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葉月真琴の事件慕_08

**――**

 午後一時の開演と同時にざわついていた開場がシンと鎮まりかえる。
 由真の開演の挨拶に続き、拍手が起こる。
 真琴はその様子を下手のモニターで見ていた。彼の今現在の仕事は待機のみ。
 本来なら不測の事態に対処できるよう、上手で待機するのが望ましい。彼が今ここに居るのは、出演を控えた真帆に付き添いを頼まれてのこと。
 真帆の出演は第二幕からであり、それまでは控え室にて最終的なチェックをするらしく、一人で篭っている。
 真琴としては突っ立っているだけなら上手で石塚や由真と幕間時の確認をしたいのが本音だった。
「……始まった?」
 控え室のドアがきぃと音を立てて開き、真帆の小さな声がした。
「ええ、今、喜田川さんと平木さん、それから富岡さんの合唱です」
「そう……」
 つい先ほどとはうってかわって……というべきか、実のところ昼食をとり始めた頃からだんだんと真帆の元気が無くなっていくように感じていた。
 最初は例のストーカーじみたファンのせいだろうと考えたが、今のこの様子を見るにきっとプレッシャーによるものだろうと推測できる。
 どんなに虚勢を張っていたところで彼女も自分と同じ高校生でしかないのだ。
「大丈夫ですよ。真帆さんならきっとうまくいきますから」
 真琴としては元気付けるための定型句を告げたつもりだった。
「……なにが……うまくいくよ……、人の気も知らないで……」
 だが、彼女からすると、それは聞き飽きたフレーズなのだろう。
「え?」
 否定的な真帆の声に真琴はようやく振り返る。彼女はうつむいており、表情が見えない。ただ、気落ち、消沈しているのは見て取れる。
「や、やだなぁ……、元気出してくださいよ。さっきまでの真帆さんはどうしたんですか?」
 ただ事ではないと感じた真琴は彼女に歩み寄る……と、ぐいっと胸倉をつかまれ、そのまま控え室に連れ込まれる。
「わわっ! 真帆さん?」
 突然のことに真琴は驚きを隠せない。
 背後でバタンと扉が閉まると、メインの照明が消されている控え室は鏡の前にあるスタンドが光るだけ。
「真帆さん……」
 こんなところで真帆は一人震えていたのだと思うと、真琴は先ほどの軽口を後悔する。
「貴方に何がわかるっていうのよ……、私が、どんなに心細いか……、いい加減なことばっかり言って……」
 興奮で息を荒げる真帆。だが責める言葉とは裏腹に、彼女は彼に身体を預けるようにしている。
「ごめんなさい。僕、真帆さんのこと、誤解してたみたいで……」
 ドアと真帆にサンドイッチされる真琴は彼女の髪を撫でる。
「ちょっと、気安く触らないでよ……」
「だって、そうするしか思いつかないから……」
「まったく、男ってみんなスケベなんだから……」
 そうは言いつつも、真帆は彼の手を拒まない。
 ………………。
 ………………。
 ………………。
 無言。
 薄暗い部屋の中、真帆の過呼吸なそれが、徐々に収まり始める。
「……ポン助はいつも黙んまり。それでいいの、貴方はただのヌイグルミなんだから……」
「僕は……」
 先ほども気になったが、ポン助とはどうやらただのヌイグルミらしい。反論するのもばかばかしくなってしまった彼は、ポン助になったつもりで口を閉ざす。
「ポン助っていうのは私の数少ないお友達。梓にも教えてないんだから」
「ふうん」
「こら、しゃべるな」
 真琴は反射的にごめんなさいといいそうになったのを慌てて飲み込む。
「いつもは必ずもって来るんだけど、この前のコンクールで賞とってからはさ、ママにみっともないとか言われたのよ。そりゃたしかに薄汚れた狸のヌイグルミだもの。変かもしれないけど、大切なものだったのよ……」
「それが、僕に……」
「そ。このまん丸お目目も、柔らかそうなほっぺも似てるのよ~」
 真帆はそう言うと、彼の頬をぎゅっと摘んでぐりぐりとしだす。
「私ね、三才の頃にデビューしたの」
「へぇ」
「子役っていうか、ただドレス着てママの隣であーうーって言ってるだけ。演奏とか何もあったもんじゃないの」
 とつとつと語りだす真帆に、真琴は黙って頷く。
