「ああ、シフト変えてもらったんだ。土日に働きますってことにしてさ。やっぱり心配だから」
最近まじめに部活へやってくる一志に志乃は上機嫌。もちろん、彼の心の機微などしらないわけだが。
「なにが? ああ、この横断幕? そうだね、サッカー部の試合に間に合わせないといけないしね」
志乃はくすっと笑ったあと、横断幕にアイロンを掛ける。大きく作られたメッセージは毎年変えているらしく、それは美術部の仕事らしい。
何故志乃がそれをしているのかは一志からしてみて不思議であったが、どうやら彼女は最近スランプに陥っているらしい。
というのも前回の入賞と次のコンクールでの期待が掛けられており、それは彼女にとって重いものであった。
そこで正仁は彼女に簡単な作業と気晴らしにと横断幕作成を依頼した。
志乃も失敗してもそこまではという安心感からそれを受けた。
ただ、横断幕作成機嫌は秋の終わり、十一月中旬であり、そこまで急ぐことでもない。当然ながら一志の助っ人など猫の手に過ぎない。
そして一志が来るとおしゃべりをしたがる志乃は、あまり作業に熱を入れていないようにもみえる。
「そういえばさ、最近部長変わったよね?」
「え? そうなの? ああ、そうだな」
「うん、前よりもなんかぴりぴりしてるっていうか、やっぱりコンクールがちかづいてるからかな?」
一志が感じていた変化は別のもの。
それは綺麗になったということ。
少し前までは可愛い先輩というのを売りにしていた理穂だが、ここ最近スカートの丈が短くなったきがする。そして指先。以前はそれほど手入れをしていない普通の爪であったが、マニキュアこそ塗っていないものの、綺麗に磨かれているのが見えた。そし、ツンと香る香水。リンスとは明らかに言いがたいそれは、深みのある香だった。
細かいことを言い出すと睫のカール具合やブラウスの第一ボタン、それにサイズ。前かがみになると胸元が覗けてしまうほどに防御が薄い。
誘っている。
アイツを。
一志はそう解釈しており、そこにはぬぐえない嫌悪感があった。
そして、
「そういえばともちゃん、なんか最近意地悪なの」
「やっぱり」
奥歯をかみ締める。砂を噛むようないやらしさが口の中に残る。二人にある共通点が原因なのは百も承知であり、そしてそれは彼の倫理の範囲を超えている。
「え? なんかこころあたりあるの?」
「いや、最近高山とあんまはなしてないからさ……」
美術部の妹である友恵は最近髪型を変え始めた。二つ編みをふわっとさせた感じは少し大人っぽくみせ、色の抜けた感じが今風の女の子に彼女を変える。
そして、理穂に張り合うかのように第一ボタンをあけ、ブレザーの前も閉じない。
彼女の着やせするバストが自己主張を始め、妙に男子部員達から上目線で見られるようになっている。
そして、それを上目遣いの返す彼女。
彼女もまた変わった一人なのだろう。
「あとね……、それからね、……ほかにもね……」
目の前で横断幕作成に携わる地味な彼女は、以前正仁に美術館に誘われていたと言った。
「ああ、そうなんだ、たいへんだな、へぇ、でもさ、いや、ああ、なるほど……」
一志は適当な相槌を打ちながら、ヒロイズムに似た気持ちを抱え始めていた……。
――今日一緒に帰ろうよ……。
――え? うん。いいよ。なんで?
――別に、一緒に帰りたいから……。
――そう、うふふ、嬉しいな……。
にこりと微笑む彼女の「今」を守りたいのか、それとも記憶にこびりつくタールのような黒さを拭いたいのか……?
削がれる時 未完
「なにが? ああ、この横断幕? そうだね、サッカー部の試合に間に合わせないといけないしね」
志乃はくすっと笑ったあと、横断幕にアイロンを掛ける。大きく作られたメッセージは毎年変えているらしく、それは美術部の仕事らしい。
何故志乃がそれをしているのかは一志からしてみて不思議であったが、どうやら彼女は最近スランプに陥っているらしい。
というのも前回の入賞と次のコンクールでの期待が掛けられており、それは彼女にとって重いものであった。
そこで正仁は彼女に簡単な作業と気晴らしにと横断幕作成を依頼した。
志乃も失敗してもそこまではという安心感からそれを受けた。
ただ、横断幕作成機嫌は秋の終わり、十一月中旬であり、そこまで急ぐことでもない。当然ながら一志の助っ人など猫の手に過ぎない。
そして一志が来るとおしゃべりをしたがる志乃は、あまり作業に熱を入れていないようにもみえる。
「そういえばさ、最近部長変わったよね?」
「え? そうなの? ああ、そうだな」
「うん、前よりもなんかぴりぴりしてるっていうか、やっぱりコンクールがちかづいてるからかな?」
一志が感じていた変化は別のもの。
それは綺麗になったということ。
少し前までは可愛い先輩というのを売りにしていた理穂だが、ここ最近スカートの丈が短くなったきがする。そして指先。以前はそれほど手入れをしていない普通の爪であったが、マニキュアこそ塗っていないものの、綺麗に磨かれているのが見えた。そし、ツンと香る香水。リンスとは明らかに言いがたいそれは、深みのある香だった。
細かいことを言い出すと睫のカール具合やブラウスの第一ボタン、それにサイズ。前かがみになると胸元が覗けてしまうほどに防御が薄い。
誘っている。
アイツを。
一志はそう解釈しており、そこにはぬぐえない嫌悪感があった。
そして、
「そういえばともちゃん、なんか最近意地悪なの」
「やっぱり」
奥歯をかみ締める。砂を噛むようないやらしさが口の中に残る。二人にある共通点が原因なのは百も承知であり、そしてそれは彼の倫理の範囲を超えている。
「え? なんかこころあたりあるの?」
「いや、最近高山とあんまはなしてないからさ……」
美術部の妹である友恵は最近髪型を変え始めた。二つ編みをふわっとさせた感じは少し大人っぽくみせ、色の抜けた感じが今風の女の子に彼女を変える。
そして、理穂に張り合うかのように第一ボタンをあけ、ブレザーの前も閉じない。
彼女の着やせするバストが自己主張を始め、妙に男子部員達から上目線で見られるようになっている。
そして、それを上目遣いの返す彼女。
彼女もまた変わった一人なのだろう。
「あとね……、それからね、……ほかにもね……」
目の前で横断幕作成に携わる地味な彼女は、以前正仁に美術館に誘われていたと言った。
「ああ、そうなんだ、たいへんだな、へぇ、でもさ、いや、ああ、なるほど……」
一志は適当な相槌を打ちながら、ヒロイズムに似た気持ちを抱え始めていた……。
――今日一緒に帰ろうよ……。
――え? うん。いいよ。なんで?
――別に、一緒に帰りたいから……。
――そう、うふふ、嬉しいな……。
にこりと微笑む彼女の「今」を守りたいのか、それとも記憶にこびりつくタールのような黒さを拭いたいのか……?
削がれる時 未完