FC2ブログ

目次一覧はこちら

02

 自転車を急いで漕いだおかげでバイト先に遅れずについた。
 一志は通学鞄をロッカー脇に置き、ワイシャツの上にユニフォームと帽子、それから伊達眼鏡をかける。視力はどちらも一.〇の彼だが、いわゆる変装のためである。
 鏡の前に立ち、つくり笑顔をして前髪を下ろす。教室でいるときとはやや別人になったことを確認した一志はレジのほうへと向かった。

~~

 夜八時頃。仕事帰りの独身サラリーマンがお弁当を求めて大挙するのがこのお店の特徴。最初の頃こそ慌てふためいていた彼だが、今はもう手馴れたもの。
 隣のレジにも歴戦のバイト仲間、同じバイトで二個上の先輩、浦辺靖がいるのでもうそろそろ混雑も終わる。
「……ありがとうございます、またおこしくださいません」
 最後のお客に温めたお弁当を渡し、軽くお辞儀をする。
「一志君、品だししといて、俺はドリンク補充してくるから」
「わかりました」
 靖がそういうので一志はバックルームに向かった。

 倉庫といっても店内に圧されてそこまで広くなく、陳列できない商品がごちゃごちゃと置かれていた。この中から足りないと思しきものを探して並べるのは非常に苦労なこと。
 一志も前に整理しようと試みたのだが、次の日には前日に届いた商品に圧されてまたもとの木阿弥。仕方なしに商品の発掘作業を開始するのだった。
 本来二人がバックルームに入るのは控えることだが、今のように客が少ないときは手持ち無沙汰に突っ立て居るのも無駄と、仕事にいそしむ。
 ――えっと、ポテトチップスが……っと?
 新発売らしいカラフルな袋を取り、籠へ入れる。他にも補充できそうなものを見つけては籠に入れ、ようやく倉庫を出る。
 彼が店内に戻ると同時に来客を知らせるチャイムが鳴る。
 ひとまず陳列をよそにしてレジに立つ一志だが、新たに来た客を見てぎょっとする。
 そのお客は山陽高校の女子と黒のスラックスとワイシャツ姿の男性。問題なのは、彼が美術部の顧問、正仁で、女子が一個上の先輩、橋本理穂だということ。
 ――やべ……、怒られるかも。
 一志は変装をしているものの、名札にはしっかりフルネームが記載されており、この前も級友に見つかってからかわれたばかり。
 山陽高校は特にアルバイトを禁止していないものの、今日のように部活を無断でサボってというのは困りもの。たとえ彼のような中途の半幽霊部員であってもだ。
 理穂は雑誌コーナーで立ち読みを始めて正仁は店内をうろついている。他にお客は数名程度。一人レジにいれば問題もない。
 だから……、

~~

 冷蔵庫に入ってドリンクの補充をするのはあまり好きではない。前に風邪をひいたのが理由だ。ただ、今のように顔を合わせたくない人が居るときは別のこと。
 一志自身、アルバイト先で出くわしたからといって何かあるはずもないと思ってはいたが、いざとなるとこそばゆいというか、照れる面がある。たとえ相手が意識していないとしてもだ。
 ――ふう。さっさと帰ってくれよ……。
 時計は八時四十五分。もうすぐ交代の時間だ。それまでに帰ってくれるのなら、顔を合わせることも無い。だが、運命は気まぐれなのか、つづけざまに客がやってきてはジュース片手にレジへ並ぶ。
 見てみぬふりをしたい一志だったが、三人目が並んだところでお呼びがかかる。しょうがなしにレジへ向かう一志。遠目にはまだ正仁が買い物籠をもってうろうろしているのが見える。
 ――なんなんだよ、さっさと帰れよちくしょう。
 心の中では毒づき、一方でお客さん向けのスマイルをする一志は、さらにやってくるお客さんにふうとため息をついた。
「おはようございまーす」
 そんなおり、台車一杯に荷物を積んだ配達員と夜勤の大学生、田代肇が笑顔と一緒にやってくる。
 肇は着替えるのもそこそこにレジのお金の確認を始めだす。
「あ、一志はレジやっといてくれるか? シマさん、急いでるっぽいから先に靖に検品してもらいたいんだ」
「え? あ、はい、わかりました」
 できることならゴミ捨てかドリンク補充に逃げたかった一志だが、ここでもまた運命のいたずらなのか、シマさんと呼ばれる配達員が申し訳なさそうに彼をみていた。

 そして……、
 正仁がレジにやってきた。
 ――おちつけ。おちつけ。俺は別に悪いことなんかしてない。ただ、サボっただけだ。つか、バイトのほうが大事だって。なんせ仕事だし、社会勉強だし!
 考えれば考えるほど動作に出る一志だが、もともと窮地と呼べるものではない。というか、十中八九、彼の自意識過剰だろう。
 部活にそれほど出ていない彼なのだし、特に創作活動に励むというわけでもない彼は正仁からすればいないも同然。おそらく名簿で名前を知っている程度だろう。
 それに、彼は指導に夢中な面がある。特に……。
「……二百八十九円が一点。三百十三円が一点……」
 正仁を前にして一志はしだいに冷静さを取り戻していた。彼の心配をよそに正仁はまったく気付く様子がなく、そして理穂もさっきからずっと雑誌コーナーにいる。
 かなりの取り越し苦労であったことを恥じる彼だったが、ある商品を手にしたとき、どきりとした。
 赤い箱一つで八百四十円。八袋入りとあるから、一回百五円の計算になるアイテム。男性と女性を厚さ〇.〇二で隔てる避妊対策の優れもの。つまりコンドームを手にしたときだ。
「お会計、千五百二十三円になります……」
 袋詰めを始める彼はコンドームを別にするべきか戸惑う。すると正仁の手が伸びて「これはいいよ」と無造作にポケットに入れるの見えた。
 興奮しているのだと思う。
 心臓の音がずんずんどんどんとして、見えない程度に、けれど自分ではよくわかるぐらいに足が震える。近い感覚といえばジェットコースターに乗ったときなのだが、全然そのような場面ではない。
 ――何怯えてるの? 俺。
 一志は齢十七にして童貞であるが、それはとくに不自然というほどでもない。
 もちろん級友の中には経験を誇らしげに語るものもいるが、彼としては「興味はあるが、今は……」というもの。
 そして……。
「ありがとうございます。またおこしくださいませ……」
 ――二度と来るな。
 どうしてかそう心の中で叫んでいた。
「よーし、終わったよ一志。えっと、マイナス五十円ね」
「はい」
「珍しいね、一志が立ってマイナスなんて。いつもプラスになるのにな」
 冗談めかして言う肇にたいして一志は上の空のまま、適当に相槌を打つ。
 彼の視線は雑誌コーナー、今買い物を終えた男性客に向いているせいだ。
「そんじゃもう上がりなよ。最近店長、残業あって困ってるって言ってたし」
「はい。それじゃお先に失礼します」
 浮かない顔をしたままバックルームに戻る一志。途中、これから半夜勤の靖が「お疲れ様」と声を掛けてきたが、それもやはり生返事で返すだけ。
 一志は服を着替えると、干満な動作で帰り支度を始めていた……。

続く

Trackback

Trackback URL
http://13koharu.blog73.fc2.com/tb.php/493-7927baef

Comment

Comment Form
公開設定

プロフィール

小春十三

Author:小春十三
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ

創作検索ぴあすねっとNAVI
dabundoumei
trt
オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび  
リンク予定


二次元世界の調教師様のサイトです。



無料アクセス解析