「ふう、完了っと……」
簡易の折りたたみのテントを二つを造り、火を起こす。料理はもっぱらビアンカが担当してくれるので、密かな楽しみでもあった。
「よいしょっと……」
シドレーはガロンの引きずる積荷からその日に使う水と食材を降ろし、簡単な調理場を作る。生死を分かつ冒険の旅というにはのんびりした雰囲気で調子の狂うところもあるが、平坦な道の続く中、それを楽しむ余裕があった。
「さて、それじゃあ今日はっと……」
てきぱきと調理をするビアンカとそれを手伝うリョカ。意外というか順当にアンディは家事が苦手らしく、火の番をしていた。
「で、アンディさん。アンディさんはフローラさんのことをどう思います?」
その真向かいに座り、質問攻めにしているのがアン。
「ええ、フローラとは小さい頃から一緒で、サラボナジュニアハイスクールではいつも一緒に登校していたよ」
冒険の旅といよりはピクニックか何かと勘違いしそうなところが、そこにもあった。
「ねぇリョカ、アンさんとアンディさんって仲がいいわね……」
ジャガイモの皮を剥きながらビアンカが言うと、リョカも頷く。
「うん。でもアンディさんは初めて会ったみたいだけどね……」
水のリングの時にアンディにアンのことを話したけれど、彼は首を傾げていた。それは今回の旅でも同じであるのだが、彼女は妙にアンディになれなれしい。
アンディはそんな彼女に笑顔で応えており、リョカは自分への彼女の態度が違うことに少し不満を感じるところもあった。
「なんじゃろうな……」
シドレーも同じらしく、彼女がアンディと嬉しそうに話すのを怪訝そうに見ていた。
年頃の男女が楽しそうに会話すること自体は不思議ではない。けれど、片方は結婚を控える大事な試練の最中であり、その彼に親しげな態度を取る彼女。好意があると仮定すればどうにもおかしな話であった。
「そうだね」
「いや、それだけじゃなくってね……」
ただ、シドレーの場合はもう一つ別にあるらしく、首を傾げては「水だったけかな?」と呟いていた。
「アンディさんはフローラさん一途なんですね。どっかの誰かさんと違って……」
なおも談笑を続けるアンだが、ちくりとリョカの胸を刺す言葉がちらり。振り返るとやはりリョカを意識しているらしく、にやりと半眼で睨んでいた。
「いや、僕はだねぇ……」
けれどいい訳をするにはいくつか不都合なこともある。
「ちょっとリョカ、それはどういうことかしら?」
そして幼馴染の責める言葉には逆らえず、今日もそんなこんなで日が暮れていった……。
**
夜も耽った頃、リョカとアンディが交代で火の番をしていた。
「ねぇ……アンディさん……」
眠れないのかアンはテントから顔を出してそっと問いかける。
「なんでしょうか?」
うとうとしていたリョカは横になりながら、二人のとりとめのない会話を聞き流していた。
「子供は女の子と男の子、どっちがいいですか?」
「え!?」
唐突な質問にアンディが驚いた声を上げた。
リョカは身を起こすことはせず、狼狽する彼に驚いていた。
常に冷静に振舞う彼でも驚くことがあるのだと。
「ええと……それはフローラの子供ということかな?」
「はい」
まだ当分先のことだろう。けれど真剣な表情でアンはアンディを見つめていた。
「そうだね。男の子なら勇敢に、けど、女の子ならフローラみたいにおしとやかで……」
「おしとやかで?」
その言葉にアンは眉を顰める。彼女もまたフローラの本性を知っているらしく、彼が騙されているのだろうと考えたのだろう。
「ふふ……。なんてね。フローラはああみえて意地っ張りだからね」
「意地っ張り?」
「うん。アンさんはフローラのことを知っているみたいだから教えるけど、どうして彼女が魔法に傾倒しているか、わかるかい?」
「それは……魔法が好きだから?」
「それもある。けど、それだけじゃない」
