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ラインハット帰還編_その二

 あくる朝、リョカが目覚めると、焼きたてのパンの良い香りがした。
 いつもならマリアも働きに出ている時間なのだが、彼女の姿があり、テーブルの上には包みが見えた。
「あれ? マリア……」
「ああ、リョカさん、おはようございます」
「うん、おはよ……」
 いつものワンピース姿ではなく、カジュアルなパンツルックと外套を纏った彼女に、リョカは面食らう。
「どうしたの? その恰好……」
「ええ、私もリョカさんと一緒にサンタローズの村に行こうかと思いまして……」
「だって、パン屋は?」
「はい、暫くお暇をいただきまして……」
「そう……、でも危険だよ?」
「平気です。リョカさんが守ってくれますから」
「そりゃあそうだけど……」
「だって、私一人守るのとキャラバン隊守るのならどっちが大変ですか?」
「まあ、そうかもしれないけど、でも大変だよ? そんなに長旅にはならないけど、でも……」
「私と貴方の仲で大変なんて、そうそうあるのかしら?」
 マリアは意味深な笑顔を浮かべる。大変などという言葉、一年前に嫌というほど味わってきた二人が、どうしてサンタローズへの旅路ごときで根を上げるものかと……。
「わかったよ。それじゃあ一緒に行こう」
「ええ、どこへでも……」
 マリアはようやく嬉しそうな顔をすると、お弁当を作る続きを始めた……。

**――**

 サンタローズへの旅路は男の足で二日と半日。女の足なら三日というところだろう。
 旅路は特に滞りも無く、二人とだけということで特に魔物の目に留まることも少なく、予定していた三日よりも早く着いた。マリアがリョカの歩調に合わせたおかげかもしれない。彼女も無理についてきただけあり、文句の一言も言わず、気を遣うリョカを逆に急かしもした。
 ようやくたどり着いたサンタローズの村は残骸だらけの変わり果てた姿だった。
 村の入り口にあるフェンスは倒れ、酒場は壁を残して崩壊。畑は荒れ果て、馬の足跡だろうか、ぼこぼこと穴が空いている。
 それでも教会と、その近くの庵だけは残っていたところをみるに、壊滅というわけではなかった。
「酷いですね……」
「うん……」
 マリアの言葉に、リョカは頷く。
 かつて父と共に訪れ、淡い初恋や不思議なおとぎの国の冒険をした日々、おかしなトカゲと、それに不思議な年上の女性のこと……。リョカはもう全てが夢の中の出来事だったのではないかと思い始めていた。
「リョカさんの家は……」
「えと、あっちの……」
 かつての借家の跡地を目指すリョカ。逸る気持ちが早足になる。
 そして、倒壊した家屋を見つけた。
「やっぱり駄目か……」
 瓦礫も手付かずのままの借家にリョカはため息をつく。父の書斎が二階にあったことと、そのご雨晒しになったことを考えれば、書物の類が駄目になっていることも容易に想像できる。
 ただ、少し気になったのは、地下室。リョカは印を組むと精霊を集め、瓦礫に手を翳す。
「バギマ!」
 荒ぶる風の刃は瓦礫をばらばらっと吹き飛ばし、そして階段を晒す。
「階段? 地下に何かあるんですか?」
「んーん、ただ、僕の思い出がちょっとね……」
 地下室には自分の描いた絵と絵画セットがあるはず。リョカはノスタルジックな気持ちに浸りながら、階段を降りる。
「レミーラ……」
 光の精霊を集め、慎重に降りると、そこには古びた絵の具セットと愛用していた筆があった。
「良かった。ここにあったんだ……」
 リョカはそれを拾うと、唯一変わっていない過去にふと目頭が熱くなる。
「あれ……」
 そして気付く。これまでに描いたはずの絵がなくなっていることに.……。
「アンかな……? それともアニスさん?」
 サンチョが渡してくれたのだろうか? だとすればほっとする出来事だ。誰かに見せるためでも誰かに贈るためでもない絵だが、ここで野ざらしのまま朽ち果てるのは可哀想なことだから。
「リョカさん?」
「ああ、マリア。ここは危ないからもう出よう」
 リョカは彼を訝しむマリアを急かし、過去の残っていた地下室を出て、その後崩落の危険があることから入り口を中級真空魔法で破壊した。

