麓の町からバスが出ているおかげで今日も見物に訪れる人で賑わう。
「うわー、ここからだと街が一望できるんだね~」
中山京子は展望台からの景色を見て、嬉しそうに声を上げる。
高原と呼ばれているが、実際のところは小高い山。
安全のために柵があるが申し訳程度に過ぎず、その気になれば乗り越えることも容易。
「あんまりはしゃぐなよ」
今にも飛び降りそうな京子を諌めるのはクラスメートの磯崎聡。
彼は彼女のパーカーの襟首を掴んで引き寄せる。
「充もはやく来いよ」
「ああ……」
陽気な聡の声に、藤谷充は悩んでいた。
実のところ、彼は京子が好き。
けれど、京子は聡に気がある。
さらに、聡も京子に気があるような素振り。
聡は自分にとっても大切な友達である。
聡はサッカー部のスタメンで華やかなキャラ。会話も豊富で頭もいい。
たいして自分は天文部で地味な役回り。知識が偏っているせいか、会話でもいつの間にか自分のことばかり喋ることが多く、他人の話に関心が薄かったりと人受けが悪い。
勝負はついている。
だけど納得できないのが、恋心。
今日も二人が楽しそうにしている様子を見ると、心中穏やかでいることが出来なかった。
「おーい、写真撮ろうぜ」
「え? ああ……」
聡がデジカメ片手に呼ぶので、彼も自分のカメラを持って走る。
今時珍しいアナログのカメラは父のもの。携帯も持っているのにわざわざそれを使うのも、彼が地味な存在たるゆえん。
三人で二枚。二人を一枚撮ったとき、その恋に終りを告げることが出来た……。
~~
あれから十年の月日が流れた。
失恋が理由ではないが、充は高校卒業と同時に地元を離れて就職をした。
一人で暮らして当初は失敗続きの不運続き。それこそ何かに呪われているのではないかというぐらいの日々。酷い時は何か嫌な気配に苛まれ、寝不足の夜も続いた。
それも昔のこと。
今は順風満帆というほどではないが、仕事も軌道に乗っていた。
最近はお盆と正月の頃ぐらいは戻るのだが、苦い気持ちのある高原に行くつもりには何年たってもなれなかった。
……はずが、その日は少し違った。
『充君、久しぶりに白鷺高原に行かない?』
お盆で戻っていた彼の元に、懐かしい顔がやってきた。
「京子……、久しぶりだね。すごく大人っぽくなったな……。見違える」
自分も良い年齢。相手も然り。あの頃は酸っぱさの目立つ雰囲気も今は大人の甘み、それと若干のほろにがさを併せ持つ、そんな大人の女性になっていた。
「ね、行こうよ……」
「あ、ああ……わかった」
何かに急ぐような彼女に不思議な気持ちになりながらも、十年を経ての恋心に素直に従う充だった。
~~
高台から見える景色は、正直どこが変わったのか分からなかった。
駅周辺はビルが増えたものの、郊外は緑が多い。
――変わらないな……。それとも覚えてないだけか?
