「リョカよ、私は王宮に用があるので行くが、お前はどうする?」
リョカは寝巻きから普段着に着替えていたが、生憎パパスのように見栄えの良い服はない。いくら子供であっても、さすがに普段着でおいそれと入ってよいはずもなく、ぶんぶんと首を振る。
「そうか。ならお前は城の絵でも描いていなさい。けして街の外に出るなよ」
「はい、父さん」
「今回の旅は……、そうだな。しばらくここに滞在するだけのつまらないものになりそうだが、まあ見聞を広めるにはよい機会だ、少しお小遣いをやるから、何か珍しいものでもビアンカちゃんに買ってあげなさい」
パパスはそういうと財布から百ゴールド紙幣を取り出し、リョカに渡す。
「え、こんなにいいの?」
「ああ、だが滞在する間はこれだけだぞ。変なものを買ってお金が足りなくなってもやらんからな」
この国に来てからようやく笑うパパス。リョカはつられて笑いつつ、突然の百ゴールドというお小遣いに内心もにんまりしてしまう。
「うはっ! 百ゴールドか! んならあそこで焼き鳥買おうぜ。なんか昨日からずっといい匂いさせてよって……」
舌なめずりするシドレーだが、リョカはお金を財布にしまう。
「だめだよシドレー。これで買うのはビアンカちゃんへのお土産。それからそうだね……、この国の何か記念になるようなもの……」
「そんなん、適当に緑色の絵の具塗りたくって二本線引けばええやろ。むしろここでの郷土料理をだな……」
あくまでも食い気のシドレーだが、ガロンも昨日から外で香る香ばしい臭いにそわそわしているのがわかる。
「しょうがないなあ……、でも少しだけだよ?」
かくいうリョカも興味がないわけではなく……、お小遣いで最初に買うのは宿屋の隣に出張っている焼き鳥やに決まった……。
**――**
炭火焼き鳥の屋台は盛況だが、早朝はさすがに人も少ない。リョカ達は待っている間、何を食べようかと真剣に悩む。
ラインハットで最近品種改良されたとされる地鶏は油の乗った皮、ぷりぷりの腿肉、独特の触感の砂肝と、いずれも垂涎の一品らしい。セットメニューで一匹分を串にしたものがあり、リョカ達はそれを頼むことで合意した。
「ひっひっひ……、久しぶりの鶏肉か……。それも新鮮、油の乗った最高級! いやあ、今からよだれがとまらんわ~」
その気になれば自前で焼き鳥を作れそうなシドレーにリョカは首をかしげてしまう。
「そうだ、父さんが帰ってきたら一緒に食べよう」
「おい坊主。冷たくなったらせっかくの味が逃げるで? 美味しいものをわざわざまずくしてから食べるのは料理に失礼だ。残すなんてせんで、俺らで食おう」
「でも……」
「なに、おまんの親父も食いたいなら買うだろ? つか、王宮に呼ばれてるわけやし、ちょっと口利きしてもらえばどうにかなるんじゃないか?」
今頃父はどんなもてなしをされているのだろうか? もともとパパスは招かれた立場であり、その相手はラインハット国だ。特産品の地鶏……、焼き鳥という形式ではないだろうけれど、もしかしたらもっと高級な調理法による一品を堪能しているかもしれない。
「そうか……、そうだね」
リョカは自分に都合のよい言い訳をして、どの部位を食べようかとひたすら空想する。
「おいお前! 張り紙を見たのか? 一人一セットまでと書いてあろうが!」
列の前のほうから声が聞こえた。どうやら少年の声で、何か言い争っている様子。
「なんだ~、ちょっと見てくるな……」
シドレーはガロンに跨ると、人ごみの足元を縫って列の前のほうへと行く。
++――++
「がきは引っ込んでな!」
身長二メートルになろうという大男が、その半分よりやや大きいといった程度の子供を相手にすごんでいた。
「これが引っ込んでいられるか! 列を割り込んだだけならまだしも、お一人様一セットの地鶏焼き鳥を三セットもせびりおって! ルールというものを守れんのか!」
対し子供も負けておらず、男を睨み返す。
少年は質の良い緑の髪が印象的で、意思の強そうな太い眉毛とやや上がり気味の瞳は青く燃えている。
また地味目な羽織を着ているものの服も上質なものであり、見る人が見ればその出自がただものではないとわかる。
「兄上、その辺で……」
