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ポートセルミ編_その五

 レヌール港を出発して半日揺られたら、そこはポートセルミ。荷物持ちと化したリョカは真鍮製の鞄を片手にアルマについていく。
 西国へくるのは久しぶりだが、東国のやぼったい田舎な雰囲気と違い、町並、人波、どれをとっても洗練されたようにみえた。
 レンガ造りの道を行き、路地をいくつか曲がってたどり着いたのは、小さなお店。ショーウインドウにはクローズとあり、並べられたイミテーションには布が被せられていた。
「ここよ」
「え? ここ?」
 想像していたというか、アルマの不遜な態度からするとかなり小さいせいか、リョカは交互に彼女とお店を見つめてしまう。
「そうよ。意外? もっと大きいと思った?」
「え、ええ……」
「ふふ。そうよね……」
 アルマはリョカの反応を楽しそうに笑った後、裏口のドアから入る。
 裏口のドアを潜ると、表の店の規模よりずっと広く、何に使うのかわからない工具が並んでいた。
「え? え?」
 再び驚くリョカ。宝石店というからにはもっと小奇麗で整ったものを想像していたが、実際はいかつい工具の溢れる場所であり、素人目にもかつて見たドルトンの工房の数倍の設備が見える。
「ウチは基本店売りしていないの。表の店はオマケみたいなものね。普段は直接お得意様から依頼を受けて、ここでこうしてとんてんかん……」
 アルマの手にあった不自然なタコは、ここでの作業のせいだろう。煌びやかな表の雰囲気の裏で、研磨剤の油に塗れた仕事をしていると思うと、ただわがままなだけではないと思えてくる。
「今回の依頼は私だけじゃ無理だったからドルトン親方に頼んだんだけどね」
 舌を見せて笑う彼女に、リョカは昨日とは違う、暖かなざわめきが胸に起こる。
「アルマさん……」
 リョカは荷物を抱えながら彼女に歩み寄り、ふと手を差し出していた。
「ん? なに?」
「あ、いえ……、荷物、どこに置けば……」
「えっと、そうね、また直ぐに旅に出ると思うし、ひとまず入り口脇に置いといて」
「はい……」
 リョカは言われるままに入り口に荷物を置く。しかし、その心境は荒波がごとく揺れ動いていた。もし彼女がそっけなく応えなかったら、リョカは胸中の気持ちを理解せず、それに流されて求めていたかもしれない……。