隣で風に髪を煽られる彼女は充分に成長しているというのに。
「柵……」
「え?」
「高くなったの」
「ふーん」
言われて気付く。昔は腰ぐらいの高さだったものが、今は胸元まであることに。
「覚えてる? 私達が三人でここで写真撮ったこと」
「ああ……」
聡と彼女が二人で写真を撮ったことも。
「その少し前ね……」
「うん」
「亡くなったの」
「聡が?」
ぎょっとする充は思わず妙なことを口走る。
よく聞く怪談話ならきっとそうだろうと思ってのことだが、言った後で後悔が訪れる。
聡は四年前に亡くなった。
それを知ったのは最近のこと。
同窓会の通知で初めて知り、都合をつけて墓参りをした。
「聡君ね……。あの写真、大事にとっておいてくれたんだ……」
「そうなんだ……」
昔を懐かしむように言う彼女は、遠い空を見つめている。
続く
中山京子は展望台からの景色を見て、嬉しそうに声を上げる。
高原と呼ばれているが、実際のところは小高い山。
安全のために柵があるが申し訳程度に過ぎず、その気になれば乗り越えることも容易。
「あんまりはしゃぐなよ」
今にも飛び降りそうな京子を諌めるのはクラスメートの磯崎聡。
彼は彼女のパーカーの襟首を掴んで引き寄せる。
「充もはやく来いよ」
「ああ……」
陽気な聡の声に、藤谷充は悩んでいた。
実のところ、彼は京子が好き。
けれど、京子は聡に気がある。
さらに、聡も京子に気があるような素振り。
聡は自分にとっても大切な友達である。
聡はサッカー部のスタメンで華やかなキャラ。会話も豊富で頭もいい。
たいして自分は天文部で地味な役回り。知識が偏っているせいか、会話でもいつの間にか自分のことばかり喋ることが多く、他人の話に関心が薄かったりと人受けが悪い。
勝負はついている。
だけど納得できないのが、恋心。
今日も二人が楽しそうにしている様子を見ると、心中穏やかでいることが出来なかった。
「おーい、写真撮ろうぜ」
「え? ああ……」
聡がデジカメ片手に呼ぶので、彼も自分のカメラを持って走る。
今時珍しいアナログのカメラは父のもの。携帯も持っているのにわざわざそれを使うのも、彼が地味な存在たるゆえん。
三人で二枚。二人を一枚撮ったとき、その恋に終りを告げることが出来た……。
~~
あれから十年の月日が流れた。
失恋が理由ではないが、充は高校卒業と同時に地元を離れて就職をした。
一人で暮らして当初は失敗続きの不運続き。それこそ何かに呪われているのではないかというぐらいの日々。酷い時は何か嫌な気配に苛まれ、寝不足の夜も続いた。
それも昔のこと。
今は順風満帆というほどではないが、仕事も軌道に乗っていた。
最近はお盆と正月の頃ぐらいは戻るのだが、苦い気持ちのある高原に行くつもりには何年たってもなれなかった。
……はずが、その日は少し違った。
『充君、久しぶりに白鷺高原に行かない?』
お盆で戻っていた彼の元に、懐かしい顔がやってきた。
「京子……、久しぶりだね。すごく大人っぽくなったな……。見違える」
自分も良い年齢。相手も然り。あの頃は酸っぱさの目立つ雰囲気も今は大人の甘み、それと若干のほろにがさを併せ持つ、そんな大人の女性になっていた。
「ね、行こうよ……」
「あ、ああ……わかった」
何かに急ぐような彼女に不思議な気持ちになりながらも、十年を経ての恋心に素直に従う充だった。
~~
高台から見える景色は、正直どこが変わったのか分からなかった。
駅周辺はビルが増えたものの、郊外は緑が多い。
――変わらないな……。それとも覚えてないだけか?
隣で風に髪を煽られる彼女は充分に成長しているというのに。
「柵……」
「え?」
「高くなったの」
「ふーん」
言われて気付く。昔は腰ぐらいの高さだったものが、今は胸元まであることに。
「覚えてる? 私達が三人でここで写真撮ったこと」
「ああ……」
聡と彼女が二人で写真を撮ったことも。
「その少し前ね……」
「うん」
「亡くなったの」
「聡が?」
ぎょっとする充は思わず妙なことを口走る。
よく聞く怪談話ならきっとそうだろうと思ってのことだが、言った後で後悔が訪れる。
聡は四年前に亡くなった。
それを知ったのは最近のこと。
同窓会の通知で初めて知り、都合をつけて墓参りをした。
「聡君ね……。あの写真、大事にとっておいてくれたんだ……」
「そうなんだ……」
昔を懐かしむように言う彼女は、遠い空を見つめている。
続く