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02

 玄関からベッドに移るまでの数歩、彼の涙でブラウスを汚され、情けない嗚咽を聞かされた。

 本来なら見限るところ。
 けれど、これまでの彼のがんばりと結果を知る彼女には、それがいとおしく見えた。
 そして、一方で優越感。
 他のミーハー女子が知らない彼の弱さ。
 なりゆきとはいえ、彼は自分を求めていた。
 それは女子として、恋人としてではないのもわかっている。
 けれど、誤解するには十分なもの。
 お互い、まだ未熟。けれど、中学の頃に同級生と思い出がある分だけ、柚子は強気になれる。

「同情してくれるのはすごく身に染みる。嬉しいさ、なんか、すごく。けど、そこまでしてもらえるほど俺、格好良くない」
「いまさら格好つけても無駄だってば……んぅ……ちゅっ!」

 シャツを胸元まではだけさせ、掌で男の乳に触れる。
 ぞくぞくする気持ちが高まり、そして唇の逢瀬。
 自然と目を瞑り、鼻での呼吸もやめて互いを感じあう。

「んふぅ……、はむぅ……」
「んあたしゅぅ……、柚子……んぅんちゅ」

 鼻先でちょんとつつかれたのをきっかけにキスを止める二人。
 粘液が糸をなし、二人の唇を結ぶので、もう一度軽く合わせてから起き上がる。

「……今日はここまでね」
「え? あ、ああ……」
「何? なんか文句あるわけ?」
「いや、その、驚いたっていうか、すごく、不思議だったから……」
「何が?」
「キス……さ、すごく、気持ちよかった」

 そしてもう一度、唇が近づき……。

「あたしも……ちゅっ」

 ――続きは、優勝したらね……。
 ――ああ、お前に優勝旗、見せてやる!

 夏のうだるような暑さも忘れ、二人はしばし抱き合っていた……。

――

「かっとばしてくぞ! おらー!」

 次の日、グラウンドに聞こえてきたのは博之の豪快な声と軽快なバッティング音。
 フリーバッティングなのに「次セカンッ!」と指示を出して守備範囲に打ち分ける博之。しめはきっちりと「キャッチャー!」と叫び、フライを上げた。

 ――げんきんなんだから。

 一人空回りしかねないがんばりを笑いながら、柚子はスコアボードの編集をしていた。
 夏の大会以後、三年生は引退。これからは二年を中心として春の大会を目指していく。
 徐々にエンジンがかかり、博之のそれにつられて炎天下の中、白球を追いかけ、声を張り上げていた。

「おーいマネージャー。お、多摩川でいいや」
「はーい」

 計算機を叩いてところ、顧問の菅野がスーツ姿でやってくる。

「すまんがちょっと留守にするんだわ」
「なんかあったんですか? そんなおしゃれして」
「おしゃれって、ただのスーツだぞ。まあ、なんだ、ほら、推薦な。あと、就職の」
「ああ、なるほど」

 山陽高校ではスポーツ推薦は珍しくなく、この時期にお役ごめんとなった菅野はさっそく近隣の大学にセールスを掛ける。
 からっきしの野球バカではないというのが、この菅野のよいところ。もちろん、マネージャーにはその枠もないのだが。

「とにかく、水分補給と練習のしすぎは注意しておいてくれよ? 問題なんて起こしたら推薦も就職もパーだからさ」
「任せておいてくださいよ」
「ああ、頼む」

 菅野は禿げ上がった額をぺしぺしと叩くと鍵をくるくる回しながら駐車場へと向かう。

 空の青さを太陽が輝きで切り裂く。日差しはいつも以上にきつく、おそらく真夏日を更新しているはず。

 ――今日はもうやめよっかな? うん、部員の健康管理はあたし達の仕事だし、それに博之も心配だし。

 キスの続き。
 そんな不純な動機も相成ってか、復活した博之の迫力は目を見張るものがあった。

 ――別に博之とデートしたいとかそういうんじゃないよ。っていうか今日は暑すぎるし、キャプテンに相談しよ。

 午後の練習を中止にして、今日は解散。
 くらくらしたいのは二人きりのときだけなのだから。

~~

 本当なら博之と一緒に帰るはずだった。
 なのに今も部員たちはトラックを走っている。
 その理由はOB達が来たからだ。

 ――勝ちたいんだろ? なら暑いからってさぼるんじゃねー。特に池澤、お前の勝負弱さが問題なんだよ! あの場面でクソ球に手を出すなんてバカじゃねーのか! よし、今からトラック十周だ!

 元キャプテンの白石康平は顧問がいないことをいいことに、先輩特権を行使する。
 部員たちはみな体育会系の暗黙の了解に従いしぶしぶと走る。

 最後まであきらめなかった博之の姿勢を責める部員は居なかった。
 だが、あくまでも二年までにはだ。
 これが最後であった三年は試合の後、チョンボをした後輩を呼び出し、締め上げていたという。それには博之も呼び出されていたらしく、そこでのいざこざが彼を引きこもらせたのだった。

 当然、柚子は腹を立てていた。
 その陰湿なやり方と、えらぶる態度。
 康平もキャプテンに選ばれるだけの実力はあったものの、それは統率力、信頼という観点においてであり、実力的には六番サードの中堅。他はというと、スタメンには使えない力量。

 ――んもう、アンタたちなんて記念にベンチ入っただけじゃない!

 そう叫びたくなるものの、彼らのいびりの矛先が部員に向いても困ると口を真一文字に結ぶ柚子だった。

続く

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