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奴隷編_その二

 石切場から石を運んでいたリョカは、ヘンリーの姿が見えないことに、またいつものさぼりだろうと思っていた。しかし、水飲み場の消沈した様子のマリアを見て、不思議に思い、さらに夕飯の頃、姿を見せなかった彼に戸惑った。
「ヘンリーさんが……」
 夜、眠る前にマリアが涙ながらにそう訴えてきた。
「ヘンリーに何かあったの?」
「私の代わりに瓶を割った罰を受けるって……、私、怖くて、何もわからなくて……、何も、何もできずに……」
「ヘンリーが罰を? まさか……!」
 ここに来てから何度となく見てきたが、奉仕者に対する罰は拷問と呼べるもの。
 監視の気分次第で鞭を振るう回数が変わるが、四十を越えるまでは終らない。幸いなのは二十を越える頃にほとんどの奉仕者が気を失うことぐらい。その後は満足な治療を受けられず、傷口が化膿し病に倒れてしまう。
 リョカはそういう奉仕者を魔法で治癒しようとしたが、「このまま死なせてくれ、むしろ殺してくれ」と頼まれることが多かった。比較的軽症だった者も、日々監視の影に怯え、次第に精神を病み、高台から身を投げてしまった。
 友人を失うかもしれない状況に、リョカは焦りを覚えた。
 暗闇の閨、疲弊と垢、病の匂いの漂う中、リョカは部屋を出ようとする。
 部屋は脱走を禁じるために施錠がされているが、リョカは小さく「アガム」と唱え、扉を開ける。そして素早く鍵を掛けると、周囲を伺いながら兵舎へと走った。

**――**

 夜とあってどこも人気は無い。警備が薄いのは奉仕者の脱走が無いためだろう。
 この神殿は聞くところによると孤島にあるらしく、四方海に囲まれている。脱走したところで、下界には凶悪なモンスターがいるとされ、死ぬか殺されるかの違いしかないらしい。
 まさにあるのは絶望のみ。改めてそう思うが、それゆえに友人を救いたい気持ちが強くなったのかもしれない。
 薄暗い廊下を通り、道なりに進む。リョカが兵舎に入るのはこれが初めてだった。
 ヘンリーをどうやって助けるべきか悩む。もし彼が縛にあったとして、それを逃がせば当然幇助した自分も罪に問われるだろう。場合によっては彼らの閨にいる全員が連座制として咎められるかもしれない。
 単身飛び出したことを後悔し始めるリョカだが、それでも何かせずにはいられないと、早歩きになっていた。
 廊下の奥、明かりと音が漏れている。同時に胸騒ぎがする。過去、囚われたヘンリーは気丈にも堪えていたが、それは女が手加減していたからだろう。容赦のない男の腕力で振るわれる鞭を耐えられるはずも無い。
 ――ヘンリー、無事でいてくれ……。
 無理な願いをしつつ、リョカは人の気配のする部屋のドアの前まで来た。
 そして、こっそり中を伺う……。

