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不穏な影

「条件? どの案件かな?」
 赤い瞳の影は、右手をだらりと下に降ろす。一瞬月明かりがその先にある鋭い爪を照らした。
「娘……」
「ああ、そのことか。ふむ……。ふ、ワシも親ということだろうな……」
「……」
「どうだ? 口に合うかわからないが……」
 震えたままメイドはワインをグラスに注ぐ。ワインはグラスを飛び出てテーブルを汚してしまう。
「すまんな。どうも手際の悪い娘で……。このまえも客人用のシュークリームをつまみ食いして困ったものさ」
 逃げるように屋敷に戻るメイドを苦笑いで見送るルドマン。彼は影にグラスを差し出すと、再びカシューナッツを上に投げる。今度もやっぱり口を逸れ、さらにワインが揺れてテラスを汚した。
「リョカ君ならフローラの婿にしてもいい。そう思っている」
 ギリリと強張る影の右腕。
「彼ならフローラを幸せにできたであろうな……」
 振りかぶる右腕。向かう先は当然……、しかし、影はあることに気付き、踏みとどまる。
「何故?」
「アルパカ産のワインはお気に召さないか? あちらの高温多湿な気候のおかげで甘味の強いワインなのだが」
 まだ一口もつけられていないグラスに、ルドマンは不機嫌そうに言う。
「……懐かしい」
 すると影はグラスを呷り、そう呟いた。
「そうか……それはよかった。このワインは熟成させると甘味がなくなるのだよ。まあ、ワイン通からは子供じみたものと笑われることも多いが、ワシはこれが好きなのさ」
 そう言って手酌で注ぐ。
「フローラは、デボラもだが、二人ともわしとハルマの子ではない。わしがあるものを探していたとき、偶然見つけた子なのだ。子宝に恵まれないわしら夫婦の大切な跡取り……、名誉市民を継ぐものとして……、最初はそう思った」
 椅子に座り、ナッツを齧る。ワインを呷り、口を湿らせる。
 影が与えてくれた猶予の中、なぜか口から出るのは過去のことであった。
「だが、結局はわしも人の子。いくら経済界の重鎮と言われようと、娘の不幸せを願うことも、悲しむ姿も、幸せと偽る姿も見たくない」
「……」
「わしを殺すつもりかな?」
「そのつもり……」
「そうか。どこで恨みを買ったかは知らないが、できれば娘の晴れ姿を見たかったな」
「……それが嫌だから……」
「ま、どうせ見ることなど出来ないが……」
「どういう意味?」
「リョカ君は戻らぬ」
「何故言い切れる?」
「パパス殿の子だからな」
「……意味がわからない」
「ん? そうなのか? てっきり知っているのかと思ったが。まあ、仕方あるまい……」
「怖くないの? 死ぬのが……」
「怖いさ。だが、抗うこともできまい?」
「そう……」
「お主が躊躇ってどうする?」
「私は……」
 背中を向けるルドマンに、影は爪を構えない。彼の言うことの真偽がわからず、記憶の中に残る在りし日の大切な人の影がルドマンの背中に重なっていた。
「!?」
 突然空気が割れる音がした。
「はぁ!!」
 ミスリル銀の黒い輝きと影の爪が火花を散らす。
 銀色の髪を靡かせ、一人の剣士が空から降ってきたのだ。
「くっ!」
 影は初撃を薙ぐと、距離を取る。
「ふん、小ざかしい!」
 青年はつむじ風を巻き起こすと、さらに剣を振りかざし雷鳴を轟かせる。
「また貴様か!」
 赤い目が暗闇に光る。
「貴様、その目! 正体を見せてもらおう!」
 青年の胸元の空色のアクセサリーが強く輝く。
「邪魔をするな!」
 剣から放たれる稲妻。影は難なくかわすも、それは誘導であり、剣士の左手が集める雷の精霊が影に向かって放たれる。
「大空の支配者たる不死鳥よ! 我が呼び声に応えて唸れ! ライデイン!」
 空中に紫の光が走り、それは影に集まっていく。
「ぐ、きゃぁ!」
 電撃系魔法を受けた影は痺れからテラスに倒れこむ。けれどその回復は早く、すぐさま立ち上がると両手に炎を集める。
「はっ!」
 無詠唱のただ魔力を集めて放っただけの火焔。けれど剣士を丸焼きにするなどわけもない大きさであり、対峙した彼は躊躇なく横に逃げる。
「ふむ、仕方あるまい……」
 その延長線に居るのはルドマン。彼はこの状況において慌てる様子も見せない。
「!?」
 するとそれに気付いた影は時の精霊を体に纏い、一瞬でルドマンの前に出て、その爪で自ら放った火焔球を弾き消す。
「奇特なことを」
 先ほどとやってることがちぐはぐな影。剣士はそんな隙を勝機とみなし、再び切りかかる。
「でやぁあああああ!!」
 黒銀に輝く剣。影を横から切り裂かんという渾身の一撃。
「ぐ!」
 ガギィンッ!!
 鋭い金属音がして両者の動きが止まる。滴る赤い雫。それは影の腕から。そして散らばるガラス片。甘いぶどうの香り。
「そのグラス、気に入っていたのだがな……」
 今にしてまだのんきなことを言うルドマン。滴るそれは手にしていたワイン。
「まさか、ここまでとは……ッ!」
 渾身の一撃であるにも関わらず防がれてしまったことに剣士もうろたえた色が見える。
「小僧……、逸るな」
「俺を小僧扱いか……。ふん、ならば本気で行く」
 剣士が呼吸を整えると、瞳が赤く光る。
 影が受け止めていた剣が激しく震える。
 再び滴り始める雫、それはワインではなく、影の流す血。
「魔には魔といったところ!」
「紛い物!」
 影は自由な右手で土の精霊を集めると、再び魔力を暴発させる。
「ぐっ!」
 イオ系の爆発を起こした二人の間、剣士もたまらず距離を置くも、その隙に影は空へ消える。
「待て!」
 追いかけようとする剣士だが、体に纏わりつく土の精霊。それはボミオスによるもの。
「待つのはお前さんじゃ」
「な、邪魔をするな!」
「そういうな。勇者殿」
「何の話だ?」
「先ほど見せたライデイン、勇者の証と見たが?」
「ふん、おあいにくさま、俺は魔物使いだ……」
 纏わりつく土の精霊に、剣士は不思議な力を右手に集める。青いアクセサリーが輝き、冷たい波動が巻き起こる。すると土の精霊は我先にと空中へと逃れ、ボミオスの効果は立ち消えとなった。
「行くぞ、ラルゴ!」
 テラスから飛び降りると、待たせていた緑の竜と共に剣士は空間転移魔法で空へと飛び上がった。
「ふむ、変わった客ばかりだな……」
 ルドマンは足元に転がっていたカシューナッツを手に取ると、三度空に投げる。今度こそ口でキャッチすると、ばりぼりとつまらなそうに噛み砕いた……。

続く

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