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幼年編_ラインハット_その九

 何か音がした。空を切る音だった。それには聞き覚えがある。あれは初めてヘンリーに出会ったときのこと、焼き鳥屋の列に横入りした男を咎めようとしたときのこと。
 ――違う?
 だがよくよく耳を澄ますと、そのキレが違うことに気付く。そして、今この場所で鞭を振るわれる対象が誰であるかを考えると、リョカの足はすぐさま音を辿っていた。

++--++

「へぇ、王子様、がんばるじゃないか……。これが生娘ならとうにお漏らしして許しを請うてるよ?」
 女の操る鞭を受けていたヘンリー。彼の衣服はところどころ破けており、血が赤く滲んでいた。
 だが、彼もただそれを受けていただけではない。できるだけインパクトの瞬間にならないように鞭の軌道(この場合は女の手でそれを把握している)に合わせてダメージを減らしていた。
「くっ……」
 とはいえそれは蓄積しており、拷問が始まってから初めて膝を着く。
「ふふん、ガキがいきがるなっての!」
 容赦なく振り下ろされる鞭。ヘンリーはそれを肩で受けつつ、苦悶の表情になる。
「さっきから生意気だね。あんたのその顔見てるといらいらしてくるよ」
 女は鞭を構えると、ヘンリーの顔に向かって再び鞭を振るう……が、
「……!?」
 振るわれた鞭は飛び出したブーメランに絡みつき、軌道がおかしくなる。
「なっ……!? 誰だ!?」
 驚く女はブーメランの投げられた方を向くが、次の瞬間襲ってきたのは弱いながらも真空魔法。反射的に顔を庇おうと両腕を構えるが、弱い指先を掠めたとき、痛みでそれを離してしまう。
「しまった!」
 手繰り寄せられる鞭を見て女は叫ぶが、そこには生意気なガキがしっかりと鞭を携えており……、
「女、世話になったな……」
 床を二三度叩くと、それはごうごうと音を立てて……。

**――**

 ヘンリーが二度三度床を叩くと女は大人しくなり、リョカは近くにあった荒縄で縛った。部屋の奥に押し込めたあと、二人はようやく一息つく。
「ふむ、礼を言うぞ。リョカよ」
「んーん、ヘンリーこそ無事で良かったよ。待ってて、今ホイミをするから……」
 リョカは念入りに印を組むと、ヘンリーの痛々しい傷口に手を翳す。
「ほう、回復魔法まで使えるのか……」
「簡単なのしかできないけどね……」
 驚くヘンリーに照れながら言うリョカ。彼と会ってから出し抜くというか驚かせるのはこれが初めてかもしれないと、ちょっと得意になってしまう。
「ますますお前を部下にしたいな……。いや、もうお前は俺の子分か……。いや、良い子分を持ったものだ」
「ははは……」
「しかし、奴らは何者だ? 俺を王子と呼んでいたし、やはりそれを知っての賊か……。となるとデールも危ないな。リョカよ、すまないが付き合え」
「はい、僕もそのつもりです」
 一転して真面目な表情になるヘンリーに、リョカは力強く頷く。

 周囲を伺い、気配を探る。たまに魔物の姿を見かけ、すれすれで戦闘を回避する。
 いくつか小屋を探ってみたが、デールと思しき者はいない。それでも二人は必死で古代遺跡の中を巡る。
「……いったいどうなっているんだろうな。この廃墟、迷路のようだ」
 しばらく歩いていたヘンリーは、この複雑な造りに辟易したように呟く。
 古代遺跡内部にはそこそこ深い水路がいくつもあり、それをわたるにはたとえ直ぐ目の前であっても大きく迂回して立体交差路を通る必要がある。
 水路を横切ることも考えたが、足跡が残ることで脱走がばれると、仕方なしに遠回りをする。
「……なにか理由があるのかな?」
 リョカは不思議に思いつつ、まだ微かでしかない疑念を飲む。
「むっ……、なんだか大きな小屋……というのも変だが、あるぞ」
 ヘンリーの示す方向には「大きな小屋」があり、そこから微かに明かりが見える。
「デールさん、あそこにいるのかな……」
「うむ。だが……、何故俺達は別々に閉じ込められたのだ? 三人一緒のほうが監視も楽だろうに……」
「さあ?」
 確かにと思うリョカ。そのおかげで脱出できたわけだが、それを開いてのマヌケが理由というにはやや鈍感すぎる。
「まあいい、今はデールのことのほうが心配だ。いくぞ、リョカ」
「はい」
 ヘンリーは鞭を握りなおし、リョカもやや刃こぼれが目立ち始めた刃のブーメランと、鋼の杖を構える。

