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ポートセルミ編_その三

 オラクルベリーを出発し、アルパカを目指すアルマ一行。
 ギルドから二人の従者と馬車を借りての往路、先頭を行くのは経験の深いリョカだった。
 豪華な馬車に荷物は少なく、大きな真鍮製の鞄がいくつか見えるだけで、ゆったりとしたスペースがある。
 陸商隊の馬車なら零れるほどに積荷を抱え、中で寛ぐなどというスペースはなかった。もっとも、その隙間は雇い主のアルマとフレッドの場所である。
「……私はお嬢様の身を案じてのこと、けして愛想が尽きて申しているのではありません。ですが、これからは何かを決める時は必ずこのフレッドに相談をして欲しいのです。今日までの十五年、お嬢様のオシメを取り替えたことも昨日のことのように覚えております。私は常にお嬢様のこと第一に考え、こうして粉骨砕身、誠心誠意仕えております。ええ、信頼は欠片一片たりとも揺らぎません。だからこそ、なんの相談もなかったことが悲しくて悔しくて……」
「はいはい、わかったわ……。もうフレッド、最近小言が長くなってきたわよ? ……いい加減年かしら?」
 今朝からアルマは、従者のフレッドに小言を言われていた。泣き落とし中心の彼の小言にうんざりといった様子の彼女。リョカはまるでじゃんけんのようなものだと考えていた。
 昨日はアルマの手配した豪華な宿で寝を取った。今朝もボリュームこそ少ないものの、味、栄養バランスのよい朝食を用意される。もっともアルマは昨日から引き続き不機嫌で、気がつくと何か言いたそうにリョカの顔を睨んでいた。
「もう少しで平原を抜けます。ここを越えると林道になりますので、早めに休憩をしましょう。林道付近は魔物も多くなりますし、馬を休ませたいんです」
 西の空を見上げるリョカ。暗い雲がまばらにあり、暫くすれば通り雨に遭遇するだろう。雨の中、林道を行きさらに魔物に遭遇する危険を避けたいリョカはそう提案する。
「ちょっと、何をのんびり言ってるのよ。私はさっさとアルパカに行きたいのよ!?」
「もう直ぐ雨が降りますので林道近くの大樹の下でやり過ごします。それに林道が湿った状態だと轍がぬかるみに取られます。遠回りになりますが、迂回を提案します」
「だーかーら、私は急いでるの! なんとかならないの?」
 その提案に真っ向から反対するアルマに、リョカは被りを振る。
「急ぐからこその遠回りです」
「お嬢様、ここはこの青年……リョカ殿の言うとおりですぞ。急いてはことを仕損じる。この前の取引もお嬢様の短気のせいで……」
「でも、その後の取引ではしっかりまとめたでしょ? 何事も速攻よ、スピード第一、慎重は二番」
 ふうっと頬を撫でる西の風。リョカが空を見上げると、足の速い雲は既に林道の頭に差し掛かっている。
「皆さん、急ぎましょう。あの大樹の下まで早く……」
 リョカはまだ言い合うアルマとフレッドを他所に二人の従者を促す。リョカのギルドでの経歴を知っている二人は頷くと、馬を急がせた……。