 部屋の中では木に縛られたヘンリーがうなだれていた。胴衣のいたるところが破れ、額、腕、足、胴と、いたるところから血が流れており、時間が経ったものは固まり黒く見えた。
 ――ヘンリー!?
 焦るリョカだが、監視の数は五人。単身乗り込んで勝てるかといえば、碌な装備もなく、疲労で魔力も乏しいリョカには難しいだろう。
「おい、まだ寝るには早いぜ? おら!」
 鞭を振るう音。それはヘンリーの振るうそれに比べて数段ひょろいものだ。もともと狭い部屋で扱うべきものではなく、周りに気を遣っているせいもあるからだろうか、かなり弱々しい。だが、それが今の今まで行われ、蓄積していたと考えれば、辛く苦しいものに他ならない。
 ――どうしよう。どうすれば……。
 友人が責められている姿が見たいわけではない。こうして爪を噛む思いをするだけなら意味が無い。かといって、打開する方法もない。
 その時だった。ヘンリーと目があった。リョカは一瞬どきっと胸がなった。
 彼は顎を上げると、目を上にする。リョカもそれに倣い、上を見る。
 部屋の上部にはプロペラが絶えず回っており、外気を取り込む穴が見えた。
 リョカはひとまず隣の部屋に行くと、空気穴をよじ登り、狭い中を這いながらヘンリーのいる部屋の上部へと回った。
「どうだい? これからは真面目に働く気になったかい?」
 監視の一人がヘンリーの頬にナイフをつきたてる。そのひんやりした感触に、これまで無反応でいたヘンリーが慌てふためきだす。
「や、やめてください! 俺、反省してます! もう二度と軽口立てませんから!」
 そのわざとらしい反応にも、ようやく拷問を受ける囚人らしいと笑いが起こる。
「へっへっへ、いきなり命乞いか? 安心しろよ。お前は俺らの教団の大切な労働力なんだ。簡単には殺さねーよ」
「ひっ、ひぃ……」
 ぶんぶんと首を振るヘンリー。そして、視線を空調の穴へ向ける。
「せめて、回復させてくださいよ。俺、明日からがんばって働きますから、だから……、だから……」
「てめえに薬草なんてもったいないんだよ。俺のションベンでもかけてやるよ」
 監視の一人はズボンを降ろし、ヘンリーに対し放尿を始めようとする。
「おいおい、部屋が臭くなるからやめろよ」
 それを薄笑いの監視の咎められ、監視はしぶしぶ逸物をしまう。
「へっへ、まあ、そうだな。ここは奉仕者の部屋じゃねんだったな。まあいい、お前はせいぜいいたぶってやるよっと!」
 監視の男は鞭を手放し、握ったこぶしを思い切りヘンリーの腹に埋める。
「ぐふっ!」
 血反吐を吐くヘンリー。監視はその様子に興奮したらしく、さらにもう一撃。
 衝撃に胃がせりあがり、戻し始めるヘンリー。
「うわっ汚ねえ! てめえ吐いてんじゃねーよ!」
 思わぬ反撃にあった監視はヘンリーの頬を叩く。息を荒げるヘンリーはその監視を一瞬睨み返すが、また視線を落す。
「このやろう!」
 その視線に気付いた監視はさらにいきり立ち、ヘンリーに暴力を振るった。
 その皮膚がやや硬いことになど、当然気付かずに……。

**――**

「我が鎧は堅牢なり、大地の精霊よ、彼に加護を……、スカラ……」
 印を組むリョカ。すぐさま光の精霊を集め、回復魔法を詠唱する。
 今の彼にできることといえば、ヘンリーに浴びせられるダメージを少しでも和らげることぐらい。リョカは魔力が続く限り、監視達の暴力が終るまで、ヘンリーへの回復魔法を唱え続けていた。
 そして、その残酷さを噛み締めていた……。