意気込む少年の影で震えるのは弟だろうか? 髪の色が金色であり、複雑な家庭環境にあるのだろうとわかる。
こちらの少年は優しそうな、ともすれば気弱そうな垂れ目であり、兄がこれ以上相手を刺激しまいかと、ひやひやしている様子が見て取れる。
「なんだ、ケンカか……、アホらし、行こうか……」
「デールよ。いいか? 今ここでこの者らの横暴を許せば、朝早くから並んでまで買おうとした地鶏焼き鳥セットが売り切れてしまうのだぞ? それでも良いのか!」
「なぬ!」
それを聞いては黙って帰れないシドレー。もちろんこの行列の中で高々二セットを取り上げたところで自分達が買えるわけでもない。だからといって暴漢にみすみす美味しい思いをさせるのも癪である。
「くそ、こいつこそ焼き鳥にしてやるか……。だが、目立つのもあれやし……」
「シドレー大丈夫?」
するとリョカがやってくる。騒ぎを見ていてもたってもいられなかったのだろう。
「ああ坊主か……。まあ並んでても買えないししゃーないか……。それよりほら、あのガキとおっさんがな、どうやら最後の焼き鳥セットを取り合いしてるみたいなんだ。まああれだ、食いモンのなんとかやし、引っ込みがつかんじゃろうな」
「そうなんだ……。あーあ、がっかり……」
「しゃーない。また明日並べばええやろ……」
そういってリョカを宥めるシドレーだが、彼もまたがっくりとため息をはく。
「おら、どけ!」
ひとだかりが出来始めたことに男は苛立って少年を突き飛ばす。強引にこの場を去ろうという算段なのだろうが、少年は踏みとどまり、さらに腰から鞭のようなものを取り出す。
「大人しくしろ。痛い目に遭いたくなければな!」
「兄上!」
少年が武器を構えたことに弟が驚いてそれを制止しようとする。だが、少年は軽く弟を押し退け、びゅんびゅんと鞭を振るう。それは子供の遊びをはるかに越えており、砂埃を巻き上げながら、空を切る。
「うは、なんだあのガキ……、まじでただものじゃないぞ……」
シドレーの言葉にリョカも無言で頷く。
少年の持つそれは蛇皮の鞭だろう。しなやかさと丈夫さ、そして伸縮性を持つ初級から中級者の扱う鞭だ。
「は、ガキの相手なんてしてられっか!」
男はそう言いながらも、気迫に圧されているのが見える。
「どこがいい?」
そして不敵に言う少年。
「あん?」
パシィィッ!!
空で音がした。それと同時に男は左腕を庇う。
「ラインハット仕込の操鞭術、たかが子供と侮るなかれ……、鞭の先端の威力は長さに比例し、勢い如何によっては乗数的に増幅されるのが通説、次はどこを狙って欲しい?」
ひゅんひゅんと風を切る鞭。それは円運動をしながら男の右膝をかすり、肩口をかすり、さらに鼻の頭をすれすれでかする。
「くっ……」
男の鼻の頭からすうと血が垂れる。
「おいていけ。さすればこれ以上その低い鼻が低くなることも無い……」
それが冗談に聞こえなくなったとき、男は包みを地べたに置く。遠巻きにそれを見ていた人達もまさかの少年の勝利に喝采をわかせる。
「ふふん、正義は勝つのだ!」
少年は得意そうに言うと、ようやく鞭をしまう。
「兄上、またご無理をなさって……」
兄の乱暴を心配そうに諌める弟。少年はただその頭をぽんぽんと撫で、いい気な様子で高笑い。
だが、その勝利ムードに生まれた隙に、男は手放した包みを拾い上げる。
「あ! コイツ!」
少年が気付いて鞭をかまえようとしたが、男は土のつぶてを投げる。
「ぐ、卑怯なり!」
少年が叫ぶも、もともと暴漢、誹られたところで痛む腹もなし。
「逃がすな!」
その声にリョカは携帯していたブーメランを構える。ただ、それが刃の施されたものであると思い出し、代わりに道具袋にしまっていた鎖帷子を投げる。
着るものではあるものの、それは丁度良く解けて男の両足に絡み付く。
「げっ!」
突然のことに倒れこむ男。それでも包みが散らばらないように抱えて倒れることに感心してしまう。
「くっくっく、やはり天命は我にあったようだな……。さて、いかに料理してやろうか?」
土を払い落した少年が無様に倒れる男に歩み寄り、その包みを奪う。
「ぐ、返せ!」