**――**

 本降りになるまでに避難できた一行。五メートル先も見えない土砂降りを大樹の下で凌ぎながら、固めに焼いたパンと干物で早めの昼食を始めていた。
「さすが経験者は語るって奴ね……。でもこの雨、いつ上がるのかしら?」
 しみじみというアルマは従者達とは別にハニートーストを齧っていた。
「アルパカは平野が多くて通り雨が多いんです。ですが、一過性なんですぐにやみますよ。ただ、林道はあの通り無理ですけどね」
 林の間の道では、雨垂れにうがたれて土が跳ねている。比較的軽いとはいえ、馬車が行けばどうなるかは目に見えている。
「でも、草原だってべちょべちょじゃない? それに結構生い茂ってるけど、車輪がとられちゃったりしないの?」
「草原は大地に根を張っているおかげでぬかるみになりにくいんです。それにこの馬車は車輪が太いので丈の深い草でも取られにくいです」
「へぇ、良く知ってるのね」
「ええ、昔父さんと旅をしていたときに教えてもらいましたから」
「ふうん。で、お……、そのお父様は?」
「えと……」
 リョカは言いにくそうに頭を掻くと、丁度良く日が差し始める。すると先ほどまでの雨が嘘のように晴れ上がる。
「よし、行きましょうか。アルマさん、急ぐんですよね?」
「え? えっと……まあそうだけど」
「それじゃ行きましょう。明日の夕方までには着きたいですし……」
 リョカはパンくずを払いながら立ち上がり、馬車へと走る。その後ろでは、アルマがどうもはぐらかされたと、手を腰に当て、ふんと鼻を鳴らしていた……。

**――**

 アルマ一向の旅は順調で、次の日の昼過ぎにアルパカへとたどり着いた。
 街が見えてきたこともあって昼食を遅らせており、従者二人は馬車を繋ぐと食堂へと一目散に走った。
「それじゃあ僕も……」
 リョカは自分の荷物を小脇に抱えて食堂へ行こうとする。
「待ちなさい」
 しかし、それはアルマによって止められる。
「貴方は私と一緒に来なさい」
「え?」
「フレッドは宿の手配に忙しいの。この鞄を持って」
「はぁ……」
 アルマの数少ない荷物である真鍮製の鞄を抱えるリョカ。見た目の割りに重くなく、持った感じで中が空洞でないことがわかる。アルマはリョカに社長と名乗っていたから、何か商売に関わる道具なのだろうと、振らないように丁寧に抱えることにした。

 二人は街の外れにある鋳物工房へと向かった。
 そこでは頭に手拭を巻きつけ、額から汗を振りまきながら炉に向かう青年がいる。炉の窓からは赤い火が揺らめいており、煙突からは煙がモクモクと出ていた。
「ごきげんよう。ドルトン親方はおりまして?」
 アルマの声に青年はぱっと立ち上がり、直立してお辞儀する。
「お客様ですか? 今、親方は留守にしておりますので、中でお待ちください」
「あら、親方さんは不在なの? 予定より早かったかしら?」
 アルマはバッグから手帳を取り出して頷く。
「そうね、でも……」
 促された小屋の中はお世辞にも片付いているとはいえず、鋳物に使う道具や、材料となる鉱石やガラスの塊が散らばっている。
「お仕事のほう、見学させていただきますわ」
 にっこり微笑むアルマに青年は見とれた様子でしばし呆然となり、目に染みた汗でようやく現実に戻る。
「は、はい、がんばります!」
 容姿、スタイルともに抜群のアルマの穏やかな微笑みと優雅な態度だけを見れば、その青年の態度も頷けるというもの。リョカは女性というものが少しわかったような気がした。