**――**

「……兄上をどうするつもりなんですか?」
「ご心配なく、デール様はただ大人しく時が来るのを待てばよいのです。さすれば時期にラインハットの王となれるでしょう」
「なにを言っている! まだ父は健在だ。それなのに……」
「ほほほ、本当にそう思われますか?」
「まさか既に父上も?」
「ここまでして生かしておいでと思うとは、さすがデール様」
「く、だが僕は王位に興味はない。兄上、ヘンリーこそが時期王に相応しいお方だ」
「そう謙遜なさらずに……。貴方には貴方にしか出来ない才能がありますゆえ……、時期王にはデール様が即位なさるべきでしょう」
「ならば時期王として命じる! そして兄上とリョカさんを解放しろ!」
「ほほほ、貴方の命令など誰が聞きますか? 貴方が王となり最初にすべきことは傀儡……、操り人形になられることです。そう、誰の言葉に素直に頷き、ただただ愚かな王を演じること、それが貴方の才能……」
「ぐっ! 貴様、無礼な! 兄上! リョカさん!」

**――**

 壁に耳をつけながら中の様子を伺う二人。中からは気味の悪い男の声とデールの声が聞こえ、今回のおおよその因果がわかる。
「……なるほどな、アルミナ義母様か……」
「アルミナ?」
「うむ、デールの母だ。俺の義理の母でもある。女狐だとは思っていたが、まさかここまでだいそれたことをしようとはな……」
 話の内容から察するにすでに父は廃されており、その後継を継ぐべく第一王子であるヘンリーを誘拐し、おそらくは父と同じ運命にあわせる算段なのだろう。
「ひとまずデールの安全は確保できるわけか……。だが、およそのことを知ってしまった俺とリョカは追われる身……か」
 デールの安泰に一息つくヘンリー。自らは王位どころか命の危険が迫っているというのに、不安が見えない。
「となれば俺も流浪の身分か……。そのときは世話になるかもな、リョカよ」
 等身大の笑顔を浮かべるヘンリー。もしかしたら彼は王族という身分を……。
「ヘンリー、こんなときに何を……」
 ここ二日程度の付き合いでしかないが、自信を喪失しかけている彼が酷く小さく見え、リョカは思わず彼の肩を掴む。
「冗談だ。俺はラインハット国をより豊かな国にする責任があるのだからな……。それよりデールを救出するぞ」
 ヘンリーは小屋のドアノブに鞭を掛け、リョカと共にデールに近い窓枠へと移動する。リョカは素早く印を組み、窓の鍵を開ける。
「ほお、そんな魔法まで使えるのか……。これは困ったな。引き出しの奥も安全ではないぞ」
 おどけてみせるヘンリーに「そんなことしません」と抗議するリョカ。
 まずはヘンリーがドアを引き、中の者の注意を逸らす。
 リョカは窓をこっそりと開け、デールとアイコンタクトを取る。
 デールはリョカの姿に驚いた様子だが、すぐに平静を装う。彼は縛られておらず、そのまま窓枠へと歩み寄る。
「リョカさん、兄上は?」
「ヘンリーも一緒にいます。さ、一緒に逃げましょう」
「ですが、僕では足手まといになります。それに、彼らは二人を無事に帰すつもりはないでしょう。まだ気付かれていないうちに早く……」
 渋るデールだが、ヘンリーに比べて一回り体躯の小さい彼に脱出劇は困難だろう。
「……デール、何をしている、早く逃げるぞ!」
 ドアでの陽動を終えたヘンリーが戻ってきて、弟の頭をこつんと叩く。
「お前は俺の子分なのだ。こんな黴臭い場所に一人おいていけるか、ばか者が」
「兄上」
 その言葉に意を決したデールは窓枠をよじ登り、小屋を出る。
「いくぞ!」
 まだ中に居た者は気付いていないようだが、ドアノブが捻られる音がする。
「風でしょうかね? ほほほ……? デール様? カクレンボならお暇なときに……」
 もぬけの殻と成した部屋で男はしばし鬼の役を演じていた。

