FC2ブログ

目次一覧はこちら

奴隷編_その三

 ヘンリーの看病から二週間目の昼。ほぼ不眠不休で回復魔法を唱えるリョカに疲労は目に見えるものだった。
 ヘンリーは相変わらず吐血を繰り返し、少しの油断でも大事に至る不安があった。
「くそ、どうしてだ。ヘンリー。がんばってくれ。僕もがんばるから。だから、死なないでくれ。僕を、僕を一人にしないでくれ。君はラインハットの大地を踏むんだろ? 民を、国を幸せにするんだろ? こんなところで寝てる場合じゃないんだ!」
 上手く行かない看病に愚痴を零し始めるリョカ。度重なる精神集中と魔力の過剰な使用に視界がかすみ、何度も眠気に誘われる。そのつどリョカは唇を噛み、大腿に爪を立て抗った。
「……俺は、きっと、必ず、戻る……」
 ヘンリーの口からうわごとが漏れる。リョカは目を見開き、その腕を掴む。
「そうだよ。だから、がんばってくれよ! 君は、君は王者になるんだろ?」
「王者? その奉仕者が?」
 不意に声が聞こえた。リョカは振り向くが、誰もいなかった。物見夕山の監視だろうかと考えたが、声は女であり、聞き覚えが無かった。
 だが、気配がする。
「誰だ? 誰かいるのかい?」
 リョカの声に誰も答えない。だが、リョカは勘違いと片付けず、周囲を伺いながら部屋のドアを閉める。
「前にもこんなことがあった。誰かいるね?」
 虚空に話しかけるリョカだが、彼の経験上、姿を隠せる魔法があることを知っている。それは妖精族が知る禁魔法の一種のレムオルだ。
「ベラ・ローサ。僕の知っている妖精の子だ。君は知らないかい?」
「ベラ・ローサ? 知らない名前だ。だけどローサはエメラルドエルフに多い姓ね……」
 再び虚空から聞こえた声に、リョカはひれ伏す。
「やっぱり妖精なの? ねえ、お願いがあるんだ。どうか、ヘンリーを助けてくれないか?」
「アンチ・レムオル……」
 光輝く精霊が現れ、霧散すると同時に淡いピンクの髪と赤い瞳の女の子が現れた。
 冷静そうな細い目と流麗な眉に睫、整った鼻梁と控えめな唇は、ベラのような陽気な雰囲気がしない。カールさせた髪で耳を隠しているが、精霊のイタズラで揺れたとき、尖った耳が見えた。
「貴方は妖精と会ったことがあるのね。ふうん……」
「君みたいな妖精は初めて見るけど、前に一緒に冒険をしたことがある」
「そう。まあいいわ。それより、その倒れている人……、王者としての資質があるの?」
「え? えと、ヘンリーはラインハット国の王子だ。王者というか王子だし、国に戻ることがあればそうなんじゃないのかな?」
「そうじゃないわ。これを持たせて……」
 赤い目のエルフはリョカに何かの欠片のようなペンダントを渡す。リョカがそれを受け取ると、それは不思議と温かさがあり、白く光った。
「ふうん。私は貴方でもいいんだけどね」
 リョカは戸惑いながら、彼女の協力を得るためにヘンリーにそれを握らせる。すると、温かくなり、さらに緑色に光る。
「へえ……まさかね……」
 その様子に赤いエルフは驚いたように目を見開く。そしてヘンリーに近寄り、手を翳す。
「浄化の光よ、今一度彼に生の喜びを……、ベホイミ……」
 リョカのうろ覚えの印とは異なった、ついでに詠唱の形式も違う中級回復魔法はヘンリーの青みの残る腹部、胸元から黒い霧を吸いだしていく。
「え、え、え?」
 まるで知らない魔法に見え、戸惑うリョカ。だが赤い目のエルフは気にする様子もなく、別の印を組む。
「イタズラなる風の精霊よ、我は汝に求める、かの者達に慌しい朝の目覚めの洗礼を……ザメハ……」
 今度はヘンリーの額から青白い霧が立ち、すっと消える。
「ん? 俺は……」
 がばっと立ち上がるヘンリー。長いこと同じ姿勢でいたせいか肘を抱えるが、腹部や胸元を押える気配もなく、血反吐に咽ぶ様子もない。
「ヘンリー! 良かった!」
「うむ。看病ご苦労であった……。お前は?」
 喜びのあまり涙を浮かべるリョカを労いつつ、見知らぬ赤い目の女に眉を顰めるヘンリー。
「ご挨拶ね。貴方を助けてあげたって言うのに……」
「そうなんだ。この人がヘンリーを助けてくれたんだ。えっと……貴女は……」
「私はエマ、エマ・ミュール」
「エマか……。ふむ、初めて見るな、エルフというものは……」
「あら、よくわかったわね」
 さほど意外というほどではないが、驚いてみせるエマ。
「ルビーエルフ。伝承の中の架空の存在だと思っていた」
「へえ、博識なのね。なら、私がどういうつもりかわかるかしら?」
「だから驚いている。ルビーエルフが人間を助けるなど、その存在を知る者ならありえないからな」
「ちょっとヘンリー、どうしたのさ? 彼女は君のことを……」
 不穏な空気にリョカは慌ててしまう。険悪というわけではないが、ヘンリーが彼女を警戒している様はみてとれる。
「何が目的だ? 貴様らが見返りなしに人間を助けるはずなど無いだろう?」
「話が早いのね……。なら言うわ。王者となりなさい」
 まったく話の見えないリョカは、二人を見返して口を噤む。
「ふん、そんなこと、頼まれるまでもない。俺はこんなところで死ぬつもりはない。ラインハット国の王族なのだからな」
 肩を鳴らしながら立ち上がるヘンリー。エマは腕を組みながら彼に冷ややか視線を送る。
「言うわね。でもどうやってここを出るつもりなのかしら? 四方は海に囲まれて、ここを降りたところで凶悪な魔物がひしめいているっていうのに」
「俺が無駄にここで時間を過ごしていたと思うか? リョカよ、俺は何日寝ていた?」
「え? えと、多分二週間目かな?」
「そうか、なんとか間に合いそうだな。よし、明日だ。明日にはここを出ようではないか」
「な、なんだって?」
 先ほどまで寝ていたヘンリーがいきなり脱走を提案することにリョカは驚きを隠せない。まさかまだ熱に浮かされて現実と夢の区別ができないのではないかと疑うほどだった。
「そんなことができるのかしら?」
 それはリョカも思う疑問。
「ならお前なら出られるのか?」
 だが、ヘンリーは自信に満ちた様子で言い返す。
「私にはルーラがあるわ」
「ほう、便利だな。お前俺の子分になるか?」
「冗談。貴方が私の僕になるんでしょ? そうしたら今すぐにでもこの地獄から抜け出させてあげるわ」
「なら交渉の余地はないな。俺はお前の僕になるつもりはない」
「ヘンリー、そんな言い方は……」
「ルビーエルフは人間を信用しない。というよりは、我々が恨まれることしかしていないのだ。むしろ俺を助けてくれたことすら奇跡に近い」
「話が早くて助かるわ」
「リョカ、お前とマリアだけなら何とかできる。任せろ」
「そう……。けど僕はここに留まって少しでも……」
「バカなことを言うな。お前もわかっているだろう? ここにいたところで救える命など無い。俺はお前の看病に感謝している。そして、ラインハット国を立て直す力になってほしいと考えている」
「僕は……」
 逡巡するリョカ。ここから脱出したいという気持ちは当然あるが、自分だけ助かってよいのだろうかという後ろめたさがある。
 まだここには自分よりも若い子もいるのだ。もしできるのなら奉仕者を全て脱出させてあげたい。一方でそれができないことも知っている。ならばせめて少しでも彼らの負担を軽減させられたら……。そんな気持ちがあった。
「リョカ、前を見ろ。ここにいてもお前の父の遺言は果たせない。卑怯な言い方だが、お前がここに留まるのはパパス殿の遺言を異にするだけだ」
 そして、父との約束。
 母を捜すことはパパスの遺言であり、願いだった。無念に散ったであろう父のことを言われると、リョカの心の天秤はヘンリーに傾き……、
「頼む、リョカ」
「……わかったよ、ヘンリー……」
 頷くほかになかった。ヘンリーは彼の肩を叩き、無言で頷いた。
「ふん。かってに盛り上がって……。まあいいわ。ヘンリー、貴方の王者としての資質、見させてもらうわ……」
「そうだな。その時はお前も子分にしてやる」
「だから、貴方が僕になるのよ……」

