう一度佳代子に振り返る。
「わかりました。願いを聞き届けましょう。でもまあ? 気が変わるかもしれませんし、そう思ったらいつでも言ってくださいね……、それじゃ……」
悪魔は椅子を出したときと同じように指を弾くと、佳代子が座っていた椅子がもとの黒一色の空間に戻り、彼女はそのままどこまでとなく、落ちていった……。
~~
着いた場所。
それは川原。
起き上がったとき、身体が痛いような気がしたが、すぐに消える。
――賽の河原?
昔聞いた昔話を思い出す。
親より先に死んだ子は極楽に行くことが出来ず、賽の河原で石を積むという話。
周りを見渡すと、ぼうっと人影が見え始める。
まだ幼い子。
それも何人も。
皆疲れた様子で石を拾い集め、積み重ねていた。
それが自分の歳と同じだけになると晴れて川を渡り、極楽へといける。
真美は十三でなくなった。
それならば……。
佳代子は積みやすそうな石を探し始めた……。
~~
一つ積んでは母のため、
二つ積んでは父のため、
三つ積んでは……、
五つも積もうなら鬼がきて積み上げたものを崩し、またもとの木阿弥。ただ無為に時間を過ごすだけ。
苦しくない。
痛くもない。
臭くもない。
ただ、無意味な時間が過ぎるのみ。
佳代子は崩される石の塔を見て思った。
ある拷問のことを。
右にあるものを左に置き、左にあるものを右に置く。
ただその繰り返し。
最初それがどうして拷問になるのか分からなかった。
けれど、今になって分かった気がする。
無意味。徒労。虚しい。
――本当に真美は極楽に行けたの? だってアイツは悪魔でしょ? 本当は……。
最初、希望がなくなった。
それでも動いた。
――一体どれだけ積んだのかしら……、もう分からないわ……。
次に、目的が虚ろになった。
けれど、動けた。
――………………。
やがて、心が消えた。
なのに、動いた。
がらがらがら……がしゃ……。
しかし、石の塔は崩される。
いつ頃からか、苛立ちが芽生え、それは積んできた石よりも高く、深くなったきがする。
どうしてこんなことをしているのか?
どうしてこんなことを望んだのか?
どうしてこんな目に遭っているのか?
果たして悪魔は約束を守るのか?
真美は本当に天国にいけるのか?
夫は今頃どうしているのか?
終わりはあるのだろうか?
終わったらどうなるのだろうか?
生き返れるのか?
このまま死ぬのか?
この咎を終えたものはいるのか?
そもそも誰に対する咎なのか?
真美を恨んでなどいないのに!
――こんなこと、続けるだけ無意味。そう、私は悪魔に騙されたのよ。全部嘘なのよ! だってアイツは悪魔でしょ! もういや、誰か私をここから出して!
「はいはい、そいならしからば……」
ぱちんっ! と、指を鳴らす音がした。
再び視界が黒一色になる。
佳代子は例の白い椅子に座らされていた。
「では体験版はここまで」
声はすれど、姿は見えず。
「これは一体……、ねえ、真美は? 真美は!」
「悪魔がそんなことを知ると思います?」
「だって、地獄にって……」
「やだなあ、未開の土地のサルが言い出した妄言なんて知りませんよ。あなたが勝手に言い出して、代わりになっただけでしょ? 死んだらそこで終り。というより、生き物全てそうです。でないと、あの世が溢れかえってしまいすから」
「あなた、嘘を!」
「話を合わせていただけです。そいではいかに……」
もう一度指を鳴らす音がすると、やがて視界が本当に闇に覆われ……、
~~
目が覚めたとき、佳代子は汗びっしょりだった。
まだ日が昇っておらず薄暗い。
だが、あの黒の空間ではない。
隣には真美。そして夫。左手には冷たい感触。ぴくりとも動かない。
――夢、よね。
嫌な夢を見た。
けれど、安心できる。
娘はどこにも行かない。
ただ、存在しないだけ。
いや、
思い出の中に存在する。
だから真美は……、
穏やかな顔をしていられる。
親不幸 完
「ん~、極楽ですかね」
「どっちでもいいです。とにかく、娘は……地獄から?」
「そうじゃないですか? 多分」
「それなら是非!」
「本当にいいんですか? そんなことして」
「そんなこと? 真美は私にとって大切な娘でした。まだなにもしてあげられないっていうのに……、せめてこれぐらいは……」
「ふむふむ、素晴しきは子を思う親の気持ちは本当にすばらしい」
「辛いかもよ?」
「かまいません」
「痛いかもよ?」
「かまいません」
「痒いかもよ?」
「かまいません」
「苦しいかもよ?」
「かまいません」
「苦いかもよ?」
「かまいません」
「悲しいかもよ?
