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ポートセルミ編_その四

 豪華な馬車の弐台に寝転がり、空を見上げるリョカ。
 フレッドの手配した二等寝室を断ったのは、なにも二人部屋だからではない。かつての淡い恋と、最近失った気持ちが故。
 リョカは意外とセンチメンタルな自分に驚きつつ、毛布に包まる。
「もう、せっかく宿を手配してあげたのに、どうしてこんなところにいるのよ」
 月を遮り、顔を出したのはアルマ。リョカは寝転がったままでは失礼と起き上がり、彼女の席を作る。
「ええ、この宿はちょっと辛い思い出があって……」
「ああ、お父さんのこと?」
 リョカを気遣うように声のトーンを下げるアルマ。ゆったりとしたネグリジェ姿で、彼に手を引かれて荷台に上る。
「そうじゃないけど……」
「じゃあ失恋とか?」
「え? なんで……」
「嘘、ホント?」
 図星を突かれたリョカと、冗談のつもりだったアルマ。互いに目を見合わせたあと、くすっと笑い合う。
「ま、そういうこともあるでしょ。うんうん」
「ひどいな。結構傷ついたんですよ、これでも」
「失恋は新たな出会いのチャンス。きっとステキな出会いがあるから、元気出しなさいよ」
「はは……もしかしてアルマさんとの出会いが、そのステキな出会いかもね……」
「え!?」
 リョカも返す言葉の冗談のつもりで言ったのだが、アルマは股も驚いた様子で口で手を覆う。
「あはは、冗談ですよ。僕みたいな旅人と宝石会社の社長さんじゃ身分が違いすぎますよ」
「ええと……」
「あはは……」
 膝を抱えて足の爪を弄るアルマ。彼女は赤が好きらしく、マニキュアは深みのある赤で統一されていた。
 細く長く綺麗な指はいつも手袋をしているせいか、肌よりずっと白く見える。変に節くれだち、タコのようなものもみえる。
「イタッ!」
 板のささくれたところが彼女の指先を刺し、赤い点を作る。
「いったい……もう……」
 ぺろっと舐めるアルマだが、リョカはその手を取り、簡易の詠唱を施す。
「ちょっとリョカ、そんな大げさな……」
「じっとしてて、棘が刺さってるかもしれないから……」
 リョカは自分のリュックから爪きりを取り出し、手に当てる。ぐっと押し当て、細く見えにくい棘を抜く。
「ありがと……。別に舐めておけば治ると思うけど……」
 照れくさそうにいうアルマだが、指先を見つめて満足そう。
「アルマさんは手が重要な仕事をしてるんでしょ? 棘が刺さったままだと気になりますよね」
「へぇ、よくわかったわね。あそっか、宝石商っていってるしね。デザインとかカットもしてるわ」
「ええ。それに手袋いつもしてましたよね。それに見慣れないタコが手に出来てましたし……」
「そうなのよ。これ嫌になるわ!」
 リョカの指摘に彼女は手を広げて、唯一醜くみせる人差し指の付け根を見る。
「ね、リョカはこういう手、嫌い?」
「え?」
「やっぱり女の人の手って綺麗なほうがいいの?」
 一般論で言えばそうなのかもしれないが、これまで共に暮らしてきたマリアの手はそうはいえなかった。奴隷の日々もそうだが、パン屋の受付と手際の悪いリョカと代わっての水仕事でかなりあれていた。日々リョカを支えてくれたその手を、当然彼が嫌いになれるはずがなかった。
「何かを一生懸命しているってことはすばらしいと思います。僕はただ綺麗な手よりも、こういう手のほうが……」
 かつてを懐かしむには華奢で綺麗な細指だが、自らの経営する宝石店を背負う過酷な指先に、リョカはしみじみと眺めていた。
「そう……、そう……」
 アルマはその答えに満足そうに頷き、リョカに自分のあまり好きではない、それでも誇れる指先を見せていた。
「あ、ごめんなさい。なんか僕、本当に失礼ですね……」
 リョカは彼女の手を取り、握っていたことに気付き、手を離す。またこの前のようなことになってはかなわない。
「んーん、別に……」
 アルマはリョカの手を握り返し、そっと視線を落とす。その弱い力を受け、リョカは自然と握り返してしまう。
 黙す彼女の思うがままということを理解したうえで、どうしてか握り返したくあり、彼女が何も言わないのをいいことに、そっと距離を詰める。
 あの日、アルマがどうして怒ったのかわからないが、何か失礼なことを言ったのかもしれない。
