テーブルを並べて簡易な受付を作成。続いてパンフレットをまとめる作業を行う。
それが終ると、今度は舞台設営の手伝いに呼ばれる。
ひな壇を並べたり、グランドピアノを運び入れたりと忙しい。
舞台設営が終る頃になると徐々に演者達も到着し、控え室へ倉庫へと人の出入りがせわしくなる。
欅ホールの裏舞台は上手と下手に別れており、重厚な扉で舞台と繋がっている。その脇にも扉があり、やはり重厚で開けるのは力がいる。
真琴が舞台に譜面台を運ぼうとするも、片手で開けるのは至難の業。
「おいおい、危ないぞ」
スタッフの一人が扉を開いて、止め具で固定する。
「ありがとうございます」
真琴はお礼をするも、
「邦治君、幕間劇なんだけど……」
「はい、石塚さん!」
とまた別のスタッフに呼び出され、のんびり話している暇も無い。
澪はというとヘッドホンをつけた男性の指示に従い、ケーブルをもって舞台下を往復している。
「磯川さん、譜面台は……」
もってくるようには言われたものの、どこへ置けばよいのかわからない。由真はそれに気付くと、床を指差す。その先には緑のテープでバッテンがされている。
「緑のテープで目張りされているから、そこに置いて。それが終ったら下手から椅子を六脚用意して。置く場所は白いテープで目張りしてあるから……」
「はい」
真琴は譜面台を置くと、続いて下手側へと走った。
-:-
あらかた準備が終ったところで小休止。真琴と澪は準備されていたペットボトルを受け取り、喉を潤す。
リハーサルが始まったらしく、一郎と由真は険しい顔で舞台を見ている。
「コンサートなんだね。劇かと思った」
「えと、語りもあるみたい。ほとんど合唱みたいだけど……」
隅っこでプログラムを見ながらおしゃべりを始める。今から十二時までに全三部からなる演目をリハーサルする。その幕間に舞台設営の準備のリハーサルもするのだが、それまでは肉体労働のスタッフは自由時間。なので、真琴は珍しそうに舞台の裏側を見ていた。
華やかな表側とは裏腹に鉄筋むき出しの壁。蛍光灯のぼんやりとした光で照らされる通路は薄暗く、不気味なもの。真琴は薄ら寒さを覚えた後、上手側へと急いだ。
-:-
リハーサルが始まって小一時間ほど経ったころ、上手側の扉がコンコンとノックされる。
「おはようございます……。すみません、道路が込んで……」
扉が開くと同時に臙脂色の制服姿の女の子が入ってくる。
――相模原の制服だ。この子が……。
真琴も今日の出演者は大体目を通しており、語り手兼歌い手の一人に相模原高校合唱部の子が居るのを覚えていた。
五十嵐真帆。一郎の開いている声楽教室の生徒で、去年の市のコンクールで大賞を受賞した経歴の持ち主らしい。
上半月の瞳は少女のあどけなさと大人になりきれていない青い魅力があり、赤いカチューシャで留められたセミロングの髪は、紙面よりも清楚な雰囲気が伝わってくる。
はにかむ笑顔はえくぼがあり、おちょくるようなアヒル口が無性に視線を集中させる。
パンフレットの写真にはお人形のように可愛らしい子がドレスアップして写っているが、実物はさらに魅力的だった。
今もパンフレットと同じくカチューシャをしており、ストレートの髪は肩が揺れるたびになびく。
上半月の瞳は目が合うだけでも上目遣いの媚びた視線に見えてしまい、気持ちのどこかがくすぐられる。
スタイルこそ梓とどっこいどっこいだが、ややきつめのブラウスは凹凸を主張しており、薄く黄色いものが透けているのが困る。
「何デレデレしてるの?」
すると澪が真琴の小脇を肘で突いてくる。
「別にデレデレなんてしてないよ……」
「ふうん。まぁいいけど、真琴も男の子だし、そういうのも普通よね。お姉さん悲しい」
「そんな、別になんとものないってば……」
妙なフォローを入れられては黙っていられない。おかしな誤解をされては真琴にとって大変迷惑なのだ。相手が澪なだけに……。
「あれ、真琴君! どうしてここに!?」
するとその背後から聞き覚えのある声がした。ただ、やや大きすぎたらしく、音響を担当するスタッフが眉を顰めるのが見えた。
「ちょっと梓ってば、いきなり大声出さないでよ……」
真帆は後ろに控える友人にしっと指を立てる。
「ごめん真帆……、だって、その……ごめん」
シュンとする梓だが、真帆の脇を抜けると、二人の前へとやってくる。
「えと、どうして真琴君がここにいるの?」
「あたしも居るわよ?」
「アンタはどうでもいいの。私は真琴君に聞いてるの」