「ふん、もとはといえば貴様が横入りをしたのだ。本来買うべきであった俺が手にするのが道理だろうが……」
言い放つ少年だが、ふと思い出したように財布を取り出すと、三セット分と思しき代金を男に投げる。
「このまま取り上げては貴様と同じになってしまうからな。金だけははらってやろうか……。憲兵が来る前にさっさと消えうせることだな!」
少年は包みを弟に渡すと、再び鞭を構える。男は鎖帷子を外すと、悔しそうな顔をして走り去る。
「ふぅ……。なんとか包みは無事と……。ふっふっふ、ようやく待ちに待った地鶏セットが拝めるわけだ……」
包みを見る少年だが、リョカ達の呆気に取られた視線に気付く。
「むう、貴様らもご苦労であった。しょうがない、分けてやろう……」
そう言って少年はリョカに包みを差し出してくれる。
「ありがとう……。お金を……」
リョカは小銭入れから代金を取り出し、少年に渡す。
「ふむ、まあそうだな。うむ……」
これでようやく地鶏焼き鳥とご対面となるはずの少年だが……、
「あの、貴方が列の一番前にいましたよね?」
リョカは少年の前に居たと思しき男性に包みを向ける。
「もしかしたらちょっと形が崩れてしまったかもしれませんが……」
「え? いいのかい?」
男性は驚いた様子でそれを受け取ると、代金をリョカに渡す。
「ありがとう坊や。まさか買えるとは思っていなかったよ……」
男性は喜んだ様子で去っていった。
「「おい!」」
少年とシドレーの突っ込みにリョカは驚いた様子で振り返る。
「貴様、せっかく褒美に一つ譲ってやったというのに、どうして他人にまた譲るのだ!」
「そうだ、俺らが食えるせっかくのチャンスやど? 坊主はお人よし通り越してアホや!」
だがリョカはその剣幕にも関わらず、少年から包みを取り上げると、本来買えるであろう順番の人に手渡し、代わりに受け取った料金を少年の弟に渡す。
「「ドアホ!」」
もう一度、二人の声が重なったのは言うまでも無い……。
続く
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「そうか。ならお前は城の絵でも描いていなさい。けして街の外に出るなよ」
「はい、父さん」
「今回の旅は……、そうだな。しばらくここに滞在するだけのつまらないものになりそうだが、まあ見聞を広めるにはよい機会だ、少しお小遣いをやるから、何か珍しいものでもビアンカちゃんに買ってあげなさい」
パパスはそういうと財布から百ゴールド紙幣を取り出し、リョカに渡す。
「え、こんなにいいの?」
「ああ、だが滞在する間はこれだけだぞ。変なものを買ってお金が足りなくなってもやらんからな」
この国に来てからようやく笑うパパス。リョカはつられて笑いつつ、突然の百ゴールドというお小遣いに内心もにんまりしてしまう。
「うはっ! 百ゴールドか! んならあそこで焼き鳥買おうぜ。なんか昨日からずっといい匂いさせてよって……」
舌なめずりするシドレーだが、リョカはお金を財布にしまう。
「だめだよシドレー。これで買うのはビアンカちゃんへのお土産。それからそうだね……、この国の何か記念になるようなもの……」
「そんなん、適当に緑色の絵の具塗りたくって二本線引けばええやろ。むしろここでの郷土料理をだな……」
あくまでも食い気のシドレーだが、ガロンも昨日から外で香る香ばしい臭いにそわそわしているのがわかる。
「しょうがないなあ……、でも少しだけだよ?」
かくいうリョカも興味がないわけではなく……、お小遣いで最初に買うのは宿屋の隣に出張っている焼き鳥やに決まった……。
**――**
炭火焼き鳥の屋台は盛況だが、早朝はさすがに人も少ない。リョカ達は待っている間、何を食べようかと真剣に悩む。
ラインハットで最近品種改良されたとされる地鶏は油の乗った皮、ぷりぷりの腿肉、独特の触感の砂肝と、いずれも垂涎の一品らしい。セットメニューで一匹分を串にしたものがあり、リョカ達はそれを頼むことで合意した。
「ひっひっひ……、久しぶりの鶏肉か……。それも新鮮、油の乗った最高級! いやあ、今からよだれがとまらんわ~」
その気になれば自前で焼き鳥を作れそうなシドレーにリョカは首をかしげてしまう。
