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ラインハット帰還編_その四

 次の日、目を覚ましたヘンリーの前にエマの姿は無かった。
 彼はそれほど気に留めず、用意されていた朝食を平らげ井戸へと向かう。まずは身なりを整えるためと剃刀で髪を切り、不精髭を剃る。次に仕立て屋へと行き、旅人の服を用立てる。これで彼が逃げた奴隷と思う者もいないだろう。
 続いて武器屋にて蛇皮の鞭を買い、腰に装着する。昨日目覚めた砂浜へ戻ると、周囲に砂煙を上げながらクレーターをいくつも作る。
「居るのか?」
 ヘンリーはタルの残骸を前にして、そう告げる。
「ええ、ずっとね」
 すると再びエマが姿を現す。
「ふん、まるでストーカーだな。そして、なんの用だ?」
「なんの用って、貴方こそ用があるんじゃないの?」
「無い」
「またまた強がって……。貴方には目的があるんでしょ? ラインハットに戻って……」
「そのつもりだが」
「なら、私が連れていってあげる。ルーラでひとっ飛び……」
「不要だ」
「なに? まさかまた子分になれとでも言うの? まったく変なところで子供なんだから」
「そうじゃない。ラインハットに戻るにしても色々順序がある。それに自力でできる。まあ、貴様が子分になるというのなら、今すぐ使ってやるがな」
「おあいにく様。人間の家来になるつもりはないの」
「家来ではない。子分だ」
「どう違うのよ?」
「全然違うだろ?」
「そうかしら?」
「そうさ……」
 これ以上のやり取りはばかばかしいとエマはそっぽを向く。
「俺はアルパカへ向かう。そこまでの旅費なら昨日の残りと水夫見習をすればなんとか口がきけるだろう」
「アルパカに? 知り合いでもいるの?」
「そういうわけではないが、もし監視の話が真実なら、むしろ都合が良い……」
 西を見ながら黙り込むヘンリー。彼のその思案気な様子に、エマは「へぇ」と漏らした……。

++――++

 ヘンリーがラインハットへすぐに戻らずにアルパカに寄る理由。それは、監視に聞いたある噂を確かめるため。
 ラインハット王、チップ・ラインハルト殺害は旅の庸兵、パパス・ハイヴァニアによる暗殺。さらに第一王子であるヘンリー・ラインハルトを誘拐した。賊はサンタローズに潜伏しているという噂を元に、兵を差し向けた。サンタローズは焼き討ちに遭い、その後も近隣の街に出兵しているという話だ。
 問題は国軍を運用したことで東国のバランスが崩れたこと。
 東国の大国の一つであるブランカ王国は、ラインハット国の西国出兵、及び先王の死による混乱を勝機とみなし、軍を差し向けたのだ。
 しかし、本来謀殺であるチップの死による混乱はなく、ラインハット国側は逆に迎撃にてそれを撃退する。勝利の勢いのまま矛先を隣国のボンモール国に向けた。その後は西国、東国を問わず出兵しているらしい。
 現在のアルパカはラインハット国の影響下にあり、志願兵を募っている。
 ヘンリーはラインハットに戻る手段の一つとして、志願兵となることを選んだのだった。

++――++

 船に揺られること三週間、各地の港へ寄りながら、ヘンリーは無事アルパカに辿り着いた。
 街には志願兵募集の立て札があり、兵士となって一花咲かせようと企む若者が群がっていた。
 ヘンリーはひとまず酒場へと向かい、最近の東国の情勢について尋ねまわった。
 ラインハット国の現王、デール・ラインハルトとその太閤アルミナ・ラインハルトの噂は酷いものだった。
 毒婦とすら蔑称されるアルミナは、初戦の勝利に近隣諸国に攻め入り、併呑に抵抗を示した街や村は徹底的に破壊しつくしているとのこと。
 難民や流れ者が増え、オラクルベリーではそれらを恐れて自衛のために橋を落としたほどだ。
 現在もブランカ国と一進一退の攻防を続け、双方とも次第に国力を落としているらしい。
 さらにこの街でも仕事にあぶれた若者が戦争へと向かってしまい、世代的な空洞化まで心配されている。
 ヘンリーは胸にたまるものを苦い水で飲み下し、ようやく宿へと戻る。

