「……そう、貴方も私を助ける方法を探していてくれたのね。うれしいわ。けど、それも無理。貴方たち人が魔族に抗えるはずがないの。私の力は……」
ふっと腕を振るうとリョカに向かって暴力的な風が吹く。足場の悪さもあってか膝をつき、そして深く穿たれた砂浜がアリジゴクのようになっているのを見る。
「たかが落ちぶれた魔王ですらこの程度の力を持てる。そして、魔界にはさらに強大な力を持つ魔族がいる」
「だからなんだって言うんだ! 君が僕らと敵対する理由なんてないだろ?」
「聞いてリョカ。その魔族は今も日に日に力を増しているの。それの望みはこの世界と魔界を繋げ、侵略すること。今は一人の人間がそれを防いでいるけれど、もうじきそれも終わる。でもね、もし私が魔界に協力すれば、この世界の一国程度、自由にさせてもらえる。だから、そこで私と貴方の暮らせる世界を作りましょう? 誰にも邪魔をされずに、幸せな暮らしを……」
焦燥しきった末の決断なのだろうか、ビアンカの目に力はない。
「何を言ってるんだい? そんな約束が……? 魔族が君との約束を守るなんて……?」
「大丈夫。もし裏切られたら私が全力で戦うから……、だから、貴方は心配しないで、私の手を取って、ついてきてくれたらいいの……」
再び圧力を放つビアンカ。リョカは跪き、動けない。
「お願い、リョカ……。この子の為にも……」
跪くリョカに手を差し出すビアンカ。片方の手で大きくなり始めたお腹をさすっていた。
「ビアンカ……その子は……」
差し出された手にすがりたい気持ちもある。身体が重く、寒く、熱く、痺れに似たものが走り、油汗が湧いてくる。額を拭うと砂が付き、視界がぼやける。
――これが魔王の威厳なのか……。
リョカはうつむき、ぼやける中、文字通り砂をかむ。
「……リョカさん? マホステをどうして使わないのです?」
そこへ別の女性の声がした。
「……?」
リョカは右手で印を組むと、紫の精霊を纏う。すると不思議なことに身体の重さも寒さもすべての不快感が薄れていく。
「これは……?」
「うふふ。リョカさんもあわてんぼうですわね。今、ビアンカさんがなされているのは魔王のプレッシャーなんてものではなく、出来損ないの魔法をばらまいているだけですわ」
しずしずと浜辺を歩いてやってきたのはフローラだった。
彼女も同じく紫の霧を纏い、降り注ぐ炎を風で防ぎ、氷の塊を爆散させる。さらに炎には炎を、氷には氷の魔法を返す。
炎の女王は勢いのある炎に巻かれ、氷の女王は再び氷結させられて身動きが取れない。
「炎に炎だと! 馬鹿にするな!」
「おのれ、またしても! 貴様、なめているのか!」
「氷で氷は砕けないですし、炎の勢いは炎で防げませんでしょう? 自然な方法でお二方をお縛りいたしましたまでのこと……」
涼しげな様子で髪を撫でるフローラは、強力な魔族をものともせずにやってくる。
「フローラ……さん」
「魔王様にさんなんてつけられて、光栄ですわ」
ネグリジェの裾をそっと掴み優雅に挨拶をするフローラは異常な存在だった。
「フローラさん、下がって、ここは危ないよ……」
「四つん這いになって怯む貴方がそうおっしゃいますか?」
社交界のジョークを交わすかのようにわざとらしく驚くフローラ。ビアンカは困惑からだんだんと怒りに表情を変えていく。
「貴方は私の大切な人を奪った……。だから、許さない」
ビアンカは右手をフローラに向けると魔力を集め、炎の塊を生み出す。
「……私は貴方のおかげで大切な人の最期を看取ることができました」
放たれた魔法にリョカはあわててフローラを庇おうとするが、以前と同じく足元が急に滑る。