「そうだ、父さんが帰ってきたら一緒に食べよう」
「おい坊主。冷たくなったらせっかくの味が逃げるで? 美味しいものをわざわざまずくしてから食べるのは料理に失礼だ。残すなんてせんで、俺らで食おう」
「でも……」
「なに、おまんの親父も食いたいなら買うだろ? つか、王宮に呼ばれてるわけやし、ちょっと口利きしてもらえばどうにかなるんじゃないか?」
今頃父はどんなもてなしをされているのだろうか? もともとパパスは招かれた立場であり、その相手はラインハット国だ。特産品の地鶏……、焼き鳥という形式ではないだろうけれど、もしかしたらもっと高級な調理法による一品を堪能しているかもしれない。
「そうか……、そうだね」
リョカは自分に都合のよい言い訳をして、どの部位を食べようかとひたすら空想する。
「おいお前! 張り紙を見たのか? 一人一セットまでと書いてあろうが!」
列の前のほうから声が聞こえた。どうやら少年の声で、何か言い争っている様子。
「なんだ~、ちょっと見てくるな……」
シドレーはガロンに跨ると、人ごみの足元を縫って列の前のほうへと行く。
++――++
「がきは引っ込んでな!」
身長二メートルになろうという大男が、その半分よりやや大きいといった程度の子供を相手にすごんでいた。
「これが引っ込んでいられるか! 列を割り込んだだけならまだしも、お一人様一セットの地鶏焼き鳥を三セットもせびりおって! ルールというものを守れんのか!」
対し子供も負けておらず、男を睨み返す。
少年は質の良い緑の髪が印象的で、意思の強そうな太い眉毛とやや上がり気味の瞳は青く燃えている。
また地味目な羽織を着ているものの服も上質なものであり、見る人が見ればその出自がただものではないとわかる。
「兄上、その辺で……」
意気込む少年の影で震えるのは弟だろうか? 髪の色が金色であり、複雑な家庭環境にあるのだろうとわかる。
こちらの少年は優しそうな、ともすれば気弱そうな垂れ目であり、兄がこれ以上相手を刺激しまいかと、ひやひやしている様子が見て取れる。
「なんだ、ケンカか……、アホらし、行こうか……」
「デールよ。いいか? 今ここでこの者らの横暴を許せば、朝早くから並んでまで買おうとした地鶏焼き鳥セットが売り切れてしまうのだぞ? それでも良いのか!」
「なぬ!」
それを聞いては黙って帰れないシドレー。もちろんこの行列の中で高々二セットを取り上げたところで自分達が買えるわけでもない。だからといって暴漢にみすみす美味しい思いをさせるのも癪である。
「くそ、こいつこそ焼き鳥にしてやるか……。だが、目立つのもあれやし……」
「シドレー大丈夫?」
するとリョカがやってくる。騒ぎを見ていてもたってもいられなかったのだろう。
「ああ坊主か……。まあ並んでても買えないししゃーないか……。それよりほら、あのガキとおっさんがな、どうやら最後の焼き鳥セットを取り合いしてるみたいなんだ。まああれだ、食いモンのなんとかやし、引っ込みがつかんじゃろうな」
「そうなんだ……。あーあ、がっかり……」
「しゃーない。また明日並べばええやろ……」
そういってリョカを宥めるシドレーだが、彼もまたがっくりとため息をはく。
「おら、どけ!」
ひとだかりが出来始めたことに男は苛立って少年を突き飛ばす。強引にこの場を去ろうという算段なのだろうが、少年は踏みとどまり、さらに腰から鞭のようなものを取り出す。
「大人しくしろ。痛い目に遭いたくなければな!」
「兄上!」
少年が武器を構えたことに弟が驚いてそれを制止しようとする。だが、少年は軽く弟を押し退け、びゅんびゅんと鞭を振るう。それは子供の遊びをはるかに越えており、砂埃を巻き上げながら、空を切る。
「うは、なんだあのガキ……、まじでただものじゃないぞ……」
シドレーの言葉にリョカも無言で頷く。
少年の持つそれは蛇皮の鞭だろう。しなやかさと丈夫さ、そして伸縮性を持つ初級から中級者の扱う鞭だ。
「は、ガキの相手なんてしてられっか!」
男はそう言いながらも、気迫に圧されているのが見える。
「どこがいい?」
そして不敵に言う少年。
「あん?」
パシィィッ!!