**――**

 夕暮れ時、ポートセルミの酒場のカウンター席で、リョカは珍しくアルコールを頼んでいた。
 アルマが仕事を始めたのをみて、リョカは今日の宿屋を探しに街に出ていた。今後の旅銀を考えて外れの寂れた宿屋にチェックインしたあと、ものめずらしさに誘われて街のバーへ来たのだ。
 わがままなお嬢様の護衛も今日でおしまい。明日にはギルドで陸商隊の仕事を請け、サラボナへ向かう。航路が海路に変わっただけのこと。
 けれど、彼女と過ごした数日間、リョカは心残りを感じていた。
 それを細かく分析していくと、最後には必ずアルマと別れたくないという気持ちになる。
 正直なところ、リョカは彼女をよく知らない。どんな女性で、何を好み、何を楽しみ、何を求めているのか、何に笑い、何を愛するのか、どれもわからない。
 それを知りたい。そう思った。
 マリアを失ったせいか、心の隙間を無理やり埋めたいという失礼な感情かもしれない。
 初めて出会った日に迫られ、キスをした。
 唇の感覚はかつて金髪の女性としたそれを上書きし、夜を眺めた頃から彼女の寂しそうな笑顔が忘れられない。
 とはいえ、彼女には彼女の世界がある。おおよそリョカのような庶政どころか出自もわからぬ旅人が踏み入れられる世界ではない。いわゆる身分の違いだ。
 他にも彼女と釣り合わぬ理由もありそうだが、その悔しさからか、リョカは慣れないアルコールを頼んでいた。
 ポートセルミの地ビールは、そのコクの強さのせいか、まだ半分も呑めていない。
「カシスオレンジ」
 燐とした女性の声がした。見上げれば、にこりと笑うアルマが居た。
「やぁ、アルマ……」
「やぁじゃないわよ。もう、どこに行ってたのよ。宿ぐらいウチの二階に泊めてあげるわよ」
「でも、フレッドさんが怒るし」
「そのフレッドも今頃はお孫さん見て鼻の下伸ばしてるわ」
 くすっと笑うアルマに、リョカも愛想笑いを返す。しかし、その心中は穏やかにあらず、彼女の笑顔を見るのが辛かった。またしても失恋が待っていることが、純粋に怖いのだ。
「どうしたの? なんか元気ないみたいだけど……」
「アルマが元気なんだよ。僕はあんまり船が得意じゃないのかもね。そういえば、一回酷い目に遭ったし……」
「へぇ、どんな?」
「うん、詳しくはいえないんだけど、嵐の中樽に乗って荒波に打ち出されて……」
「もう、嘘ばっかり。樽なんて壊れちゃうわよ」
「本当さ」
 リョカは素早く印を組むと、コースターに大地の精霊を宿す。
「折り曲げられる?」
「ん? ん……、無理……」
「防壁魔法。樽を強化してなんとかね。着いた先は修道院ってわけさ……」
 今頃、修道院にはマリアが居るのだろう。苦い部類の気持ちにも関わらずべらべらと話すのは、アルコールのせいだろう。
「でも、楽しい思い出もなかった? 例えば、貴方旅をしていたって言ったわよね。小さい頃は船に乗らなかったの?」
「そうだね……。そういえば、一度だけ大きな船に乗せてもらったっけ……。サント……、サント……」
「サントアンヌ号」
「そう、それだ。よく知ってるね」
「ええ。世界を巡る豪華客船だもの。で? その船旅には思い出は無いの?」
「そうだね……。そういえば確か、とってもわがままな女の子がいたっけ。つり目でちょっと怖い感じでさ。僕のこと、いっつも魚顔魚顔って言うんだ」
「ふうん……」
 アルマは頷きながら眉間に皺を寄せる。
「お化けが怖くて夜中にトイレに付き添いに行ったり、レモンティーを頼まれたり、なんか僕、ボーイみたいなことしてたっけ……」
「へぇ……」
 さらに顎に手を当て、リョカを睨むが、彼は気付かず上機嫌で話す。
「あんな子のボーイフレンドになるなんて大変だろうね。」
「ほう……」
 とんとグラスを置いて、リョカに向き直るアルマ。
「でも、僕はその子に悪いことしちゃったんだ」
「え?」
 リョカが声のトーンを落とすと、アルマは目を丸くする。
「その子のことを夜に連れ出しちゃって、とても怖い、危ない目に遭わせた。旅の人に助けてもらったけど、もしその人達が居なかったら……」
「ん……」
 リョカに背を向け、頬を掻くアルマ。
「あれから僕も強くなったつもりさ。もし、次に同じようなことがあっても、僕は守ってみせる」
「そう……」
 その誓いに、アルマはリョカを上目遣いに見つめ、すっと距離を狭める。
「どうしたの? アルマ……」
「ん? んふふ……。そうね……」
 彼に身を預けるアルマに、リョカはそっと肩を抱く。彼女の甘い体臭を胸いっぱいに吸い込み、ふぅと鼻で息を吐く。もう交わることの無い運命に、リョカはこのまま時が止まればとすら願った。
「ぼ、暴力はやめてけれ~」
 そんな二人の雰囲気をぶち壊すのは、雑巾を引き裂く男の声。
「おいおい、何が暴力だよ。俺らは仕事を引き受けるって言ってるわけだろ? だからその礼金をよこせって言ってるのさ」
 酒場の一角で見るからに田舎モノ風情の男性が、曲刀を持った用心棒崩れの二人に絡まれていた。
「だ、だからこれは村についてからだっぺ。持ち逃げされたらたまらんとよ」
「こいつぁ心外だなぁ。なぁ兄弟。俺達が金を持ち逃げするとでも思ってるのかい?」
「あ、あんたら、確かにつよいけっど、信用できないとよ……」
「ああん!」
 荒くれ者は震える男を威嚇しようと、剣を振るい、床にドスンと刺す。
「ひぃ!」
 その様子に、酒場は一時騒然としたが、誰もがその暴力を前に見守るほかに手立てが無い……。
「いいからよこせっての!」
 荒くれ者は男が大事に抱える袋を掴むと、強引に奪う。
「なんだよ、どれもじゃり銭ばっかじゃねーか」
 つまらなそうに言う男だが、それでも金は金と背負う。
「それは、用心棒を雇うためにみんなで貯めた金で!」
「はん、羽の生えたキラーパンサーなんているわけねーだろうが。これはお前が俺らを侮辱したことへの慰謝料だ。ありがたくいただくぜ……」
「ちょ、ちょっと~」
 しりもちを着いたままの男を他所に、荒くれ者二人はさっさと店を出ようとする。周りの客も火の粉が降りかかっては大変と、背中を向けてグラスを煽る。
「何あれ、赦せないわ! リョカ!」
「うん、わかった……」
 多少のアルコールは入ったものの、そこは百戦錬磨のリョカ。鋼の昆を片手に二人の前に先回りする。
「ん? なんだお前……」
「そのお金、返してあげてください」
「ああ? 聞こえないね……」
 リョカの物腰柔らかな容貌に男達は鼻で笑いながら肩を突き飛ばそうとする。しかし、リョカは余裕を持ってそれをかわし、石突で手首を強打する。
「ぐわっ!」
「すみません。酔っ払って力加減が出来なくて……。お金さえ返してくれたらホイミをしますんで……」
 腕を押えて蹲る男にリョカはすまなそうに声を掛ける。
「な、このヤロウ!」
 もう一人はそれを挑発と捉えたらしく、リョカに向かってこんぼうを振りかぶる。
「おっと、危ない……」
 リョカはそれを軽くなぎ払い、そのまま石突を彼の喉元に突きつける。
「僕も乱暴はしたくないんです。どうか、お金を返してあげてください」
「く、ぐ……」
 力量差を見切った男は、悔し紛れに金の入った袋を床に叩きつける。
「うわっと……」
 リョカは慌てて小銭が散らばらないようにと袋を押えるが、それをチャンスと見た男は再びこんぼうを振りかぶる。
「危ないリョカ!」
「え?」
 アルマの悲鳴にリョカは顔を上げる。不意打ちはちょうど彼の後頭部に振り下ろされようとした、その時……、ドアが開いて革靴が男の胸を直撃……!
「翼の生えたキラーパンサーか……。その話、詳しく聞かせてもらえないかな?」
 酒場の入り口には青を基調とした旅人の服を纏う銀髪の、赤い瞳の男性が立っていた……。