 村の北にある洞窟をはかつてと同じ姿でいてくれた。
 黄鉄鉱の取れる洞窟は頑丈であり、まだ採掘の可能性があることから破壊には至らなかったのであろう。
 集光魔法で周囲を照らすリョカ。マリアはその背後で松明を持ちながらついていく。
 弱いながらも魔物が出ることもあり、マリアを連れて行くことに躊躇したが、夜盗がでかねない殺風景な村にそれもできず、一緒に潜ったのだった。
「父さんはどうしてこんなところに隠したんだろう……」
「見つかってはいけないものだったのでしょうか?」
「さあ、父さんも不思議な人だったけど、そういう危険なものとかを集める人でもないし……」
 正直な話、リョカはパパスが何者なのかわからないままだった。
 一国に招かれるほどの人物であることはわかるが、それが戦士としてなのか、それとも要人としてなのか、リョカは最後まで知ることができなかった。
 ――そういえばヘンリーは何か知ってたのかな?
 ヘンリーに父のことを聞くことは憚られた。
 父が策謀に巻き込まれたのは悲しい事実。しかし、それが幼いヘンリーの責任にはならない。かといって、彼はそのことを歯噛みし、リョカに対し負い目のように背負っていたのも事実。自然とリョカはヘンリーに父の話をすることができなかった。
「あ、あそこ……ドアが……」
 洞窟の向こうの先、不自然なドアがあり、レンガ固めの壁が見えた。
 近くによると看板があり、「ドルトンの古いほうのお家」とあった。
「相変わらずだな、親方は……」
 妖精の国で見た庵の前の看板を思い出し、くすっと笑うリョカ。開錠魔法の印を組もうとしたが、抵抗なく開いた。
 中は暫く使われていなかったらしく、饐えたにおいが充満していた。
「何かあるのかな……」
 リョカは手近にあった机を調べることにした。
「私もお手伝いしますね……」
 マリアはそういうと部屋の奥のほうへと松明を片手に歩いていく。
 奥はマリアに任せるとして、リョカはひとまず机の引き出しを開ける。
 一段目にはメモ程度の走り書きがいくつかあり、地名にバツが書かれていた。
 二段目には小さなメダルがいくつかあり、その他ガラクタがある程度だった。
 三段目を開けようとしたとき、鍵が掛かっており、開かなかった。
 ――もしかして……。
 リョカは開錠魔法の印を組み、「アガム」と唱える。がちゃりと音がして、手ごたえが無くなる。リョカはおそるおそる引き出しを開いた。
 そこにはロケットが一つあった。
「え?」
 他に何かないか引き出しを取り出し、上下左右全てみる。しかし、やはりそれしかない。
 ならばそれこそが秘密なのかと手に取るが、特に魔力の類も感じられない、本当にただの、質の良い乳白色のロケットに過ぎなかった。
 そしてそれを開くと、一枚の絵があった。
 そこには在りし日の父と、黒髪の、優しそうな、優雅な女性がいた。
「この人は……?」
 不思議と胸が熱くなる。記憶の奥底、沈殿した泥の中、そっと探るようにして探すと、意外にも明確に現れる。
「母さん? この人が僕の母さん……マーサなの?」
 リョカは目を見開く。埃の舞う狭い部屋、目は二重の意味で涙を溢れさす。
「僕は……、僕の母さんを……」
 幼き日、乳飲み子のリョカの脳裏にだけある存在。それがマーサ、母だった。
 それが鮮明な、絵ではあるが、温かみのある存在に塗り替えられる。
 ようやく目を瞑ることができた時、リョカはそれを胸に抱き、暫く声を出さずに泣いた。
「リョカさん!」
 すると奥のほうで声がした。
「なに? まさか魔物?」
 涙を拭い、急いで奥へ駆け出すリョカ。だが、そこではマリアが一振りの剣を前に呆気に取られているだけだった。
「これは?」
「わかりません。この部屋のそこの棚にあったのですが、不思議なんです……」
 緑を基調とし、金のラインが引かれた鞘。そこに収まる一振りの剣。かつて見たパパスの剣と同じくらい大振りなそれは、一目で業物だとわかる。
 集光魔法に照らされ、湯気のようにゆらめく青白い霧が見え、そして暗くさせていた。
 凍りつくような波動を微弱ながらだしており、それが魔法に干渉しているのかもしれない。
「これは、一体? 母さんに関係があるの?」
 リョカは剣に触れた。そして眉を顰める。その剣は持ち上げようにも重く、渾身の力をこめてわずかに傾くだけであった。
「これ、呪いの剣?」
 慌てて手を離すリョカ。手放せなくなる常備性の呪いではないらしくほっとするが、一方でうかつさに頭を掻く。
「危険なものですわ。きっと……」
 おそらくマリアも持ったのだろうか、怯えるようにして後ずさる。
 ただ、もし本当に呪われているのであれば、このロケットをそうしたように施錠つきの何かに隠すだろう。そうでなく、無造作にしまわれていたのであれば、これは「安全ないわくつきな剣」程度なのだろう。
「父さんはなんでこんなもの?」
 鞘に触れるとかちゃりと音を立てて転がる。
「え?」
 慌てて手を伸ばすと、それは難なく拾える。ただ、柄を持とうとするともっているにも関わらず重く感じてしまう、非常に矛盾した状態になる。
「呪いってわけじゃないみたいだけど……」
 鞘で持つ分には可能というおかしな剣。魔力というか不思議な霊力を帯びたそれは、邪な雰囲気はない。けれど、人間が扱うには矛盾を含みかねないという代物だった。
「とりあえず持っていこう。ねえ、他には何かなかった?」
「え? ええ……、他には……なにもありませんわ」
 マリアは後ろ手を組みながらそう答えた。
「ねえリョカさん、もう出ませんか? きっとここにはその剣を隠していただけなんですわ。かなりの業物なのでしょうし……」
「ん……そうかな……そうかもしれないな……」
 一通り見回したところで他には何も見当たらない。せいぜいドルトン親方が残していった鋳物の整備器具ぐらいだった。
「父さんはここに思い出を残していたのかな……」
 リョカはロケットを抱くと、亡き父の無念とその想いに胸が痛んだ……。