空で音がした。それと同時に男は左腕を庇う。
「ラインハット仕込の操鞭術、たかが子供と侮るなかれ……、鞭の先端の威力は長さに比例し、勢い如何によっては乗数的に増幅されるのが通説、次はどこを狙って欲しい?」
ひゅんひゅんと風を切る鞭。それは円運動をしながら男の右膝をかすり、肩口をかすり、さらに鼻の頭をすれすれでかする。
「くっ……」
男の鼻の頭からすうと血が垂れる。
「おいていけ。さすればこれ以上その低い鼻が低くなることも無い……」
それが冗談に聞こえなくなったとき、男は包みを地べたに置く。遠巻きにそれを見ていた人達もまさかの少年の勝利に喝采をわかせる。
「ふふん、正義は勝つのだ!」
少年は得意そうに言うと、ようやく鞭をしまう。
「兄上、またご無理をなさって……」
兄の乱暴を心配そうに諌める弟。少年はただその頭をぽんぽんと撫で、いい気な様子で高笑い。
だが、その勝利ムードに生まれた隙に、男は手放した包みを拾い上げる。
「あ! コイツ!」
少年が気付いて鞭をかまえようとしたが、男は土のつぶてを投げる。
「ぐ、卑怯なり!」
少年が叫ぶも、もともと暴漢、誹られたところで痛む腹もなし。
「逃がすな!」
その声にリョカは携帯していたブーメランを構える。ただ、それが刃の施されたものであると思い出し、代わりに道具袋にしまっていた鎖帷子を投げる。
着るものではあるものの、それは丁度良く解けて男の両足に絡み付く。
「げっ!」
突然のことに倒れこむ男。それでも包みが散らばらないように抱えて倒れることに感心してしまう。
「くっくっく、やはり天命は我にあったようだな……。さて、いかに料理してやろうか?」
土を払い落した少年が無様に倒れる男に歩み寄り、その包みを奪う。
「ぐ、返せ!」
「ふん、もとはといえば貴様が横入りをしたのだ。本来買うべきであった俺が手にするのが道理だろうが……」
言い放つ少年だが、ふと思い出したように財布を取り出すと、三セット分と思しき代金を男に投げる。
「このまま取り上げては貴様と同じになってしまうからな。金だけははらってやろうか……。憲兵が来る前にさっさと消えうせることだな!」
少年は包みを弟に渡すと、再び鞭を構える。男は鎖帷子を外すと、悔しそうな顔をして走り去る。
「ふぅ……。なんとか包みは無事と……。ふっふっふ、ようやく待ちに待った地鶏セットが拝めるわけだ……」
包みを見る少年だが、リョカ達の呆気に取られた視線に気付く。
「むう、貴様らもご苦労であった。しょうがない、分けてやろう……」
そう言って少年はリョカに包みを差し出してくれる。
「ありがとう……。お金を……」
リョカは小銭入れから代金を取り出し、少年に渡す。
「ふむ、まあそうだな。うむ……」
これでようやく地鶏焼き鳥とご対面となるはずの少年だが……、
「あの、貴方が列の一番前にいましたよね?」
リョカは少年の前に居たと思しき男性に包みを向ける。
「もしかしたらちょっと形が崩れてしまったかもしれませんが……」
「え? いいのかい?」
男性は驚いた様子でそれを受け取ると、代金をリョカに渡す。
「ありがとう坊や。まさか買えるとは思っていなかったよ……」
男性は喜んだ様子で去っていった。
「「おい!」」
少年とシドレーの突っ込みにリョカは驚いた様子で振り返る。
「貴様、せっかく褒美に一つ譲ってやったというのに、どうして他人にまた譲るのだ!」
「そうだ、俺らが食えるせっかくのチャンスやど? 坊主はお人よし通り越してアホや!」
だがリョカはその剣幕にも関わらず、少年から包みを取り上げると、本来買えるであろう順番の人に手渡し、代わりに受け取った料金を少年の弟に渡す。
「「ドアホ!」」
もう一度、二人の声が重なったのは言うまでも無い……。
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