**――**

 頭にタオルを乗せたドルトンがやってきたのは、その十数分後。一仕事終えて、街の宿で風呂を借りていたらしい。
「初めまして、ドルトン親方。わたくし、アルマールジュエルのアルマ・エドガーと申します」
 ワンピースドレスの裾を持って軽く会釈するアルマ。リョカは変われば変わるものだと、感心してしまう。
「おお? あんたはもしや……」
「ええ、アルマールジュエルは若輩ながら、いまや世界の宝石界の最先端を行きますから、お耳にされておりまして、光栄ですわ……」
 アルマはドルトンの態度にプライドをくすぐられたらしく、嬉しそうに胸を張る。
「いやあ、懐かしい。リョカ君だろ? 何年ぶりだい? 十年か?」
 だが、ドルトンは彼女の脇をすりぬけてリョカに歩み寄る。彼の手をとり、バンバンと背中を叩き、嬉しそうに笑う。
「親方、十年は言いすぎですよ。せいぜい三年です。それより元気そうで何よりです」
「ああ、あのくそったれラインハットの野郎達が村に来たときはびびっちまったが、なんとかこうして逃げたのよ。今はちっこいながらもこうして工房作ったけどな」
 がははと豪快に笑うドルトンに、リョカはつられてわらう。
「……ちょっとリョカ、貴方ドルトン親方と知り合いなの? ならなんで最初に教えないのよ?」
 まったく無視されたことと、旧知の間だと知らされていなかったことでアルマはご立腹らしい。
「アルマさんがドルトン親方に用があるなんて知らなかったから……。それに、ここに親方がいるなんて……。そうだ、親方はいつからここに?」
「うむ? ああ、そうさな。一時は山奥の村で兄貴の世話になっていたんだけど、アイツとは創作の方向性が違うからな。ちくちく編み物なんてちまちましたことやってられねえっての。やっぱり俺は炎を前にしてとんてんかんこんやってるほうが性に合うわけ。それに仕事道具ほっぽりだしとくのも悪いし、戻ってきたわけさ」
「へぇ……」
「んで、パパスさんはどうした? なんか色々変な噂があったけど……」
「ええ、父はその……、亡くなりました……」
「「ええ!?」」
 リョカの言葉に二人は声を揃える。
「僕らを助けるために……」
 パパスの死はラインハットでの政変に関わるものであり、リョカ自身、旅人でしかない父がそれに巻き込まれたのか理解できずにおり、下手に話すことができない理由がある。
「そうだったの……」
「ふむ、パパス殿が……、惜しいことを……」
 口ごもりをしたことを「辛い記憶を話したくない」と解釈してくれたらしい二人に、リョカは詳しい経緯を省く。
「ええ、今は父さんの遺言でサラボナに届け物をする必要があります。そうしたら一度、父さんが住んでいた国に行こうかと思いまして……」
「そうね。そういうのは大切よ。うん……」
「うむ。リョカ君も立派な青年になってるし、こんな綺麗な嫁さん連れてんだ。パパス殿だって浮かばれるさ」
「嫁?」
「あ、あの、僕とアルマさんは……」
 ドルトンの勘違いにアルマとリョカは真っ赤になって聞き返す。
「違うのかい? てっきり……」
「違いますわ。リョカは私のただのボディーガード。そうね、専属で雇ってあげてもいいけど……」
 ちらりとリョカを見るアルマに、リョカは頭を掻く。
「それはちょっと……」
「なによ。不満でもあるっての?」
「ええと……」
 問い詰められると押し切られそうな雰囲気のあるアルマ。美人で優雅な彼女を伴侶と間違われるのは男の自尊心をくすぐるものがある。けれど、リョカも自分がそれに不釣合いと自覚している。用心棒、庸兵のような流れの旅人と女社長。あきらかに住む世界が違うのだ。
「それよりアルマさん。親方に用事というのは……」
「あ、そうだ!」
 その言葉にアルマはぱんと手を合わせ、ドルトンに向き直る。
「ドルトン親方、わたくし、アルマールジュエル社長のアルマと申します。この度は親方の腕を見込みまして、ガラス細工のデザインをお願いしたくて……」
「ガラス細工? あんたんとこ、ジュエルってんだから宝石じゃないの?」
「ええ。ですが、最近お得意様から注文が入りまして、夏に相応しい涼しげな花瓶を所望されましたの。私も商売がら信用第一、とびきりの一級品こそ提示したいと思い、色々腕の立つ職人を探しておりました。そんな折、山奥の村で小さいながらとても精巧なガラスの花瓶を見つけましたわ。ガラスに色をつける技法はいくらもありますが、その濃淡をつけるのは作家の息遣いが成せる技。藍よりいでし青が徐々に夕日のような橙へと変わる様はまさに天才、神の領域でした。それを作ったのはかの天才織人ヅルトンの弟、天才鋳職人ドルトンと聞き、私、居ても立っても居られず、こうしてサラボナの地より参りましたの……」
「よせやい、天才なんて……」
 アルマの長口上に気を良くしたらしく、ドルトンは胸をはるどころか仰け反りながら照れ笑いをする。
「きっとドルトン親方様ならば、どんな目の肥えた鑑定士でも価値を付けられない、そんな至高の一品を作りえるでしょう。どうか、お力を……」
 ふかぶかとお辞儀するアルマに、リョカも雰囲気に呑まれてお辞儀する。
「ふむ。まあそうだな……。そんだけ言われて引き下がるったぁ、職人の腕が武者震いってもんだ。しょうがねえ。いっちょわがままな姉ちゃんのために一つ作ってやろうか?」
「はい!」
 アルマは満面の笑顔でドルトンの手を握ると、リョカから鞄を受け取る。
「問題の花瓶なのですが、依頼主様の希望の模型を作ってまいりまして……」
 切り株に腰掛け、膝の上で鞄を開けるアルマ。粘土で出来た花瓶を取り出し、ドルトンに渡す。
 その花瓶は粘土細工にしてはかなり細やかな出来であり、ドルトンも「ほぉ」と感心した様子で頷く。
「ふむ。このイミテーションは?」
 粘土細工にガラス球が埋め込まれていることに気付き、ドルトンはアルマに尋ねる。
「ええ、依頼主様の誕生石であるダイアを埋め込む予定でして」
「こりゃまた成金趣味だ。となると、宝石が嫌味にならない程度にしあげろってことか……。たかが石ころの紛い物のガラスでそんなもん作れとか、こりゃかなりの仕事になりそうだ……。あんた、払えるのかい?」
 にっとドルトンはアルマを見る。彼女は一切笑いを含まない真剣な顔でメモに数字を書き、見せる。
「はい、非情に難しいお仕事ですので、報酬もそれなりに勉強させていただきます。この程度を予定しておりますが……」
 渡された紙に目を通すドルトンは頷き、腕を組む。弟子もひょいと顔を出してそれを覗き込むが、驚いた様子で指折り計算をしだす。
「う……うむ。まあいいだろう。この程度の仕事だ。まあ、それなりに……うむ……」
 明らかに動揺しているドルトンだが、弟子と小娘を前に鷹揚に構えたいらしい。リョカはその様子を見て噴き出しそうになったが、それを悟ったアルマにお尻をきゅっと抓られた……。

