校舎に戻ると博之が駆けて来た。彼は彼女の目が赤いことにぎょっとしたらしく、なんとかとりつくろうとしようとするが、手持ち無沙汰で何もできない。
「あ、博之……ひろゆきぃ~……」
わんわんと泣き始める彼女はその場にしゃがみこみ、それを庇ってくれるようにする惹彼の胸で泣いた。
「キャプテン、これは、一体?」
「何も言うな。とにかく、お前は彼女を守ってやれよ。俺はちょっとまぁ、その、なんだ、菅野にちょっと話しないといけないかな……」
「菅野に? なんすか?」
「いや、練習についてだよ。ちょっとマネージャーと先輩達の間でイザコザがあってさ、まあ、例のしごきの件だよ。やりすぎなとこあるし、そんなとこだ」
「そうですか……」
「んじゃ、お前らは、今日帰れよ」
「あ、ああ」
「ひろゆきぃ、ひろゆきぃ……」
去っていく幹夫にと胸で蹲る柚子に、博之は何がなんだかわからず、ただ無為に時間を過ごしていた……。
~~
泣きやまない彼女を何とかあやし帰路につかせる博之。
彼女の家は自分の家を少し行ったところにあるらしいから、自転車の後ろで運んでいくことにした。
「なんか飲む?」
「んーん、いい」
彼女はぐずつき、ただ涙を流しているばかり。訳を聞こうにもそんな雰囲気ではなく、このまま送り届けるだけでよいのかと不安になる。
「あのさ……」
「はい!?」
どうしようかと悩んでいたところに急に柚子が声を掛けてくる。
博之は反射的にブレーキを踏んで自転車を止めて、彼女に向き直る。彼女は目線を伏せたままだが、ようやく泣き止んでくれたらしい。まだ鼻をぐずつかせているが、それでも先ほどよりもずっといい。
「博之の家に行くの……」
「え?」
「お願い、連れてって……」
それがどういう意味だかはわからないが、赤い目で思いつめたように言われると、反対することはできなかった。
~~
この部屋に彼女を連れてくるのは二度目。最初は自分が泣いており、今度は彼女が泣いている。
その理由はわからないが、彼女が自分を勇気付けてくれたのなら、自分もその恩返しがしたいと思う。
「なんか飲む?」
ただ、どうも手持ち無沙汰は解消できず、柚子と目が合うたびに逃げてしまう。
「あはは、そればっかりだね。いいから座ってよ」
彼女は遠慮なしにベッドに座るので、博之は椅子に腰掛ける。
「そこじゃないよ~。隣。ね、ここに座るの……」
だが、彼女は不満らしく、隣の席をぽんぽんと叩いて博之を呼びつける。
「ああ、わかったよ」
あの日、自分を押し倒して無理やり勇気をくれた彼女。その不埒な妄想が浮かんでしまうが、そのときはそのときとして、博之は彼女の隣に座る。
甘い匂い。化粧水の濃い匂いと、若干の酸っぱさ。女子のフェロモンにしてはやや青臭さが混じるが、それでも柚子のものだと思うと、正気で居られる自信が無くなる。
「ね、あのさ……」
「なんだ?」
「んとね、さっき部室でね。先輩達に怒られたの。柚子は甘すぎるからって……。だから、そこに幹夫先輩がきて、私、なんだかわからなくて怖くって、だから、それだけなの……」
「そう、なのか?」
「うん。誤解しないでね。それだけなんだよ? 柚子ね、ほら、普段はいきがってるけど、女の子だもん。博之は守ってくれなきゃだめだよ?」
「ああ……、ごめんな。今度はお前を不安にさせたりしないから……」
また涙のぶり返しそうになる柚子の頭をクシャクシャとかき、そのまま抱きしめる。
「うう、うぇ~ん!」
泣き出す柚子は、そのまま彼にもたれかかり、押し倒し、唇を重ねてきた。
博之はそれを受け入れ、彼女を強く抱きしめる。
ただそれだけのことが、今の彼には精一杯であり、彼女の不満であった。
続く