「……まさかここまでとはな……」
 ベッドに大の字になりながら、ヘンリーは呟く。
 アルミナが欲望に忠実なのは知っている。だが、元々女中の出の彼女が考える贅沢もたかがしれている。彼女の器を考えれば、他国への侵略は別の誰かの入れ知恵と推測できる。
 そして現実には戦火は拡大し、浪費、疲弊していく。
「本当にね。人間というのはどうしてこう欲望本位に動けるのかしら?」
 突然の声にももう驚かない。エマはヘンリーが一人で居るとき、姿を見せずに話しかけることが多かった。
「欲望本位か。いや、手に余る財貨に目が眩んだのかもな……。身の丈に合わぬそれは、身を滅ぼすだけなのだがな……」
「貴方は違うというの?」
「俺は王者になるんじゃないのか? 王者となる器が、たかが一国程度の示す財貨で心崩れることはない」
 起き上がりウイスキーをコップに注ぐヘンリー。船旅で水夫に教えてもらってから気に入ったらしい。
 エマにも口を向けるが、「やめとくわ」と言われ、一人分だけ注ぐ。
「……ふぅ……。ふふ……」
「何がおかしいの?」
「いや? 俺も非情だなと思ってな……」
「非情? 貴方が?」
 意外そうに言うエマに、ヘンリーは逆に驚く。
「俺が情にもろいとでも?」
「非情には見えないわ」
「そうだな。心の中までは見えまいからな……。エマよ、お前ならこの混乱をどう考える?」
「どうって……、本当にくだらない争いをしてるとしか……」
「エルフの側から見れば人間の権謀術数などくだらないことだろう……。いや、今の東国にそんな高尚なものですらないかもしれんがな……」
 そう言って一口啜る。含み過ぎたところがあり、咽てしまう。嗜好が合うことと飲めるということは別にあるらしく、タオルで口を拭く様はまだまだ青二才そのもの。
「こほん……。今の俺にとって、ラインハット国、いや東国の状況は有利に動くだろう」
「どうしてそう言えるの?」
 取り繕うヘンリーに、エマは半眼を向ける。
「混乱と疲弊、明日が見えないのなら、人々は英雄を求めるものだからだ」
「貴方が英雄? ふうん……そうは見えないけど……」
 今しがたウイスキーの濃さに咽た男だけに、エマは半信半疑。
「……お前、俺に王者になれと言ってなかったか? ……まあいい。英雄になるには……色々面倒な条件がある。俺はその一つを潜在的にクリアしており、結果的にクリアしている。あとは……なるようにさせるさ……」
「まったく、いつも貴方は自信過剰ね……。私が通り掛からなかったら死んでいたかもしれないのに」
「お前の手で助けられた。そのことには感謝している。そしてポートセルミに運んでくれたことにもな……」
「え? ……まあ、そうよね……そう……」
 何時に無く真剣な表情で見つめるヘンリーに、エマは視線を逸らせて口ごもる。クールを装う彼女も慌てることはあるらしい。だがヘンリーが見ているものはもっと別にあり……。
「俺はきっとラインハットの王になる。もともと約束されていたのだ。お前はこれまで通り黙って見ていればいい。なに、この程度の苦難、俺一人で十分乗り越えられる……」
 そう言ってヘンリーが再び褐色の瓶を斜めにしたとき、エマは指を鳴らす。空中に小さな氷が現れ、コップにちゃぽんと音を立てる。
「オンザロック。少しは頭を冷やしなさい」
 エマはそう言うと、再び姿を消した……。
「ふむ、これはこれで……」
 丁度良い具合のそれに、ヘンリーは快い酩酊を覚えた……。