**――**

 神殿建設に当たって奉仕者が不足する事態がある。
 もともと過酷な労働環境で、しかも監視の気分次第の拷問もあるのだから当然だろう。
 そして、それを補給する必要がある。その方法は、孤島故、船で行われる。
 ヘンリーはここへきて数えてきたものがある。
 一つは曜日。日付はそれほど重要になく、直ぐに飽きて忘れたが、曜日だけは壁に記していた。
 一つは奉仕者の数……、というよりは死人の数。何人減ったら補給が行われるのか? これを数え始めたのはピエトロを処置室に運んでからだ。
 ヘンリーはリョカに指示を出した。
 ――俺にはまったく回復の兆しが見えない。だからこのまま処置室に運ぶべきだろう。ただ、暴れるから一人では無理だ。マリアに手伝ってもらい、処置室に運べ。
 リョカは頷き、その時間を待った。

**――**

「監視殿、ヘンリーの様子なのですが、どうにも手に負えそうになく、処置室に運ぼうと思います……」
 夜半頃、労働が終り、奉仕者達が戻ってきた頃、リョカは扉に鍵を掛けようとした監視に声を掛ける。
「ふん、やはり無駄だったか……。まあいい、許可しよう。さっさと運んで来い……」
「それが、下手に回復させたせいで、暴れてしまいまして、もう一人付き添いを必要とします。許可をお願いできますか?」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます。マリア、お願いできるかい?」
「え、でも、ヘンリーさんを処置室になんて……」
「お願いだ。君しか頼めないんだ……」
「ですが……」
 執拗に拒むマリアだが、もがき苦しむふりをするヘンリーは彼女の手を握る。
「わかりました……」
 一瞬の目配せにマリアは頷き、暴れるヘンリーを起こす。
「ああ、終ったらマリア、お前は兵舎に来るように……」
「はい……」
 監視の薄ら笑いを不思議に思いながら、リョカはヘンリーに肩を貸した。
 リョカは薄暗い閨を出るとき、一度振り返る。噛み締めた唇から、鉄の味がした……。

続く

彷徨いし者達~目次へ戻る
トップへ戻る

Trackback

Trackback URL
http://13koharu.blog73.fc2.com/tb.php/587-27455924

Comment

Comment Form
公開設定

プロフィール

小春十三

Author:小春十三
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ

創作検索ぴあすねっとNAVI
dabundoumei
trt
オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび  
リンク予定


二次元世界の調教師様のサイトです。



無料アクセス解析