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ラインハット帰還編_その十四

 月明かりが辺りを照らす頃、リョカは兵舎の近くで空を眺めていた。
 昼間に飲んだバニアティのせいだろうか、妙に目が冴える。そして、オットーの言葉が気になる。
 これまで父との旅で、自分がどこの出身なのかなど考えたことが無かった。気付いたときには父に手を引かれており、出会う人、色々様々な物に見とれる合間、ほとんど気に留めることも無かったのだ。
 だが、自分の名前、リョカ・ハイバニアはグランバニア地方の韻を踏んでいると言われたことで、それが変わってきた。
 長い旅路の中、グランバニア地方に赴いたことは無い。サラボナ地方、ラインハット地方、アルパカ、テルパドール地方、世界のほとんどを旅してきたといって良いリョカだが、なぜかグランバニア方面の記憶が無い。
 ――もしかしたら、母さんもそっちのほうなのかな? マーサって名前もグランバニアの方なのかな?
 手がかりとなりえる事柄にリョカの気持ちがざわめいた。まるで秋に向かう風が色を変えた草木を揺らすように。
「ちょっといいかしら?」
 不意に光が集まりだす。ローブ姿の女性が現れ、リョカを見下ろす。
 あまり機嫌の良さそうではない声に、リョカはたじろぐ。
「何かご用ですか?」
 リョカはエマのことが苦手だった。もともと再会を喜び分かち合うほどの仲でもないわけだが、最近は妙に敵意をむき出しにしてくる彼女の雰囲気を感じてのことだ。
 何か嫌われることをしたかといえば、ここ一年間顔を合わせることすらなかったので心当たりも無い。リョカにはどうしても腑に落ちないことであった。
「貴方、どうするつもり?」
「どうって? えっと、何についてですか?」
「部下になるの? ならないの?」
「……僕はヘンリーの友達です。部下とかそういう関係じゃない」
 ぶしつけな質問にリョカは眉を顰める。以前友人を助けてもらった関係ではあるが、だからといってその横柄な態度や、真意の見えない質問に気分を良くできるほどとんまではない。
「そう。ならさっさとラインハットから出て行きなさい。マリアを連れて」
「は?」
 唐突に出たマリアの名前に首を傾げるリョカ。
「貴方がいると……、いえ、正確にはあの女がいるのはマイナスなのよ」
「マリアはヘンリーの大切な人だ。僕がどうこうするわけにはいかない。それにマイナスってどういう意味ですか?」
「ヘンリーは王者になる器なの。その后としてマリアでは役に足りないわ。わかるでしょ?」
「彼女はステキな女性だ」
「そうね。でもそれは庶政の妻としての意味でしょ? 王者には王者に相応しい后が必要だわ」
「そうかもしれませんが、だからといって僕がマリアを連れて行く理由にはならない」
 マリアがかつてヘンリーと恋仲にあり、そしてヘンリーもまた彼女を未だに愛している。ならばその行き着く先は、互いを伴侶として、つまり結婚すること。
 ヘンリーがラインハットに戻るとすれば、それはマリアが王女となることであり、ここ一年のリョカとの貧しい暮らしとは比べものにならない幸せが待っているはず……。
 リョカはそう考えていた。
「貴方、彼女と一年一緒にいたのでしょ? 寝食共にして、それで何も思わないわけ? ありえないわ」
 意外そうに言うエマに、リョカは口ごもる。
「貴方はマリアを愛している。だから共にいた」
「僕は……、ヘンリーの代わりにマリアを守る必要があった」
「それは嘘。彼女には修道女になる選択肢もあった。けれど貴方は自分の傍に置いた。それはどうして? 生きているか判らないヘンリーのために? 詭弁ね。貴方はマリアと一緒に居たかったのよ。それは彼女を愛していたから。邪魔なヘンリーがいなくなって、二人で夫婦ごっこ。そうでしょ?」
「僕は、違う……。マリアを、マリアは好きだが、そうじゃない……」
 口では否定するものの、リョカはエマを見ない。彼女を見れば、気持ちがぶれる。アルパカの夜に感じた喪失感を伴う悔しさが蘇りそうで怖い。そして、彼女の誘いに乗りそうで……。
「……マリアはパン屋の受付をしながら貴方の帰りを待っていたわね。貴方が傷ついて帰ってこないか、すごく心配してた。そうよね、彼女にとって貴方は頼れるべき理想的な男だもの。強くて優しくて、絶対に自分を見捨てたりしない」
 内容こそ賛美に聞こえるが、口調はどこかしら含み笑いがある。
「あの日、マリアは貴方に何を求めていたのかしらね? 夜遅くに男の寝所を伺うなんて……ね?」
「エマ!?」
 激昂したリョカは掴みかかる勢いで彼女を睨む。しかし、次の瞬間には光が集まりだし、その姿を隠す。
「もし……、貴方がマリアを望むなら私の名を呼びなさい。どこへでも好きな街へと運んであげるわ……」
 ふわっと巻き上がる草花。リョカは苛立つものを感じながら、寝所へと戻る。
 何故、エマがマリアと自分の暮らしを知っているかなど気に留めることもなく……。

**――**

 ラインハット国の国教は光の教団の教え。三年前、デールが即位してからの決まりごとだった。
 国民全てが入信というわけではないが、帰依することで税金の優遇、任官時には必須項目などとあり、貧しい者の大半はそれに従っていた。
 一躍時の人となったアルベルトもまた例外ではなく、ラインハット国の師団長として任命されるにあたり、強く入信を求められていた。
 兵舎の一室にて、アルベルトは椅子にふんぞり返っていた。
 オットーは代わらずの鉄面皮で、リョカはしきりに周囲を気にしている。
「……ふん、既に入信済みなのだがな」
 下士官からの伝令を受け、アルベルトは皮肉に口元を歪める。
 あの二年間の地獄の日々を思い出せば、今すぐにでもそれを破り捨てたいもの。だが、入信に当たっての洗礼で、アルミナが同席するとの報を受けた。
 暗殺の機会ならいくらもある。だが、それでは三年前のチップ王の死を髣髴させ、ラインハット王家の闇となりかねない。アルベルトがヘンリー第一王子として凱旋するには、光の当たる王者としての舞台が必要なのだ。
 そのため、今回の洗礼の儀は絶好のチャンスといえる。
 衆人環視の中、アルベルトが正体を名乗り、逆賊を糾弾する。戦争の終結と圧政からの開放。全ては彼の描く英雄物語なのだ。
「リョカよ、この機会こそ千載一遇のチャンスだ」
 アルベルトは立ち上がり、自らが纏っていたマントを彼の肩にかける。
「奴を討ち、お前の父の汚名を晴らす」
「アルベルト、わかったよ……」
 リョカは力強く頷き応えるが、その胸中ではエマの言葉が渦巻き、友の視線が痛かった。

続く

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