**――**

「ふふ、ドルトン親方ったら無理しちゃって……」
 宿への帰り道、リョカは噴き出していた。
 二人を見送る親方と弟子の態度は、普段使わない敬語がちぐはぐに使われた愉快なもの。それだけアルマの提示した金額が彼らにとって破格であったのだろう。リョカは二人の小心ぶりに堪えることができなかった。
「あら? 私は親方の顔を立てたのよ? 感謝してもらいたいわ」
「でも、一体いくらなんです?」
「んー、十万ゴールドかしらね?」
「じ、十万!?」
 とはいえ、リョカの脳内ソロバンも庶民仕様。オラクルベリーの二等地なら平屋の家が建つ程度の値段に唖然としてしまう。
 かつてヘンリーから「サラボナの通貨単位はオンス」と言われたことを思い出す。
「ガラス細工っていってもそれなりにするのよ? あのドルトンさんの作品……っていうか、あの兄弟の作品ってどれも伝説的な価値があるし、美術館にも飾られているわ。てっきりもっと吹っかけられると思ってたけど、安くついちゃった」
 媚びるように首を傾げてにこっと笑うアルマ。その少女っぽい仕草の彼女もまた、万単位でゴールドを動かす程度の力があるわけだ。リョカはその笑顔に恐怖に近いものを覚えた……。

続く

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