**――**

 ヘンリーが戻ってきたのは次の日の夜だった。
 彼は人相が変わるほどに顔を殴られており、また身体中に痣と擦り傷が見えた。
「ヘンリーさん!」
 彼の惨状に涙を流して走りよるマリア。彼女は桶に汲んでいた水と比較的綺麗な胴衣の一部を破り、浸し、彼の傷口を拭った。
「いちち……」
「あ、すみません……」
「なに、気にしなくていいさ。これぐらい……、比べれば平気だ」
 遠い目で虚空を見るヘンリー。リョカに節目勝ちの視線を送り、ふとため息を漏らす。
「ですが、ですが……」
「はは、俺らのアイドル、マリアの直々の看病を受けられるなんて、俺は幸せだな……」
 そう言いながら血反吐を吐くヘンリー。
「へ、ヘンリー?」
 内臓にダメージを受けているであろうヘンリーに、慌ててホイミの印を組むリョカ。苦しみに眉間をしかめるヘンリーは、リョカの手が翳されることでやや安らぐ。
「ふむ。すまないなリョカ。お前には世話になりっぱなしだ……」
「そんなことないよ。僕は、自分が、自分のしていることが、本当に気休めでしかない、それも自己満足だって……」
 傷を癒したところで、新たな傷で上書きされるだけ。罰を受けた奉仕者が自ら命を絶つまでの間、心の恐怖に取り付かれていたことに気付けない己の浅はかさを恥じるリョカ。
 それでもヘンリーを見捨てることができず、わずかな魔力で精霊を使役する。
「ふん、俺は自分から頼んだのだ。お前が落ち込むのはおかど違いだ。それに……」
 再び長いため息をつき、
「俺はここで終わるつもりはない。必ずここから出る。抜け出して、そして、奪われたものを取り返す。俺は、そう、王者の宿命の下にいるのだから……」
 胸の前でこぶしを握るヘンリー。その姿にリョカは温かいものを感じた。
 ここに来て暫くして失ったもの。日々の暮らしの中、リョカに無く、彼にあるもの。
 それは希望だろう。
 ヘンリーはこの地獄に落ちて未だ、二年たった今もそれを失っていない。
「だが、リョカよ……、もしもの時のために……、お前に伝えておくことがある。いいか、お前にだからだ……」
「何言ってるのさ、ヘンリーにもしもなんて無いよ。僕、新しくべホイミを覚えようと思うんだ。そしたらもっと効率よく回復できるからさ……。だから……」
 中級回復魔法ベホイミの印をリョカは知らない。けれど、弱根を吐くヘンリーを前に、何か少しでも希望を持たせようとそう言わざるを得なかった。
「ふん。俺は……、必ずラインハットへ戻る……ぞ」
 胸の前で握られていたこぶしが解ける。そして、がくりと顔を横にする。
「まさか、ヘンリー? ちょっと嘘だろ!?」
 リョカは彼の腕を掴み、揺らす。その腕には力強く脈打つものがあり、胸もわずかに上下している。どうやら眠ったようだった。
「脅かさないでくれよ……」
 そう言いながらもリョカは彼の身体、特に青い痣の多いおなかの周りに重点的に回復魔法を唱えていた。
 それは夜半過ぎ、東の空が赤くなっても、次の日の就労時間がくるまでも続けられた。

**――**

「待ってください! この人達は、リョカさんは、ヘンリーさんの看病で……、だから!」
 空ろな覚醒を促すのは聞き覚えのある声だった。
 ぼやけた視界に向かい合う誰か。一人は奉仕者で、もう一人は監視。
 自分やヘンリー以外の誰が監視に噛み付くのだろうか?
 そんなことを考えながらゆっくりと起き上がる。
「なんだ、そっちは働けるのか? おら、もう就業時間だぞ。今日も光の教団のために働けることを幸せに思え」
「お願いです。リョカさんはヘンリーさんの看病で寝ていないんです。今日は……」
 ヘンリーという言葉にハッとなるリョカ。隣にはヘンリーが寝ており、その胸は呼吸とともに上下していた。
 だが、唇が青く、端に血が見える。寝ている間も吐血しているのだろう。内臓へのダメージはまだ回復しきっていないかに見える。
 リョカはすぐさま印を組み、ヘンリーに回復魔法を施す。眠る彼の眉間から険しさが消え、ほっとする。
「ふん、貴様は何か勘違いしているな。看病など必要ない。お前らは光の教団に奉仕することこそが至高の幸せなのだ。ほら、さっさと持ち場に行け。そっちのソイツは処置室に運ぶ」
「な、処置室なんて……。どうか、それだけは勘弁してください。必ずヘンリーは復帰できます。きっと彼は労働力になりますから、だから……」
 処置室という言葉に酷く怯えるマリア。リョカは気をとられたものの、すぐに処置に向き直る。
「ふむ……、となると、そいつが寝ている間、お前が代わりに奉仕をするというのか?」
「え? えぇ……、私が代わりにいたします。なんなりと……」
「そうか……、なるほどな……」
 監視の男は上唇をぺロリと舐めると、マリアの腕を掴む。
「よしわかった。それならそっちのお前。お前はソイツの看病でもしていろ。特別に許可する」
 リョカは振り向くこともなくヘンリーに集中する。内臓のような重要な器官の損傷は完全に回復させなければと、神経を研ぎ澄ます。
 背後で何が行われようと、今は目の前の友人を救うことが、何よりも大事だった……。

続く

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