「他に理由があるんですか?」
「うん。それは僕が弱いから」
「へ?」
その答えにアンもリョカも怪訝な顔つきになる。
アンディはリョカやアン、フローラに比べればまだまだ弱いといえるが、ここまでの旅路において十分な能力を見せてきた。その彼が自らを弱いとする理由が思いつかなかったからだ。
「名誉市民はサラボナを襲う大怪獣と戦う必要がある。それは僕のするようなフェンシングの試合で優勝するのとはわけがちがう。当然、こんな指輪探しで収まるようなものでもない」
「そう、なんですか?」
「伝承が正しければね。そして、もし大怪獣が僕の生きている間に襲ってきたら、僕はそれと戦う必要がある。フローラを守る為に……」
「はい」
「けれど、僕は弱い。きっと大怪獣に立ち向かえばひとたまりもないだろう。それは彼女の望むことではない。ならどうするか?」
「それは……」
彼のいわんとすることを理解しだしたアンは、恐る恐る声を絞る。
「彼女は彼女自身、強くなる方法を選んだ。もともと魔法が得意なフローラだからね。影で高位の攻撃魔法を練習しているみたいだし、ベネットさんのところで修行したのも知ってる。ま、フローラは口が裂けても言わないだろうけど」
リョカはそっと寝返りを打ち、アンディの話に耳を傾ける。
「もちろん僕だってそんなフローラにおんぶに抱っこになるつもりはない。ええと、ルドマンさんが不思議な武器を集めているのは知っているかい?」
「ええ。天空の装備だとか……」
「僕も独自にそれを探している。いつか来る大怪獣、いや、街を脅かす脅威に備えて……、サラボナの市民を守るために勇者を迎え入れる準備をね……」
「なるほど……」
大怪獣に備えてといえば冗談めかした言い方だが、続くサラボナの市民を守るくだりについては笑っていない。彼もまたルドマンと同じくサラボナを強くしたい気持ちを持っているのだろう。
「他に聞きたいことは?」
「え、ええと……。もし、もし貴方のお子さんがその勇者だったら、戦うことを望みますか?」
「僕の子が? それは……、考えたこともないな……。僕の子供が勇者か……。たとえそうだとしたら、それは望まないなあ」
しばらく悩んで出した答えは明確で、対するアンはやや悲しそうだった。
「何故です? 勇者なら戦わないと……。人々の前に立って、皆に勇気を与えるために、世界に平和をもたらすために戦う。それが勇者」
「勇者が世界を救うのか、それとも世界を救ったのが勇者なのか? そういった卵と鶏みたいな話はとりとめがないけど、伝承によれば世界を救ったのは知恵と勇気であって勇者じゃない」
そこに含むものがあるが、アンディはあえて口にしない。
「僕は自分の子供に絶望に立ち向かえと言いたくない」
「そう、ですか……」
リョカは目を瞑りながらぼんやりした意識の中、父の想いを呼び起こしていた。
「ん~……このボケホイミスライム、さっきからリーチ外しやがって……」
ガロンの傍で丸くなるシドレーの寝言にくすっと笑う二人。アンもそろそろ眠ろうと、テントに戻った。
「一体どんな夢を見てるんでしょうね……、シドレーさんは」
ふと問いかける言葉に、リョカはびくっとする。
「起きていたんでしょ?」
火に薪をくべながらアンディがリョカに声をかける。
「え、ええ……」
彼が抜け目が無いのか、それとも自分がマヌケなのかはおいておき、リョカは目を開ける。
「あの、僕の父のことなんですけど、父は亡くなる前、僕に母を捜して欲しいと言いました。けれど、あとで見つかった遺言書には自分の幸せを探せとありました」
「はぁ……、それはまた入り組んだ話ですね」
「今はどちらも一緒に行うことで幸せを探しているつもりですが、僕には父さんの気持ちがわからなくなるんです」
「うーん、そうですね。リョカさんのお母さんを探すことがどれだけ大変なことなのかによりますが……状況を詳しく聞かないことにはなんとも……」
