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幼年編_ラインハット_その八

 ラインハットの王、チップ・ラインハルトとパパスは旧知の間柄であり、前の后であるミリア・ラインハルトとの結婚式にも招かれていた。
 そのミリアが子を残して病没した後、リョカを連れて城を訪れたこともある。互いに同い年の子を持つ父として、また若干の差異はあるものの、奇しくも似た不幸な境遇を慰めあったものだ。
「陛下、パパス殿をお呼びいたしました……」
 病室と思しきドアを前に、兵士がそう告げる。
「どうぞ……」
 すると中から女の声がした。チップは前后が無くなったあと、同じ頃に子を授かった側室を后に迎えたと聞いており、今も傍で看病しているのだろうと察する。
「それでは失礼する」
 パパスは軽くノックをしてからドアを開き、そして天蓋付きのベッドへと歩み寄る。
 ふと気付く。
 何か臭いと。
 部屋中に篭る御香の臭い。それは気分転換などと呼べるものではなく、何かを誤魔化すためのものに感じられる。
「よくお越しいただきました。パパス殿。チップも喜んでおりますわ……」
 そう言って出迎えてくれたのは、二十そこそこのうら若き女性。
 白を基調としたドレスは、身体のラインを現し、女性としての象徴とでもいうべき胸元が大きく誇張されており、その隙間にラインハットの紋章入りのペンダントが飾られている。
 カールした金の髪を軽くとめる黄金のティアラ。それほど富めるというわけでもないラインハットにおいてその装飾はたとえ王族とはいえ贅沢といえるもの。
 にこやかな笑顔だが、やや上がり気味の瞳がその気の強さをうかがわせ、不自然に赤い唇は生々しく艶やか。とても看病をかってでる婦人のいでたちとは思えなかった。
「チップはなんでもお二人でお話しがあるとのこと、私、お暇しますわね……」
「そうですか……」
 たいした挨拶もなく后はパパスの脇をすり抜けると、そそくさと部屋を出る。
「ふむ……」
 その慌しさにも何かきな臭さを感じるパパス。だが、一番のそれは、この部屋に微かにある臭い。死臭だ。
 旅の途中、リョカの目にこそ触れさせないよう気をつけていたが、何度か潜り抜けてきた。問題は何故、この部屋にそれがあるのかということ、そして、先ほどから一言もしゃべらない古い友人についても……。
「チップ王……、チップ!!」
 布団に触れた時に感じた。パパスはそれを剥ぎ、愕然とする。
「なんと……痛ましい……」
 布団に覆われていたのは腐乱を始めてしばらくした先王の死体だった。
 胸には深く銀の剣が刺さっており、目は大きく見開かれたままだった。
「チップよ、安らかに……」
 パパスは亡き友にせめて死後の安らぎをと瞼を閉じ、印を組む。
「光の精霊よ、我が友を主の元へと送りたまえ、ニフラーヤ……」
 パパスの詠唱の後、窓を透過して集まり始めた光の精霊が、無残に朽ちかけたチップの身体にまとわり付き、黒い霧を発散させる。
 ニフラーヤは死後、弔うことも荼毘にふされることもないモノが悪霊に魅入られた際に、それを祓う禊の魔法である。もしそれを行わないと、生きる屍となり、現世を彷徨い始めることもある。とりわけ高貴な身分のものは悪霊も好み、その危険性が高いのだ。
「パパス殿? どうかなされましたか?」
 タイミングを見計らったかのようにノックなしで開けられるドア。その角度からでは天蓋のおかげでチップの姿は見えないのだが、
「だ、だれか! 王が、チップ王が殺された!」
 弔いもせず悪霊に夫を晒していた女が喚くと、直ぐに衛兵達がやってくる。
「ちぃ、罠か!」
 パパスは舌打ちしながら窓へと走り、そのまま飛び出す。
 ガラスの破裂音の数秒後に地面に転げるパパス。生傷に回復魔法を唱える暇もなく、目指す先は……。

**――**

「おーい、おっさん! おっさん!」
 宿に戻ったパパスに一番に声を掛けたのは緑の羽根トカゲ。一瞬なにものかと目を疑うパパスだが、人語を話す羽根トカゲがそう居るはずもないと気付く。
「お主は確か……リョカの? すまないがリョカはどこだ? いますぐここを起つ必要がある」
「それが、坊主がさらわれたで!」
「なんだと!?」
「ガロンが一緒にあそんどった坊主……えと、ヘンリーの着てたマントのこれ見つけてな!」
 シドレーは手にしていた緑の紋章入りのブローチを渡す。
「ヘンリー? まさか王子の身にも何かがあったのか? というか、リョカが王子と?」
 予期せぬ交友範囲に混乱するパパス。
「そんなんあとでええねん。それよか早よ行くで! 俺も臭い追えるけど、風噴いたらアウトや」
「そうか、頼む!」
 パパスは息子の奇妙な友人に感謝をしていた……。