 不思議なのは、彼女からのキス。酔っ払っての一夜のお遊びにしては、彼女の瞳が雄弁だった。過信、自惚れではなく、リョカという個人を求めているような強い眼差し。
 もしかしたら本当に彼女との出会いは運命なのかもしれない。
「ね、リョカはサラボナに行ったらどうするの? グランバニアに行って、その後は?」
「まだ全然決めていません。でも、父さんは僕に母さんを探して欲しいって……」
「お母様?」
「ええ、僕が小さい頃に魔物に攫われたって……」
「そう、かわいそうに……」
「でも、僕はお母さんのこと、あんまり覚えていないんです。だから、実感が沸かなくて……」
「かわいそうに、リョカ……」
 アルマは手を解き、リョカの肩を抱き寄せる。彼をその豊満な胸で受け、そっと背中を撫でる。
「アルマさん?」
「私も孤児だったけど、私を愛してくれる父さん、母さん、それに生意気な妹がいるからね。だから平気。でも、リョカはお父様もお母様も……」
「僕は……」
 平気と言いたい。けれど、何も言えない。父を失い、知らない母は何処、幼心の恋も、青年に宿る苦い気持ちも全て失い、リョカの中には寂寥感のみが満ちている。
 アルマの柔らかさと甘い香りを感じながら、リョカはこのまま彼女にうずまりたい気持ちがあった。
「アルマさん……」
 彼女の手が彼の首筋をくすぐったとき、押え切れない気持ちから、リョカはアルマを押し倒していた。
「リョカ……」
 さりとて驚いた様子もなく、彼の好きなようにさせるアルマ。手を彼の胸にあて、抵抗するわけではなく、そのたくましさを楽しむように弄る。
「アルマさん……」
 アルマを見下ろすリョカは、ごくりと唾を飲み、そしてゆっくり彼女の唇を目指す。アルマもそっと目を閉じ、唇を突き出し……。
「うおっほん!」
 ばっと身体を離す二人。アルマは手近にあった毛布で身体を覆い、リョカは何も持っていないにも関わらず、手を後ろに隠す。
「お嬢様が居ないと思って来てみれば……。まったく婚前のうら若き乙女が夜遅くに殿方の寝所を尋ねるとはどういう了見ですか!? それにリョカ殿! 貴方も出会って間もない女性を押し倒すなどとなんと破廉恥な! 私は職業差別をするつもりはありませんが、せめて段取りを踏んでからになさい。お嬢様とお付き合いがしたいのなら、小さくとも居城を持ち、安定した収入と財産の構築、人徳、教養の修士に相応の品位、マナーを持っていただかないと……」
「もう、フレッドったら最近いつもこうなのよ。この前だってわんさかお見合い写真もってきてさ……。どれも金持ちのぼんぼんばっかりで嫌になっちゃう」
 アルマはまたこれだとばかりに両手を挙げて舌を出す。
「リョカ殿。貴方の武勲は私も聞いております。かのラインハットの内紛にてアルベルトと共に邪悪を制した英雄。確かにすばらしい。失礼ながら立ち聞きさせていただきました。貴方は未だ旅の途中にある。こう申し上げるのは少々恥ずかしいことではありますが、お嬢様はとても難しい、じゃじゃ馬でございます。よく言えば行動力の塊でして、おそらく伴侶として男性に尽くす女性にありません。きっと貴方の目的を果たす上で枷になるでしょう。それはお父上にもお嬢様にも片手間な状態となりませんか? もし、貴方が本当にお嬢様を欲するのであれば、まずはお父上との約束を果たし、居城を構え、財貨をなし、私を納得させ、さらには旦那様の了承を受けるのが筋でございましょう」
 フレッドの長話にリョカは唖然としながら、ただただ頷く。先ほどは勢いで彼女を求めてしまったが、もし本当に彼女を欲するのであれば、前途多難といえるだろう。もしかしたら母を捜すことよりも、この老人に認められることのほうが難しいかもしれない。
「それにお嬢様。本当に私は情けない。貴方がた姉妹のお世話をさせていただきましたが、どうしてここまで違うのか不思議でなりません。妹君は本当にしとやかで教養に富み、淑女としてのマナーを普段から心がけ、許婚のアンディ様とも仲良くなさっております。それに対し、お嬢様は冒険だ探検だと連れ出し、許婚であったリベル様からもご破談を申し入れられ、本当に悔しくて、情けなくてなりません」
「だって、私ああいうキザったらしい人嫌いなのよ。それに一日お家に帰れない程度で泣いちゃうような人じゃ、私には釣り合わないわ」
「だまらっしゃい。たしかに彼ではお嬢様の伴侶は務まらないかもしれません。けれど、お嬢様が振られるような屈辱、わたくしに耐えられましょうか?」