「はい、父さんの話なんですが……」
続く
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「さて、それじゃあ今日はっと……」
てきぱきと調理をするビアンカとそれを手伝うリョカ。意外というか順当にアンディは家事が苦手らしく、火の番をしていた。
「で、アンディさん。アンディさんはフローラさんのことをどう思います?」
その真向かいに座り、質問攻めにしているのがアン。
「ええ、フローラとは小さい頃から一緒で、サラボナジュニアハイスクールではいつも一緒に登校していたよ」
冒険の旅といよりはピクニックか何かと勘違いしそうなところが、そこにもあった。
「ねぇリョカ、アンさんとアンディさんって仲がいいわね……」
ジャガイモの皮を剥きながらビアンカが言うと、リョカも頷く。
「うん。でもアンディさんは初めて会ったみたいだけどね……」
水のリングの時にアンディにアンのことを話したけれど、彼は首を傾げていた。それは今回の旅でも同じであるのだが、彼女は妙にアンディになれなれしい。
アンディはそんな彼女に笑顔で応えており、リョカは自分への彼女の態度が違うことに少し不満を感じるところもあった。
「なんじゃろうな……」
シドレーも同じらしく、彼女がアンディと嬉しそうに話すのを怪訝そうに見ていた。
年頃の男女が楽しそうに会話すること自体は不思議ではない。けれど、片方は結婚を控える大事な試練の最中であり、その彼に親しげな態度を取る彼女。好意があると仮定すればどうにもおかしな話であった。
「そうだね」
「いや、それだけじゃなくってね……」
ただ、シドレーの場合はもう一つ別にあるらしく、首を傾げては「水だったけかな?」と呟いていた。
「アンディさんはフローラさん一途なんですね。どっかの誰かさんと違って……」
なおも談笑を続けるアンだが、ちくりとリョカの胸を刺す言葉がちらり。振り返るとやはりリョカを意識しているらしく、にやりと半眼で睨んでいた。
「いや、僕はだねぇ……」
けれどいい訳をするにはいくつか不都合なこともある。
「ちょっとリョカ、それはどういうことかしら?」
そして幼馴染の責める言葉には逆らえず、今日もそんなこんなで日が暮れていった……。
**
夜も耽った頃、リョカとアンディが交代で火の番をしていた。
「ねぇ……アンディさん……」
眠れないのかアンはテントから顔を出してそっと問いかける。
「なんでしょうか?」
うとうとしていたリョカは横になりながら、二人のとりとめのない会話を聞き流していた。
「子供は女の子と男の子、どっちがいいですか?」
「え!?」
唐突な質問にアンディが驚いた声を上げた。
リョカは身を起こすことはせず、狼狽する彼に驚いていた。
常に冷静に振舞う彼でも驚くことがあるのだと。
「ええと……それはフローラの子供ということかな?」
「はい」
まだ当分先のことだろう。けれど真剣な表情でアンはアンディを見つめていた。
「そうだね。男の子なら勇敢に、けど、女の子ならフローラみたいにおしとやかで……」
「おしとやかで?」
その言葉にアンは眉を顰める。彼女もまたフローラの本性を知っているらしく、彼が騙されているのだろうと考えたのだろう。
「ふふ……。なんてね。フローラはああみえて意地っ張りだからね」
「意地っ張り?」
「うん。アンさんはフローラのことを知っているみたいだから教えるけど、どうして彼女が魔法に傾倒しているか、わかるかい?」
「それは……魔法が好きだから?」
「それもある。けど、それだけじゃない」
「他に理由があるんですか?」
「うん。それは僕が弱いから」
「へ?」
その答えにアンもリョカも怪訝な顔つきになる。