++――++

 土曜の朝早く、アルパカの街の広場にて人垣ができていた。
 緑の三本線を左肩に記した兵士達がラインハットの旗を持ち、志願兵の受付をしていた。
 腕自慢の若者が幾人か並んでおり、中には物見夕山で眺めているものもいた。
 ヘンリーはその列に紛れ込み、しばし待った……。

 名前をアルベルト・アインスと偽り志願兵入りを果たしたヘンリー。
 彼はアルパカ精鋭部隊の一員として三ヶ月の訓練の後、早速最前線へ送り込まれた。

 ボンモール国の東に位置するエンドール。かつてボンモールによって併呑された国家だが、その経済力と内政力、交渉力から内側からボンモールを支配していた。
 ラインハットの初戦の勝利とその勢いからボンモールこそ攻め落としたものの、経済の中枢であったエンドールは未だ健在。残った戦力をかき集め、足りない分は東の海に船を走らせて補充した。
 胎を据えての防戦は単純な進撃をことごとく退け、その勝利の気勢から徐々に反撃の意思が芽生え始める。

 ラインハット侵攻軍、第三野営地。聞こえはよいが、簡易の小屋とテントの集落でしかない。城攻めを行う上で戦力は敵の三倍を要するという定石が、侵攻軍では守られていなかった。
 エンドールは平和的な国であり、軍備もたかが知れている。ボンモールを落とした時点で降伏も時間の問題だろう。その甘い見通しが仇なして今に至る。
 見張りの任を受けたヘンリーは塹壕にて一人槍を抱いて待機する。
「……城門が一つで、城壁も高いか……」
 簡易の魔法望遠鏡にてエンドールの城を見るヘンリー。ボンモールよりも大きく、そして防壁に秀でたそれは、生半な手で攻略できるものではない。
「こればっかりはお手上げじゃないの?」
 光が眩き、ふわっとローブの女性が塹壕に降りてくる。
「珍しいな、お前が人の目に触れそうな場所に出てくるのは」
「誰も来ないわよ。というより、貴方以外は皆及び腰。勝負以前の問題よ」
 城を前にして感じる絶望感。手数も武器も城攻めに必要な道具も何もなく、ただ「落とせ」の命令のみ。日々切り詰められる兵站と、高まる反撃の気勢。ラインハット侵攻軍の士気が下がるのは当然と言える。
「城攻めなら門を開ければいい。私ならレムオルで誰にも気付かれないでそれができるわ。なんならルーラで小隊を運んであげるわよ?」
 胸を張って言うエマ。確かに彼女の力を借りればそれは可能だろう。敵の頭を越えて進撃ができるのであれば、高い城壁も堅牢な門も意味を成さない。
「いや、それはできないな……」
 だが、ヘンリーは首を横に振る。
「なんで? まさかこの状況でまだ子分に拘っているの?」
「そうじゃない。もしそれを使えば、俺の経歴に闇を残す」
「経歴に傷つくのが怖いの? 馬鹿じゃない?」
「傷ではない。闇だ」
「闇?」
「うむ。もし安易に禁止魔法を使ったことがばれれば、ラインハット国を危険国家と考える国が増えるだろう。東国に限らず西国、果てはグランバニア、テルパドール地方にすら噂が広まる。それにサラボナの強欲な者達がルーラの使用に気付けば、自分達の利権を守るためにも経済封鎖をかけてくることもありえる」
「複雑なのね、人間は……」
 人間世界でルーラが禁止されている理由。それは一部の商家や王族に限り知りえること。東国を統一したとして、世界から封鎖されては意味がない。
「なに、その複雑さゆえ、手が回らぬ場所が出るものさ……」
 ヘンリーはにやりと笑うと、塹壕を出て近くの湿地へと歩いた……。

続く

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