**――**

 洞窟を出た二人はその足でアルパカに向かった。そのままオラクルベリーに帰ることも考えたが、蓄積された疲労と消耗した水や食料の補給も兼ね、寄り道をする。
 一日の野宿を経て昼下がり、二人はアルパカの宿屋にチェックインできた。
 二人とも旅の疲れを癒そうと早めにシャワーを浴びると、早めに夕食を取り部屋に戻った。
 問題なのは部屋。それほど旅銀に余裕の無いリョカ達が一人部屋を二つ取ることなどはできず、必然的に一緒の部屋になってしまう。
 すると思い出されるのはあの日の夜のこと。
 マリアが自分の布団に潜り込み、しがみついてきたこと。
 マリアはヘンリーのことを……。ヘンリーはマリアのことを……。
 その二つに縛られ悩むリョカ。
 そして、こういうとき男がどう応えるのかわからず、拍車をかける。
 本当は彼女を抱きしめたい。その後どうするのかはわからないが、とにかく触れ合いたい。そんな気持ちで一杯だった……。
 ――僕はどうすれば……、父さん、母さん……。
 父と母のロケットを見つめるリョカ。父の遺言を守るのであれば彼女と共にオラクルベリーで暮らすことは適わず、かといって母との再会も果たせない。
 いや、すでに答は出ている。サンタローズに母の手がかりは無い。そして、他に手がかりのありそうな場所も知らない、思いつかない。もう母に会うことはできそうにない。
 父との約束を反故にするのは後ろめたさがあるが、彼もまた今日まで常人の数倍の苦労をしてきた。奇跡的な脱出を果たせただけで、もしかしたら今もあの地獄に居るか、不要なモノとされて海に捨てられていたかもしれない。
 今、こうして小さな幸せを手に入れたとして、それにすがりついたところで、誰が彼を責めることができるのか? リョカがロケットを閉じるのは時間の問題だった……。

 ……が、



「リョカ!」
 懐かしい声がした。
 振り返ると開いたドアの向こうに黒色の鎧とフルフェイスの兜の兵士が立っていた。
 緑のマントと鎧の左肩の三本線。記憶が確かなら、それはラインハットの紋章。そしてリョカを知るのであれば、それは一人しかいない。
「その声は……もしかして……」
 兵士はリョカが立ち上がるのを見て駆け出す。そして兜を脱ぎ、肩にかかる程度に伸びた髪をふわっとなびかせる。
 燃える青い瞳と精悍な顔つき、左の額から目の間を通り、右の頬に走る痛ましい傷こそ知らないが、それは一年前に生き別れたはずの友だった。
「ヘンリー! 無事だったのかい!?」
 リョカは駆け寄り、抱きつく。ヘンリーは握手程度だと思っていたらしく、「おいおい」と彼の肩を押す。
「ヘンリー、ヘンリー……」
 自分がいつの間にか泣き声交じりになることにリョカは恥じることもない。彼にとって、ヘンリーが生きていてくれたその事実は、歓喜の涙を流すに十分な事実であった。
 たとえ、再び恋と別れようとも、平穏が遠ざかろうと……。

続く

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