アンディはリョカやアン、フローラに比べればまだまだ弱いといえるが、ここまでの旅路において十分な能力を見せてきた。その彼が自らを弱いとする理由が思いつかなかったからだ。
「名誉市民はサラボナを襲う大怪獣と戦う必要がある。それは僕のするようなフェンシングの試合で優勝するのとはわけがちがう。当然、こんな指輪探しで収まるようなものでもない」
「そう、なんですか?」
「伝承が正しければね。そして、もし大怪獣が僕の生きている間に襲ってきたら、僕はそれと戦う必要がある。フローラを守る為に……」
「はい」
「けれど、僕は弱い。きっと大怪獣に立ち向かえばひとたまりもないだろう。それは彼女の望むことではない。ならどうするか?」
「それは……」
彼のいわんとすることを理解しだしたアンは、恐る恐る声を絞る。
「彼女は彼女自身、強くなる方法を選んだ。もともと魔法が得意なフローラだからね。影で高位の攻撃魔法を練習しているみたいだし、ベネットさんのところで修行したのも知ってる。ま、フローラは口が裂けても言わないだろうけど」
リョカはそっと寝返りを打ち、アンディの話に耳を傾ける。
「もちろん僕だってそんなフローラにおんぶに抱っこになるつもりはない。ええと、ルドマンさんが不思議な武器を集めているのは知っているかい?」
「ええ。天空の装備だとか……」
「僕も独自にそれを探している。いつか来る大怪獣、いや、街を脅かす脅威に備えて……、サラボナの市民を守るために勇者を迎え入れる準備をね……」
「なるほど……」
大怪獣に備えてといえば冗談めかした言い方だが、続くサラボナの市民を守るくだりについては笑っていない。彼もまたルドマンと同じくサラボナを強くしたい気持ちを持っているのだろう。
「他に聞きたいことは?」
「え、ええと……。もし、もし貴方のお子さんがその勇者だったら、戦うことを望みますか?」
「僕の子が? それは……、考えたこともないな……。僕の子供が勇者か……。たとえそうだとしたら、それは望まないなあ」
しばらく悩んで出した答えは明確で、対するアンはやや悲しそうだった。
「何故です? 勇者なら戦わないと……。人々の前に立って、皆に勇気を与えるために、世界に平和をもたらすために戦う。それが勇者」
「勇者が世界を救うのか、それとも世界を救ったのが勇者なのか? そういった卵と鶏みたいな話はとりとめがないけど、伝承によれば世界を救ったのは知恵と勇気であって勇者じゃない」
そこに含むものがあるが、アンディはあえて口にしない。
「僕は自分の子供に絶望に立ち向かえと言いたくない」
「そう、ですか……」
リョカは目を瞑りながらぼんやりした意識の中、父の想いを呼び起こしていた。
「ん~……このボケホイミスライム、さっきからリーチ外しやがって……」
ガロンの傍で丸くなるシドレーの寝言にくすっと笑う二人。アンもそろそろ眠ろうと、テントに戻った。
「一体どんな夢を見てるんでしょうね……、シドレーさんは」
ふと問いかける言葉に、リョカはびくっとする。
「起きていたんでしょ?」
火に薪をくべながらアンディがリョカに声をかける。
「え、ええ……」
彼が抜け目が無いのか、それとも自分がマヌケなのかはおいておき、リョカは目を開ける。
「あの、僕の父のことなんですけど、父は亡くなる前、僕に母を捜して欲しいと言いました。けれど、あとで見つかった遺言書には自分の幸せを探せとありました」
「はぁ……、それはまた入り組んだ話ですね」
「今はどちらも一緒に行うことで幸せを探しているつもりですが、僕には父さんの気持ちがわからなくなるんです」
「うーん、そうですね。リョカさんのお母さんを探すことがどれだけ大変なことなのかによりますが……状況を詳しく聞かないことにはなんとも……」
「はい、父さんの話なんですが……」
続く
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