フローラは表情も変えずに風の刃を放つと、炎の塊を爆散させる。
「魔法は苦手なようですね……。とてつもない魔力を秘めているのに、もったいない話です」
「フローラさん?」
リョカは驚きながら彼女を見る。メラゾーマ級の威力のある魔法を前にまったく動じない彼女は本当に人間なのかと疑いたくもなった。
「そんなに心配なさらずに……。今の、ただのメラですわよ?」
「え? いまのがメラ? 嘘……」
「はい。ビアンカさんは先ほどから下層の魔法しか使っていない……いえ、使えないのでしょうね。ただ、そこに膨大な魔力を力任せに入れ込むことであの威力を持たせている……。前にベネットさんから聞きましたよね?」
「ああ……そういえば……」
魔力と出口の関係を思い出すリョカ。もっともそれを知れば、さらに脅威とすら思えてくる。もしビアンカが上位魔法を使えたとしたら、どうなるのだろうかと。
「そして、ビアンカさんは精霊とあまり親しみが無い……。それではいくら強大な魔力を持っていても、すぐに息切れなさりますわ……」
「それが、どうだっていうの? 貴女、私にそんな魔法のお勉強をさせにきたとでも?」
「いえ……。名誉市民の娘として、強大なる魔を倒すために参りました……」
再び礼をすると、フローラは一瞬にしてビアンカに近づき、大きな光の玉を破裂させる。
「イオラ!」
至近距離の魔法にビアンカは慌てて空へと逃げる。それでも爆破の威力に露出した肌が傷つく。
「く! どこ!?」
戦いなれしていないビアンカは巻き起こった砂煙を懸命に探すが、すでにフローラはその上空で閃熱の塊を用意する。彼女がそれに気づいたのは、影が二つ見えた時、即ち自分に向けられた時だ。
「やめて! 下にはリョカがいるのよ!」
「そうすれば貴女は逃げられませんでしょう?」
「卑怯者!」
「強者に立ち向かう知恵ですわ」
迫りくる大気をゆがめるほどの閃熱に向かい、ビアンカもギラを放ち応戦する。しかし、印も詠唱も無く、力任せの魔法ではみるみる内に魔力を奪われる。
「たかが落ちぶれた魔王ですらこの程度の力を持てる。そして、魔界にはさらに強大な力を持つ魔族がいる」
「だからなんだって言うんだ! 君が僕らと敵対する理由なんてないだろ?」
「聞いてリョカ。その魔族は今も日に日に力を増しているの。それの望みはこの世界と魔界を繋げ、侵略すること。今は一人の人間がそれを防いでいるけれど、もうじきそれも終わる。でもね、もし私が魔界に協力すれば、この世界の一国程度、自由にさせてもらえる。だから、そこで私と貴方の暮らせる世界を作りましょう? 誰にも邪魔をされずに、幸せな暮らしを……」
焦燥しきった末の決断なのだろうか、ビアンカの目に力はない。
「何を言ってるんだい? そんな約束が……? 魔族が君との約束を守るなんて……?」
「大丈夫。もし裏切られたら私が全力で戦うから……、だから、貴方は心配しないで、私の手を取って、ついてきてくれたらいいの……」
再び圧力を放つビアンカ。リョカは跪き、動けない。
「お願い、リョカ……。この子の為にも……」
跪くリョカに手を差し出すビアンカ。片方の手で大きくなり始めたお腹をさすっていた。
「ビアンカ……その子は……」
差し出された手にすがりたい気持ちもある。身体が重く、寒く、熱く、痺れに似たものが走り、油汗が湧いてくる。額を拭うと砂が付き、視界がぼやける。
――これが魔王の威厳なのか……。
リョカはうつむき、ぼやける中、文字通り砂をかむ。
「……リョカさん? マホステをどうして使わないのです?」
そこへ別の女性の声がした。
「……?」
リョカは右手で印を組むと、紫の精霊を纏う。すると不思議なことに身体の重さも寒さもすべての不快感が薄れていく。