「幼稚園の頃からピアノの練習。小学校に入る前にバイエルンは上下ともに履修済みです! はっきり言って友達と遊ぶ時間なんてないっての……」
「それは少し寂しいです」
 おそらくはポン助がその寂しさを紛らわせていたのだろう。
「でしょ? でね、小学校中学校は公立なんだけど、高校は清祥学園行けとか言われてさ……」
「清祥学園って……あの全寮制の?」
 清祥学園は相模原市からかなり離れたところにある芸術系の全寮制高校。たまに地方紙に名前が載ることがあり、書道、絵画、音楽、バレエ、演劇、声楽など多彩な実績を誇る。
「そりゃ子供の頃からピアノをしてるから普通よりは出来るよ。けど、やっぱりもともと好きでやってる子とか、天才っていうのかな? そういう子には適わないよ。結果はあえなく相模原高校普通科」
「はは……」
「その頃からあんまりママもとやかく言わなくなった」
 呟きながら真帆は顔を下に向ける。
「なんか見捨てられたって感じだった。けどね、気晴らしに始めた平木先生のところでの合唱はね、ふふふ……みての通り相模原市のコンクール、史上最年少の十六歳で大賞受賞! すごいでしょ?」
「はい」
「清祥学園がなんだって言うのよ! 私は実力で勝ちとったわよ! ってね。そしたらママ、ふふ、笑っちゃうよね。また昔の教育ママに戻っちゃった。多分も観客席で見てるよ。きっと今日も帰ったら反省会」
 そう言って笑う彼女はどこか楽しそうに見える。
 彼女の不安はおそらく、母からその関心をどう受けるか、その一点につきるのだろう。
 小ざかしい真琴はそう理解すると、強く彼女のことを抱いていた。
「なんか変だな、今日の私……。初めて会ったばっかりなのに、こんなこと……。誰にでもするわけじゃないんだよ……」
「わかってますよ」
「でも、今日はポン助兼恋人役なんだから、もう少しこうしててもいいよね?」
 信頼されたというべきか、それとも単純に明日会わない相手だからだろうか? とにかく真琴は今出来ることをするしかない。
「僕はいいですけど……」
 ストーカーじみたファンを牽制するための偽りの関係。急場しのぎでしかないはずの関係でも、もし彼女の不安が癒せるのであればそれも良いことなのだ。
 胸に涼しい風が吹くも、真琴はいま少しの間、彼女のぬくもりを感じようとした。
「ポン助、もう少し……」
「打ち上げ……しませんか?」
「え?」
 真琴の胸の中で、真帆が顔をあげる。彼女は驚いた様子だが、浮かない表情。
「でも、ママが早く帰らないと……」
「いいじゃないですか、今日ぐらい僕らと一緒に打ち上げしましょう。僕も澪も真帆さんとせっかくお友達になれたんだしね」
「お友達か……。そういうの楽しそうね」
 まだどこか吹っ切れていない彼女だが、徐々に瞳に力が入り、唇は楽しそうに笑いをつける。
「なんにします? ボーリングなんかどうですか。澪すごい上手いからびっくりしますよ」
「そうねぇ、カラオケなんかどうかしら?」
「そんな、酷いですよ。真帆さんの前で歌うなんて……」
「レッスンをして差し上げますことよ」
 おおよそ梓もその被害に遭っているのだろう。真帆はサディスティックに彼を見る。
「うん……、よし! 決めた! 今日はケーキバイキングに行く! 真琴君のおごりで!」
「え、僕ですか……。はい、わかりました! その代わり……、そうですね、サインでもいただけます?」
「いいわよ。未来の歌姫のサインなんだから、大切になさいね!」
 真帆はそう言うと真琴から身体を離し、電気をつける。
 ぱっと明るくなる控え室、真帆は乱れた髪を整えるために鏡に向かう。
 目元の確認をして、髪をとかすこと数回、台本片手に「ら~」と発声練習。
「じゃあ僕はこれで……」
「あ、まって……」
 もう十分だろうと立ち去る真琴を真帆は呼び止める。
「はい、何か?」
「さっきのこと、内緒だからね……、もちろんおごりは別だけど……」
 そういって視線を泳がせる真帆は、おそらく今日一番可愛らしいのではないだろうか?
 真琴は口に人差し指を立てて笑ったあと、控え室を出た……。

続く

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