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葉月真琴の事件慕_11

-:-

「どど、どうしたんですか!?」
 急いで階段を降りた真琴。
 階段から少し離れたとこで仰向けに倒れた一郎。彼の傍にはファイリングされた台本が血を吸って汚れていた。
 倒れた一郎の肩を由真がさするが、それに反応する様子はない。
 青ざめた邦治は「一一八」と呟きながら携帯を操作していた。
「鳥羽君、それは海上保安庁よ。救急車は一一九でよ……。でも、多分一一〇のほうが正しいかも……」
 一郎の脈拍を確かめていた由真だが、彼女が一郎の腕を離した途端、どさっと落ちる。その様子から一郎は既に……。
「あ、あの、警察ですか? はい、あの、えと、なんか、知り合いが、えと、階段から落ちて……」
 焦る邦治は咽ているかのようにたどたどしい口調であった。その様子からあまり状況が向こうに伝わっていないらしく、何度も同じフレーズを繰り返している。
「代わって」
 見かねた由真は邦治から携帯電話を奪い、非常口から出る。
「一体何があったんですか?」
「それが……、平木さんが、僕の、見ている前で……ええと、柵を越えて落ちたんだ……」
 落ち着きを取り戻し始めた邦治は額を手で覆いながら身震いする。
「事故……ですか……」
「ああ、多分……」
 真琴は一郎を見ないようにして階段の上を見る。狭い空間ではあるが、大人一人が落ちる程度の隙間が見える。
 不思議なのは二階程度の高さから落ちたぐらいで即死ということ。
 恐る恐る一郎のほうを見ると、首筋がおかしな具合に曲がっており、落下の衝撃よりは首の骨折が死因とも感じられた。
 もちろんそれを判断するのは警察の仕事であり、興味本位に見るにはあまりにも非日常、グロテスクなものである。
 真琴は気持ちの悪さを覚え、ひとまず階段を駆け上がり、洗面所へと走る。
 水を出し、顔を拭う。吐き気は無いが、胸がむかむかする。
 知り合いの不幸という現実は生半なことではなく、彼の心理に楔を打ち込んでいた。
 時計を見ると午後二時四十七分。劇の流れにもよるが、残り十分程度で終わるはず。
 非常事態であり、このまま第三幕へと移るべきなのか疑問。そもそも一郎の出番も控えており、責任者は彼……。
「……鳥羽君、上手に戻って、石塚君を呼んできて」
「……は、はい……」
 階下で由真の凛とした声が聞こえると、続いて邦治が階段を駆け上がってきたのが見えた。彼はそのまま上手のほうへと走る。
 やがて由真が上ってくると、彼女は内線で管理室へと連絡しだす。
「すみませんが、下手の階段のところまで来てもらえますか? ええ、事故です。今日の演目の主催である平木が階段から落ちて……はい、警察にも連絡してあります。ただ、直ぐにはこられないらしくて、その間、警備の人に見張りを頼むようにと指示されまして……、はい、よろしくお願いします」
 由真はあらかじめ用意されていた台詞がごとく伝えると、ため息をつく。
「磯川さん……平木さんは……」
「ああ、葉月君……うん、もう手遅れみたい……」
 そう言って目を伏せる由真に、真琴は胸が痛む。二人の関係は真帆から聞かされているわけで、たとえ別れたとはいえ、彼女はまだ彼に未練がある。ならば、その胸中は察するべき。
「あの……」
 そう言いかけたところで石塚がやってくる。彼は階下を見つめたあと、目を丸く見開き、駆けつけようとする。
「待って!」
 すんでのところで由真が彼を引きとめる。
「待てるか!」
 石塚は何故引きとめるとばかりに振り払おうとするが、彼女は離さない。
「落ち着いて。今更見たところで何も変わらないわ。警察からも現場を乱さないようにと言われてるの。まずは落ち着いて……」
「だけど……!」
 理性ではわかっているものの、感情では割り切れないらしく、石塚はまるで由真を犯人がごとく睨む。
「そんなことよりも三幕よ。もう直ぐ二幕も終る。皆には一郎のことは内緒にして、続けるわ」
「な、バカな! 一郎があんなことになってるのに、どうして続けられるんだ!? 一郎の代役は誰がやるんだよ!」
「今さら中止することは出来ないわ。一郎の代役ならあてがあるわ。佐々木君に演じてもらうから」
「ぶっつけ本番でできるのか? 無理に決まってるだろ」
 むちゃくちゃだといわんばかりの石塚だが、由真は引く様子を見せない。それどころか強気に見える。
「今からキャンセルなんてしたらどれだけのお金が発生すると思ってるの? 貴方は部外者だから中止って言えるでしょうけど、私達には一回一回が綱渡りの勝負なの。一郎だってこんな形での中止なんて納得しないわ」
「……わかったよ。乗りかかった船だ。最後までやるよ。だけど、どうなっても知らないからな……」
 石塚はやり場の無い怒りを壁にぶつけると、そのまま上手へと戻る。邦治は由真と彼をきょろきょろと見た後、上手へと移動する。
「ふぅ……」
 残された由真はモニターを見つめたあと、会場の沸き起こる拍手と暗転する舞台を確認し、ドアを開ける。
「葉月君、急いで……」
「は、はい!」
 その言葉に役割を思い出した真琴は彼女に続いて舞台へ出る。
 真琴は並べられた椅子へと向かい、不要となった譜面台を小脇に抱えて走る。
 舞台の向こう袖のほうで真帆が上手へ戻るのが見えた。
 彼女が一郎のことを信頼していたこと知る真琴には、その後姿を見ることさえも辛くなってしまう。
 せめてこの幕間、彼女が真相を知らずに三幕へ挑めたらと願うばかりだった……。

**

 第三幕は演劇のクライマックスと合唱。
 出演者の一部は一郎が来ないことにちらちらと上手を見ていたが、代役である佐々木の無難な歌声に、自分の番を待つようになる。
 だが、事故を知る上手側はそうもいかない。
 石塚はまだ一郎の事故に苛立ちがあるようで、機器に向かいながらも何かを呟いており、特に仕事の無い邦治は頭を抱えていた。
 冷静というかは別として、石川はヘッドホンを押さえながら頷くのが見える。彼も事故のことは知らされておらず、音の不調が直ったことで上機嫌に見えた。
 そして由真。
 彼女も視線をモニターに向けており、微動だにしない。
 だが、その瞳は赤く濡れており、その心中が伺えた……。

続く

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