**――**

 迷宮を駆ける三人。ヘンリー、リョカの脱出に気付いたらしく、魔物達があらぶりはじめる。
「くっ! この忙しいときに!」
 ヘンリーは得意の操鞭術で次々に魔物達をなぎ倒す。
「唸れ! バギ! いけ、ブーメラン!」
 リョカも負けじと真空魔法、ブーメランで蹴散らし、活路を開く。
「いたぞ、こっちだ!」
「もっと応援をよこせ!」
 だが多勢に無勢、劣勢に変わりはなく、次々と集まる魔物や賊に徐々に追い詰められる。
「どうする? 今更ごめんなさいと謝ったところで許してもらえるともおもえんな……」
「ええ。だけど、最後まで諦めません」
 二人はデールを庇いながら賊と対峙する。
「二人とも、僕がここに残ればせめて……」
「そう簡単に物事が進むと思うなデールよ」
「ですが、もう……」
 この場を逆転する方法などありえない。たとえリョカが魔法を使えようと、兄の鞭が鋭いとはいえ、体力は無尽蔵ではないのだから。
「はぁ!」
 空を切る鞭の先端。しかし、それは不意に差し出されたしなやかな杖にまきつく。こうなると単純な力比べになり、大人と子供、多数と一人ではすぐに結果も見える。
「ふふ……、万事窮すか……」
「く、バギ!」
 虚空に放たれる真空刃、しかし、それも標的を手前に霧散する。風の無い屋内では精霊も集められない。せめて魔力で増幅させることができれば多少は抗えたのだが、疲弊したリョカにそれはできない。
「ぐっ! ぐわ! なんだ、一体!」
 膝を着きかけたところで、悲鳴が響く。さらに甘い臭いが漂い始め……、
「まさか、ヘンリー、デール、この空気を吸わないで!」
 何事かと思いつつ口をマントで覆う二人、リョカも外套で口を覆う。
 優位に立っていた賊たちは突然のことに混乱しており、その空気の不穏さに気付かず……、一人、また一人と眠りに落ちる。
「おーい、リョカ! ヘンリー王子! 無事でしたか!」
 そしてパパスの声がした。
「父さん! 父さん!」
 無事を知らせようと声を張り上げるリョカ。倒れた男たちにかまいもせずに駆け出す。
「にゃおーん!」
 最初に飛び出してきたのはガロン。彼はリョカの足元をぐるぐる走り回る。
「ガロン! シドレーも……」
「ああ、よかったで坊主。いやいやいや、全然よかない。つか、この親父も追われる身やで」
「え?」
 父の顔は険しく、簡易詠唱のべホイミをかけつつ、ヘンリー達を促す。
「うむ。正直なところ再会を喜ぶ時間も惜しい。今はとにかくここを出る必要がある」
「わかりました」
 リョカもそれに頷き、父の来たほうへと走り出す。

 難解な迷路もガロンが匂いを覚えていてくれたので難なく出口に向かうことができる。
 追いかけてくる賊も立ちふさがる魔物もパパスの剣に切り伏せられた。
「貴様の父は本当に強いな!」
 パパスの活躍に目を見張るヘンリー。リョカはそれに力強く頷く。
「もうすぐですぞ!」
 徐々に向かい風が強くなりはじめ、外の空気の匂いがしだす。
 だが……、

続く

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