「これは……?」
「うふふ。リョカさんもあわてんぼうですわね。今、ビアンカさんがなされているのは魔王のプレッシャーなんてものではなく、出来損ないの魔法をばらまいているだけですわ」
しずしずと浜辺を歩いてやってきたのはフローラだった。
彼女も同じく紫の霧を纏い、降り注ぐ炎を風で防ぎ、氷の塊を爆散させる。さらに炎には炎を、氷には氷の魔法を返す。
炎の女王は勢いのある炎に巻かれ、氷の女王は再び氷結させられて身動きが取れない。
「炎に炎だと! 馬鹿にするな!」
「おのれ、またしても! 貴様、なめているのか!」
「氷で氷は砕けないですし、炎の勢いは炎で防げませんでしょう? 自然な方法でお二方をお縛りいたしましたまでのこと……」
涼しげな様子で髪を撫でるフローラは、強力な魔族をものともせずにやってくる。
「フローラ……さん」
「魔王様にさんなんてつけられて、光栄ですわ」
ネグリジェの裾をそっと掴み優雅に挨拶をするフローラは異常な存在だった。
「フローラさん、下がって、ここは危ないよ……」
「四つん這いになって怯む貴方がそうおっしゃいますか?」
社交界のジョークを交わすかのようにわざとらしく驚くフローラ。ビアンカは困惑からだんだんと怒りに表情を変えていく。
「貴方は私の大切な人を奪った……。だから、許さない」
ビアンカは右手をフローラに向けると魔力を集め、炎の塊を生み出す。
「……私は貴方のおかげで大切な人の最期を看取ることができました」
放たれた魔法にリョカはあわててフローラを庇おうとするが、以前と同じく足元が急に滑る。
フローラは表情も変えずに風の刃を放つと、炎の塊を爆散させる。
「魔法は苦手なようですね……。とてつもない魔力を秘めているのに、もったいない話です」
「フローラさん?」
リョカは驚きながら彼女を見る。メラゾーマ級の威力のある魔法を前にまったく動じない彼女は本当に人間なのかと疑いたくもなった。
「そんなに心配なさらずに……。今の、ただのメラですわよ?」
「え? いまのがメラ? 嘘……」
「はい。ビアンカさんは先ほどから下層の魔法しか使っていない……いえ、使えないのでしょうね。ただ、そこに膨大な魔力を力任せに入れ込むことであの威力を持たせている……。前にベネットさんから聞きましたよね?」
「ああ……そういえば……」
魔力と出口の関係を思い出すリョカ。もっともそれを知れば、さらに脅威とすら思えてくる。もしビアンカが上位魔法を使えたとしたら、どうなるのだろうかと。
「そして、ビアンカさんは精霊とあまり親しみが無い……。それではいくら強大な魔力を持っていても、すぐに息切れなさりますわ……」
「それが、どうだっていうの? 貴女、私にそんな魔法のお勉強をさせにきたとでも?」
「いえ……。名誉市民の娘として、強大なる魔を倒すために参りました……」
再び礼をすると、フローラは一瞬にしてビアンカに近づき、大きな光の玉を破裂させる。
「イオラ!」
至近距離の魔法にビアンカは慌てて空へと逃げる。それでも爆破の威力に露出した肌が傷つく。
「く! どこ!?」
戦いなれしていないビアンカは巻き起こった砂煙を懸命に探すが、すでにフローラはその上空で閃熱の塊を用意する。彼女がそれに気づいたのは、影が二つ見えた時、即ち自分に向けられた時だ。
「やめて! 下にはリョカがいるのよ!」
「そうすれば貴女は逃げられませんでしょう?」
「卑怯者!」
「強者に立ち向かう知恵ですわ」
迫りくる大気をゆがめるほどの閃熱に向かい、ビアンカもギラを放ち応戦する。しかし、印も詠唱も無く、力任せの魔法ではみるみる内に魔力を奪われる。