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ラインハット帰還編_その七

 東夷隊第一部隊隊長、ミハエル・カーマインは陣営にてせわしなく歩き回っていた。
 苛立つときに爪を噛む癖があるのか、ふやけた親指の爪はぎざぎざになっており、その表情は焦りに満ちていた。
「まずいぞ。まずい……。まさかエンドールが落ちるとは……。あのアルベルトとかいう庸兵、どんな魔法を使ったというのだ? このままでは俺の立場が危ういではないか……」
 本国から伝えられたボンモール・エンドール国の落城。それはラインハット軍にとっては朗報であるが、彼にとっては少々勝手が違う。
 ミハエルの指揮する東夷隊は、ブランカ国がラインハットの防衛の拠点として急場しのぎに建設させた木造砦、レイクバニアに臨んでいる。彼が指揮を執り、二ヶ月。木造の砦と遮るものの無い、守るには不適合な立地にも関わらず、攻め込めず、退かずの現状であった。
 膠着の原因は砦を前にして流れるフレノール川だろう。小高い丘からラインハット軍の陣営を見下ろし、攻め入るにしても川を渡ることに手間取り、思うように進軍ができないのだ。
 例え渡りきったとして、魔法による迎撃が行われる。大規模な部隊を率いて攻めようが、広域魔法の餌食となるのが目に見えている。
 火矢を放とうにも距離があり、進軍する間に火消し、迎撃をされるのは明らか。
 ブランカ国の初戦における疲弊も日が経つにつれて回復の兆しを見せている。オラクルベリーとの陸路を絶たれたはずのブランカ国だが、北海航路からグランバニアと通じ、その支援を受けていた。
 さらに噂によるとグランバニア国名うての軍師が一人、援軍に駆けつけているらしい。
「くぅ……一体どうなっているのだ、あの砦は……」
 急場しのぎの砦など三日で落とす。そう意気込んでやってきたミハエルだが、思うように攻め入れず、今に至る。だが、本国からの伝言は「何時になったらブランカ国を落とせるのか?」の一言のみ。意気込みだけで覆る戦況では、もはやないにも関わらず……。
「隊長! 東夷隊第三部隊が到着いたしました!」
 伝令の兵がノックもせずにやってくる。
「くぅ、仕方がない。今は猫の手でも借りたいところだ、して、兵は如何ほどだ?」
「はい、騎馬隊が二十に重装歩兵隊が十、他に……」
「は?」
 彼が驚くのも無理はない。砦を前にして投入された兵がたかが百にも及ばないのだ。決戦を控えるわけではないが、焼け石に水といわざるを得ない数字に、ミハエルは伝令を押し退け、外へ出る。
 丁度黒色の鎧とフルフェイスの兜の兵が馬から下り、向かってやってくる。
「東夷隊第一部隊隊長、ミハエル殿とお見受けする。私は東夷隊第三部隊隊長、アルベルト・アインス……」
「そんなことはどうでもいい! まさかこれだけか? これでは小隊ではないか? 何が隊長だ、馬鹿にしおって!」
 話を遮り癇癪を起こすミハエル。アルベルトは特に気に留める様子もなく、続ける。
「これより東夷隊第二部隊隊長と合流し、軍議に移りたいのだが……」
「はん! 貴様のような氏素性も判らぬ名ばかりの隊長などと話したところでなんになる? 小隊ごとき、砦の見張りでもしていろ!」
 吐き捨てるようにいうと、ミハエルはそのままテントへと戻っていった。残された伝令兵もアルベルトに一礼すると、所属する陣営へと走っていった。
「ふむ……、許可も出たところだ。見張り任務でもさせてもらうか……」
 アルベルトはフルフェイスに隠れてにやりと笑った……。

++――++

 グランバニア国。先代の王と現在の王の時代にグランバニア地方を統一されている。
 高地にあるチゾットやネッドの開拓地などが散在しており、共存共栄の道を選ぶことでそれが実現したのだ。
 国の定義によって七とも八とも分割される現在の大陸にて、友好的な統一を成し遂げている貴重な例。グラン山脈に眠る特殊金属や、チゾット高地の希少動物による高級食材、開拓地としてのキャパシティが、国の繁栄の礎だ。
 だが、その裏に弱点がある。それは大地。
 高地と荒地、険しい森林が大半を占めるグランバニア地方は、大地の恵みが乏しい。そのため食料が高騰しやすく、サラボナの商人に足元を見られることが多い。
 それを挽回するために、ネッドの開拓地に希望を託している。
 しかし、それを解決する一番簡単な道はなんだろうか? それは侵略だろう。
 直ぐ北にはエルヘブン地方があり、北西にはラインハット地方がある。そして今、ラインハット地方が混乱の中にあり、その発端の一つが……。
 グランバニアがブランカ国に力を入れるには、二重の理由がある。