**――**

「……はい、終りました……」
「……ありがとよ……」
 リョカに手首を強打された荒くれ者は彼の治癒魔法を受け、それが動くのを確認すると一応の感謝を捨て台詞に去っていった。
「もう、あんなの自業自得なんだからほっとけばいいのに……」
 律儀なリョカにアルマは呆れたように呟く。
「うん。でも、利き手がつかえないままだとトイレに行くのも大変だしさ……」
「まったく……」
 無邪気に笑うリョカに、アルマはその頭をポンと叩く。
「もし彼が来なかったら、今頃貴方も大変だったのよ?」
「いや、それは無いな……。せいぜいコブができるぐらいだろう。なぜならその男は防壁魔法で身体を覆っていたからな」
 銀髪の男は冷たいお茶を飲みながら呟く。
「へぇ、そうなの?」
「ええ……。僕も酔っていたし、殴られても痛くないようにって……。よくわかりましたね」
「まぁな……」
 残りを飲み干した銀髪の男は銭勘定をしている田舎者に向き直る。
「それで、その翼の生えたキラーパンサーというのは?」
「え? ああはい、あんのな、うちの村、カボチ村っていうんだけっどよ。最近夜明け前になるとキラーパンサーがうろつくのよ。こっちら辺はキラーパンサー多いんだけっどよ、翼が生えたってのは珍しくってよ。もしそいつが村さ来たら大変あんのさ。だから、ちょちょっと退治してほしいとよ」
「へぇ……」
「ふぅん……」
「なるほどな……」
「嘘だと思ってる? なぁ、思ってる? ほんとだわさ。朝の早い時間に出るのよ。んで、西の洞窟の辺りでよ、なんか襲われた旅人が居てよ。こりゃ大変だから、んだから、なんとかしてほしいとよ」
「旅人が襲われてるんですか……それは確かに大変ですね」
「んだから、お願いしますだ。あんたらすごい強いみたいだし、ちょっくら頼まれてくれんかの?」
 まるでお使いのように言う田舎者にリョカは苦笑い。もし翼の生えたキラーパンサーが居るのであれば、元々の敏捷性や空からの機動力で戦闘能力が格段に違ってくる。
 ギルドにも魔物退治の依頼は来るが、この手の突然変異には戦闘に長けたパーティを組むのが常道だった。おそらくこのカボチ村の青年はそういう常識を知らないのであろう。
「ふむ。面白い。一見の価値はありそうだな。よいだろう。引き受ける」
「本当ですかい? いや良かった! で、そっちのお兄さんは?」
「え? 僕も?」
「んだ。こっちの兄さんが失敗したときのためにも、もう一人予備で雇っておきたいんだ」
「……」
「……」
 銀髪の男はふんと鼻で笑い、リョカとアルマは顔を見合わせる。
「(ねぇ、この人、ちょっと失礼じゃない?)」
「(うん。そうだね……。でも、それだけ大変なことになってるかもしれないし、ちょっと気になるんだ……)」
「(でもねぇ……。ん~そうね。リョカ、ちょっと引き受けてあげなさいよ)」
「(? うん、わかったよ)」
「わかりました。僕でよければ引き受けます」
「そうか、えがった。んじゃこの金は手付け金な。二人で分けてくれや。んじゃ、俺はもう寝るから、明日またここで……」
「はぁ……」
 マイペースに言いたいことを言うと、青年は上機嫌で酒場を後にする。残されたリョカ達三人は袋にたんまり入った小銭を見てうんざりする。
「まったく、持ち逃げされるとか思わないのかしら? 抜けてるんだから……」
「さてと……」
 銀髪の男は空のグラスを置くと、荷物を持ち直して席を立つ。
「あ、あのお金は?」
「そんな小銭ばかり、持っていたら重くなるだけだ。貴様にくれてやる。それよりも、俺の仕事を邪魔するな。キラーパンサーの亜種は俺がいただく」
「はぁ……」
 やる気を見せる男はリョカを一瞥したあと、悠然と酒場を後にした。
「何? あの男……。ちょっとイケメンだからっていい気になって……」
「アルマはああいう人を格好いいと思うの?」
「そりゃいいんじゃないの? でもああいうわがままそうで俺様な男って苦手。絶対に喧嘩するわね」
「はは……そう」
 リョカはその答えに安心しつつ、かといって埋まらぬ溝に気を落とし、それを残りのアルコールで無理やりに流した……。

続く

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