「そうはいっても、この前の商談だって結構馬鹿にされてたじゃない。女なんかと仕事ができるかってさ」
「けれど、最後はお嬢様のすばらしさをご理解いただけました。そもそもお嬢様の普段の態度が先方の不信感を煽ったわけでして、やはりここはお嬢様に自重をしていただかないといけません。つきましては今回のお仕事の完了後、今一度海辺の修道院にて花嫁修業を再履修していただきます。旦那様からもそのことに関して、しっかり許可をいただいておりますゆえ……」
「ちょ、それは困るわ! あんな退屈なところに押し込められるなんてまっぴらよ。それだけは勘弁して……」
「でしたら……」
 にやりと笑うフレッドに、アルマは拝み倒す。
「わかったわよ。ちゃんと振舞うから……いま少し猶予を頂戴。ね?」
 どうやら老人のほうが一枚上手ならしく、アルマはリョカの手を名残惜しそうに握ったあと、小さく「ゴメンね」と言い、宿に戻った。
 リョカは暫く、彼女のぬくもりが残る手を胸に当て、高まる気持ちを抱いて目を閉じた……。

**――**

 翌日、仕事を終えた従者の二人はフレッドから賃金を受け取り、次の仕事を求めてギルドへと向かった。
 アルマとフレッドはドルトンの仕事の進捗如何でアルパカに二、三日留まるつもりらしい。
「さてと……」
 リョカはというと、サラボナを目指すべく、レヌール西の港への出発準備をしていた。
「あら、リョカ、そんな準備なんかしちゃって、どこか行くの?」
 すると、朝食を終えたアルマが地味なパンツルックでやってくる。普段は上流階級らしく煌びやかなドレス姿だが、アルパカのような田舎町では浮いてしまいがち。もともとおしとやかな性格でもらいしく、今の姿のほうがずっと自然な雰囲気だった。
「はい、僕はこれからレヌール西の港へ向かって、それからポートセルミへ……」
 今回の仕事はアルパカまでの護衛。リョカとしては心残りがいくばくかあるものの、剣の不思議な重さに父の遺言の重さを重ねてしまう。
「そう? ふうん……」
「アルマさん、その……、昨日はごめんなさい。あんなことをして……。アルマさんをみていたら我慢ができなくて、いえ、こんないい訳をしてもしょうがないですけど、不思議と気持ちが抑えられなくなって……」
「決めた!」
 昨日の暴挙を恥じるリョカ。出発までに一言謝っておきたかった彼は、とつとつと話しだす……が、思いついたアルマはポンと手を叩き、それを遮る。
「はい?」
「私もポートセルミに行くわ」
「え?」
「さっきドルトンさんに工程を聞いたんだけどね、結構かかるみたい。かなり難しい形状だから、いくつかサンプル作ってみないと満足いくものが作れないからってさ……。その間この街にいてもやることないし、一度事務所に戻って色々整理したいことあるの。リョカが護衛についてくれるなら安心でしょ?」
「え? え? え?」
 アルマの提案にリョカは驚きを隠せない。嬉しい反面、昨日のことを彼女がどう捉えているのかはかりかねてしまう。そして、自分自身、どうしたいのか、どうするべきなのか、それがわからなかった。
「いけません、お嬢様!」
 さらに遮るのがフレッドの一喝。
「わがまま放題を多少は見逃してきましたが、今日という今日は許しませんぞ。お嬢様には縁談、お見合い、数多と申し込まれているのです。私としてもお嬢様が伴侶を見つけるまで死ぬに死ねません。この機会にどうかサラボナへ戻り、お見合いをですねぇ……」
「そうは言われてもフレッド、私も忙しい身分だし、今度何時ポートセルミに寄れるか判らないわ。確かお孫さん二才になるそうね……。可愛い盛りだと思うけど、次に会う時はきっと口も達者なフレッドみたいになってるかもよ?」
「私の孫に限ってそのようなことはありません……」
「どうかしら? でも、きっと会いたがってると思うわ。フレッドおじいちゃん、だーいすきなんて言ってたり、さびいしいなぁなんて……」
 幼子の声色を使うアルマに、フレッドはしばし考え込む。
「わかりました。ですが、お見合い冊子にだけは目を通していただきますぞ……」
 さっと取り出す辞典と思えるほどの冊子に、リョカもアルマも一歩退いてしまう。
「いぃ……、あはは、わかったわよ。船で暇つぶしがてら、見させてもらうわ……」
 そうこうしているうちに、リョカの護衛任務の延長が、なし崩し的に決まっていた……。

続く
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