++――++

 レイクバニア砦の一室にて、紅茶が淹れられていた。
 グランバニア産、最高茶葉のバニアティが振舞われるが、軍議に参加した士官は一人を除いてそれを一口飲んで辞退する。
 バニアティ独特の臭いは高地の茶葉の初芽のみを?いで発酵させた一級品の物。ただ、そのクセの強さにグランバニア出身の者でも馴れないことが多い。チゾットに住む人々はヤギのミルクに茶葉を入れて煮詰め、蜂蜜にてそのコクを楽しむらしい。
「ふむ……、悪鬼のさばるラインハルト軍も、もう潮時でしょうか……」
 エンドールの陥落と東夷隊の補充。報告だけを聞けば戦況が険しくなるはずだが、実質届いた部隊は一個小隊のみ。
 ブランカ国が反転攻勢を仕掛けるには、万全を期すなら一ヶ月、まだ数週間の猶予が必要だ。だからこそ、敵の機微には目を光らせていたが、それが徒労でしかないと、皆安堵の息をつく。
 東国、西国に広げられた戦火を賄うほどの国力はない。エンドールが陥落させられたことこそ予想外だが、賠償金の自転車操業で続けられるほど戦争は倹約家ではない。
 栗毛のおかっぱ頭の男はスコーンをつまみ、バニアティで流し込む。このスコーンは人気があるらしく、仕官は手を油で汚しながら、それをつまんでいた。
「このペドロ、必ずや貴方の汚名を濯いで見せましょうぞ……」
 飲み終えた後、グランバニア国よりやってきた軍師は、軍議を始めた……。

++――++

「天高く聳える巨大な星よ、内なる斥力、弾けて示せ! 爆ぜろ! イオ!」
 爆裂初級魔法を放つアルベルト。それは青白い光の魔法障壁により弾かれ、近くの土手で爆発する。
「マホカンタか? あの布陣で敷かれては、魔法は無力だな……」
 少数の兵士を引き連れ川を渡った双頭の蛇。ブッシュ藪のような身を隠せる場所もなく、やみくもに放った程度では逆に被害を受けるばかり。
 もちろんアルベルトも落とせる見通しなどはない。難攻不落とされるレイクバニアを自分の身で体験してみたかったという安易な欲求の表れだった。
「隊長、ここは撤退を……」
「うむ。命あってのものだな。よし、全軍撤退……? なんだあれは?」
 砦の一部に法衣と魔力を増幅する杖を持った兵が集まり、青白い魔法障壁を張る。
 アルベルトに魔法で挑むつもりが無ければそれは無意味なのだが、彼らは何か目的があるらしい。
 しばらくして栗毛の男が出てきたと思うと、複数の魔法使いと共に、火炎を空中に出現させる。その一つ一つはそれほどではないが、やはり人数が集まると圧巻である。
「馬鹿な。ウサギ狩りのためにここを焦土にするつもりか?」
 おそらくは初級閃光魔法程度であり、せいぜい追い払う程度だろう。そう考えたアルベルトだが、次の瞬間目を疑う。
「ギラ!」「ギラ!」「ギラ!」
 一斉に放たれた閃光魔法。広域に放たれるはずのそれだが、青白い魔法障壁に導かれ、集中してアルベルト達に向かってくる。
「いかん! 散れ!」
 アルベルトがそう言うころには既に兵士達は蜘蛛の子のように散らばっており、彼も咄嗟に横に飛び、何とかそれをかわす。ある程度距離があったおかげでなんとか逃れたものの、弾が初級魔法であることから連発も可能と予想できる。
 アルベルト達は散り散りになり、撤退を余儀なくされた。

++――++

「貴方、たまに本当に馬鹿なんじゃないかって思うの」
 夜明け前、ようやく寝所に戻ったアルベルトを迎えたのはエマの呆れた声。それもそのはず、一歩間違えれば命すら落としかねない状況に自ら進んでいくのだ。正気の沙汰ではない。
「まあそういうな。あれでもそれなりの価値はある」
「お尻に火がついて逃げ出した貴方の言うことかしら?」
「ふふん。瑣末なことだ」
「なら、またお手並み拝見ってところかしら? 今度はどれくらい?」
「そうだな。今回は一ヶ月……だな」
「そんなに? 相手の準備を待ってどうするつもりなの?」
 一ヶ月もあればブランカ国の反撃戦の準備が整うのではないか? エンドールのような抜け道を使う裏技的な勝利が望めるわけもないが、それにしてものんびりしすぎな目測に、エマは驚きをあらわにする。
「いや、落とすだけなら今からでもできるだろう。だが、その後が良くない」
「その後?」
「ああ。俺は初めて見たが、マホカンタを実戦部隊に配備していた」
「ええ。魔物相手ならともかく、人間の戦争にしては珍しいわね」
 魔法使いを部隊に配置する試みはどこでも行われている。だが、もともと高位の魔法を使えるものは少なく、軽装歩兵による槍衾のほうがはるかに安価で効率が良い。また、乱戦の際に同士討ちを起こしかねないことからも広域魔法は嫌われ、せいぜい砦における防衛にのみ発揮されるに留まっている。
 だが、レイクバニアに配置された魔法部隊は違う。広域魔法を収束させて放つという戦法は、これまでに例が無い。マホカンタが高位の魔法であることからそれほど汎用性があるわけではないが、初級広域魔法を凶悪化させることで、戦力の幅が確実に広がるだろう。
「で? どうする? マホカンタなら私も使えるけど……」
 エマはいつものように手助けをほのめかすが、きっと答は同じだろう。
「うむ。そうじゃないな。先ほども言ったが、落とすだけではその後が良くないんだ。なんせ次も勝たねばならないからな……」
「はいはい、聞いた私が馬鹿でした……」
 そう言うとエマは光を纏い、消えていった。呆れたというよりは拗ねた印象を受けることに、アルベルトは自分の勘が鈍ったかと思ったが……?

続く

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