妙に楽しそうな澪は赤面する梓を前に腕を組んでニヒルな笑顔を浮かべる。
「うん。僕と澪はここのお手伝い。ボランティアなんだ」
「なんだ、そうだったの……。でも、それでも嬉しいな。真琴君と会えるなんて……」
ほんのり染まる頬を両手で隠す。一人悦に浸る梓に澪も真帆も苦い顔。
「ちょっと梓、この人達は誰? 知り合い?」
一人展開について行けない真帆は腰に手を当ててお冠の様子。パンフレットに載るたおやかな少女とは思えないほどのとんがりっぷりだった。
「ああ、あのね、彼は葉月真琴君っていって、桜蘭の後輩の子。そのおまけが澪。同級生なの」
「だれがおまけよ、だれが……」
「ふうん」
澪の苛立ちも気に留めず真帆は真琴の前に歩み寄る。
「? なんですか?」
「ポン助だ」
真琴の顔を覗きこみ、一瞬にこっと微笑む真帆。
「え?」
パンフレットを下げて彼女に向き直る真琴だが、真帆を改めてみるとやはり可愛らしく、心なしか見とれてしまう。
「重いから持って」
そう言って鞄を差し出す真帆。とりあえず受け取る真琴だが、言われるほど重いわけでもない。
「さ、行くわよ」
「はい、いってらっしゃい」
真琴は受け取った鞄を隣の椅子に下ろすと、再びパンフレットに目を移す。
「ちょっと貴方、ふざけてるの!」
するといきなりパンフレットが取り上げられ、代わりに真帆の顔がアップで現れる。
おそらく怒っているのだろうけれど、上半月の目だとどうしても可愛らしさが前面にやってくる。
「えと、特にそのつもりはないのですが……」
「行くって言ってるの。貴方はポン助の代わりなんだからついてきなさい」
「ポン助?」
聞きなれない名前に首を傾げる真琴。
「……ああ、いいから、とにかく来ればいいの」
真帆は失言とばかりにはっとするが、直ぐに強引な顔になると、下手への通路を指差す。
「ちょっと真帆、真琴君に変なこと言わないでよ」
友人の蛮行を諌めるべく梓が彼女の袖を引っ張る。
「だってこの子は今日のボランティアでしょ? なら出演者であるあたしの手荷物を運ぶのも仕事の内だってば」
えっへんと胸を張る真帆に梓は複雑な表情。
「そうなの?」
「なんじゃない?」
一方、真琴は再び澪に視線を流すと、彼女も首をかしげながら頷く。
「ほらほら、控え室はこっちよ……」
どんどんと通路を行く彼女に、三人は仕方なく着いていく。当然荷物は真琴が持って。
続く
欅ホールの裏舞台は上手と下手に別れており、重厚な扉で舞台と繋がっている。その脇にも扉があり、やはり重厚で開けるのは力がいる。
真琴が舞台に譜面台を運ぼうとするも、片手で開けるのは至難の業。
「おいおい、危ないぞ」
スタッフの一人が扉を開いて、止め具で固定する。
「ありがとうございます」
真琴はお礼をするも、
「邦治君、幕間劇なんだけど……」
「はい、石塚さん!」
とまた別のスタッフに呼び出され、のんびり話している暇も無い。
澪はというとヘッドホンをつけた男性の指示に従い、ケーブルをもって舞台下を往復している。
「磯川さん、譜面台は……」
もってくるようには言われたものの、どこへ置けばよいのかわからない。由真はそれに気付くと、床を指差す。その先には緑のテープでバッテンがされている。
「緑のテープで目張りされているから、そこに置いて。それが終ったら下手から椅子を六脚用意して。置く場所は白いテープで目張りしてあるから……」
「はい」
真琴は譜面台を置くと、続いて下手側へと走った。
-:-
あらかた準備が終ったところで小休止。真琴と澪は準備されていたペットボトルを受け取り、喉を潤す。
リハーサルが始まったらしく、一郎と由真は険しい顔で舞台を見ている。
「コンサートなんだね。劇かと思った」
「えと、語りもあるみたい。ほとんど合唱みたいだけど……」
隅っこでプログラムを見ながらおしゃべりを始める。今から十二時までに全三部からなる演目をリハーサルする。その幕間に舞台設営の準備のリハーサルもするのだが、それまでは肉体労働のスタッフは自由時間。なので、真琴は珍しそうに舞台の裏側を見ていた。
華やかな表側とは裏腹に鉄筋むき出しの壁。蛍光灯のぼんやりとした光で照らされる通路は薄暗く、不気味なもの。真琴は薄ら寒さを覚えた後、上手側へと急いだ。
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リハーサルが始まって小一時間ほど経ったころ、上手側の扉がコンコンとノックされる。
「おはようございます……。すみません、道路が込んで……」