「かまいません」
「熱いかもよ?」
「かまいません」
「寒いかもよ?」
「かまいません」
「狭いかもよ?」
「かまいません」
「汚いかもよ?」
「かまいません」
「臭いかもよ?」
「かまいません」
「無駄かもよ?」
「かまいません」
「本当に?」
「かまいません」
自分から言い出したにもかかわらず悪魔はやれやれといった様子で首を振ると、もう一度佳代子に振り返る。
「わかりました。願いを聞き届けましょう。でもまあ? 気が変わるかもしれませんし、そう思ったらいつでも言ってくださいね……、それじゃ……」
悪魔は椅子を出したときと同じように指を弾くと、佳代子が座っていた椅子がもとの黒一色の空間に戻り、彼女はそのままどこまでとなく、落ちていった……。
~~
着いた場所。
それは川原。
起き上がったとき、身体が痛いような気がしたが、すぐに消える。
――賽の河原?
昔聞いた昔話を思い出す。
親より先に死んだ子は極楽に行くことが出来ず、賽の河原で石を積むという話。
周りを見渡すと、ぼうっと人影が見え始める。
まだ幼い子。
それも何人も。
皆疲れた様子で石を拾い集め、積み重ねていた。
それが自分の歳と同じだけになると晴れて川を渡り、極楽へといける。
真美は十三でなくなった。
それならば……。
佳代子は積みやすそうな石を探し始めた……。
~~
一つ積んでは母のため、
二つ積んでは父のため、
三つ積んでは……、
五つも積もうなら鬼がきて積み上げたものを崩し、またもとの木阿弥。ただ無為に時間を過ごすだけ。
苦しくない。
痛くもない。
臭くもない。
ただ、無意味な時間が過ぎるのみ。
佳代子は崩される石の塔を見て思った。
ある拷問のことを。
右にあるものを左に置き、左にあるものを右に置く。
ただその繰り返し。
最初それがどうして拷問になるのか分からなかった。
けれど、今になって分かった気がする。
無意味。徒労。虚しい。
――本当に真美は極楽に行けたの? だってアイツは悪魔でしょ? 本当は……。
最初、希望がなくなった。
それでも動いた。
――一体どれだけ積んだのかしら……、もう分からないわ……。
次に、目的が虚ろになった。
けれど、動けた。
――………………。
やがて、心が消えた。
なのに、動いた。
がらがらがら……がしゃ……。
しかし、石の塔は崩される。
いつ頃からか、苛立ちが芽生え、それは積んできた石よりも高く、深くなったきがする。
どうしてこんなことをしているのか?
どうしてこんなことを望んだのか?
どうしてこんな目に遭っているのか?
果たして悪魔は約束を守るのか?
真美は本当に天国にいけるのか?
夫は今頃どうしているのか?
終わりはあるのだろうか?
終わったらどうなるのだろうか?
生き返れるのか?
このまま死ぬのか?
この咎を終えたものはいるのか?
そもそも誰に対する咎なのか?
真美を恨んでなどいないのに!
――こんなこと、続けるだけ無意味。そう、私は悪魔に騙されたのよ。全部嘘なのよ! だってアイツは悪魔でしょ! もういや、誰か私をここから出して!
「はいはい、そいならしからば……」
ぱちんっ! と、指を鳴らす音がした。
再び視界が黒一色になる。
佳代子は例の白い椅子に座らされていた。
「では体験版はここまで」
声はすれど、姿は見えず。
「これは一体……、ねえ、真美は? 真美は!」
「悪魔がそんなことを知ると思います?」
「だって、地獄にって……」
「やだなあ、未開の土地のサルが言い出した妄言なんて知りませんよ。あなたが勝手に言い出して、代わりになっただけでしょ? 死んだらそこで終り。というより、生き物全てそうです。でないと、あの世が溢れかえってしまいすから」
「あなた、嘘を!」
「話を合わせていただけです。そいではいかに……」
もう一度指を鳴らす音がすると、やがて視界が本当に闇に覆われ……、
~~
目が覚めたとき、佳代子は汗びっしょりだった。
まだ日が昇っておらず薄暗い。
だが、あの黒の空間ではない。
隣には真美。そして夫。左手には冷たい感触。ぴくりとも動かない。
――夢、よね。
嫌な夢を見た。
けれど、安心できる。
娘はどこにも行かない。
ただ、存在しないだけ。
いや、
思い出の中に存在する。
だから真美は……、
穏やかな顔をしていられる。
親不幸 完