**――**

 麻袋に詰め込まれたリョカは、馬車に揺られること数時間、暗い場所に移された。
 黴臭く、湿っぽく、肌寒い感じがする場所。当然ながら見当もつかない。
 ――どうしよう。ヘンリーは大丈夫かな? デールさんも……。いやいや、おちつけ、今は焦ってもしょうがない。
 ひとまず落ち着かせようとダンスニードルの数を数えるリョカ。脳裏ではサボテン達が互いの棘を痛がるコミカルなものが浮かぶ。
 ――さてと、まずは……。
 周囲に人がいないか意識を研ぎ澄ます。
 足音は無い。衣擦れ、呼吸も聞こえない。たまに雨音がする程度。
「風の精霊よ……、バギ……!」
 リョカはせわしなく印を組むと、真空呪文を詠唱する。
 自分ごと巻き込む真空刃だが、この状況で集められる風の精霊は乏しく、せいぜい服が破かれる程度。ただ、麻袋も同じく破れ、リョカは開いた穴から腕を出し、びりびりと破く。丈夫ではあるが、繊維の方向には弱く、すぐに出られた。
「ふぅ……。ここは一体……」
 リョカの押し込められた部屋こそ暗がりであったが、隣の部屋からドアを縁取って明かりが漏れている。
「誰かいるかな……?」
 リョカは静かにドアに忍び寄り、そっと隙間から外を見た。しかし、リョカの心配は他所に誰も居ない。
 ――誰も居ない……。
 よく考えてみれば一緒にさらわれたのはこの国の王子。それを知らないとしても、その恰好からして、貴族やその関係だとすぐにわかるだろう。
 対しリョカはというと、旅人の服に紫の外套をまとっている。身代金が毟れるはずもないのは誰の眼にも明らかだ。当然、麻袋から自力で逃げられるはずもないと判断されたのだろう。
 ――どうしよう。父さんに知らせるか? でも、ここがどこだかわからない。それにヘンリーは……。
 あの女は最初からヘンリーを狙っていた。そしてあの窃盗騒ぎも全ては罠。おそらくは人々の意識を窃盗に向けさせ、その間に誘拐するのが目的だったのだろう。
 ヘンリーが物取りを追いかけたことで多少の手間をとらせたわけだが、まんまと捕まってしまった。
 ――やっぱり先にヘンリーとデールさんを探したほうがいい。
 リョカは自分が誘拐の対象ではないのなら比較的安全だと判断し、扉を開けた。

 部屋から廊下に出ると松明が設置されており、歩く程度には支障が無かった。
 驚くべきは壁にいくつもある模様。大半は繰り返しであったが、それには見覚えがある。
 ――古代文字かな?
 魔法の練習もしていたリョカは、古代文字を目にすることが多い。多少ならパパスやサンチョも知識としてもっており、訳してくれた。壁の文字の詳しい内容こそわからないが、それは何かを諌める文句が読めた。
『悲しみに暮れる者、讒言にすがり、そして道を踏み外した』
 それが何を表すのかわからずにしばし悩むも、そんな場合ではないと思い直り、明かりを辿って移動する。

 しばらく進むと広い場所に出た。
 まるで小さな町のような造りで、小屋がいくつか見える。
 ――どこかにヘンリーも居るのかな?
 リョカは目を瞑り耳を澄ますが、キーんと耳鳴りがするぐらい。
 ――近くの部屋から見てみよう……。
 とりあえず直ぐに入れそうな小屋へと走った。

++--++

 薄暗い中、目が覚めた。額に水が滴り落ちていたおかげだろう。
 松明の火が揺れるのがわかる。ぼやけていた視界もまた定まり始める。
「お目覚めかい? 王子様」
 聞き覚えのある声がした。先ほど不覚を取った相手の声と知ると、ヘンリーは立ち上がり、腰を探る。しかし、常に装備しているはずのうろこの鞭はない。
「危ないおもちゃはほれ、ここに……」
 声の方に振り返ると、女が鞭を掴んでいた。
「くっ……」
 劣勢を知るヘンリーは無意味に騒ぐことはしなかった。そして、
「ほーら!」
 頬を掠める鞭の先端にも、やはり騒ぐことをしなかった……。

続く

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