扉が開くと同時に臙脂色の制服姿の女の子が入ってくる。
――相模原の制服だ。この子が……。
真琴も今日の出演者は大体目を通しており、語り手兼歌い手の一人に相模原高校合唱部の子が居るのを覚えていた。
五十嵐真帆。一郎の開いている声楽教室の生徒で、去年の市のコンクールで大賞を受賞した経歴の持ち主らしい。
上半月の瞳は少女のあどけなさと大人になりきれていない青い魅力があり、赤いカチューシャで留められたセミロングの髪は、紙面よりも清楚な雰囲気が伝わってくる。
はにかむ笑顔はえくぼがあり、おちょくるようなアヒル口が無性に視線を集中させる。
パンフレットの写真にはお人形のように可愛らしい子がドレスアップして写っているが、実物はさらに魅力的だった。
今もパンフレットと同じくカチューシャをしており、ストレートの髪は肩が揺れるたびになびく。
上半月の瞳は目が合うだけでも上目遣いの媚びた視線に見えてしまい、気持ちのどこかがくすぐられる。
スタイルこそ梓とどっこいどっこいだが、ややきつめのブラウスは凹凸を主張しており、薄く黄色いものが透けているのが困る。
「何デレデレしてるの?」
すると澪が真琴の小脇を肘で突いてくる。
「別にデレデレなんてしてないよ……」
「ふうん。まぁいいけど、真琴も男の子だし、そういうのも普通よね。お姉さん悲しい」
「そんな、別になんとものないってば……」
妙なフォローを入れられては黙っていられない。おかしな誤解をされては真琴にとって大変迷惑なのだ。相手が澪なだけに……。
「あれ、真琴君! どうしてここに!?」
するとその背後から聞き覚えのある声がした。ただ、やや大きすぎたらしく、音響を担当するスタッフが眉を顰めるのが見えた。
「ちょっと梓ってば、いきなり大声出さないでよ……」
真帆は後ろに控える友人にしっと指を立てる。
「ごめん真帆……、だって、その……ごめん」
シュンとする梓だが、真帆の脇を抜けると、二人の前へとやってくる。
「えと、どうして真琴君がここにいるの?」
「あたしも居るわよ?」
「アンタはどうでもいいの。私は真琴君に聞いてるの」
妙に楽しそうな澪は赤面する梓を前に腕を組んでニヒルな笑顔を浮かべる。
「うん。僕と澪はここのお手伝い。ボランティアなんだ」
「なんだ、そうだったの……。でも、それでも嬉しいな。真琴君と会えるなんて……」
ほんのり染まる頬を両手で隠す。一人悦に浸る梓に澪も真帆も苦い顔。
「ちょっと梓、この人達は誰? 知り合い?」
一人展開について行けない真帆は腰に手を当ててお冠の様子。パンフレットに載るたおやかな少女とは思えないほどのとんがりっぷりだった。
「ああ、あのね、彼は葉月真琴君っていって、桜蘭の後輩の子。そのおまけが澪。同級生なの」
「だれがおまけよ、だれが……」
「ふうん」
澪の苛立ちも気に留めず真帆は真琴の前に歩み寄る。
「? なんですか?」
「ポン助だ」
真琴の顔を覗きこみ、一瞬にこっと微笑む真帆。
「え?」
パンフレットを下げて彼女に向き直る真琴だが、真帆を改めてみるとやはり可愛らしく、心なしか見とれてしまう。
「重いから持って」
そう言って鞄を差し出す真帆。とりあえず受け取る真琴だが、言われるほど重いわけでもない。
「さ、行くわよ」
「はい、いってらっしゃい」
真琴は受け取った鞄を隣の椅子に下ろすと、再びパンフレットに目を移す。
「ちょっと貴方、ふざけてるの!」
するといきなりパンフレットが取り上げられ、代わりに真帆の顔がアップで現れる。
おそらく怒っているのだろうけれど、上半月の目だとどうしても可愛らしさが前面にやってくる。
「えと、特にそのつもりはないのですが……」
「行くって言ってるの。貴方はポン助の代わりなんだからついてきなさい」
「ポン助?」
聞きなれない名前に首を傾げる真琴。
「……ああ、いいから、とにかく来ればいいの」
真帆は失言とばかりにはっとするが、直ぐに強引な顔になると、下手への通路を指差す。
「ちょっと真帆、真琴君に変なこと言わないでよ」
友人の蛮行を諌めるべく梓が彼女の袖を引っ張る。
「だってこの子は今日のボランティアでしょ? なら出演者であるあたしの手荷物を運ぶのも仕事の内だってば」
えっへんと胸を張る真帆に梓は複雑な表情。
「そうなの?」
「なんじゃない?」
一方、真琴は再び澪に視線を流すと、彼女も首をかしげながら頷く。
「ほらほら、控え室はこっちよ……」
どんどんと通路を行く彼女に、三人は仕方なく着いていく。当然荷物は真琴が持って。
続く